20.特にイベントが無いのは何かが起こる前兆
翌朝。まだ日が昇る前の薄暗いうちから起きて、さっそく昨夜の続きです。
ハトたちが目を覚まして元気になる前に全滅させたいところです。
御領主様の御指名の依頼ですからね、丁寧にやって後でご不興を買わぬようにしなければなりませんのでね。
明るくなったところで屋根の上も見回って、何羽か落として、ほぼ完了ですね。
多少逃げられましたが、まあ相手は空飛んでますからね、しょうがないですねえ……。
結果、三十一羽獲れました。
「やあおはよう、獲れたかい?」
やってきた馬番さんを半目でにらみます。
「三十一羽です。確認しますか?」
「いやいいよ。それ持って帰って。ご苦労さん、帰っていいよ」
……いや、それだけ?
「……あの、報酬は?」
「帰んな」
……。
二人で早朝の忙しくなり始めた街をとぼとぼと歩いて帰ります。
全部マジックバッグに突っ込んで、ハトの死体の入った袋だけサランがかついで。
なんっにもなしかい!
普通こういうのってさ、貴族が見に来てお礼を言ったり褒めてくれたり、これで貴族と顔なじみになったり一目置かれたりとか、報酬はずんでくれたりとか、奥様とかご子息とかとちょっといい関係できたりとか、あるでしょー!?
なんっにもないの?
マジでなんっにもないの?
「現実なんてこんなもんですかね」
「そだねー……」
「貴族ってみんなああなんですかね」
「……今後かかわらないようにしよーね」
「そうしようね」
そのままギルドの扉の前に座り込みましてね。開くのを待ちました。
どすんってね、買い取りカウンターの上にハトの袋置きましてね、二人で買い取りじいさんを思いっきりにらみました。
「ハトは買い取って無いよ……」
「一羽大銅貨二枚」
「いや、だからあれはうちの駆除だったからで、ハトは買い取ってないって」
「ギルドマスターを呼んでください」
「わかった、わかったから」
バルさんが来てですねえなんとも面白い顔をしてくれましたねえ。
「ああ、そりゃ馬番が領主に怒られて、なんとかしろって言われて、自分でやるのがイヤだからお前らに押し付けたんだな。領主様だから領民が領主のためにタダ働きするのはあたりまえだって感覚なんだよ、あいつらは」
「僕たちはここの領民ではありませんが」
「わかってるわかってる。朝飯奢るよ。それで勘弁してくれ」
めちゃめちゃ食ってやりました。
サランが本気で食うとどうなるかバルさんも思い知ればいいんです。
あんまり寝てないんでね。
働きづめですし、今日はもうお休みにしましょうかね。
サランと二人で宿屋街を裏も表もぐるぐる歩き回ります
「あ! あった!」
メイドさんが布団を干しています。羽根布団です!
羽根布団みっけ! サランと約束してた羽根布団の宿ですね。
さっそくそこのお宿に交渉して昼間っから寝られるようにお部屋を取ります。
ウサギ亭といいます。動物の名前を付けるのがこの街のお宿のお約束なんですかね。
「ふっかふか! それに軽い!」
キングサイズのベッドの上でサランがぱふんぱふんと大暴れしております。
「はいはい、汚いですよ。風呂に入って綺麗にしてからにしましょうね」
「はーい」
……蛇口をひねるとバスタブにお湯が注がれるんですよね。
なかなかの技術です。水道もボイラーもあるってことですからね。
水道も蛇口もローマ時代からありますが、お湯が出るのは凄いですよ。
さすがは金貨三枚のお宿です。
タップリ堪能させてもらいました。
ウサギ亭の自慢はウサギ肉のシチューでしたか……。
爆睡しちゃったので食い逃しました。
また泊まりたいけどお金がねえ。もったいないですよね。
働きながら旅する新婚旅行って、なんなんでしょうねえ。
さて昼になってギルドに行くと、騒ぎになってましたね。
若手ハンターたちがゴブリンにやられたそうです。
一人死亡、一人重症、三人が命からがら戻ってきたところです。
……ゴブリンって。
「討伐隊出すぞ! お前ら志願しろ!」
ギルド前にハンターたちが二十人以上集まってますが……。
みんな若いですね。バルさんが怒鳴っても誰も手をあげません。
「ビビるな! 数で対抗すりゃ倒せない相手じゃない」
……。
「サラン、ゴブリンって?」
「小鬼。シンよりチビで、石槍持ってて、十匹とか二十匹ぐらいで洞窟とかにいる。赤い肌で裸で毛が無くてキモイ。頭にちっちゃい角ある。集団で囲まれるとヤバい」
「猿みたいな感じ?」
「サルってなに?」
「つまり人間を小さくしたみたいな感じだよね」
「そう」
「誰も志願しないのか! ハンターの意地見せろ!」
「だってそんなん3級4級の仕事じゃん!」
「一人殺されてるんだぞ……」
「俺らの仕事じゃねえよ!」
「ぐっ……、情けねえ……」
ギルドマスターのバルさん、後ろにいる僕たちを見つけて、歩み寄る。
「……お前ら、頼めないか」
「いいよ」
あっさりとサランが頷く。
「えっと、あの、サランさん?」
「大丈夫大丈夫。今の私たちなら」
「とりあえず様子だけでも見に行きたい。俺が出る。一緒に来い」
バルさんが一緒なら間違いないか……。
「わかりました」
なんか怖いことになってきましたよ……。
大丈夫かな僕……。
ギルドの馬を出す。
サランにはギルドで一番大きい馬を。バルさんと僕は別の馬に二人乗りです。
「お前馬乗れねえのかよ……」
バルさんにしがみつきます。
どうせしがみつくならサランのほうがいいけど、僕とサランを二人乗りして走れる馬がいそうにないです。
「最近の若い奴らは使えねえ!」
バルさんが馬を走らせながら怒鳴ります。
「ビビリばっかりだぜ!」
「上級のハンターはいないんですか!」
「いるんだけどよ! 出払っちまってめったに帰ってきやしねえ!」
「ギルドの経営ってどうなってんですかっ?」
「いっつも貧乏だよ! 悪いか!」
……切ないですね。
日本でも猟協会も銃砲店もいつも貧乏です。
斜陽産業ですからね。
都会だと、医者や政治家のようなお金持ちが一千万円もするような銃でクレー射撃を楽しむので儲かってる銃砲店もありますが、地方だとほんと儲からない商売です。銃砲店の建物の古さを見ればわかりますよ。
農村を駆け抜けます。
「村に近い……早く何とかしないとな」
農家さんに馬を預け、山に踏み入ります。
バルさんは軽装の鎧、大振りの剣。
サランは弓と腰に剣。
僕は、ショットガン。サランの背中に隠れてこっそりマジックバッグを取り出して引っ張り出しました。
こんなこともあろうかと用意していた換え銃身に取り換えます。
18インチスラッグ銃身。絞りのない平筒で、短い銃身です。通常の散弾銃身より8インチ(20cm)も短いので取り回しがいいですよ。スラッグ銃身なんでフロントサイトとリアサイト(※1)が付いてます。
これにスラッグ(※2)ではなく、9粒弾のバックショットを装填します。
絞りがありませんので、通常の散弾銃身に比べれば、より幅広く散るはずですね。
ソウドオフショットガンみたいなもんです。
ソウドオフって、金鋸で切り落とすって意味があります。
銃身を短く切り詰めたって意味ですね。犯罪者がやる方法なんでどこの国でも違法です。アメリカでも18インチ以下の散弾銃は禁止です。
ここは異世界だから関係ありませんが、さすがに大事な愛銃にそこまではしたくないので、近距離戦闘を想定して、銃身だけ購入しておきました。
これがなんと金貨一枚半ですよ。一万五千円! やっすいですね! アメリカ万歳!
M870は貧乏人の味方でもあります。どんなパーツも安いです。
「……なんだそりゃ」
そりゃ驚くよねバルさん。
「ハトに使ってたやつをずっと強力にした物です」
「そんなのあるのか……。驚かされるなお前は」
サランと二人で上に迷彩のジャケットを着こみます。
「その服がまたすげえ……。目くらましってわけだ。模様が染めてあるとはよくできてるなあ。エルフの特産か?」
「まあそうです」
適当にごまかします。これも迷彩のジャングルハットも被って、準備は万全です。
バルさん、サラン、僕の順で山の獣道に踏み込みます。
バルさんはさすがベテランですね。すいすい山道を歩きます。
サランも。
僕だけがヒイヒイいいながらついていきます。役場の職員ですから……。
「ゴブリンの洞窟の見える場所、高い所から見下ろせるようなところに案内してよ」
「そのつもりだが……偵察だからな」
「あとはシンがやってくれるからさ」
「シンが? ハトとはわけが違うぞ?」
二人で勝手に作戦立てないでください。
「伏せろ」
バルさんが手を抑えるように指示を出し、ほふく前進で進みます。
木陰から顔を出すと……見下ろしで、いましたね。
200mぐらい先でしょうか。6倍のレーザー測長計で見ると、187m先、洞窟の前で焚火を焚いて、なにか焼いてますね。数は十二匹か……。
めっちゃキモイ。
すげえキモイ。
縮尺がおかしい。
人間っぽいんですけど頭が小さいです。
そのせいで子供にも見えません。赤い肌がむき出しで、棒の先にとがった石を縛り付けて火の周りを猫背で前かがみにウロウロ歩き回ってるのが不気味です。
一匹、普通の人間サイズに大きいですね。リーダーでしょうか。
こんな気持ち悪い生き物見たの初めてです。鳥肌が立つような違和感を感じます。
「シン、大丈夫?」
「あ……うん」
「それで? なにか手があるのか?」
バルさんが僕に聞きます。
どうやらライフルの出番のようです。
――――作者注釈――――
※1.フロントサイト・リアサイト
軍用銃のライフルのリアサイトは薬室の後ろにあり、ピープサイトと呼ばれる丸穴が多いが、猟銃のリアサイトは銃身の上にあり、拳銃同様凹凸型を合わせる方式しか存在しない。また、最初からスコープを使うのが前提でフロントサイトやリアサイトが無いライフルのほうが今は多い。
※2.スラッグ弾
散弾銃身でも発射できる大型の一発玉。散弾銃でも大型獣を仕留めるための強力な弾丸。
「弾丸に斜めに溝が切ってあり、これが風を受けて回転し安定した弾道が得られる」、と長らく思われていたが、近年のデジタルビデオカメラの高性能化により飛翔する弾丸がスローモーションで撮影できるようになったせいで、海外動画などでまったく回転していないということが証明されてしまった。スラッグ弾は矢と同じで、弾丸の重心が前にあるために横転しないのであって、回転することでまっすぐ飛んでいるのではなかったのである(「SLUG SPIN」で動画検索しその目で確かめていただきたい)。
正直に白状すれば作者も子供の頃に読んだ文献で、スラッグ弾は風を受けて回るものと思っていたのでこれには驚いたものである。
現在は全ての装弾メーカーのサイトで、スラッグ弾の宣伝文句から「風圧により安定した回転が得られ」という記述が削除されており、これを売り物にしているメーカーは無い。
次回「猟師が猟銃を使う理由」