14.ハンターになれるかな? ※
「これ全部お店なのかい?」
「そうみたい」
街路に面した建物はぜんぶお店だね。
看板に絵が描いてあって、何のお店かわかるようになってる。
読み書きのできない人もそれなりにいる社会か。
東口に近づくと荷物を満載にした台車を引いた人たちが右往左往し、店も野菜や果物、肉屋とか雑穀屋、小麦店とか調味料など食材中心になってきます。
その東口城塞門に一番近い一等地に店構えしているのが猟の買取卸店だね。
鹿とか、イノシシとか丸ごと台車に乗せられて店に運び込まれてるよ。
「よし、ここでちょっと試しになにか売ってみるか」
「ドキドキだねえ――!」
二人で街路に背を向けて、しゃがんで、マジックバッグを取り出します。
いやあサランが大きいからね。これだけで人目をだいぶ避けますね。
黄色い鞄からシカの皮を一枚だけ出してサランに持たせます。
「おういらっしゃい。買い取りですか?」
入るとカウンターのじいさんが声をかけてくれる。
人当たりのよさそうな優しそうなおじいさんですね。
ぼくのおじいちゃんを思い出します。
「はい」
「ハンターカードをどうぞ」
……僕の害獣駆除従事者証じゃあダメだろうね。役場の発行だもんね。
「実はこの街に来たばっかりでして、まだ持ってないんです」
「うーんそれだと買い取り価格は半額になってしまいますよ?」
「ハンターカードってのはどうやって手に入れるんですか?」
「それだったら裏で聞いたほうがいいですね。それは鹿の皮だね?」
「はい」
「姉ちゃんの頭はアライグマかい。その帽子いいな。売れそうです。アライグマも獲れるのですか。この辺にはあんまりいないですが」
「他にもキツネとかカラスとかハトとか鳥をいろいろと」
「クマとか野牛、コヨーテ、オオカミ。魔物も少し」
……そんなものまで獲るんですかサランさん……。
「そりゃすごいな。歓迎しますよ。裏にハンターギルドがありますからそこで話してみて下さい」
「わかりました」
「あと! それはあとでちゃんと売ってくださいよ!」
「もちろんです。帽子はダメですけど」
「惜しいねえ。それずっと街でかぶってるといいですよ。きっと流行ります」
「うーん」
「なに?」
「その帽子、流行ればエルフの特産になっていい商売になりそう」
「そう? じゃ、ずっとかぶってる」
「僕もかぶろうっと」
街路の裏道を通りながら、僕もマジックバッグからアライグマの帽子を取り出して被りました。
「おそろいだね」
「あはははは!」
サラン嬉しそうだな。
アライグマ夫婦って、ハンターの中で有名になったりしたらいいなあ。
裏のこじんまりしたところにハンターのギルドがあった。
事務所って感じ。
「こんにちは。あの、ハンター志願なんですが、受け付けはこちらでしょうか」
「そうだ。君たちハンターになりたいのか」
受付にやってきたオジサン、現役ハンターっぽい強面だ……。
「ええ」
「ふーむ……。それは鹿の皮だな。鹿ぐらいは獲れるということか」
「まあそうです」
「どこの出身だ」
これは正直に言わないとダメだろうな。そもそも嘘を言う理由も無ければアテもないです。
「コポリ村です」
「……コポリ村? コポリ村って言うと確か……エルフの村?」
「はい」
「あんたたちエルフなのか?」
「んー、まあそうですね。サラン、帽子取って」
ぴょこん。耳が飛び出す。
「……こんなデカいエルフ初めて見たよ」
放っておいてくれませんかね。
「あんたもか」
「僕は人間ですが、エルフの村でお世話になっております」
帽子を取る。
「……そんなブサイクなエルフいるわきゃねえしな。うん」
放っておいてください。
「にらむなにらむな。悪かったよ」
どうどうどう、手を振っておじさんが笑います。
「アンタたちが鹿やアライグマぐらいは獲れることは見りゃわかる。出身もエルフじゃコポリ村で間違いなしだ。身元はそれでいい。ま、一応ハンターになるってことで腕前は見せてもらう。あんた何使う」
「私は弓。剣も少々。大型獣には槍も」
「僕は……彼女のアシスタントです」
「なんだよアシスタントって」
「まあ手伝いです」
「ヒモかい。だらしねえな」
「私の旦那は一流のハンターだよ。バカにするのは許さないよ」
「ってあんたたち夫婦かい!」
「そうですが」
びっくりですなオヤジさん。
「んー……まあ、聞かなかったことにするわ。どうでもいいしな。で、エルフがハンターになったってのは無いわけじゃない。俺がガキの頃にも何人かいたからな。昔の話だが……、今は禁止ってわけでもない。断る理由は無いな」
そして僕に向きなおります。
「旦那、正直なところあんたなに使うんだ? 言いたくないのか?」
「見せたくないです」
「魔法使いか」
「……まあそういうわけでもないんですが。罠とか道具とかちょっと変わった方法でハンターやってました」
「ふむ、魔法使えるなら魔法使いとして生きるほうがずっと金も入って出世もできる。魔法使いがハンターなんかやるわけないな。いてもだいぶ変わり者だ。ま、いいだろう。そっちの姉ちゃん……奥さんがハンター試験合格したらあんたもセットで認めてやる。あの気位の高いエルフが惚れて嫁になるような男、当然奥さんより実力が上なんだろうからな」
「奥さん……」
そこに反応しますかサランさん。にやけてますな。しょうがないですなあ……。
「弓持って来たか? 貸し弓もあるが」
「あります。持ってこないといけませんが」
「じゃあ用意してくれ。そこの扉で裏庭に出る。そこでテストする」
一度ギルドを出て、マジックバッグからサランの長弓、矢筒を取り出します。
「なにやらされるんだろうね」
「まあ的あてかな……」
銃砲所持許可をもらうとき、銃砲店の公認射撃場で講習を受けて実技検定を受ける必要があります。実銃の散弾銃を練習射撃した後、飛んでくるクレーに向かって散弾を発射し、規定枚数撃ち落とすことができなければ不合格になり、所持が認められません。まあ当てられるようになるまで、何度でも練習させられますが。
自動車教習と同じですね。
日本の猟銃所持許可は厳しいんです。世界一でしょうね。
「うおっ……でかい弓だな! そんなの持って歩いて止められなかったか?」
おじさんびっくりですね。
世界的にも大型と言われる日本の弓をさらにぶっとく、ごつくしたという感じのサラン専用長弓ですから。
「あれに当てろ。安全確認は慎重に」
30m先の30cm四方の板。
……。
サランが半目になっております。
だよねー……。
「構え!」
ぎりぎりぎりぎり……。
「放て!」
ばしゅ!!
どごんっと的の板がぱっかり割れて吹っ飛んでしまいました。
「……終了。これ以上やる意味が無いわ。さすがはエルフ」
事務所に戻って紙を出してくれます。
「じゃ、名前と出身村」
書いてくれるのか。ハンターじゃ読み書きできないやつもいっぱいいるか……。
「シンです。コポリ村」
「『シン』ね。業種は……まあ、罠猟師ってことにしておくか。姉ちゃんは?」
「サラン」
「……サラン?」
おじさんがまじまじとサランを見ます。
「アンタがサラン……」
「有名なんですか?」
おじさんが頷く。
「大きな声では言えないが、裏では『コポリ村には近づくな。サランがいる』って話はある。鬼のような大女のエルフで奴隷さらいの野盗どもを串刺しにしたり真っ二つに斬ったり頭を握りつぶしたり……」
「そんなことしたことないよ!!」
「わかってるわかってる! 商人が野盗避けに流したウワサだ。話が大げさになってるだけだ。誰も信じちゃいねえよ! こんなかわいい姉ちゃんだとは思わなかったってだけだって!」
「信じてんじゃないかい!」
「まっ、まあ、その、そんなわけで、いや、いいからいいから。ほら、カードだ」
二枚のカードを渡してくれる。
「1級から6級まであるからな。二人とも6級からスタートしてくれ。仕事っぷりを見て昇級してやる。あと手数料一人金貨二枚で二人で四枚」
……急に懐が寂しくなりましたね。
「毎年更新するからな。一年経ったらまた来てくれ。どこの街のハンターギルドでもいい。一年の間一度もハンター仕事しなかったら抹消されるからちゃんと働けよ。仕事は表の買い取り店の掲示板に貼ってあるから、獲物を持ち込むなり、仕事を引き受けるなりやってくれ。税とギルドの手数料は最初っから引かれてる。仕事の申し込みも税と手数料を支払い済みなもんは報酬を依頼主から直接受け取っていい」
「わかりました」
「護衛仕事とか野盗退治とかは3級になってからだ。受けられる仕事のランクは紙に書いてあるから注意しろよ。ま、もし野盗に襲われたら返り討ちにしてかまわんが」
「はい」
「この街から出入りする時は東門の衛兵にそれ見せろ。入城税は免除される。武器屋で武器買う時も必要だ。一般市民に武器は売らない。街を武器持って歩く時もそれを必ず携帯するように。衛兵に止められたら見せろ。獲物を持ち込んだ時もカウンターで見せるように。正規の買い取り額で買い取ってもらえるからな」
「はい、あの」
「なんだ」
「ハンターが守らないといけない法とかありますか?」
「妙なことを言うなあ。平民でやったらダメなことはハンターもやったらダメだ。平民がやっていいことはハンターもやっていい。強盗、殺人、詐欺、誘拐、ケンカに決闘、やったらダメなことはいくらでもあるが、ハンターだからってやっていいことなんて一つもねえよ。なにが疑問だ? エルフの村じゃ泥棒していいわけじゃないだろ」
そういうことじゃなくて、あの、鳥獣法とか銃刀法みたいなやつです。
「絶滅の恐れがあるので狩猟してはいけない動物や植物とか」
「絶滅してほしい動物や魔物ならいくらでもいるが、絶滅されたら困る動物なんていねえよ。好きなだけ獲りな」
……そういう考えが多くの動植物を絶滅に追い込んできたんですけどね。
「ま、エルフは掟で獲っちゃダメなやつはいたかもしれねえな」
あるのかな?
まあ、それはサランに聞けばいいや。
「いろいろありがとうございます」
「あと、俺はここのギルドマスターのバッファロー・バルだ。覚えとけ」
「……ギルドマスターってヒマなんですか?」
「事務の姉ちゃんが産休で休みなんだよ! 今みんな出払ってて人手が足んねえんだよ! 失礼なこと言うな!」
申し訳ありませんでした。
「一つ質問していいかい?」
「なんだ」
サランが目をすっと細めてカウンターにどすんと両手をついてバルさんをにらみます。
「先日、エルフの子供が人間の野盗に誘拐されそうになった」
「……そうか」
「ギルドが関係しているということは無いのかい?」
「絶対にない」
「あんた私のことを知っていたね」
「知っているとも。情報を集めとくのもギルドの仕事のうちだからな」
「……エルフを誘拐しようとするような悪党は一人残らず全員殺すよ」
「どんどんやってくれ」
……。
「この国では誘拐してきた人やエルフを奴隷として売るのは犯罪ですか?」
「誰であろうと奴隷狩りは重犯罪」
「ではどうしてそのような犯罪が後を絶たないのでしょう?」
「……儲かるからだろうな」
「儲けているのは誰ですか?」
「闇の奴隷商」
「誰が買うのです」
「貴族」
権力者か……。
「合法な奴隷もいるのですか?」
「奴隷など、全て違法に決まっている」
「取り締まりは?」
「進んでない」
「なぜ?」
「……貴族がらみだから」
なるほどね……。
「もし、ハンターで手を貸しているヤツがいたとしたら?」
「ハンターの面汚しだ」
……トン。
サランがポケットからカードを出して、バルさんの前に置く。
「誘拐団の五人のうち賊の一人がこれを持ってたんだよ」
「……アランが」
バルさんが目をむきます。
「そいつらをどうした?」
「知らないね」
「……だろうな」
ふうー……。
バルさんが息を吐いて、どかっと座り込んでカードを引き出しの中に放り込みます。
「この事は誰にも言うな。俺も言わん。アランは行方不明」
「ちょっと!」
「知らんと言ったのはお前だろう」
そうでしたね。はい。
「公になったらお前たちを敵にするやつらがいるかもしれん。今は秘密にさせてくれ。俺もできることは調べておく」
「……」
「お前たち」
「はい」
「早く3級になれ。そうすればお前たちの手を借してもらう。期待してるぞ」
「わかりました」
次回「ハンターの初仕事」