11.大事件が起きてます
朝。
すーいすーい……。体を洗って、朝食取って、川下り。
さあいくぞーって感じ! 一晩ぐっすり休んで今日も元気いっぱいです!
目の前でぶんっぶんってパドルを操るサラン。今は上の迷彩服は脱いであのエルフ風の緑のノースリーブ。
たくましい腕、広い肩幅、そしてくびれたウエストに三つ編みした長い金髪。
うーん……美しい。こんな人が僕のお嫁さんだなんて、僕ってつくづく果報者。
「見えてきた……けど、なんか様子おかしいし」
ん?
カヌーの座席の上で膝立ちして、双眼鏡で前を見る。
男たちが川の桟橋から一斉にバシャバシャと船をたくさん出していますね。
慌てています。
なにがあったんだろ……。
念のため、レミントンM870をマジックバッグから取り出して、カバーをかけて抱えておく。
桟橋に大勢エルフたちが集まって大騒ぎになってるようです。
みんなの注目を浴びながら、すいーと桟橋に横付けします。
「コポリ村のサランです。なにかありましたか?」
「サランちゃん!?」
「エルンさんっ? エルンさんでしょ!」
お知り合いでしたか。
「サランちゃんずいぶん大きくなって……あ、それどころじゃなくて!」
「どうしたの!?」
「子供が、村の子供が人間の盗賊にさらわれて!」
「ホント!」
「今みんなが追いかけて出て行ったの!」
「川を下って逃げているんですか?」
「たぶん……。って、あなた人間?!」
みんなが驚愕する。
その場にいた男どもが、いっせいに僕に剣や槍や弓矢をむける!
「待って待って待って! この人私の夫! ダンナ! 結婚相手!」
サランがぶんぶん手を振って、僕も手を上げて抵抗する意志のないことを示します。
「サランちゃん人間と結婚したの……?」
「そんなこと後でいいですっ。盗賊追いかけてるんですよね!」
僕が声をあげると、エルンさんが手を振り回します。
「そう!」
「行こう!」
「うん行ってくる! エルンさんまた後でね!」
ゴツンッ!
サランがパドルを桟橋に押し付けてカヌーを出し、猛烈に下流に向かって漕ぎ出した。
僕も銃を肩にかけて、パドルで漕ぐ。
素晴らしいスピード! すげえパワフル!
凄いよサラン!
見る見るうちに先行するエルフの男どもの手漕ぎボートに追いついて、追い抜く!
なんか怒声上げてるけど気にしない。一刻を争うからね。
ぐんぐん漕ぎ続ける。
すごいスピード……。疲れ知らずですかサラン。
首筋に汗が光る。
それにしてもいったいどんな奴らが誘拐なんて……。
「見えた!」
5人乗りぐらいの小型船。ばっしゃばっしゃと水煙をあげているのは川イルカか。
双眼鏡で観る。汚いカッコの男ども。人間だ……。
シャキ、ジャキンッ、シャキ、シャキ、シャキ、シャキッ!
M870の薬室と弾倉に5発のバックショットを装填する。
8.4mm弾が9粒入っている鹿撃ち用の散弾。バレルは26インチスムースボアのフルチョーク。
……人間を撃つのか。
……撃てるのか僕に……。
ひゅんっ。
矢が飛んでくる。サランがパドルを操ってかわす。
殺す気か!
距離50m!
「サランッ! 横に並んで!」
ぐいぐいパドルを漕いで横に並ぶサラン。
船の上では五人の男。距離30m!
麻袋が動いている。さらわれたエルフの子供かっ。
鳥肌が立った。
なんなんだこいつらっ……!
弓を引く船上の一人を狙う。
ドコン! ジャキッ。
一人、崩れ落ちて川に落ちる!
もう一人、弓!
ドウン! ジャキッ!
ばっしゃーん……。水に落ちる。
剣を持って怒鳴ってる。
その胸に向かって。
ドウン! ジャキッ!
どたっ。
船上に倒れる。
ドウン! ジャキッ!
腹に散弾を受けて水に落ちる男。
「寄せろ!」
サランがカヌーを近づける。
残っているのは川イルカの手綱を握っている男。
「動くな! 船を止めろ!」
男が手綱を引くと、川イルカが水面に頭を出して水を噴き上げた。
「手をあげて船に伏せろ。動いたら殺す!」
僕が何をしたのかはわからなくても、言うことを聞かないと今船の上で血まみれになって倒れている男みたいになる。それは手綱を握った男にも、分かったでしょう。
……。
サランが賊の船に乗り移って、麻袋の口を開きました。
「もう大丈夫よ……」
ぶるぶる震えているエルフの女の子。
よかった……。無事だった。
その後、追ってきたエルフの男どもに取り囲まれて大変だったよ。
僕は銃をマジックバッグにしまって手を上げて、とりあえず丸腰アピール。
サランはずっと剣を船に伏せてる船頭の男に突き付けてる。
バックショットで胸を撃たれた男は虫の息です。肺に穴が開いている。放っておけば死ぬでしょう。
「こいつが賊さ。残りは始末した。女の子は無事だよ!」
「アンタは?」
「私はコポリ村のサラン」
おお――と男どもの間から声が上がる。
有名人か!
「コイツは私の旦那さ。まだ新婚なんだから、失礼したら怒るよ!」
「いや人間じゃん! 人間て、サランさん人間の嫁になったの?!」
「悪いかい!」
「……」
悪いみたいじゃないですか。やめてくださいよその言い方……。
その後、カヌーを船につないで、川イルカに曳かせて、桟橋まで戻ってきた。
男どもは川の流れに必死に逆らって漕いできましたね。ご苦労様です。
「ママ――ッ!」
エルフの女の子が走っていって一人の女性に抱き着きます。
泣き崩れておりますな。よかったですな。
川沿いのエルフ村、トコルの村長がやってきて、事情聴取。
男の死体もある。一味の船頭もいる。子供も助かったし、なによりサランがいます。
僕がサランの旦那ってのはちょっと理解が難しかったみたいだけど、コポリ村の村長の紹介状があるからね、それを見せれば納得してくれたみたいです。
「エルフの女や子供が誘拐されて売られる事件はたまにある……。残念なことだが、未然に防げたのは幸いだった。協力、感謝する。コポリ村のサラン、客人として歓迎をさせていただこう」
わああーっと歓声が上がりました。
よかった……。僕、下手したら殺されるかと思っちゃったよ。
「それにしてもこの傷はなんだ? こんなの見たこと無いぞ」
船に倒れていた男、流されそうになってあわてて拾い上げた死体、回収できた三体の死体を並べて村長が首をひねりますね。強力な散弾銃をぶち込まれた広範囲の銃創。
「私の旦那の魔法さ」
サランがあっさりと言うと、村長が目を剝きました。
「いったいどんな魔法を……。あんた、タダもんじゃないな。さすがはサランの旦那と言う所か……」
その夜は歓迎会になりました。広場で火が焚かれます。
サランさんは人気なんですなあ。一目見ようと村中の人が集まってます。
特にさらわれた女の子がずっとくっついてて離れませんね。
僕は目立たないように、声をかけられたりしないように、おとなしく、おとなしく、食事中です。
「あなた、サランちゃんの旦那さんなんですってね」
エルンさんが近づいてきて横に座る。
「はい」
「サランちゃんが結婚ねえー……私も歳をとるわけだわ……」
いえいえあなたすんごい美少女にしか見えませんてエルンさん。
「まだ子供だったのに、あんなに大きくなって」
なりすぎですよねー。
くすくす笑う。いくつなんすかエルンさん……。
「サランって、こっちでも有名人なんですか?」
「そうよー。エルフ族最強の戦士。男でもかなわないね」
そうだったんだ……。
びっくりだね。
「なかなかお嫁にもらってくれる人がいなくって。ほらエルフの男どもってひょろひょろのくせにプライドばっかり高いから」
あーなんとなくわかります。
「そんな話をね、聞いてたんだけど、まさか人間と結婚するとはねー」
「あはははは……。でもね、僕は幸せですね。素敵なお嫁さんだと思っています」
「そうかー……」
……。
「いっぱい可愛がってあげてね」
「もちろんです」
「話は聞いた!!」
おうっなんかエルフにしては珍しくゴツめの男が来たぞ!
「盗賊、全部倒したのお前だそうだな!」
「はい。まあ」
「そのうえサランを嫁にしたってな!」
「ええ」
「すげえなお前! 一杯、注がせてくれ!」
うう……、酒は飲めないんだけど、断れないよなこれ……。
ぐっと飲む。
うげー……なんだこれ……。
「サランを嫁にって、すげえな!」
「サランより強いんだろ!」
「俺たちがかなうわきゃねーな!」
「そんな勇者がいたとはな!」
サラン……、あなたどういう人なんですか……。
「いいかげんにしてよ」
サランがやってきて、僕をひょいっと抱き上げました。
「私たち新婚なんだよ? いいかげん寝かせてよ」
みんなが顔を見合わせる。
「おうっそうだったな! あっちの小屋使ってくれ!」
使ってくれって……使ってくれって……。
ぷはあっ。
あの……サランさん酔ってます?
そのまんまお姫様ダッコされて小屋に入ったなり寝床にバッタリ。
寝ちゃいましたね。
僕も寝るとしますか……。疲れたよ……。
次回「さあ人間の街だ」