鈍 -Perceive- 【ありがたきいただきもの】
これは、天然?
それとも……確信犯?
「だから、ここでこういう結果に……って、カナちゃん、聞いてる?」
「えっ!? あ、はい、美味しいですよね紅茶って!」
「そうだね……君が聞いていなかったことがよく分かったよ」
眼鏡の奥にある瞳が、冷気をまとった。
あぁもう……何をやってるんだか、あたしってば。
折角、彼――この研究室の主である国枝浩隆さん――が時間を作って、レポートの説明をしてくれているというのに。しかも二人で横並びに座って。
二つ並んだカップから、香しい紅茶の香り。
平日の午後、周囲の喧騒から切り取られたような空間で、文字どおり、二人っきり。
いや、だからこそ、話が右から左にすり抜けてしまうのだろうか。
たまに不可抗力で彼に触れる右肩が……少し、熱い。
至近距離、横からまじまじと彼を見つめることなどなかったので、嫌でも視線は手元のレポートから離れ、迷子になってしまう。
そんな状態で「話を聞いている」って言ったって、信用してもらえるわけがなかった。
「疲れているのなら、あまり説明しても理解が中途半端になるだろうから、この辺にしておくけど」
「いえ、そんなことないです! スイマセン……集中します」
自分に言い聞かせるように呟いてはみるものの、雑念を全て払うことはできっこなさそうだ。
だって、ねぇ……。
初めて会った時は、鋭く研ぎ澄まされた、冷たい印象。
再会してからは……少なくとも以前よりとっつきやすくなったというか、何というか。
二度と会うはずがない――そう思っていた相手と再会した縁は、何かの偶然? それとも、必然?
あたしは心を落ち着かせようと思って紅茶のカップを手に取り、一口――
「あ……」
刹那、彼が間の抜けた声をもらす。
珍しく。
「え?」
口の中身を飲み下してから気付いた。
たった今、あたしが口をつけたこのカップは――!?
「えぇっ!? あ、あの……ごめんなさいっ! 何間違えてるんだろう、あたしってば……!」
そう、完全に彼が飲んでいたカップである。
手をのばした先にあったから、つい勘違いをしてしまったみたいだ。
しかも、さっきまで綺麗な飴色で満たされていたのに……緊張を紛らわそうとして、あたしがほとんど飲んでしまっているし。
お詫びとしてあたしが淹れなおしたいけれど、この味は彼でなければ出せないのだ。
どうしようかと途方に暮れるあたしを横目に。
彼は平然と、こんなことを言う。
「気にしなくていいよ。じゃあ、僕がこっちをもらうから」
「え……?」
そして、何事もなかったかのように、本来あたしが飲むはずだった紅茶の入ったカップをソーサーごと自分の方へ引きよせ、一口。
あ、いや、その……まぁ、気にしな人は気にしないのだろうけど。
彼が、視線を泳がせている私に訝しげな表情を向けた。
「どうしたの?」
「何でもない……です」
きっと、今の貴方には説明したって、理解出来ないと思うよ。