伍
連れて来られたのは、小高い丘にある寺だった。
その寺には相変わらず現代的な物は微塵も見当たらず、一連の出来事からも否応なしに、あってはならないある結論が頭をよぎる。
先に姫が本堂に入ると、それに続くよう促された。
本堂の中央あたりで姫がこちら向きに振り向いた。真昼間だというのに本堂は異様に暗い。所々にあるロウソクの灯だけが姫の姿を照らしている。
「・・・座りましょうか」
そう言って姫はその場で、折り目正しく正座した。一呼吸置いて、俺もその場で着座した。
座り込んだ後、あたりを見渡すと本堂の四方の端に人影が見える。完全に警戒されている。
「大丈夫。あの人たちに私とあなたの言葉は通じないわ」
フォローになっているのか、なっていないのかよく分からないフォローを姫が入れる。
もし、そうだとしたら。
あってはならないある結論が確信へと変わってしまう。
「『どうやってここに?』では、あまりにも抽象的過ぎたわね・・・質問を変えましょう。あなたはここをどこだと思う?」
最初の質問とは打って変わって、穏やかな口調だった。
「ここねぇ・・・」
推測だけで回答をするのは危険と思い、言葉を濁した。
頑なに現代のどこか説を貫いても良かったが、姫のその真剣な眼差しの前では何故か躊躇してしまう。
「そう言えば、どうしてわざわざ俺に声を?」
言葉に詰まったので、こちらからも質問してみる。
あまり、好ましいやり方ではない。
「・・・服が・・・服装が私の知っている現代だったから」
聞かなきゃよかった。
これで全ての事柄が一つに繋がってしまう。言葉が通じないのも、この服を着てる限り異質な何かと見られるのも、現代知識が全く役に立たないのも。
「・・・察したかしら?今は西暦1550年頃。つまり、戦国時代初期の日本よ」
決定打のように姫は言った。
タイムスリップの類はフィクションであり、ドラマやアニメとか漫画の世界だけの話だと思っていたが、現に自分がそんな目に合うとは。
「信じるも信じないもはあなたの自由だけれど、少なくとも私達二人がこの世界で異質なのは確かよ」
混乱気味の俺を尻目に、姫は機嫌よく続ける。
「いやー・・・しかし、久しぶりに普通に喋るのって楽よねぇ。この時代の言葉って訛りがひどくて疲れるわ。全く違う言語なんだもの」
正座の足を少し崩し、リラックスして上機嫌な姫さんである。
俺は俺で、何とかタイムスリップの事実を受け止めつつあった。
それと同時に、この時代で生きていくため術を何も持っていない事に背筋が凍る。
俺が死なない為には、唯一言葉の通じるこの姫に生かしてもらう他ない。
とりあえず聞き手に回ると、姫は色々教えてくれた。
こっちに来たのは3週間ぐらい前で、起きたら姫の布団だった事。
こっちに来た当初は言葉も知識もなかったが、取り巻きが勝手に記憶喪失と勘違いしてくれて、赤子に物を教えるかのようにみっちり勉強させてくれた事。
あと、きちんと名前があって、その名は『帰蝶』と言う事。
俺は、同じタイムスリッパーでも、降り立つ場所が違えばここまで違うのかと落胆するばかりだった。
そして、最後に姫・・・帰蝶は寂しそうに睫毛を震わせながらこう言った。
「・・・私ね。近々お嫁に行くらしいの」