壱
目が、覚めた。
急に意識を失う自分に戸惑いながらも、俺は辺りを見渡す。
ぼんやりした頭で認識したのは、どこまでも高い空と田んぼと雑草がぼうぼうに生えたあぜ道だった。
田舎である。未舗装の道に電柱すら見当たらないド田舎だ。
あろう事か、そのド田舎のあぜ道のド真ん中に俺は大の字で倒れていたらしい。
近くの田んぼで作業をしている農家さんの懐疑的な視線が痛い。
とりあえず起き上がると、俺は情報収集をする事にした。
スマホは圏外で使い物にならない。相当の山間部なのだろう。
とにかくこちらから行動をしない限りどうしようもない。
意を決して、俺は歩き始めた。
人との会話は苦手だが、家に早く帰る為にはやむを得ない。
まずは民家を探そう。
あぜ道は風情があると言えば聞こえがいいが、正直歩きにくい。
それにしても、この人口密度の低さは異常だ。
たぶん小一時間歩いた。もっと長い気がするが。
やっと民家を見つけた。
民家と言っても、白川郷のような瓦葺屋根の建物で、あぜ道に面してぽつんと建っていた。なんとなく地域格差を感じる。
とりあえず入口らしき方へ向かうと、信じられない事に玄関はおろか引き戸すらもなかった。
ただぽっかりと土間へ続く口があるだけだ。防犯意識とは何なのだろう。
「・・・すみませーん・・・」
声を掛け、建物の中の様子を伺いながら、ゆっくりと敷居をまたいだ。
建物の中は暗く、窓から入る申し訳ない程度の光だけが屋内を照らしていた。
返事がないので、仕方なく土間を通り、奥の部屋へ入る。
すると、部屋の片隅で小さくなって震えている幼女を見つけた。
お。目があった。
ぼさぼさ髪にあばた顔の服装も継ぎ当てだらけで、決して綺麗な姿とは言えない幼女は、泣きそうな顔でじっと俺を見る。
こちかから危害を加える気は毛頭ないが、この調子ではまともに話を聞いてもらえそうにない。
これが人見知りというやつなのだろう。この年齢の女の子だし無理もない。
仕方なく諦めて踵を返すと、今度は入り口で大人の女性が呆然と俺を見つめていた。
服装は幼女と同じく、継ぎ当ての和服で苦労感がにじみ出ていて髪型も少しアレだが、少なくとも会話はできそうだ。
「あの・・・すみません。ここは・・・」
俺が問いかけるなり女性は目の色を変え、腰を落として手に持っていた草刈り鎌を構えた。
明らかに敵対の意思表示である。
道を聞くだけでここまで邪険にされると、正直凹む。
「あのですね・・・」
ひるまず聞いてみる。頑張れ俺。
ほんの一瞬、お互いの視線が切れた。次の瞬間、その女性は鎌を振り上げながら一気に間合いを詰めてきた。
この人、本気で俺を殺す気だ。
動揺しつつも、何とか自己防衛本能が利いてぎりぎりのところで凶刃・・・凶鎌を回避できた。人間やればできるものだ。
この一撃でお互いの立ち位置が変わった。つまり、俺が入り口側を背にする事ができた。
逃げよう。とにかく逃げよう。
俺は二人を全く振り返ることなく、一目散に建物を走り出た。
この部落は言葉が通じない上に、限りなくおっかないらしい。
しばらく走った後、遠くから建物を振り返ったら部屋の中で女性と幼女がお互い肩を抱き合って号泣している姿が見えた。
絶対にやましい事はしていないと誓えるが、その姿を見るとほんの少し胸が傷んだ。