玖
その地図のマスコット的イラストは、岐阜城が稲葉山城を建て直した城であるとほざいている。
そして、城内で身振り手振りを交えて掴んだ情報によれば、ここは稲葉山城で間違いなさそうだ。
あまりの、都合の良さに不気味のものを感じてしまう・・・
と、いう事は。だ。
もし、この時代からあの岩が存在していれば、方法はともかく今すぐに現代へ戻れる可能性があるという事だ。
この事を帰蝶に伝えた方が良いか迷ったが、実際に岩を発見してからでも遅くないと冷静に考えた。
最近のお互いの距離感からすると、そう易々とは会話する機会を持てそうにない。
俺は夜が来るのを待って、捜索に備えた。昼間では目につきすぎるし、いろいろ詮索されると厄介だ。
夜になった。
今夜は満月で、思ったより夜道が明るかった。俺はつい先日の、いやいや歩き回った順路を思い出しながら、目的の岩を探し回った。
不思議と不安は起きず、ただただ作業に没頭できた。
さわっ・・・
風が吹いた。その風は木々の葉を揺らす。ふと見たその木の下に、人影を見つけた。
その人影は俺に気づくと、ゆっくりとこちらに向かって歩みを進める。
「・・・帰蝶」
月明かりで徐々に輪郭が現れてくると、思わず呟いた。
胸がびっくりするぐらい高鳴っている。
どうしてここに?とか、現代に戻る手立てが見つかったとか、沢山話したい事があるのにどれも言葉にならない。
「・・・お散歩?」
帰蝶がにっこりと微笑んで話しかけてくる。その表情がやけに久しぶりに感じて、思わず泣きそうになる。
「色々と・・・な。そっちは」
なぜか名前を言えない。前は意識さえしていなかったのに。
「ほら、急に姫とか言われても、いろいろ・・・ね。だから、こっそりこうやって城を抜け出してるの」
帰蝶はころころと笑いながら言う。現代語で心置きなくしゃべれるのも手伝ってか、ずいぶん饒舌だ。
ほっと俺のの心の中で何かが緩む。
「あっ、そうそう。久しぶりに話せたから、ちゃんとお礼を言っておくね」
ぱん。と手をたたいて、急に神妙な面持ちで帰蝶は言う。俺は思わず息を飲んだ。
「今まで、ありがとうございました。私、やっとお嫁に行く決心が付きました」
・・・は?
急転直下とはこの事か。さきまでの、ふわふわした気持ちがその一言で一気に地面に叩き付けられた。
言葉の意味をすぐに理解できないぐらい動揺している。
「私ね。最初は、知らない誰かと結婚する事が嫌で嫌で・・・こんな不幸なのは自分だけだと思ってた」
思い出話のように帰蝶が続けるが、あまり頭には入ってこない。
「だけど、あなたに出会って、苦労してるのが私だけじゃないって考えたら気が楽になって・・・それから、あなたの事が気になって、毎日みんなに聞いたわ」
・・・違う。誤解しないでくれ。俺は自分が生きる為に『姫』を利用してただけだ。
「そうしたら、みんな口を揃えて言うの『姫の見出したあの男は勤勉で優秀です』って」
・・・優秀なんかじゃない。お前に恩を返しているだけだ。
「そのうち私がいなくてもあなたは立派に独立して武将になるかもしれない。そう考えたら、結婚も怖くないなって。私も頑張って戦わなきゃって」
少し寂しそうに眼を伏せながら、帰蝶は言葉を紡ぐ。俺は思っている事をひとつも発せられぬまま、話がすすんでいく。
「だから、私は大丈夫。心配しないで・・・今まで、ありがとうございました」
零れそうな涙をごまかす為に、帰蝶は強引に頭を下げ、走り去ってしまった。
心に風穴を開けられた俺は、ただ呆然と立ちすくむだけだった。




