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屋形船

 世の中にはいろんな人がおりまして、それぞれが勝手気侭に暮らしているのが面白うございます。皆が一斉に同じ方向を向かなくていい世の中は、本当にありがたいものでございますね。

 歌舞音曲にうつつを抜かす人もおれば、歌や踊りの稽古よりも、お師匠さんの腰つきがという人もおられます。日がな堀端に竿を出しているご隠居がおられます。いやいや優雅な暮らしをなされていると感心していましたら、翌朝、釣った魚を河岸で売っているてなこともございます。見た目と本性がまったく違うなんて面白さもございますね。

 以前、旅をしましたときに、名所を丹念に絵にしているお武家様がございました。堀端の楓がはらはらと舞い散る様を絵にしておられたのですが、その隅のほうには改築普請真っ最中のお城が……。お武家様の役向きが想像できるというものでございますが、それと同時に、路頭に迷う浪人衆まで描き込まれているようでございました。

 そのような堅いお人でなくても、また面白い人間模様を垣間見ることができますよ。

 火事と喧嘩は江戸の花なんぞと申しますが、それほどに多かったのは確かでございます。それにまた、対岸の火事ほど面白いものはございません。喧嘩だって同じでございます。派手なら派手なほど面白い。双方ともに肩で息をしだしますと、どこからか力水が浴びせられそうな雰囲気で、見物人のほうが興奮していたりします。

 その喧嘩の最上級といえば、なんといっても敵討ちでございます。女敵討ちだとなりますと、鵜の目鷹の目で覗きにまいります。間男がどうにかして逃げようとしても、取り囲んだ見物人が黙っちゃいません。足蹴にされ、突き飛ばされて観念せざるをえなくなってしまいます。とはいっても、返り討ちということもあるから面白い。破れかぶれの礫が当り、まんまと逃げおおせたということもあったようでございます。

 正式な敵討ちともなりますと、これが大変。凄まじい人だかりができます。役人が駆けつけるわ、飴屋や蕎麦屋、外郎売り。はては風車(かざぐるま)やら小物類を売る屋台が並びます。そしていつしかガマの油売りが店開きし、芝居小屋がかかったり……。するわけはございませんが、格好の娯楽でございます。といっても、ほとんどが咄嗟の出会いでございますから、場所を選べなかったようでございます。



 本所深川、十四間掘。柳の並木がずいっと続いております。暮れもおしつまってまいりますと、葉などすっかり落ちてしまって、縄のれんが垂れ下がっているばかり。空っ風に煽られておいでおいでをしておりまして、夏の夜以上に背筋がゾクゾクッとしてまいります。とはいえ、この界隈の主役ともいうべき辰巳の芸者衆は、いくら寒くても足袋を履きません。お公家さんの世界にも通じるようでございますが、こればかりは何の因縁もないようですね。黒の羽織を粋に着こなした姐さんたちが行き来する土手から堀に下りますと、土手が風除けになるので案外に暖かい。懐に余裕のあるお方などは、船を雇ってぬくぬくとお運びになるようでございます。随所に設けられた船止めは、粋な客のにじり口のようなものでございましょう。

 土手へ上がりますと、通りをへだてて黒板塀が並んでおります。板塀をたどれば対に提灯が下がっておりまして、それを境に外側が生垣に、対になった提灯の間には暖簾が下がっております。提灯といい暖簾といい、控えめに書かれた屋号が上品でございます。

 今しも大柄な男が、『まゆ(けい)』と書かれた暖簾をくぐりました。

 娘婿に家督を譲ったのが三年前。それから気侭な暮らしを始めたお武家様で、元は金座の仕事をなさっていた、日下部(くさかべ)富三郎(とみさぶろう)良介(りょうく)様でございます。(いみな)が通称のようでもありますが、リョウスケとは読ませず、リョウクというのだそうでございます。

 さてこの日下部様は、無類の酒好きでございます。だからといって飯屋でも構わないというような粗野な酒ではなく、かといって野山に毛氈を敷くような風情も好みません。日下部様が酒を飲むときには、必ず女がいなければいけないという、いたって生臭い酒でございます。

 最近のぼせているのが、深川の売れっ子芸者の律。深川界隈では地回りすら三歩下がるという超売れっ子辰巳芸者でございます。今年が数えで二十と七、中年増から大年増にさしかかったあたり。決まった旦那をもたないから余計に評判が高い。誰が引かせるかが、注目の的でございます。といいますのも、艶っぽい流し目をくれるくせに身持ちが堅いのでございまして。女といえば見境のない日下部様でさえ、チョンとでも触れさせてもらえないという鉄女でございます。

 そのほかにも、一花(いちか)万里永(まりえ)凛太(りんた)、小春、史乃、まどか、などの年増盛りばかりか、圭織に小豆という年端のいかぬ半玉(はんぎょく)にも手をつけてしまいました。数えだしたら頭がどうかなるくらい喰い散らかしておりますが、まぁ、今のところはお律の威勢のよさにぞっこんでございます。

 難……というほどのことは見当たりませんが、役目を離れて色街通いをするうちに、身体を壊してしまわれました。どうやら腎の臓の病だそうでございます。日ごろは豪放磊落な日下部様ですが、人に知られたくない困り事があるのでございます。何かと申しますと、性、粗忽(そこつ)なのでございます。腎の病と言われたのを腎虚(じんきょ)と勘違いされまして、三度の飯より好きな秘め事ができなくなると大騒ぎ。そんな惨い余生なら、いっそ縮めてしまおうと短慮をおこされまして、皺腹を切るの切らぬので泣き喚いたのでございます。騒ぎを聞きつけた医師があらためて説明して、ようやく騒動が治まったという……。

 人は、生涯で二升がとこ吐精するといわれております。今の日下部様を支えているのは、まだ一升しか吐精していないという、儚い信念というのが本当のところのようでございます。

 さて、そちらの心配がなくなりますと、ただ色街で遊ぶだけでは物足りなくなります。日下部様は、お役にあるときから碁を打つのを大層楽しみにしておられました。碁であれ将棋であれ、ただ楽しんでいるだけなら良いのですが、力が入りますというと、どうしても賭け碁、賭け将棋に手が出てしまいます。酒と女の影に、博打好きという本性が隠れていたのでございます。


 このお話に欠かせない男がもう一人おります。

 幼子を育てている真っ最中、働き盛りでございます。多才な男でございまして、名を水無月(みなづき)上総之輔(かずさのすけ)と申します。上総之輔を名乗ってはおりますが、阿房の国は館山に起源をもつ古族の生き残りだとか。太平の御世にもかかわらず、騎馬武者になることを夢見ておりまして、先祖が爪に火を点すように蓄えた金子を持ち出して、馬を勝ってしまいました。見事な栗毛でございまして、なかなかに健脚でございます。毎朝馬を駆り、存分に鍛錬をすませてから行商に出かけます。

 以前は芝居小屋に居候していたこともありました。役者というのは体のいい男芸者でございまして、やんごとない上臈、お年寄りの目にとまれば幸いですが、下手をすると陰間をさせられます。欲に目が眩むと、両刀を使い分けるそうですが、上総之輔は、あわやというところでそれに気付き、男として生きる覚悟を決めたのでございます。

 上総之輔と同じように自ら馬をもち、騎馬武者を目指している若者が他にもおりますが、仲間内で駆け較べをしているうちに、それが賭けの種になることに気付きました。誰が一番速いか、その次は誰か。三番は? という具合に強い者を予想させて、見事的中した者に割戻し金を与えるようにしたところ、これがなんと大評判。近在はおろか、はるか江戸の衆までが金を握って駆けつけるようになりました。しかし、栗毛の馬は年老いてしまいました。新しく買った馬は鹿毛でございます。額に特徴のある模様がございます。忍が使う車剣のような模様。菱形が三つでございますから目立ちます。目立って仕官が叶うのならそれで良いでしょうが、体のいい博打でございます。あまり目立つことはしたくありません。そこで上総之輔が思いついたのが、予想屋でございます。これまでの経験やら人脈を活かし、強い者を予想してのけたのです。

 それがまた驚くほどよく当ります。すると客は、その予想を聞きたさに安くない金を上総之輔に握らせます。こうして、労せずして金を得ることを会得しました。

 ところで、上総之輔には別の野望がございます。騎馬武者になる夢が叶わぬのであれば、いっそ、戯作者になってやろうと考えました。予想屋として人々の欲深さをしっかり学び、行商で下町人情を学びました。残るは色恋沙汰と武家のことです。ですが、武家ほど面白みのないものはありません。ここはあっさり切り捨てて、色恋沙汰を学ぼう。そういうことなら手っ取り早いのが遊郭、でなきゃ岡場所と見当をつけましたが、ちらりと覗いただけでやめてしまいました。上総之輔にとって、あまりに露骨な場所だったのです。鼻血を垂らしてふらふらしている新内流しなど相手にしてもらえません。そこで目をつけたのが深川でございました。早めに行商を終えますと、新内流しとして本所深川界隈をうろついているのでございます。手先が器用ですので、端唄も歌いますし、都々(どどいつ)も求めに応じてこなします。きれいに剃り上げた月代を隠すように手拭いをちょいと載せまして、着流しに羽織でございます。新内流しではありますが、端唄を歌うときには三味線は(ばち)で小気味良く。新内や都々逸では爪弾くと切り替えができるのです。十四間堀も上総之輔が流す場所でございました。



 少しばかり遡りますが、日下部様と上総之輔の出会いをお話ししなければ埒があきませんので、その馴れ初めをお聞きいただきましょう。


 日下部様が碁を嗜んでいるということは先にお話ししましたが、その碁敵というのが午雲(ごうん)さんでございます。上野寛永寺の中に小さな庵をいただいているお坊さんでございます。忍ばずの池をへだてて弁天堂の真正面に、休息所のようなものがございました。それを貰い受けて改装し、午雲堂と額をかけました。その庵主といったところですが、叡山からの流れ僧でございます。何とか回峰行というのを修めたそうで、大僧都(だいそうづ)の位だとか。

 その午雲さんとひょんなことでお近づきになりまして、共に碁が好きということで格好の碁敵となったのでございますが、それが去年の夏のこと。折しも五月、大川の川開き直前でございました。


 深く詮索はいたしません。まさか、昔の勤め先からくすねて……、ということは絶対になさらないでしょうが、妙に金回りの良い日下部様は、宴席を設けました。川開きを楽しもうと屋形船を仕立てたのでございます。

 料理は、贔屓(ひいき)にしている板前の弥欷助(みきすけ)を乗せることにしました。料理の心配がなくなると、次に、仲居頭の糸香を引き込みます。賑やかしには、幇間(ほうかん)力丸(りきまる)を呼び寄せました。半玉の夜兎(よと)は舳先で灯り番でございます。午雲和尚には()美子(みね)に相手をさせます。自分の周りには一花、万里永、凛吉、小春、史乃、まどか、圭織に小豆と、百花繚乱、障子を外しまして、簾も巻き上げてございます。

 総勢十五人の大所帯でございますが、大橋屋の秀人がぐいっと竿を突きました。


「この酒を、 止めちゃーあぁ、嫌だーよぅ ハ酔わせてーぇおくれ、ハァ、まさかーぁあ、素面じゃーぁあ、ぇ言いーにーくぅいー(作者不詳)」

 ふわりと船止めを離れたとき、ちょうど土手をゆっくり近づく流しの歌が聞こえてまいりました。なかなか粋な都々逸でございます。日下部様は、急に思いついて流しを拾うことにしたのです。

「このたびは、大変結構な席にお呼びいただきまして、まことにありがとうございます」

「おうおう、ちょうど船を出すところであった。其の方の都々逸が気に入ったゆえ、今宵は貸切りとしたい」

 これが、日下部様と上総之輔の出会いでございます。

 本当はもう一人、瓦版屋、風富(かぜとみ)屋の来人(きひと)というのがおります。どんなことでも瓦版にしてしまう男で、風富の来人(らいじん)とあだ名されていますが、それが陰を伝いながら船を追っておりました。



 大川へ出た一行は、ゆらゆらと両国を目指します。西の空が茜に染まりだすと、そこここの船にポツポツと灯が点りました。気の早い船では、賑やかに三味の音をたてております。格好の浅瀬に船をつけた秀人は、竿をぐっと突き立てて縄で括りました。もう船を動かしませんという合図でございます。

 すかさず糸香がほどよく燗をつけた酒を配び入れました。

「皆のもの、今宵は川開き。陽気にやってくれ」

 他の船のことは知らず、淫らな思惑が満載の宴が始まりました。


 弥欷助の手になる料理が次々に並びます。屋形船の中では揺れを用心して足の付いた膳を使いませんで、四角い盆を膳に見立てています。そこに吸い物椀が載り、酢の物と和え物の小鉢が並びました。中心にあるのは井戸水で冷やし続けた豆腐でございます。そしてその脇に、焼き塩を盛った小皿が添えてありました。 

 一花と万里永が三味線を弾き、半玉の圭織と小豆が締め太鼓でございます。凛吉の乙な声もさることながら、小春とまどかが艶やかに舞いをいたします。そのたびにゆらーりと船が傾ぎますが、揺れるふりをして律に体を密着させた日下部様は、律に酌をさせてご満悦でございます。

「愚僧は飲めぬ」

 型通りに拒んでみせた午雲さんは、実はウワバミでございまして、いくら呑んでも崩れません。河美子に酌をさせて夜風を楽しんでおります。

 し・か・し……

 河美子の袂へ手を入れ、二の腕同士を密着させております。ただ手を繋ぐだけでは触れ合うのは手の平だけ。有難味が半減するというのが午雲さんの口癖でございます。河美子の袖口から出した手で、白魚のような指に線香臭い指を絡ませているではありませんか。まさかコロモの陰でそのようなことをしていようなど、酔いがまわりだした日下部様には予想だにできないことでした。

 そうこうしているうちにとっぷりと日が暮れまして、辺りには船の灯り以外見えなくなってまいりました。となりますと、することが大胆になってまいります。逃げ場書が限られていることも手伝って、座が乱れてまいりました。


「律、長唄など聞かせてくれぬか」

 お律の肩を抱いていた日下部様がねだったのですが、酒と船で酔いが回ったお律は不機嫌そうでございます。

「だんだとぅ、長唄ぁ? だぁれがぁ? あん、ウィッ……あん……あんな長ったらしいもんをだなぁ、ウィッ……フゥーーー。う、う……ウップ。うたえるかってんでぇ」

 さすがは超売れっ子の辰巳芸者、酔いが回っても威勢がよろしい。

「これこれ、弱いくせに酒好きだからいかぬのだぞ。酒は楽しまねばならぬ。……が、そのように苦しいのなら、暫く横になっておれ」

 眩暈と吐き気に悩まされていたお律は、これ幸いと日下部様の膝に頭をあずけて横倒しでございます。時折口元を押さえるものですから、料理を台無しにしてはいけないということでゴロンと向きを変えてしまいました。まさにその時、火防の祈りをこめた花火が川面を照らしました。

 ドドンという音に驚いてか、お律は日下部様にしがみつきました。

「律にも苦手があるとみえる。それで良いのだぞ」

 安心させるために背をさすると、お律は鋭く呻いて余計にしがみついたのです。

 横合いからその様子を眺めていたのが力丸でございます。お律の顔の場所が際どいのでモヤモヤとしておりました。

「やってられませんよ、ねぇ」

 日下部様の女好きに呆れ果てた力丸は、ポツリと呟いて相槌を求めるように午雲さんを窺いました。すると当の本人は、河美子と手の平に指文字を書き合っています。

『こんや』

『だめ』

『いくら?』

『そうば』

『こんや』

『だぁめ』

 こんなやりとりで、呆れてしまいます。

「ご、午雲さん、だめ……、だめだってばぁ」

 可愛い声で河美子が抗いました。

「何を申す。御仏の功徳というものだぞ、霊験あらたかなこの手で、悪いところを撫でて進ぜるでな。患部はイボのように突き出ておるのが普通じゃ。ここかな?」

 いつの間にやら午雲さんは悪さをしかけているようでございます。が、実のところ、午雲さんの手の甲は、抓られた跡で一面真っ赤に腫れ上がっていました。

 どうにもたまらなくなった力丸は、舳先で背を向けている夜兎のお尻を一撫でしてしまいました。

「誰ですね、お悪戯(いた)はご法度でござんすよ」

 振り返ったところに、もう一度と手を伸ばす力丸がいます。

「こらっ、半玉だからって舐めんじゃないよ。川遊びしたいのかい? 相手見てやっとくれ」

 まだ半玉だというのに、口はすでに一人前でございます。


「ねだりーぃい 上手ぅーがぁあ 水蜜ぅ桃を くるりーぃい むいてるーぅう ぅ指のー先ぃー(田島歳絵)」

 なんだか場違いな席に呼ばれてしまったと後悔してみても、ここから岸へ帰れるでもなしと、上総之輔は退屈しのぎに都々逸を口ずさみました。

「其の方、名はなんと申したかの?」

「はい、上総之輔でございます」

「はて、上総之輔といえば武士の名のようであるが、其の方は新内流し。どういうことかな?」

「実を申しますと、手前は士族でございます。が、仕官が叶っておりませぬゆえ、このようにして日銭を」

「左様か。なれば、家名があるであろう、なんと申すのだ?」

「そればかりは、どうかお赦しを」

「したが、武家なれば家名があろう。……今宵は川開き、程なく水無月となる。なれば、水無月上総之輔と名乗るがよかろう。しかし、なんとも(なま)めかしい都々逸だのう。其の方の作か?」

「いえ、お恥ずかしいことですが、名品集から使わせていただきました」

「左様か。指の先でくるりと剥けば、それが水蜜桃であるか。つるっとして、瑞々しくて、誰が剥くのかな? 水蜜桃 剥いて戻して またむいて……、誰の桃やら知らぬが、いや、畏れ入る」

(つや)っぽうございますね」

「水無月殿は普段何をされておるのかな?」

「家々を巡って品物を売っております。晦日は駆けっくら……、駆け較べがございます。騎馬武者に憬れておる者が集まって、駆け較べをするのでございます。……が、最近は入れ札の予想をして稼いでおります」

「何のことだ、その駆け較べと申すのは。入れ札やら予想やら、さっぱりわからぬことばかりだが」

 上総之助は、駆け較べが賭けの種であることを丁寧に説明しました。入り札を買うことで、それが百倍にも千倍にもなることを教えたのです。

「するとなにか? (ひと)勝負に集まった金子が千両であったとして、それを的中したのが儂だけであったら、その金子は全部儂のものになるのか?」

「いえ、二割がとこ手間をいただきますので、八百両でございます」

 その金額を聞いた日下部様の目つきが変りました。

「それで、水無月殿のする予想と申すのは?」

「ただ一番を当てるのなら簡単なことです。それでは面白みがございませんので、二番目と三番目も当たらなければいけなくしました。その順番を予想するのが商売なのです」

「なるほど、そういうことが商いになるか」

「まあ、いつも競い合っていた者共ですので、人馬ともに気性や力量を知りつくしております。おかげでよく当ると好評をいただいております」

「いったい、いかほどで教えてもらえるのかな?」

「一朱頂戴しております」

「わずか一朱」

「いえ、二十人に教えれば一両と一分になりますので馬鹿にできません」

「左様か……。で、次の駆け較べはいつ致すのだ?」

「晦日でございますので、あと三日ほどでございます」

 このような出会いだったのでございます。


 それにしても、お客の相手をそこのけにして、この船の者たちはてんで勝手なことをしておりました。

 料理を作り終えた弥欷助に凛吉が忍び寄って、もぞもぞしておりますし、大艫(おおとも)で煙管を使う秀人の肩には、糸香が頭をもたせています。幇間という勤めは誰にでもできることではないのに、どうしてお声がかからない。力丸一人が寂しい思いをしておりました。


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