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episode.A 捜査

さっきまでカランッと音を立てていた氷が、もう既に水になっている。

ハンカチを額に当てる東出夏美を僕はじっ、と見つめていた。もちろん好意でではない。


まだ夏でもないのに照りつける日差しが度を越えているのは、こいつの名前のせいではないのか。そんな理不尽な嫌味が頭に出てくるほど、今日の天気は異常だった。


「で? なんで急にファミレスに呼び出したのよ。しかも旦那もいるし」

 

この暑さの中呼び出されたこともあって少しイライラしている夏美は、三度もおかわりしたお冷をまた、一気に飲み干した。


「えっと……ほら夏美、前に会った時言ってたじゃない。お金貸して欲しいって。私も少しは貯金出来たし、今も困ってるんなら少しぐらいなら貸してあげようかと」

 

小さな声で早口に話す瑞希は、夏美以外のところに視線を逃がしているし、手の動きも多い。嘘をついていますと言っているようなものだ。


「あぁ、それならもう大丈夫。金は用意出来たんだ」

 

夏美は急にご機嫌になった。さっきまで尖らせていた口も横に広がる。


「そうなんだー因みにどれぐらいだったの?」


何でそんなことを訊くんだと、また顔をしかめた夏美だったが、瑞希が気を遣ってその単語だけは言わなかったことに気が付くと、笑って答えた。


「借金? 三百万よ」

 

ドンッと、心臓が一度強く脈を打ったような衝撃を受ける。

偶然の一致だ。そう思いながらも、握った拳を開けない自分がいた。

瑞希は平常心をなんとか保ちながら、真ん中に置かれたポテトを伸ばした指で摘んだ。

 

口に運ばれていくポテトを僕はそのまま目で追うが、そこに意味はなく、ただ動く物に視線が誘導されたのだ。


「えっと……」

 

瑞希が言葉を詰まらせていると、ポケットの中の携帯が震え出した。

山口さんと書かれた画面に笑みを浮かべると、夏美から見えないように瑞希の太ももをポンポンと二度叩いた。

 

決めていた合図ではなかったが、瑞希はすぐに表情を変えた。


「じゃあ、お金が大丈夫ならいいわ。それだけ」


話を強引に片付けると瑞希は、バックを肩に掛けて立ち上がった。もう一本だけポテトを摘むと、そのままの足でレジへ向かったので、僕も頭を下げてから後を追った。


山口さんとの待ち合わせ場所に自宅を選んだことに深い理由はなかった。ただ、ファミレスから近かったから、電話を二度コールしたらそこに戻ろうと勝手に決まったのだ。

 

家に着くと汗だくになった山口さんが立っていた。待たせたことを悪く思ったのか、瑞希は少し頭を低くしてから歩くスピードを速めた。

 

家の中に入ると、椅子に座って迷わずテーブルの上のエアコンのリモコンを手に取った。

二十六度と表示される液晶を見ながら、何となく一度だけ温度を落とすと、「はい」と瑞希が麦茶を僕の前に置いた。

 

木で作られた丸いお盆にあと二つほど麦茶を乗せていた瑞希は、同じように山口さんの前と自分の席の前にも麦茶を置くと、そのお盆もテーブルに置いて席に着いた。


「で、どうでしたか」

 

瑞希が、山口さんに顔を近づけて訊ねる。


「残念だけど、雛ちゃんの姿はなかったし、子供が住んでいる様子はなかったよ」

「そうですか……」

 

瑞希は顔を下に向け、文字通り肩を落とすといった様子だった。

 

犯人の可能性が高い三人の家を調べれば何か見つかるかもしれない。そう言ったのは瑞希自身だったからというのもあるだろう。だがそれ以上に、ただ、自分の娘が見つかったかもしれない。そんな期待が裏切られたことが、何よりショックだったんだと思う。

 

僕も、瑞希のその悲しげな表情を他人事のように客観的に見ることでしか、感情を抑えきれないでいる。


「どこに……どこにいるのよ、雛」

 

涙で霞む瑞希の声に、押し殺しながら揺らめくその声に、僕の瞳からも込み上げてくるものを感じながら、そっと上を見上げた。


「まだ二人可能性がある。その二人の中にきっと犯人がいる」

 

山口さんの言葉をしっかり聞く余裕もなく頬を伝う熱いものを服の袖で拭うと、それは逆にもっと溢れてきて、それに釣られたように鼻水も垂れてきた。

 

恥ずかしくて恥ずかしくて、そう思うと溢れてきて、両手で顔を隠しながら鼻を啜った。


「次は、梨菜さんですね」

「またファミレスに呼び出してくれ。同じように家を調べる」

「分かりました」

 

涙は止まっても、赤く腫れた瞳を見られたくなくて、こちらを見て話す山口さんから顔を背けるようにして話した。


 

夏のような炎天下は昨日だけだったようで、涼しさを超えて少し寒い今日は、瑞希も僕も梨菜さんも長袖を着るか上着をしていた。


「お久しぶりですね、会うの」

 

梨菜さんは最後に会った時と変わらない屈託のない笑顔を見せる。この笑顔は嘘かもしれない。と裏を暴くように目をじっと見る。親友の奥さんを疑うそんな自分の行動に嫌気が差してきて、でも、それでも、目線をずらすことはしなかった。


「そうですね。梨花ちゃんはよく雛と遊んでいますよ」


敢えて雛の名前を出しても、梨菜さんは眉一つ動かさなかった。


「本当にお世話になってます。それで、今日はどうしたのかしら」

 

首を傾げる行動すら、疑って見える。疑心暗鬼が頭を蝕んで広がっていく。


「えっと、梨菜さんは二年前の四月八日にどこで何をしていたか覚えていますか?」

 

瑞希が、目の前の梨菜さんに向けていた顔を一瞬にして僕に向ける。驚きの表情を隠せていない瑞希だったが、僕の顔に企みがあることを感じ取ると、無言のまま再び顔を梨菜さんの方へ向けた。


「えっ? 二年前の四月八日? ごめんなさい。特別なことがない限り二年も前のことは覚えてないわ」

 

覚えていないというのは当然といえば当然だが、やはり雛を誘拐していてアリバイがないという可能性もある。

 

どうにか手掛かりはないかと、手帳を見たらと促す僕をさすがにおかしく思ったのか、梨菜さんはしきりに首をひねると口を開いた。


「どうしてそんなことが気になるの?」

 

嘘をつけば、頭のいい梨菜さんにはすぐにバレる。ならば、真実のみで乗り切るしかない。バレないように、意識して目線を逸らさず言葉を返した。


「実は二年前の四月八日の雛の誕生日に、梨花ちゃんが一人でプレゼントを渡しに来たんですよ。だから、その時梨菜さんと功次さんはどうしてたのかなぁーと。梨花ちゃんと雛の話をしていたら思い出してしまって」

 

嘘の部分は気になる理由のところだけであり、梨花ちゃんが一人で家に来たというのは事実だった。つまりこれは事実だけで作られた嘘。見抜けるはずはない。


「あぁ! 雛ちゃんの誕生日ね思い出したわ。その日、私たち二人でハワイに旅行に行ってたのよ」

 

嘘には思えないほどスムーズに話は流れた。だが、そこに疑問はあった。


「梨花ちゃんを置いてですか?」

「なんか妹がね、『たまには新婚の時みたいに二人で行けば?』って言ってくれて。だから、梨花は実家に預けちゃったのよ。ほら、私の実家、勝也さんの家と近いから、それで一人で行ったんじゃないかしら」

 

理にかなっている。そう思ってしまったから、言葉は出てこなくなってしまった。

 嘘かどうかは後で山口さんに調べてもらおう。そう思って、忘れないように手にメモをしていると、足に振動が伝わった。

 

前と同じように瑞希の太ももをトントンと二度叩くと、瑞希は時計を見つめてわざとらしく口にした。


「あーもうこんな時間じゃない! ごめんなさい、私ちょっと予定があって……」

「じゃあまた今度にしましょ。今日は久しぶりに会えただけで楽しかったし」

 

クスッと笑った梨菜さんは、手帳と一緒に取り出したペンをカチッと押して先端を出してから、手帳を開いた。


「あ、じゃあ五月の四日って空いてます?」

「日曜日はいつも予定ないし、大丈夫ね」

「じゃあ、その日で」

 

正直、今日話をしたらもう一度会うつもりはなかったし、今も当日になったら、都合が悪くなったと断ろうと思っている。ただ、早く家に帰りたかったから適当に済ませた。

 

もしかしたら雛が見つかっているかもしれない。そう思うと、瑞希の手を取って足早にファミレスから駆け出した。

 

家の扉の前には山口さんだけが立っていた。その光景に気持ちが沈んでいく。


よく考えれば、昨日の時はさほど期待していなかったのだ。借金をしているような人間に、金銭面から考えて子供を育てることが出来るはずがない。だから最初から、夏美は可能性が低い。そう思っていた。


だが今回は期待していた。そして裏切られた。これほど辛いことがあるだろうか。


瑞希、山口さん、僕、の順番で家の中に入ってから、昨日と同じところに席に着き話を始めた。


「どうでしたか?」

「手掛かりはなかった」

 

分かっていても言葉で聞くと、落ち込む気持ちは底知れないものだった。天を仰ぐように上を見上げて、見えるのは家の天井だけ。「はぁ」とタメ息が漏れるのも仕方がなかった。


「最後の一人だな」

 

無神経にも山口さんが口にしたその言葉が心を沈める。それでも、最後の一人が犯人だと信じて言った。


「雛を見つけたら、必ず……何があっても連れて帰ってきてください」


山口さんは大きく頷く。


「もちろんだ」

「お願いします」


手と膝を床につけて頭を下げた。それぐらいしか出来ることがなかったから。



北山優子に会うのは今日が初めてだった。梨菜さんとは違い、元が完全に瑞希の知りだったため、話には聞いていたが会ったことはなかったわけだ。


唇にリップクリームを塗った後、パッと両唇をくっつけてから離す仕草をしている優子に一番に思ったことは、老けている。というものだった。


瑞希の話を聞いている時に出てくる優子という人物は、今時の若い子がするような行動をとっているし、なにより瑞希が優子ちゃんと呼んでいることから、年齢は瑞希より若いのかと思っていたからだ。


「わたしぃ、忙しいのよねー。急に会えないかとか言われても、マジ困るわ」

「あはは、そうだよねごめんね」


漫画に出てくるヤンキーのようにテーブルに足でも乗せるんじゃないかと思わせるほど、身体を滑らせるようにして椅子に座って話す太々しい優子に、瑞希は愛想笑いをしながら頭に手をつけて謝った。


「それで?」


高圧的な態度をとる優子は睨むような視線を瑞希に送りながら話す。


「いや、あの……」


視線が怖かったのか、態度が怖かったのか、またはその両方なのか、瑞希はいつものように笑えずに泣きそうな顔をしていた。


「瑞希になんか怒ってるんですか?」


あまりの態度に耐えかねて、僕は同じように睨んで返した。


「別にぃ。私誰にでもこういう態度だからぁ」


瑞希に向けていた視線を僕に向けると優子は、履いていたデニムのポケットの中を捜して黒いパッケージの煙草とどこにでもある普通のライターを取り出すと、煙草に火をつけて口に咥えた。


先端から出る煙と優子が吐いた煙が周りを囲む。午後三時だからか、優子が吸っている煙草の煙を不快に思う客はあまりいなかった。


僕は一度深呼吸をしてから口を開いた。


「優子さんは子供が誘拐されたらどうしますか?」


灰皿に灰を落とす瞬間、優子の顔色が変わる。

直後に元通り煙草を口に咥えたが、その一瞬を待ち構えていた僕はそれを見逃さなかった。


何かある。そう感じた。


「それは、本当の子供がってことよね?」


頭にハテナマークが浮かぶ。本当じゃない子供ってなんだ? 分からないから、普通に返した。


「そうです」


即答で返した僕に対して、わけの分からない質問を返したきり答えを言わないまま優子は、天井の天使を見ながら煙草を吸い続ける。


もう一度質問を繰り返そうかと思いながらも、何かあるのかもしれないと僕は優子が口を開くのを待った。何故か、優子がとっている行動の本質を知っている気がしたからだ。


ようやく煙草を灰皿に潰した優子はやっと、重たい口を小さく開いた。


「私には、分からない話ね」


再び口を固く閉じた時には優子はもう立ち上がっていた。

また、新しい煙草を口に咥えて火をつけると、伝票差しに丸く入れられていた伝票を持って歩いていく優子に、何かを言わなくてはと思う。ただ、それは思っただけになって何も言えず見送った。


♪〜♪〜♪〜♪〜


珍しくマナーモードにしていなかった携帯が音を上げると瑞希と僕に同時に緊張が走る。僕はすぐさま通話ボタンを押すと携帯を耳に当てて一方的に訊ねた。


「山口さんですか? 雛は、雛はいたんですよね!」


悪い予感がする。優子のあの態度、あの言葉に。


「この人は犯人じゃない」直感的に優子にそう思ってしまったからこそ、山口さんに声を大にして願いを込めるようにして訊いたんだ。


優子が犯人であるようにと。僕の勘など外れてしまえと。そう思いながら。


「雛ちゃんは見つけられなかった。すまない」


なんでだよ。なんで……こんな勘だけ当たっちまうんだ……。

携帯が手から滑り落ちて床にぶつかる。その音が耳の奥で響いて、世界が色彩をなくして灰色になったように見えた。


今にも発狂してしまいそうな感覚に襲われるが、むしろ声は出てこない。膝が折れて倒れそうになった。


その時、瑞希が言った。


「諦めないで。かっちゃん言ったじゃない。『どんな時でも僕が助けます。あなたとあなたの家族を』って。そして私は言ったわ。『あなたのじゃなくて私たちのでしょ?』って。あの時の言葉が嘘じゃないなら、ここで諦めてはダメよ」


瑞希の声が鮮明に胸に響く。その時、白黒になった世界にもう一度光が差す。頭は回転を速め視野はずっと広くなった。


そうだ。このままでいいわけないじゃないか。嘆いたって悔やんだって雛が見つかるわけじゃないだろ。


助けるって、救うって、そう約束したんだろ。


瑞希の言葉の力か自分で自分を鼓舞する言葉が自分の中から溢れ出してくる。


いつだってそうだ。雛が誘拐された時も身代金の時も、ただ悲しむことしか出来ちゃいないじゃないか。

また同じか? また、見つけられなかったと泣くだけなのか?


もう一人の自分が最後の言葉を問いかけた時、はっきりと思った。


「違うだろ」


瞬間、携帯を拾い、瑞希の手を握って走り出す。先にファミレスを出た優子が支払いをしてくれていなかったら食い逃げになるほどの勢いだった。


ファミレスの階段を駆け下りて左に曲がるとすぐに信号があったが、ギリギリのところで赤に変わって僕の歩みを止める。イライラしながら足を小刻みに揺らした。


♪〜♪〜♪〜♪〜


再び携帯が鳴るとそれに同調したかのように信号は青になり、今では珍しくなった「とうりゃんせ」の音楽を鳴らした。


「はい。もしもし」

「今どこにいる?」


再度走り出してから電話に出た。携帯の表記を見なくても、名乗らなくたって、分かる。山口さんの声だ。


「今、ファミレスを出て家に向かっています」

「実はおもしろいことが分かった」

「笑える話ですか?」

「ちげぇよ! いい情報が入ったってことだ」

「いい情報ですか?」


話に集中しすぎて思わず携帯に顔が向く。前から来た自転車が二回ほどベルを鳴らして初めて、自転車の存在に気が付いた。

その自転車を避けてからすぐ、曲がり角を右に曲がった。


「東出夏美がしていたっていう借金の額が身代金と同額の三百万だったってことが分かったんだ」

「え? それならもうとっくの昔に知っていましたよ」


期待させておいて山口さんが語った情報は、夏美本人がいけしゃあしゃあと語っていたものだった。


「知ってたのか! 何でそれをもっと早く言わなかったんだ」

「いや、色々あって報告するの忘れてて……でもいいじゃないですか夏美の家に雛はいなかったんだから。つまり犯人じゃなかったってことでしょ?」


電話の向こうで捲し立てる山口さんに言い訳を返してみたが、怒っているのか言葉が返ってこない。


「そうとは限らないぞ」

「えっ?」


少し考えていただけだったようで、間は空いたもののその後言葉は普通に返ってきた。が、その言葉は僕の予想を大きく外れていた。


「別に、家で育てていなくても実家に預けるとか色々可能性はあるだろ」


山口さんの言葉に足が止まる。全く考えていなかった。


犯人が三人の中にいるならばその三人の家を調べれば、そこに雛はいる。もしくはそこに雛の手掛かりがある。そう思って疑わなかったんだ。


だがそれこそ梨菜さんが犯人だったなら、西田も梨花ちゃんも家にいるんだから、雛を家に連れていくはずがないじゃないか。

つまりは犯人の家に雛がいなくてもなんら不思議じゃないんだ。


深く考えられていなかった自分と瑞希の作戦の意味のなさと、それに気付いていながら教えてくれなかった山口さんに苛立ってくる。


だが逆を言えば、可能性は残っているということだ。あの三人の中に犯人がいて、雛を見つけられるという可能性が。


「じゃあ、山口さんにお願いがあります」

「なんだ? 祖母の家に潜入とかはちょっと無理があるぞ」


再び走り出そうかと思って一歩踏み出したが、もう家はすぐそこにあり走るほどの距離はなかった。息を切らして僕に連れられるがままついてきてくれていた瑞希が、手を離して前を歩く。その後ろを歩いて家についた。


「祖母の家はいいです。それより、アルバムを見てきてください」


家の前で携帯を耳に当てて立っていた山口さんに直接口にした。

急に携帯からではなくすぐ近くから僕の声がして驚いたのか、アルバムを見てきてくれという願いに面を食らったのか、山口さんは表情を変えた。


「アルバム?」

「そうです。犯人は雛を連れて出かけるほど雛と一緒にいます。なら、二年の間に必ず写真ぐらいは撮ってアルバムにしていると思うんです」

「でも、俺は雛ちゃんの顔を知らないぞ」

 

瑞希は話に参加せずに、バックの中から鍵を探し出して家の鍵を開けている。カチッカチッと二つの鍵が両方開くと、続きは家の中でとなった。


「山口さんが雛の顔を知らなくても、この作戦はうまくいくんです」

 

いつものように、お気に入りのソファに座ってから山口さんに話しかける。先にリビングに入った僕と瑞希の後ろを追うようにして進んだ山口さんが、僕の声を聞いてこちらに首を向けた。


「どういうことだ」

「犯人が雛の写真を撮りだすことが出来るのは、四歳以降だけです。だって四歳の誕生日の時に誘拐されたんですから。つまり、アルバムに子供の写真はあるのにその子の四歳以前の写真だけはない。なんていうおかしなアルバムを持っている人が犯人です」


何やら飲み物を入れていたはずの瑞希が、僕の顔を見て驚嘆の表情を浮かべている。


「すごいわねかっちゃん。確かにアルバムを見れば簡単に犯人が分かるわ」

「本当にそうか? 犯人がアルバムを作っているとは限らないんじゃないか?」

 

人差し指と親指を顎に当てて、しっくりこないような顔をしていた山口さんが口を開く。が、その質問は予想がついていた。


「いえ、犯人は雛を殺さずに育てています。それは犯人に愛情に似た感情があるということです。なら、必ず写真を残しています。しかも、すぐに見れるように自分の近くの場所に」

 

山口さんは苦い顔を見せたが、それ以上は何も言わなかった。

代わりに口を開いたのは瑞希だった。


「なら梨菜さんは子供もいるし、容疑者から外れるの?」

「いや、他の二人を調べてどっちも犯人じゃなかったら一応調べよう」

「じゃあ最初は、優子ちゃんでいい?」

 

優子の名前が上がった時、首を左右に振った。

 

感覚的なものに頼ってはいけないのかもしれない。でも、優子は犯人じゃないと優子と話をしたあの時そう強く感じたんだ。


「あの人は犯人じゃないよ……だってあいつ、泣いてたんだ。煙草を吸って、バレないように上を向きながら、泣いてたんだよ」

 

そう。あの時の優子の行動を心のどこかで知っていたのは当たり前だったんだ。あの行動は前に僕自身が、山口さんに涙を見られたくなくてした行動と全く同じだったんだから。


「でもそれは、かっちゃんを騙すためかも知れないよ」

「とにかく、調べるのは夏美からにしよう」


 相手は代わって山口さんが返事をする。


「分かった」

「あ、あと梨菜さんが、四月八日の日は旅行に行ってたって言うんです。それが本当かも調べてもらっていいですか?」

「西田梨菜が、二年前の四月八日に旅行をしていたかどうかだな。分かった調べておく」

 

今度こそうまくいくのだろうか。今度こそ雛は見つかるのだろうか。嫌な予感がして気持ちが後ろに向いていく。振り払って、夏美と会社に電話をかけた。

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