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episode.A 誕生日

また昨日も更新できなかったので、今回も二話連続更新します。

よろしくお願いします。


三年と少しという月日が流れると当初の予定通りアメリカから日本の仕事に戻るようにという辞令が下りた。

 

アメリカでの結果が認められ、東京でも頑張るようにと上司から言われたのは当然のように思ったのだが、アメリカの次の責任者が立川だというのには正直、目が点になるところだった。

 

六度目の帰国ともなれば慣れたもので、トラブルもなくスムーズに日本へ帰った。

 

玄関の扉についている二つの鍵穴に同じ鍵を二回に渡って入れていく。「カチャ」という音がして半年ぶりに自宅の扉を開いた。

 

リビングではエアコンから暖房が出ていて、瑞希と女の子二人がその暖房の風が一番強く当たるところに順番に立つという、怪しげな儀式が行われていた。

 

その儀式についても色々と疑問はある訳だが、瑞希と一緒にいる女の子二人が何より気になった。 

一人は雛だろうと予想をつけたが、もう一人は誰だろう。後ろからバレないように少しずつ少しずつ近づく。


左にある机と右にあるテレビに当たらないように気を付けながら忍び足を続ける。でも、女の子二人は気配を察知したようですぐにこちらを振り返った。

 

僕は「シー」と歯を見せるように口を開いてその口の真ん中に左手の人差し指を立てて女の子たちの顔を見る。

 

雛がニコッと笑って「えへへっ」と声を出すものだから、瑞希は「えっ」と後ろを振り返ろうとする。

 

瞬間的に両手を瑞希の肩から回して両目を塞いだ。


「だーれだ」

「えー誰だろう? 彰さん? あ、分かった裕二さんでしょ」

「……えっ? 誰それ……」

 

まさかの解答に声は震えて身体は固まった。


「フフッ嘘よ嘘」


安心して息を吐いた僕の腕を掴んで両目から手をハズした瑞希が、今度こそ後ろを振り返る。


「パパだ! パパだ!」

「わーい」

 

同時に雛ともう一人の女の子が飛びついてくる。雛は抱きつくのに失敗して絨毯に落ちるが、もう一人の女の子は僕の胸にしっかりと掴まってから顔を上に向けた。

 

その子の顔と目が合って初めて、その子がすぐには分からないほど大きくなった西田の子供の梨花ちゃんであることに気付いた。


「そうか。最後に会ったのは三年も前だもんな」などと梨花ちゃんに気を取られていると、またも後ろから雛が飛びついてくる。

 

今度はしっかりと首に掴まったが、そのせいで僕はどんどん死に近づいていく。「えーい」とばかりに身体を回転させて子供二人を振り落とした。


「「もう一回!」」

 

回転するのが相当気に入ったらしく、二人は一緒に人差し指一本を立てる。その楽しそうな顔に、仕事を終えて帰ってきたという疲れも忘れて僕は二人と一緒に遊んだ。



「ハッピバースデーディア雛ちゃん。ハッピバースデートゥーユー。おめでとう」

 

盛大な拍手が鳴り止まないうちに、瑞希が暗くなったリビングをケーキを持って慎重に歩いてくる。

 

ケーキの上に並べられた四本の蝋燭の火が瑞希の顔をちょっと不気味に映している。しかし、今回の主役であるところの雛は、瑞希など気にも留めずケーキに見入ってしまっているので、泣き出すどころか無邪気に笑っていた。

 

運ばれてきたケーキは特等席に座っている雛の目の前に置かれる。

 

「フー」と勢い良く息を吹くと蝋燭の火は一瞬強く燃え盛り、そのまま白い煙となっていった。

 

蝋燭の火が四本全て消えるとリビングはまるで洞窟の中のように真っ暗になった。

 

パッと、リビングの真ん中に取り付けられた照明が光を発する。

 

昼白色の光が、暗さに慣れてきていた目に刺激を与えてくるから、思わずその光から目を逸らした。

 

逸らした先で、まだ切り分けてすらいないケーキに雛が手をつけているまさにその瞬間を捉える。

 

もし、雛が四歳でなく小学生以上の年齢だったなら、慌ててその手をケーキから退けるだろう。そして礼儀のなっていないその行動を父である僕が怒ってくると思い怯えもするだろう。

しかしさすがは四歳児、怯えるどころか目が合った僕に向かって掴み取ったケーキを投げつけてきた。

 

ショートケーキの中央で圧倒的な存在感を出していたあの赤い果物も重力には逆らえずに、回転を繰り返して進むケーキから不様にも落下していった。

 

苺という主役を自ら失ったスポンジとクリームだけの物体が、僕の顔を汚すためだけに近づいてくる。

ベチャッという音と共に芸能人のクリーム砲よろしく、僕の顔はクリーム一色となった。


ショートケーキが苦手な僕にとっては、最悪のシュチュエーションだ。


「もう、何やってるのよ」


怒るというより呆れている瑞希を他所に雛は満足気に笑っていた。

 

ピンポーンと軽く跳ねるようなチャイム音がリビングを包む。瑞希と僕はチャイムの主に大方の予想はついていながらも、一応インターホンから扉の外を見た。

 

予想通り扉の外には、少し小さめの包を持った梨花ちゃんがもじもじしながら立っていた。

 

インターホンを切って鍵を縦にする。ゆっくり扉を開くとそれに合わせて少しずつ梨花ちゃんも後ろに下がっていった。


「いらっしゃい」


梨花ちゃんはペコリと軽く頭を下げると、両手に持っていた小包を右手に持ち変えて腰の後ろに隠す。


「ひなー梨花ちゃんだよー」

 

手首を素早く二回曲げて梨花ちゃんを玄関の中まで呼ぶと丁度、雛がリビング側から扉を開けた。


「リカァー」


靴を脱いでいる梨花ちゃんの後ろから雛が飛びつく。が、梨花ちゃんは何の動揺もなく靴を脱ぎ続けた。


「はい。誕生日おめでとう」

 

靴を脱ぎ終わると、梨花ちゃんはもう我慢できなかったのか、リビングに入るよりも先にプレゼントを渡した。


「わーい! リカだいちゅき!」


舌足らずな声を上げて再び雛が抱きつくと、梨花ちゃんは照れながら笑っていた。


「あ、梨花ちゃんこんにちは。ママは一緒に来てる?」

「ううん。梨花ね一人だよ。ママはねお父さんと旅行なの」

「そっかぁ一人なんだすごいね」

 

リビングに入るなり瑞希が梨花ちゃんに話しかける。小学生になった梨花ちゃんは、男の僕と話す時より大人でも女の瑞希と話す時の方が楽しそうに話していた。


「ママ見ちぇ、リカがねプエゼントくえたの」

「そうなの。良かったね」


幼児語を使って雛が嬉しそうにプレゼントの話をすると、それを聞いていた瑞希が僕に目線を送った。


僕はバレないように二階に上がると自分の部屋から、ピンク色のリボンが可愛く結ばれた箱を持ち出して下に下りた。


「じゃあ、パパとママからも誕生日のプレゼントだ」

 

後ろから雛の肩を叩くと、振り返っている途中からもう既に雛は笑顔になっていた。


「わーい! パパあいがとう」

 

梨花ちゃんの時みたいに飛びついてくるかと思って一瞬構えもしたが、お礼を言い終わった雛は、もうことは済ませたでしょと言わんばかりにプレゼントを持って側を離れていった。

 

少しムスっとした顔になった僕を瑞希が笑う。まぁ父親としては娘が喜んでいるならそれが一番かと、考えを直すとすぐにそのしかめっ面を新しい顔に変えた。

 

新しい顔に変えた僕より元気百倍な雛が、右手に梨花ちゃんからのプレゼントを左手に僕たちからのプレゼントをといった両手に花の状態で、瑞希に向かっていく。

 

目の前に立たれて疑問の表情を浮かべる瑞希に、雛は両手を突き出した。


「ままかあは?」

 

驚いたのは瑞希だけではなかった。さっき普通に二人からのプレゼントだと言って箱を渡したというのに、雛の中ではもうそれはパパからのプレゼントに変換されており、そうなればパパからも梨花ちゃんからももらえたのだから当然ママからももらえるといった恐るべき思考回路になっていたのだ。


「えーそれママもお金払ったんだよー」

「メッ」


左手に持たれたプレゼントを瑞希が指差すと、雛は簡単にその手を払い除けてしまった。

さすがは主役といったところか……。


「じゃあ、買いに行く?」

 

結局、ママからも欲しいオーラに負けて瑞希は財布の中身をチェックする。その光景に苦笑いしているのは僕ぐらいのもので、当の雛は梨花ちゃんと無邪気に笑っていた。

 

こいつはいつか大物になるなと親馬鹿とも少し違った感情を抱きながら、家の前の道を曲がっていく二人を見送った。

 

「プレゼントも渡せたんで」と梨花ちゃんが家に帰ってしまうと、結果的に僕は家に一人取り残される形となった。

 

一時間もしないで帰ってくるだろうと目安をつけると誕生日パーティーの準備の疲れが出たのか、自分の意識が遠のくのを自分で感じた。


「かっちゃん! 起きてかっちゃん! 大変よ」

 

夢か現実かどこからか瑞希の声が聞こえる。ぼやける意識と霞む目に喝を入れて上体を起こすと、瑞希は泣きながら抱きついてきた。


「どうしたの?」


見たことない瑞希の大泣き顔に不安と緊張が増していく。抱きついた瑞希を優しく抱きしめてそっと頭を撫でると、瑞希はゆっくり口を開いた。


「雛が、雛がいないの……」


顔は真っ青になった。

頭が真っ白になった。






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