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episode.A 出張

「かっちゃん占い見ないの?」

「何位かだけ教えて」

 

ホテルのテレビで新年一発目の血液型占いを前のめりになって見ている瑞希を可愛く思いながら、僕は奥の洗面台で歯を磨く。


「あ、かっちゃん一位よ」

「へぇー」

「なによー。あ、二位がB型で三位がO型だったら私最下位じゃない」

「まぁまぁ」

 

瑞希は点けていたテレビを途中で消した。それを見て洗面所から出て瑞希の頭を軽く叩く。それでも瑞希は口を尖らせていた。


「それよりどうだった? 旅行は」

「すごく楽しかったわ」

「それは良かった」

 

お互いの顔を見てお互いに笑う。


「赤ちゃんも楽しかったかー」


瑞希のお腹に耳を押し当てる。すると赤ちゃんはまるで声に反応したように、小さく何度か動いた。


「「あ、今動いた」」

 

偶然に言葉が重なってまた二人一緒に笑う。

 

瑞希のお腹はもうだいぶ大きくなっていて赤ちゃんも元気に育っているようだった。


「名前どうしよっか」

「男の子でしょ? いいのあるかしら」

「うーん勝也と瑞希の子供だから……」

「勝希とかいいんじゃないかしら」

「いいじゃん勝希! カッコイイ!」

「じゃあ、南野勝希君に決定ね」

「元気に産まれろよ! 勝希」

 

再び瑞希のお腹に耳を当てて勝希に話しかけると、今度は返事をしたように大きく一回動いた。

 

ホテルをチェックアウトして大阪と楽しかった旅行を後にする。帰りの車の中は邦楽だけが流れる静かなものだった。

 

旅行の疲れが出たのか瑞希はお土産の袋だけをしっかり握り締めて、急に意識が途切れたように眠ってしまって、そのまま起きることはなかった。

 

家に着くと自然と瑞希は目を覚ました。が、まだ眠いようで何度も欠伸をしてはガクンと首を下に向けていた。


「いいよ運ぶから」

 

僕は瑞希を二階の寝室まで運んでから旅行の荷物を車から降ろす。最後のバックをリビングに置いたところで電池が切れたロボットのようにそのまま寝てしまった。



「アメリカはどうですか? 先輩」

「どうって遊びに来た訳じゃないだろ」

 

立川の頭を軽く叩くとすぐに会社へ案内してもらった。

 

瑞希を日本に置いてきて子供の出産にすら立ち会えない状況で、アメリカまで来て立川と漫才をしている時間など僕にはないのだ。

 

車を走らせて数十分経つと目的である会社のビルが見えた。そのまま会社近くの駐車場に車を停めると立川が先に車を降りる。二十階までノンストップでエレベーターで上がった。

 

中は聞いていたよりも広く、普通に使っている分にはあまりある広さに思えた。

中を一通り案内してもらい問題がないことを確認するともう一度下に下りる。後ろから来てもらっていた荷物を積んだトラックが、丁度駐車場にトラックを停めているのがエレベーターの扉が開くと同時に目に映った。

 

そのトラックに積んでいた荷物を立川とトラックに乗っていた二人と僕を含めた四人で運んでいく。トラックの扉を開けて荷物の多さに幻滅しながらも数十数百のダンボールをなんとか運びきった。


 

春を迎えて薄着の人も増えてくる。陽もだんだんと永くなってきたが、事業はまだまだやることが多く眠れない夜が続いていた。


「先輩これどうですか……」


目の下にくまを作った立川が数枚の企画書を持ってくる。寝ずに考えたのは火を見るより明らかだったが、どれもこれもこれといったインパクトが欠けていてとてもじゃないが会議に回せるものではなかった。


「これは会議に出せるほどのものじゃない。それと僕じゃなくて水越とかの企画チームに見せに行った方がいいと思うぞ」

「分かりました」

 

肩を落として立川は書類を持ち帰る。


「立川! 少し休んだらどうだ」

 

酒を飲んだようにふらついて歩く立川に思わず口にする。


「大丈夫です」

 

一言それだけを返して立川は自分のデスクに戻った。振り返った立川の顔はげっそりとしていて、寝ていないだけでなくあまり食べていないことも疑えた。

 

しかし、立川だけでなくあまり休んでいない人たちはだいぶ多い。一月中にこのアメリカに来た社員十五人ほどであまり多いとは言えず、慣れていない環境もあって作業も進まないという悪循環に捕まっていたからだ。

 

そもそもアメリカでやらなくてはいけないことは大きく分けて二つである。

 

一つは、従来日本で目覚しい売り上げを記録してきた我が社の商品を様々な工夫と改良を加え、アメリカでも大ヒット商品にするというもの。

 

もう一つは、アメリカの人たちにだからこそウケる新たな大ヒット商品を開発するというもの。

 

その二つを成功させるためにそれぞれやることを分けてはいるものの、それでもお互いに助け合って進まない作業を進めているのである。


「一休みするか」

 

誰に言うわけでもなく呟くとデスクを離れてコーヒーを飲みに行く。

 

東京にいた頃は営業の仕事をするだけだったから、会社の中でコーヒーを飲むこともずっとデスクに向かっていることもほとんどなかったが、こうしてしてみると営業以外の仕事もやりがいはあるんだと改めて感じた。

 

携帯が震えて流れ出した着信音はこの前設定したものだった。

 

ポケットに入れていた携帯を手探りする。画面の表記は瑞希となっていて僕は一瞬で眠気が吹き飛んだ。

 

時期が時期だけにあのことを想像せずにはいられず、緊張が走る。

電話の通話ボタンを押すといよいよ心臓は破裂してしまいそうだった。


「産まれたわよ」

「本当に!」


嘘を吐いてどうする。自分ですぐに思ったが、それ以外の返答が見つからなかったのだ。


「良かった。元気に産まれた? 大変だった? 近くにいてあげられなくてごめんな」色々な言葉が溢れ出してきたのは最初の言葉から数十秒も後だった。安堵や心配よりやっぱり喜びが一番に押し寄せてくるのは、自分の子供だからなのだろう。

 

そのまま瑞希と少し話していると立川がこちらを見て手を挙げて僕を呼んだ。そこで、

自分がまだ仕事を残していたことを思い出した。

 

瑞希に電話越しに頭を下げると飲みかけだったコーヒーを飲み干して立川の方へ向かった。


 

アメリカに来てからもう一年が過ぎると思うと時の早さを感じる。事業もいい方向に進み出し大手の取り引き先も見つかって、最初の頃に皆で徹夜をしていたのが懐かしいぐらいに思えた。


今では休みを取れるほどに会社は安定を見せているし、あまり上手とは言えなかった立川の英語も難なく聞きとれるようになってきている。


本当に努力の賜物なのだろう。


「じゃあ、三日後な」

「先輩がいない間に会社を大きくさせておきます」

「お前言ったな! 大きくなってなかったらクビだぞ」

「いやいや、冗談ですよ」

 

笑い合いながら立川に見送られ、僕は三日間の日本帰国へ飛び立つ。

 

一年前に乗った時と飛行機の中は何も変わらなかったが、外の景色はアメリカ行きの時とは違い青々としていて下を見ても雲が見えないほどの快晴だった。


そしてその快晴は、まだ見ぬ我が子への期待に胸を膨らませる僕の気持ちを表しているようでもあった。

 

空港を出るとすぐに瑞希との待ち合わせ場所へ向かう。タクシーを停めて車に乗り込むと同時に目的地を口にした。

 

特にスケジュールが詰まっている訳ではなく急ぐ必要もないのだが、どうしても気持ちが焦ってしまうのはもう仕方のないことで、できることならロケットほどのスピードでとばしてくれと心で念じた。


「着きましたよ」


運転手の言葉など右から左に流して、前もって用意していたお金を一円のお釣りもないようにピッタリと払う。扉を開けると待ち合わせ場所のファミレスへと続く階段を一気に駆け上がった。

 

二人が出会った思い出のファミレスの思い出の部分に浸る余裕もなく、キョロキョロと瑞希を捜す。近寄ってくる店員に目もくれず、左の端の席に座っている瑞希を見つけるとすぐに駆け寄った。


「瑞希!」

「あ、おかえりかっちゃん」

 

久しぶりに見た笑った瑞希の顔に、出会った時のようにドキッとするがその顔に見惚れる暇はない。

瑞希の隣にいるはずの子がいないことに気づいたからだ。


「あれ?」

「あぁ……ごめんね。お母さんがどうしても雛が必要だって言うから、雛は今日、お祖母ちゃんの家にいるの」

 

落胆するなというのは無理な話だった。あれだけ楽しみにしていた我が子との対面が成し得なかったのだから。


もちろん瑞希に悟られないように努めて明るく大丈夫なように見せはしたが、心は落ち込んでいって晴れていた気持ちは雨へと転落していった。


「――」

 

切らしていた息を整えて僕も席に着くと瑞希はその後も何かを話していたが、僕は完全に上の空で内容は頭に入ってこない。

 

唯一分かったことは男の子が産まれるという話は医者の間違えだったらしく、実は女の子産まれてきたということ。

そしてそのことから子供の名前を勝希から、僕が昔、女の子の好きな名前一位と言っていた雛という名前に変えたということだけだった。


もし、この場にその雛がいたならばその話の感想にもっと言葉も出てきたかもしれないが、生憎雛は瑞希のお母さんの家で楽しくやっていてここにはいないので、僕の口から出るのは「そうなんだ」という適当な返事ばかりだった。

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