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episode.B 疑惑


私が「母には聞かれたくない話なのだ」と話すと、父は私を自分の部屋に呼んだ。


下のリビングでバラエティ番組を楽しんでいる母に気づかれないように、ゆっくりと父の部屋に入る。お風呂上がりで薄着の父は、私が静かに扉を閉めるとすぐにエアコンのスイッチを押した。


「お父さんに話ってなんだ? お小遣いを上げてくれとかは無理だぞ」


父は対して面白くもないのに大袈裟に笑う。私が寒そうにわざと肌を擦って見せると、父はクーラーの温度を上げた。


寒いのはクーラーのせいではないのだが。


「えっとね、私って昔誘拐されたんでしょ? それについて教えてほしいの」


父の顔色が変わった。怒った表情ではないのに、どことなく怖さを感じる。


「瑞希が話したのか……。そうだ。お前は小さい頃誘拐されたことがある」


父は重い口を開き始めた。できることなら話したくなかったという思いが顔に出ている。

座椅子に座り直した父は過去を思い出しながら、どこから話そうかと悩んでからふと、ある一言を口にした。


「山口光介……って男が犯人だったんだけどな……」

「犯人捕まってたの!?」


立ち上がった時に机の四つ角の一つに左足の小指をぶつけたが、そんなことより話の方が衝撃的すぎて、私は下にいる母のことも忘れて悲鳴じゃない大声を上げた。


「どうしたのー」

「あ、ごめん。なんでもない」


下から、母の声と階段を上がってくる足音が聞こえてきて慌てながらも、私はすぐに返答した。


階段を上がる音は途中で止まり、再び聞こえ出した階段を歩く音はだんだん小さくなっていった。


私はホッと一息つくと父の方を向いた。


「犯人って捕まってたの?」


今度は小声で父に迫った。父は不思議そうな表情のまま首を横に振った。


「いや、捕まってはいない。警察には言ってなかったんだ」


意味が分からないといった顔をする私に父は順を追って説明を始めた。



「お父さんとお母さんは本当に暑い暑い、猛暑の日に出会ったんだ」


父と母の出会いから始まった話は私が四歳になった時の話を得て、何故警察に通報しなかったのかやどうやって犯人を見つけたか、そして山口光介という探偵についてと続いた。


全ての話はまるで小説のように情景描写や心理描写が効いていて、私は吸い込まれるように話を聞いていた。


「分かったか? これが雛が誘拐された時の話の全てだ」


この人はまだ何か隠しているように私には思えた。が、同時にどれだけそのことを問い詰めようとも話してはくれないだろうという強い思いも見て取れたから、私はそれ以上を聞きはしなかった。


全てを聞き終えた時、私はある疑惑に支配されていた。本当に小さな小さな疑惑が、少しずつ心を蝕んでいく。


それはこの人が話の中で言ったその一言から生じたものだった。


「分かった。ありがとう」


この場で全てを吐き出して訊いてしまおうか。そう思ったが、ギリギリのところで言葉が喉に突っかかって出てこない。代わりに軽いお礼を言った。


広いくせに物がほとんどない部屋を出て、自分の部屋に戻った。歩みが遅い。自分の足じゃないと思えるほど足が重たい。


自分の部屋の扉を開けると、すぐ横にあるベッドにうつ伏せになった。


寝てしまおう。


考えないように考えないように。そう考えれば考えるほど……疑惑が心に広がっていった。


まるで、どこに咲いても太陽の方を向いてしまう向日葵のように、私がどれだけ無視しても心に咲いた疑惑はこちらを向き続けていた。


この事件がこんなことに繋がっていると分かっていたなら、私は調べることなどなかっただろう。


その匣の中身が絶望と知っていたなら、私は手を出したりはしなかっただろう。


「あぁもう! うじうじしてても仕方ない!」


枕を叩いて立ち上がると、教科書やノートが乱雑に置かれた机の上にあった携帯を取った。


「どうしたの?」

「梨花、明日は病院に行こう!」

「病院?」

「北山先生に会いに行くの。どうしても訊かなくちゃいけないことができたから」

「分かったわ。十一時ぐらいになっちゃうけど雛の家に行くね。あ、あと北山先生には私から連絡しておくわ」

「うん。ありがとう」


梨花は、何があったのか私に訊きはしなかった。私の、今は訊かないでほしいという思いが伝わったのかもしれない。


携帯を枕の隣に置いて、ベッドのコンセントに繋いでいるプラグに差した。マナーモードにしていた携帯が震えて、充電中の文字が画面に出る。それを確認すると、私は前ぶれなく深い眠りについた。

今日は短めになります。ごめんなさい。

明日はいよいよ、完結までを二話連続更新で書かせていただきます。

楽しんでいただけると幸いです。

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