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episode.B 十年後


高校生になって初めての夏。

 

そして、新しい友達や新しい勉強、新しい生活の中でやっと訪れた高校生になって初めての夏休み。


「夏休みはいっぱい遊ぼうね。梨花」

「遊んでるだけじゃなくて、宿題もちゃんとやっときなさいよ」

「ちぇっ! 分かったわよ」

 

口をへの字に曲げる。夏のセミの声と梨花のお説教はいつも五月蝿い。正論を言っているからこそ、さらに五月蝿い。

 

梨花は、変な口をしている私を横目で見たが、敢えてなのか何も言わずに歩みを速めた。

 

梨花は十八歳で高校三年生、同じ高校の先輩なわけだけど、小さい頃から知っているからか梨花という呼び方を変える気が起きなかった。


「この夏に人気のスポット第一位はこの○○遊園地です」

 

学校から家への帰り道に割と大きな電気屋がある。全国展開までしているその電気屋の前には、最新型だかなんだかのテレビがいくつか並んでいて、白いガードレールで車道と隔てられた歩道を歩く人たちに、いつも情報を流し続けている。


普段なら聞き流して先へ進むその場所で、私はテレビに映った場所を見て立ち止まった。


「ちょっと待って梨花」

 

先を歩いていた梨花を呼び止める。


「どうしたのよ雛」

 

少し先で梨花は立ち止まり、こちらを振り返る。梨花のその行動を目の端で捉えながらも、私はずっとテレビを見ていた。


「私、ここ行ったことある……小さい頃」

 

呟くように言った。離れたところにいる梨花には聞こえていない。

 

頭に?を浮かべたままの梨花に顔ごと目線を移すと、今度は聞こえるように疑問を口にした。


「ねぇ梨花、この遊園地っていつからあるんだっけ?」

 

梨花は一度キョトンとした顔を見せると、テレビに目をやり納得するように頭を縦に振ってから、またこちらを向いた。


「十年ぐらい前からずっと人気スポットだって話だったと思うわよ。それがどうかしたの?」

 

首を傾げる梨花のずっと後ろの方を見るようにして、小さい頃……六歳ぐらいの記憶を思い出そうとする。が、その行動は夢を掴もうとしているみたいに上手くいかない。記憶の引き出しか何かが、引っかかっていて開かないのだ。


「ううん。なんでもない」

 

まぁいっか。とモヤモヤを振り払って梨花の方へ向かって走った。

 

電気屋を通り過ぎたということは、家までの道を半分ほど来たということだ。

 

自転車屋を越えて、ケーキ屋が目印の曲がり角を少し曲がった辺りで立ち止まる。家まで後は一回道を曲がるだけで着くというこの位置で、道が変わる梨花とはいつも別れる。


「じゃあ私こっちだから。あ、一緒にやるって言ってた学校の宿題で使う写真、ちゃんと見つけときなさいよ」

「はいはーい」

 

手を振って、梨花はさっきの道を少し戻って左へ進んでいった。

 

家に帰ると、窓からリビングの電気が漏れていた。鍵を出すのが面倒だと思った私は、インターホンを軽く押した。


「はい」

 

しばらくして鍵の開く音がすると、中から母が出てきた。


「ただいま」

「なんだ雛じゃない。鍵忘れたの?」

 

誰だと思っていたのか、母は私を見るなり驚いた顔をした。


そんな母の横を通り抜けて玄関で靴を脱ぐ。つま先が扉を向くように揃えて並べないと母はいつも私を叱るから、私は靴を綺麗に揃えて並べた。


「ううん。持ってたんだけど、お母さんいるの分かったから」

 

洗面所に直行して、石鹸を泡立てて手を洗う。爪の間の汚れまで逆の掌を使って念入りに落とすと、うがいも済ませた。

 

靴にしても手洗いやうがいにしても、母は最近そういうことに五月蝿い。小さい頃はそうでもなかった気がするのだが、小学校に入った頃からか父が適当なことも影響しているのか、とにかく母は厳しく育てるようになったのだ。


「うがいまで終わったら、学校からの手紙ママに見せるのよ」


扉の鍵を閉め直してリビングに戻ってきた母が私に言っているのが聞こえる。


「分かった」


洗面所から出てきて母に返事をする。リビングに置いておいたバックの中を捜してファイルを取り出すと、その中に入っている何枚かを母に渡した。


「そういえば今日、学校で梨花がね……」


学校の手紙から関連して学校での出来事を思い出したのだが、そこでさらに梨花との帰り道のことを思い出して話を止めた。


「梨花ちゃんがどうかしたの?」

「ううん。なんでもないや。それよりお母さんと私って昔○○遊園地に行ったことある?」


話を変えた。なんとなく知りたい気がしたのだ。


頭に引っかかっている遊園地のことと、そこに私といる……思い出せない誰かのことを。


「○○遊園地? 行ったことないわよそんな場所」


書類をペラペラと捲って、目を通しながら母は簡単に答えた。


「本当に? 四歳ぐらいだと思うんだけど」

「だから行ってないわよ」


声のトーンも口調も変わらずに返答はなされたが、四歳という単語を私が口にした時に、母が見せた表情の変化を私は見逃さなかった。


何かある……。


私の中で、漠然とした不安という名の風船が、少しずつ少しずつけれど確実に大きく膨れ上がっていくのを感じていた。


「ふーん。あ、そうだ! 宿題で子供の頃の写真が必要なんだけど、アルバムってどこだっけ?」

「パパの部屋の本棚にあるわよ」


母は指を階段に向ける。私はその指に釣られるようにして階段に目をやると、二階の父の部屋へ向かった。


コンコンとノックを二回する。父がまだ仕事から帰っていないことは分かっていたが、母の教えが身についているからノックをしないで部屋に入ることはあり得なかった。


扉を開けると中を覗くように顔だけをまず中に入れた。誰もいないことが確認できたところで、今度は身体ごと中に入った。


「あ、あったこれね」


本棚の右側、ギリギリ届くぐらいの高さの棚に入っていた白いファイルを手に取った。

南野雛成長日記。といかにもな名前が書かれたファイルをペラペラと最初の方まで捲っていく。「小さい頃の写真でなくちゃダメだ」そう独り言を言いながら。


「こんなに大きくなりました」なんていうタイトルの宿題ということからも分かるように、自分がどれだけ大きく立派に成長したかを紙にまとめてそれを使ってクラスの皆にスピーチするのなら、紙に貼る写真は小さい頃のものの方が絶対いいに決まってる。


「あれ? ダメだ。三歳の時の写真は少しあるけど……一歳から三歳までの写真と四歳から六歳までの写真が一枚もない。どういうこと?」


何故かアルバムは三歳の写真から始まっていた。


二重の可愛い目をキラキラ輝かせて写真に写っている私という美少女の上に、雛三歳という文字が書かれているから間違いない。


「ねぇお母さん! 何で私の産まれた直後の写真ってアルバムにないのー」


二階の部屋の中から一階にいる母に声をかける。聞こえ易いように語尾を伸ばした。


「あぁそれはねぇ、パパが海外にいて写真が撮れなかったのよー。ほら、ママ機械音痴だからカメラのこと分からなかったのよねー」


すぐに返答がきた。母も二階まで聞こえるようにと、割と大きめの声で語尾を伸ばして返してくれた。


なるほど。確かに父は私が産まれた時海外の重要な仕事をしていて、出産に立ち会えなかったという話は昔聞いた。


「じゃあ、何で四歳から六歳までの写真もないのー」

「……」


さっきと同じほどの大きさで話したつもりだったのだが、聞こえなかったのか母からの返答はなかった。


シーンという文字が頭に浮かぶ。会話が途切れると、家はたちまち音のない空間に包まれてしまったようだった。


「ちょっとお母さーん」

「雛、大事な話があるの」

「わっ!?」


扉から母が入ってくる。下にいると思っていたから思わず、身体はビクッと動き口は勝手に言葉を発した。


「え? 大事な話?」


何がきっかけでそんな話になったのか私には分からない。でも、母の真剣な表情とわざわざ上に上がってきたという行動が、話の重大さを私に語りかけていた。


「えぇ。あなたについての大事な話よ」


驚きの表情をしていた顔を真剣な表情の新しい顔に取り替えると、母の目をじっと見つめた。


「実は雛は、四歳の時に誘拐されたことがあるのよ。六歳になる二年もの間ね」


誘拐。そう聞かされてもピンとくることはなかった。六歳ともなればだいぶ記憶もある。それでも、思い出せるものはなかった。


今度は驚きというよりは困惑の表情を私はしていたのだろう。母は優しく私の頭を撫でた。


「やっぱり、『昔あなたは誘拐されたことがある』なんて聞かされてもよく分からないわよね。でももう気にしないで。終わったことなのよ。ただ、写真がないのはそういうわけなの」


あぁ。と私は小さく何度か頷いた。


母の言った言葉は意外にも心に響いた。「もう終わったこと」そう言われると、私の身に起きたことではなくどっかの他人に起きた出来事のように客観的に考えられて、自然と何も思うことはなかった。


「大丈夫よお母さん。お母さんの言う通りもう終わったことなんだから、気になんてしないわ。それにここに帰ってきているってことは、犯人も捕まったんでしょ?」

「……えぇ。捕まったわよ」


母の表情が一瞬、強張ったのが分かった。

母は嘘を吐くのが下手だ。嘘を吐こうとすると表情が変わるからすぐに分かる。丁度、今みたいに。


そういえば、さっきの遊園地の時もそれで何かあると思ったんだった。


……もしかして。


私の中で、あり得ないと思える馬鹿馬鹿しい仮説が形となった。


さっきの○○遊園地。私は小さい頃、その誘拐犯と一緒に行ったのではないか。


仮説に対して、自分自身でもおかしいと思う気持ちが大きかった。犯人が誘拐した子を連れて遊園地などあり得ない。そう思う。


でも、もしかしたら……。その可能性がどうしても消えなかった。


私は次の瞬間、異様と言えるほどの好奇心に駆られた。開けてはいけないパンドラの匣を前にした時のような、底知れぬ胸の高鳴りを感じたのだ。


犯人は捕まっていない。母は捕まったと嘘をついているのだ。

捕まえたい。自分の手で。

捕まえて、何で私と遊園地にいったのか誘拐犯に直接訊きたい。ききたい。キキタイ。


さっきまで私の中で過去のどうでもいい出来事だったものが、いつの間にか現在の最優先事項に変わっていた。


明日、梨花と犯人を見つける捜査に繰り出そう。胸の中で決めた私は、適当に母の話を終わらせた。


「捕まったんなら、やっぱりそれで終わりよ」


母はホッと安心のタメ息を吐くと部屋を出て行った。それを見届けてから私はすぐに携帯を取り出した。


番号を打って通話ボタンを押すと梨花はすぐに電話に出た。


「もしもし雛?」

「梨花! 明日って予定ある?」


一瞬の間が空く。何かを捲る音が聴こえるから、手帳を見て確認しているのだろう。


「明日は特にやることないけど……」

「じゃあさ、遊園地行かない? ○○遊園地」

「○○遊園地? 夏休みだから混んでるわよ」

「大丈夫大丈夫! 気にしない気にしない」

「分かったわ。じゃあ、八時に雛の家に行くわね」

「オッケー待ってるね」

「「じゃあ、明日ねバイバーイ」」


電話越しなのに私は手を振って電話を切っていた。


それにしても何で私はこんなにも事件のことに興味が出てきてしまったんだろう。最初はどうでもよかったのに、今はどうしても事件を解きたいと思っている。


例えそれが、トイテハイケナイ事件だったとしても。







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