第8話 ルミャーラ
―――天空に浮かぶ大陸では人が暮らし、魔法が栄えた国があった。
その国の名はルミャーラ。何十年も何百年も何千年も何万年も。
ずっと昔からその大陸は宙に浮いていた。――――
周りに居た群衆の拍手が、シュナ達に贈られた。先程の男はとっくに痛む体を引きずって逃げて行った。
「いやぁ〜あんた等よくやってくれたよ!」
「あの男はとんでもない悪党でね!気に食わない事があるとすぐ暴力振るうんだよ。」
「嬢ちゃん勇気あるよなぁ〜。」
「そっちのあんたはゴーレムか何かかい?」
人々が口々に二人の事を褒め称える。やんややんやという騒ぎの中、シュナはこう言った。
「僕・・・男なんですけど・・・。」
その瞬間、騒いでいた群衆が一気に静かになった。
「お、男の人だったんですね。」
「大丈夫です・・・間違われる事には慣れてますから・・・・・・。」
そう言うやり取りを、シュナは街の喫茶店の中でしていた。このウェイトレス、実は前に先程の男に殴られたりしたことがあって、それ以来彼を恨んでいた。だが今回シュナとクナがその男をぶん殴った(?)事でかなり気が晴れたらしい。お礼という形で店に連れて来られた。
ちなみにこの娘。この店の店長の娘である。随分とまた発育が良い娘だった。
「ま、まぁゆっくりして行ってください!この国では美味しいものがいっぱいありますから!」
そう言ってシュナの眼の前にあるのは一切れのケーキと紅茶。大きくいかにも美味しそうに見える苺が乗ったショートケーキ。その横ではいい香りの紅茶が湯気を立たせている。いい茶葉を使っているのだろう。この様な上品な香りはそうそう味わえるものではない。
スプーンで角を崩し、その崩した角の部分を口に運ぶ。すると中でクリームとスポンジが混じりあい溶け合い。心地よい触感を与えてくれる。しかも
「これ、クリームの中に苺が練り込んである・・・。」
よく見てみると、真っ白なクリームの中にちょっとだけ赤が混じっている。それは苺を細切れにしたものだった。
「苺を細切れにしてそのままクリームに混ぜる。そうすると苺本来の味とクリームのハーモニーが同時に味わえるのよ。」
胸を張って説明するウェイトレス。ちなみに作ったのは店長である。
チラッと店長を見ると、味の感想はどうだという視線を送ってくる。
「とても美味しいです。苺とクリームが見事に合わさっていますよ。」
そう言うと店主はニコニコしながらコップを拭く作業に戻り、ウェイトレスは
「よし!この商品は他のお客さんにだしても売れるわね!」
瞬間シュナはえ?という顔をした。
シュナのいる喫茶店の前で、クナとユーナは待っていた。ちなみにユーナちゃんと車内に隠れている。
「暇だなぁ〜。」
グルングルン砲塔を回転させながらぼやくクナ。
「そうですね・・・。」
そのぼやきにユーナは答える。無論厚い装甲で囲まれているので普通に話す程度ならば聞こえない。
「そういえばさ、この国の中にある“アメルスト”って知らない?」
「あ、アメルスト?」
思わず聞き返すユーナにクナは説明を始めた。
「アメルストっていうのはこの国でもっとも綺麗な場所でスクラって言う綺麗な花が咲いている所なんだって。僕達はそこに行きたいんだけど君はそこの場所を知らない?」
・・・・・・。
たっぷりと考えてユーナは、分からない。と答えた。
「そっかー。君なら知ってると思ったんだけどなー。」
「でも・・・その場所を知っている人なら知っています。」
「誰々?誰が知ってるの?」
俯いて、ゆっくりと、絞り出すようにユーナは答えた。
「この国の大賢者アイッシュ様です。」
「そう言えばさっきの男が言っていた金髪に猫の耳ってなんですか?」
「ああ、あれ。」
シュナは何故か自分の向かいに座って紅茶を飲んでいるウェイトレスに向けて話しかける。質問した内容よりも目の前に居る人物の行動の方が気になっていけないがあえてスルー。
「最近ベルトラ公爵の所から逃げ出したキメラよ。何でもそれなりに貴重な個体らしくて、捕まえたらそれなりの報酬を出すって言うからさっきのみたいなゴロツキから金に困った貧乏人までが血眼になって探しているのよ。」
「ベルトラ公爵?」
初めて聞く人物の名に、ウェイトレスは紅茶を飲みながら答える。
「そ、この国で最も素晴らしい魔法使い。第1魔法学校を首席で卒業してはや数年で子爵になったのを手始めに次々と新しい魔法を発見して今の地位になったのよ。」
「へぇ〜。」
「この分なら次の賢者はベルトラ様で決まりね。」
その言葉にシュナの目が動いた。
「賢者・・・?」
「知らないの?賢者はこの国で一番偉い人の事よ。それでも大賢者様にはかなわないけどね。」
「大賢者アイッシュ。かつてこの国の賢者だった人らしいんだけど・・・おとーさん。アイッシュってどんな人だっけ?」
ウェイトレスの疑問に店主はコップを拭く手を止め
「大賢者様はそれはそれは素晴らしい方でした。魔力もそれをコントロールする頭もずば抜けた稀代の天才でしたからね。」
そう言って店主はコップ吹きに戻る。
「ベルトラ様もかなり優秀なお方ではあるけれど大賢者様はそれを上回る存在らしいからね。とてもじゃないけど大賢者様以上の存在になるのは無理な話だわ。」
「ふーん。」
―――――――――――
「御馳走様でした。」
「よかったらまた来てよ。」
そう言って店を後にしたシュナはクナの砲塔に飛び乗ると見送る店主とウェイトレスに手を振りながら先の道へと進んで行った。
「それで、何か収穫はあった?」
「ベルトラ公爵っていう凄い魔法使いが居るって話を聞いた。でも肝心の場所は誰も知らないって。」
「へぇ〜。それじゃあ大賢者様っていう人について何か分かった?」
「いや、大昔に姿を消しちゃったらしいよ。」
「あ〜らら、それで次はどこに行く?」
「う〜ん・・・。」
砲塔の上で腕を組んで唸るシュナ。そこへ
「あ、あの・・・。」
キューポラをほんの少しだけ開けてその隙間から話しかけるユーナ。
「どうしたの?」
「その・・・もしよかったら私の家の寄って欲しいんです・・・。」
その話に二人は反対しなかった。
彼女の家は大陸の平野部の端で小麦を作っていた。土壁に藁屋根と質素なつくりの家だ。その家を遠くから眺めるユーナ。
「本当にいいの?両親に会わなくて・・・。」
「・・・はい・・・こんな姿の私を見てもお父さんもお母さんも気づいてくれないと思うから・・・。」
「・・・・・・そっか。」
ユーナは唯遠くからじっと家と小麦畑を眺めていたが、やがて二人に向き直ると
「もう・・・大丈夫です・・・。」
そう言って、クナの中に入って行った。二人は何も言わずに進み始めた。