第6話 悲しみの山
―――悲しみの山、誰が呼び始めたかは分からない。常に冷たい強風が吹き荒れるその姿はまるで山が泣いているようだった。
その山の頂上、並みの魔法使いでは辿り着けないような場所に一つの祠がある―――
荒れ狂う吹雪、雪が積もった坂を一台の戦車がゆっくりと上っていた。キャタピラの間は雪が塊りセンサーや機銃の所には氷が張ってしまっている。それでも戦車はゆっくりと坂を上っていた。
その戦車の中では分厚いコートを付けた一人の少年が毛布にうずまっていた。ガタガタと寒さに震えている少年は空中に魔法陣を浮かび上がらせると傍にコップを持って来た。するとそこから温かい紅茶が出てくる。
湯気を出し香りをあたりに散らせる紅茶を美味しそうに飲む少年。紅茶を飲み干し体が温かくなって来たのを感じていると、不意に車体がガクンッと揺れた。
「ゴメン。頼むよ。」
その声が聞こえた途端少年は溜め息をついて毛布を取り戦車のハッチを開ける。開けた途端冷たい外気が肌に刺さる。魔法で身体を防御して居なかったら数十分で死んでしまうだろう。
そんな極寒の中少年は砲塔から飛び降りるとそのまま戦車の履帯に近づく。見るとそこには大量の雪が固まってしまい動かなくなっていた。
少年は雪の固まっている所に手をかざすとぶつぶつと何かを唱え始める。するとかざした手が徐々に温かくなり次第に温度が上昇して行く。そしてその熱に当てられ固まっていた雪が徐々に解け始める。
ついに雪は完璧に溶けエンジンが快調な音を出す。履帯は雪が無くなったことによってキュラキュラと動き始めた。
「ありがとう、シュナ。」
「どう致しまして・・・。」
御礼を言われた少年――シュナは溜め息を言いながら戦車―――クナに返事をする。ちなみにこの遣り取りは7回目だったりする。
「うぅ・・・寒い・・・。」
いかに魔法で防護していようと寒いものは寒い。という事でさっさと車内に入り込む。
頑丈なハッチを閉めると放り投げてあった毛布をかぶって丸くなる。
「はぁ・・・暖かい・・・。」
「まったくだ、寒いのは嫌だな。」
「・・・戦車の癖に寒がりなの?」
「寒いと部品が壊れやすくなる。」
「あっそ・・・。」
聞いた自分が馬鹿だったと思いながら毛布で丸くなるシュナ。人間にとってはこの環境は生命に関わるものでも機械であるクナには唯単に“鬱陶しい”ぐらいにしか思っていないのだろう。
そんなシュナの気持ちなど知らずクナは雪の積もった坂を上って行った。坂を上りきるとそこは大量の吹雪で視界は5メートルと無い。だがそんな中だろうとシュナには夜でも遠くでもよく見えるセンサーがあるし戦車には吹雪の寒さも問題ない。しいて言えば雪が履帯で固まるのが問題だが・・・。
「うわー、熱センサーにも反応が無いや・・・。一面氷点下。」
そんな事を言いながら真っ白な大地を進むクナ。時折機銃とセンサーを動かしながら進んでいるとふとセンサーに奇妙な反応があった。雪の中に僅かに温かい所がある。吹雪で何も見えないがしっかりと反応があった。
「シュナ。50m先に何かいるよ。・・・あれは、人かな?」
「人?こんな所に?」
中で毛布に包まっていたシュナは不思議そうな顔を浮かべる。クナはその人影へゆっくりと近づく。吹雪で分かりずらいがセンサーに反応がある所だけ若干雪が盛り上がっている。
戦車の中から出てきたシュナが呪文を唱えると盛り上がった雪が宙に浮かび上がる。
その雪と一緒にボロボロの布の塊――正確にはその布を着込んだ人間が出てきた。
「まだ息がある。」
浮かび上がった人間を両手で抱える。そして腕越しに伝わる心臓の鼓動が生きている事を教えていた。
その事を確認するとシュナはその人間をクナの中へ運び込んだ。
「う、うぅ・・・?」
そう言って体を起こすと見知らぬ天井・・・岩壁が視界を埋め尽くした。薄暗い空間はどうやら洞窟の中らしい。吹雪の音が響いて聞こえてくる。
「やぁ、起きたみたいだね。」
突如聞こえたその声に驚き飛び上がって辺りを見回す。だが辺りに人影は無くあるのは岩ばかり。
「・・・・・・?」
「ここだよ。」
突如後ろにあった大きな岩が音を立てて動き出した。思い金属同士のぶつかる様な様な音を立ててこちらへと近づいて来る。まるで自分を押し潰そうとしているかのように。
「ひ、ひあ・・・・。」
あまりの事に驚いて悲鳴すら出せず唯ガクガクと震えるだけだ。
「クナ、ストップ。」
その瞬間岩の動きが止まる。動かなくなった岩の上から一人の少女が現れた。少女は岩から降りてくるとこちらに近づいて傍に座った。
「大丈夫?」
「う・・・うん・・・。」
そう言って少女の顔を見つめる。綺麗な銀髪に赤い目の女の子は不思議そうに私を見つめていた。
―――正確には私の頭にあるものを見つめていた―――
その事に気が付いた瞬間私は“頭のもの”を手で隠してその場に蹲る。
「・・・来ない・・・で・・・。」
怯えた声でそう言うと少女は差し出しかけていた手を引っ込める。代わりに何か温かい物を飲むかと聞いてきた。頷いて答えると少女は岩の中に入ってそこから一杯の紅茶を持って来た。湯気が立ち甘い香りが鼻をくすぐる。その紅茶を受け取り口の中に入れる。
冷え切っていた体が奥から温められる。するとなんだか瞼が重くなり眠くなってくる。
「あ、あの・・・・・・。」
眠る前に一言言わなければならない事がある様な気がして言おうとするが意識が段々と遠くなってそれで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「寝ちゃった・・・。」
「・・・紅茶に変な物でも入れた?」
「入れる訳ないでしょ。」
目の前で紅茶を飲んで眠ってしまった少女を見ながら二人はそんなやり取りをしていた。無論紅茶には何も入れていない。
「で、どうするのその娘。」
クナが目の前で寝ている少女――猫耳と尻尾が生えた10代くらいの女の子――を見て言った。
「でも放って置く訳にもいかないでしょ?」
「明らかに人間じゃないこの娘を?」
喋る戦車に言われたくは無いが実際にそうだからしょうがない。
キメラ――人間と獣の合成体としての他、この言葉にはもう一つの意味がある。古い意味で“人間をやめた者”という意味だった。
自然に生まれてきた人間に尻尾や猫耳が生えるとこなどまず無い。という事はおそらくこの娘は・・・。
「・・・考えてもしょうがないか・・・。」
答えが見えて来た所でシュナは考える事を放棄する。それはあまりにも不快な答えだったから。そして彼はクナから持って来た毛布を少女に掛けると自分の分の毛布を被ってふて寝した。まるで嫌な事から目を背ける子供のように。
そんな二人を見守るクナは洞窟の入り口から入ってくる風を防ぎながらじっと佇んでいた。
ゆっくりと私は目を開ける。初めは洞窟の中を見て何でこんな所に居るんだろうと思ったが記憶を手繰り寄せている内に思い出した。
見ると少女が毛布を被って寝ていた。さっき私に紅茶をくれた人だ。先程の喋る岩も一緒に居る。
私は毛布を取って彼女を起こさないように立ち上がったつもりだったのだが
「おはよう。」
そう喋る岩が声を掛けてきた。
「あ、あう・・・・・あ・・・。」
何て返せばいいのか分からない。そんな私へ岩はさらに言葉を掛けてくる。
「とりあえず自己紹介から行こうか、私はクナ。戦車さ。」
名前と聞いた事の無い単語を言った彼は「君は?」と聞いてくる。私は何とか声を振り絞って
「・・・ユ、ユーナ・・・。」
そう答えた。