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初秋を過ごす

作者: 竹仲法順

     *

「フゥー」

 思わず溜め息が漏れ出る。カップにはコーヒーがまだ残っていた。あたしは自宅マンションのリビングでDVDレコーダーに録り溜めていた映画やテレビドラマなどを見ながら過ごしている。さすがに休日ぐらいはゆっくりしたい。ずっと勤務先の会社で仕事が続いていたからだ。スマホには何の連絡もない。多分彼氏の光一も自宅で眠っているのだろう。今、ちょうどお昼を食べ終わったところだ。あたしも普段家に帰ってきたらテレビを付ける。BGM代わりでほとんど見てない。だけどそれでいいのだ。一人暮らしのあたしにとって自宅に帰ってからが自分の時間である。多少疲れていた。帰りにスーパーに寄ってタイムセールで五割引のお弁当を買って帰り、自宅で軽くアルコールフリーのビールを飲みながら、食べた。後片付けしてからお風呂に入る。長い髪にはいつもシャンプーとコンディショナーをして整え、ボディーソープを塗ったタオルで体を洗う。夜は夜でテレビを付けながら、自宅用のノートパソコンを開く。そしてネットに繋ぎ、トップ画面のニュースやブックマークしているサイトなどを見て情報を仕入れた。確かにあたしも職場では気を遣う。男女半々ぐらいの職場で、男性社員にも何かと気を揉む事が多い。別に普通にあることなのだった。単にあたし自身、過剰に気を回しているだけで。ずっと日々を歩き続ける。多少疲れているのだが、それは自然だ。人間は朝起きたら昼間活動し、夜は眠るようになっている。あたしも夜は午後十一時に消灯し、翌朝は午前六時過ぎに自然と目が覚めていた。睡眠は七時間とか、下手すると六時間ぐらいでも足りている。普段街の広告会社に勤めていて電車で通勤していた。朝は眠たいのだが、電車に乗り込めばスマホを取り出し、ネットに繋いで頭の中を前日と入れ替える。朝から夕方までの勤務時間中はしっかりと気を張っているのだ。別に苦痛じゃない。慣れてしまえば何ともないからである。その分、週末や正月、ゴールデンウイーク、お盆など休みを取れるときはゆっくり休んでいた。その日も午後一時半過ぎまでテレビの画面に釘付けになっていた。すると不意にスマホが鳴り出す。着信音からメールじゃなくて電話だと分かり、受信ボタンを押して出た。

     *

「はい」

 ――ああ、怜香(れいか)?俺。光一。

「どうしたの?電話掛けてくるなんて珍しいわね」

 ――いつもメールばかりだから寂しいって思ってね。電話したよ。

「疲れてる?お仕事」 

 ――うん、まあな。……俺、今君の家の近くにいるんだ。今から来てもいい?

「ええ、いいわよ。待ってる」

 ――分かった。特製の幕の内弁当二つ買ったんだ。持ってくよ。

「ありがとう。じゃあまたね」

 電話を切った後、空腹を覚えていた。やはり朝はトーストとコーヒーだけじゃ栄養が足りてない。実際、食事で取れる栄養素など限られているのだった。だからサプリメントで補う。あたしも三十代半ばになっていたのだが、数年もの間、サプリメントを飲んでいた。結構いろいろと飲み合わせている。これは極自然だ。女性でも三十代になれば、やや衰えが出てくる。あたしも体のあちこちにガタが来ているのを感じていた。別に悪いことじゃないのだが、やはりいろいろと飲んでおかないと、疲れやそれに伴う症状が取れない。肉体面というよりも、むしろメンタル面での疲れの方が目立っていた。ずっと会社でパソコンのキーを叩くのが仕事だ。陰湿な感じの同僚もいる。女性社員でも三十代ともなると、行き遅れた人たちの方が多くて気の毒なのだった。同じ雑居ビルの下の階にオフィスを構える商社の営業マンの光一と付き合っていることは皆が知っている。女性社員はそういったことを喋ることが多い。例えば、ランチタイムなどに。あたしも認識していた。自分がよくお喋りすることを。社員同士でいろいろとあるのだ。業務時間中は話など出来ないのだが、お昼の休憩時などはコンビニで買ったおにぎりやパン、お弁当などを食べながら話をする。別に深く気に掛けるつもりはない。光一とはずっと前から顔見知りで、あたしも付き合い出してから長い。新卒で今の会社に入ったとき、すでに顔を合わせていた。何せオフィスが一階下にあるだけなのだから、出入りしているとき普通に顔も分かるのだし、気にしないということはまずない。それに彼には優しさがある。あたしも付き合い始めてからずっと休みの日は一緒にいた。あたしの心もこの秋空のように微妙な感じで推移していたのだが、光一とはずっと欠かさず付き合い続けている。その日も特製幕の内弁当を持ってきた彼と一緒に食事を取るため、コーヒーをホットで二杯淹れて冷めないように蓋をしておいた。ゆっくりと待ち続ける。光一が来るのを。

     *

 午後三時過ぎに玄関先で扉がノックされる音がして、あたしも気付き、光一だろうと思って、

「はい」

 と言い、扉を押し開けた。彼が立っている。手にはお弁当を抱えて。

「待った?」

「うん、ちょっとだけ。……でもちょっと待つぐらい構わないわ。コーヒー淹れてるから飲みましょ」

「ああ、すまないね」

 光一がそう言って履いていた革靴を脱ぎ、ゆっくりと部屋に入ってくる。あたしも歩いて、綺麗に掃除していたリビングに彼を入れた。付けっぱなしにしていたテレビを消さずに、ホットコーヒーを二杯キッチンからリビングのテーブルへと持ってくる。歩きながらこれからが楽しい時間の始まりねと思う。普段ずっと仕事ばかりで疲れる。その分、土日は光一と過ごす。初秋で風が幾分ひんやりとしていた。平日はずっとオフィスに詰めっぱなしなのできつい。だからこういったときぐらいしか、ゆっくりする間はない。あたしもそう思っていた。二人で揃って食事を取る。いくら休日同棲でも付き合い始めてからある程度年数が経っているので、もう夫婦のようなものだった。単に一緒に住まないで普段は別の場所にいるというだけだ。現に彼はすぐ近くのマンションに住んでいて、いつもあたしの家まで歩いてくる。これがあたしたちの交際方法で別に違和感はない。秋が深まりつつあり、土曜日の昼過ぎに光一が来て、夜月見をした後、その日泊まって日曜日も一日一緒にいてから、夜帰っていくというパターンだった。そういったことの繰り返しで時が流れていく。あたしも平日はずっと仕事が詰まっていたのだが、オフィスでの生活には慣れてしまっていて、彼と過ごす土日が楽しみになっていた。これが三十代独身の女性社員の現実だ。受け入れられている。十分なぐらい。そしてコーヒーを飲みながら食事を取った後、光一はベッドの上であたしを抱いてくれた。優しく、そして寝乱れるときは一際激しく。ゆっくりと時を送る。まあ、秋になるといろいろと心配事が出てきて、何かと物憂さを感じるのは事実だったが……。でもそれも彼が埋めてくれた。まるで補修してくれるように。

                                 (了)


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