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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-03
88/228

Section2-1 山田は逃げ出した

 トンテンカンカン!

 ヤマタノオロチ――もとい山田が新しく居候に加わった翌日の正午、秋幡家の庭先から金槌で釘を打ちつけるような金属音が軽快に響いていた。

 実際に金槌で釘を打っているのだから当然だろう。

 もっとも、秋幡家の庭で日曜大工に励んでいるのは紘也ではなく、身食らう蛇――ウロボロスだった。絞るようにした白いタオルを頭に巻き、口には三本の釘を咥え、背中に『∞』の記号が入った青い半被を羽織って像が残る勢いで金槌を振り回している。そして途中で打つのを止めたかと思えば、金槌を握ってない方の手を顎にやって「……芸術です」とキメ顔で漏らす。実に蹴り倒したい。

 リビングの窓を開けてその様子を眺めていた紘也だったが――

「ウロ、昼飯できたぞ」

 スルーすることにした。好奇心から奴がなにをしているのか知ろうとすれば、確実に精神面のダメージは免れないだろうと判断したからだ。

「オゥ! もうそんな時間ですか。メニューはなんです?」

「そうめんだ」

「ほほう、夏っぽくっていいですねぇ。流れますか?」

「いや、流れないそうめんだ」

「はぁ、まったくもう、紘也くんはわびさびがわかってませんね。夏でそうめんと言えば竹製のウォータースライダーを流れてるのがジョーシキでしょうに」

 なんか呆れたように溜息をつかれた。

「ウロ、わびさびは知らんがわさびならあるぞ。流してやろうか? 目に」

「本っっっ当にさーせんしたぁあッ!?」

 持っていた金槌を放り捨てて地面に減り込むような土下座をするウロ。どうも最近、謝れば制裁されないことを覚えたようだ。それでいて全く反省しないとなると、紘也の幻獣に対する最後の良心を的確に狙っている節がある。今後は謝る猶予を与えない方向性で行くべきか。

「じゃ、早めに切り上げて来いよ」

「ちょい待ち、紘也くん」

 室内に戻ろうとしたら呼び止められた。億劫に思いつつ振り返ってやる。

「紘也くん紘也くん、なにかあたしに訊きたいことがあるんじゃあないですか?」

 ウロはちらちらと横目で自分が組み立てていた創作物を見る。このまま大人しくスルーされる気はないらしい。

「ああ、あるな。超訊きたいことがある」

「ほらほら、それなら遠慮なさらず訊いてくださいな。スルーのし過ぎは体に毒ですよ」

「お前は何歳だ?」

「∞歳です。他に訊きたいことは?」

 チッ、と紘也は小さく舌打ちした。上手く誤魔化されたようでいてレベルは小学生並だ。『∞○○○』は紘也も子供の頃にはよく使ったような気がする。

 しかしこのまま奴が求めていない質問を繰り返しても、それこそ∞ループに入るだけである。

 紘也は晴天の中でギラギラと輝く太陽を仰いだ。窓を開けっ放しにして冷房の効いた室内の温度を上げるわけにはいかない。仕方ない。本当に仕方ないから突っ込んでやろう。

「犬でも飼うのか?」

 ウロが炎天下の中で組み立てていたそれは、大型犬でも余裕で入りそうな犬小屋にしか見えなかった。箱型の土台の上に均整の取れた三角屋根が載り、壁には入り口と思しき半楕円の大穴が穿たれている。他に用途を思いつかない。

「んなまさか。よく見てくださいよ、主にこの表札辺りを」

 入り口の上につけられた板をウロが指でトントンと軽く小突く。それには達筆な字でこのように書かれていた。


【YAMADA HOUSE】


「手の込んだイジメはやめろよ!」

「なっ!? い、イジメじゃあありませんよ! この幻獣界でも『スター・ザ・アーキテクト』と謳われるウロボロスさんがわざわざ部屋を用意してあげてるんじゃあないですか!」

「部屋なら昨日使わせた物置があるだろうが」

 葛木家には及ばないが、それなりに裕福な方である秋幡家は家族構成に見合わないほどの広い屋敷を構えている。すっかり物置と化している部屋が三つあるくらいだ。きちんと整備さえすればウロも屋根裏部屋に住むことはないし、ウェルシュも妹の部屋を借りる必要はなかった。まあ、ウロに関しては自分から屋根裏部屋を希望したのだが……。

「わかってるんですか、紘也くん? 山田は敵なんですよ? 同じ屋根の下だといつ寝首を掻かれるか知れたもんじゃあないです」

「本音は?」

「紘也くんの初めてを奪いやがった残飯ゴミ屑害虫産業廃棄物は屋外で惨めにのたれ死ねばいいのです」

「私怨丸出しじゃねえか! あとアレに死なれたら俺はもう困ることもできなくなるってわかってるよな!」

 一応警戒してくれているのはありがたいが、今の山田に紘也は殺せないし、ウロやウェルシュとて夜襲されたところで掠り傷も負わないはずだ。心配するだけ気力の無駄。ウロは寝てても〝再生〟するだろうし。

「とにかく、山田自身が泣いて頼んでもそこに住まわせることは俺が許さん」

「……紘也くん、あいつの肩を持つんですね」

「まったく、ご近所さんに虐待と思われて通報されたらどうするんだ」

「オゥ!? 実は山田の味方なんてこれっぽっちもしてなかった!? 流石あたしの紘也くん! 惚れ直しました結婚してください!」

「だぁー絡みつくな鬱陶しい! わかったなら馬鹿やってないでさっさと散らかした庭を片づけて来いよ! それまで昼飯抜きだからな!」

「そんにゃ殺生な!?」

 さめざめと泣きながら慌てて後片づけに向かうウロを見送り、紘也はリビングの窓をピシャリと閉めた。どうせここから入ってくるだろうから鍵は開けたままにしておく。

 リビング内に振り返ると、四十二インチテレビの前に屯する残りの居候たちが目に入った。画面にはどこかの荒野を背景に、赤い西洋竜と八首の蛇が火を吐いたり水を吐いたり、時には噛みついたり尻尾を振り回したりしてバトルしている。画面上部にはそれぞれの体力を示すゲージが表示され、攻撃がヒットする度に少しずつ削られていく。

 巷で不動の人気を誇る文字通りの異種対戦格闘ゲーム――『大乱戦・モンスターバトルロイアル』である。通称モンバロ。人間よりも幻獣たちの方がハマっているという奇天烈なTVゲームだ。

「……なかなかやりますね。ですがウェルシュは負けません」

《ふん。吾が本気を出せば己なぞ着物についた糸屑よ》

「むっ。水系の攻撃ばかりずるいです」

《弱点を突くのは基本であろう》

 ウェルシュと山田はなかなかに白熱しているようだった。あのウェルシュと接戦しているとは……山田もすこぶるゲーム音痴に違いない。幻獣はみんなそうなのか?

「てか山田、お前何百年も八櫛谷に封印されてたんじゃなかったのか? なんでもう現代技術に馴染んでんだよ?」

《ヤ マ タ だ! 間違えるな人間の雄! ふん。人類の進歩など吾にとっては些末なことよ》

「にしてはコマンドの入力がぎこちなく見えるが?」

《お。己の眼が……節穴なだけだ》

 冷や汗を流して画面に集中する山田。ぎこちなさで言えばウェルシュも負けてないのだが、経験者なら本日初プレイの超初心者相手に苦戦しないでほしい。

「マスター、見ててください。ここからがウェルシュの逆転劇です」

「だから逆転しないといけない状況になるなよ経験者」

「勝ったら誉めてください」

「子供か!」

 ウェルシュの紅い瞳にはやる気の炎がメラメラと燃え盛っていた。無表情なのにそんな闘志が伝わってくるところ、器用なものだと感心する。

「そういえばあんまし気にしてなかったけど、モンバロって海外じゃまだ発売されてないよな? なんでウェルシュが知ってたんだ?」

 訊いた瞬間に紘也は答えに辿り着いてしまった。どうせいつものこと、紘也の敬愛すべき父親が発端に違いないだろう。

 そう直感したのだが、今回の答えは意外だった。

「ウェルシュの友達から教えてもらいました」

「え? 親父じゃないの?」

「元マスターはあまりこのようなゲームをされませんので」

 言われてみればその通りだ。いつもお茶らけた態度なだけにゲームの一本や二本なんて週単位で終わらせていそうなイメージがあるけれど、紘也は父親がTVゲームや携帯ゲームに興じている姿を見たことがない。エロ本を鼻血垂らしてガン見している姿ならよく見かけていたが……(その度に母親にゴルフクラブで後頭部を強打されていたこともよく覚えている。アレは恐ろしかった)。

「まあ、天下の大魔術師様にそんな暇はねえよな。友達ってのは向こうの?」

「はい、ヴィーヴルと言います。元マスターの契約幻獣です」

 ウェルシュは山田の水砲攻撃に操作キャラを突っ込ませながら答えた。

 幻獣ヴィーヴル。紘也もある程度なら知っている。半蛇半人の美女だとか、宝石の眼を持つ大蛇だとかいうフランスに伝わる幻獣だったはずだ。雌しかいなくて、宝石の眼を奪われると死んでしまうと父親の幻獣書に書いてあった記憶もある。

 でも――

「ヴィーヴルって……ドラゴンだよな? お前、ドラゴン嫌いじゃなかったっけ?」

「……」

「……」

「……別腹という言葉は素晴らしいと思います」

「百パーセント用途間違ってるだろそれ」

 例外だということは伝わってきたけれども。

「世界の幻獣TCGもヴィーヴルから教わりました」

「へえ、ドラゴン嫌いのウェルシュが懐くなんてけっこういい奴なんだな」

 まあ実際にこうしてウロや山田と楽しくモンバロをプレイしているし、嫌いと言ってもそこまでではないのだろう。

「はい、一日中部屋に引き籠ってオンラインゲームをする楽しさはわかりませんでしたが」

「ただのニートだそいつ!?」

 ウェルシュがそっちの道に引きずり込まれなかったことに激しく安堵する紘也だった。ついでにそのヴィーヴルにウロを会わせると(えら)く仲良くなりそうで空恐ろしい。

「ふむふむ、ヴィーヴル。そんなに目立ちませんが火属性の強力なアタッカーだね。コストを払えば水・地・風以外の属性からのダメージや魔術を無効化しますし、攻撃力も跳ね上がりますから」

 片づけを終えたウロが戻ってきて早々になんでもカード化解説を始めた。まるでその説明をやらないと一日が終われないというノリだった。

「……あっ。クリティカル喰らいました」

《はん。口ほどにもなかったな。炎竜の雌》

「悔しいです。次は勝ちます」

《何度やっても同じことだが。まあ。受けて立とう》

 どうやらモンバロの方も一段落ついたようだ。紘也はそこでパンパンと二回手を叩いた。

「じゃあ昼飯にしようぜ。山田はそうめん食うと死ぬみたいなことはないよな?」

《どんだけ馬鹿にしとるんだ己は!? あるかたわけ! あと山田はやめい!》

 麺やつゆに含まれる成分がヤマタノオロチにとって猛毒になりうる可能性を考慮してみたが、深読みのし過ぎだったようだ。事は紘也の命に関わるのだから慎重にもなる。

 紘也は安心してリビングのテーブルにそうめんの入ったザルを運び、各人に箸とめんつゆの入った取り皿を配る。

 そして、合唱。行儀よくみんなで『いただきます』。

 秋幡家はこの上なく平和だった。

《む。美味い。人間の雄。昨日の飯といい。やはり己はなかなかに料理に秀でているな。誉めてやろう》

「そりゃどうも」

 居候が増えてから自炊する回数も格段に上がったため、紘也の料理スキルも日々向上中なのだ。元々できないわけではなかったし。

《このつゆも己が作ったのか? 鰹出汁が効いて実に……》

 山田の絶賛が止まった。なんか知らないが摘まんだそうめんを見詰めて黙考している様子である。

 そのまま十秒の時が流れ――


《――って吾はなぜ自然と己らの輪に溶け込んでおるのだ!?》


 凄まじく今さら感の漂う台詞を叫んだ。

《よくよく考えれば吾がわざわざ己らと暮らす意味がわからん》

「いや、こっちとしては監視って名目があるんだが?」

 目の届くところにいてくれた方が紘也の命的に助かるのだ。ちなみに山田の絶叫と抗議など素知らぬ顔で食欲旺盛な残り二匹はそうめんをがっついていた。

《ふん。己らの都合なぞ知ったことか。吾は一人でも生きられるわ》

「お、おい」

 すっくと立ち上がった山田は、小走りで玄関の方へと駆けて行った。去り際に《ふん。己らとはもう二度と会うこともなかろうな》と残していたが、そういうわけにはいかない。

「……ウロ、ウェルシュ、山田を連れ戻すぞ」

 すぐに追いかけようとした紘也だったが、二人がその場を動かないことに気づいた。

「行くぞコラ」

「えー、別にいいじゃん放っておけば。どうせ現代事情に疎いのですからそのうちやってられなくなって帰ってきますよ。ちゅるちゅる」

「ウェルシュもそう思います。もぐもぐ」

 幻獣どもは山田より目の前のそうめんが大事らしかった。こいつら本当は紘也の命などどうでもいいのではなかろうか、と疑念を抱かずにはいられない。

「今のあいつは自転車に轢かれても死にそうなんだ。放っておけるかよ」

「過保護ですねぇ、紘也くん。自分に対して、ですけど」

 これ以上ないくらい面倒臭そうに立ち上がるウロ。それを見たウェルシュも最後の一口を飲み込んでから起立した。別に紘也一人だけでもすぐに追えば捕まえられたのでは? と今思ったが黙っておく。

「はぁ、ダメダメの山田が家出ですか。しょーがないですね。じゃあ近場のファミレスから探しましょう。そこにいなければ別のファミレスですね」

「なんでファミレス限定なんだよ!」

「……ファミレスの屋根裏部屋が怪しいです」

「お前らファミレスに行きたいだけだろ! やる気出せよもっと!」

 この二匹に探偵業は絶対向かないだろうなと強く確信した紘也だった。


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