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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-03
85/228

Section1-4 呪いの契約

「「「――ッ!?」」」

 声にならない三つの絶叫。

 柔らかく生暖かい感触が唇から伝わり、紘也の脳内ブレーカーが一気にダウンした。そして思考停止状態が数秒間続いた後、紘也はかろうじてその事実を認識する。

 ――キス、された?

 ――ヤマタノオロチに。

 ――これはなんの冗談だ?

 まさかファーストキスの相手が幼女化したヤマタノオロチなどと誰が予想できただろうか。当然紘也は夢にも思っていない。きっと神だって無理だろう。

《おえ。よもや。吾が人間の雄にこのような行為をすることになろうとは……》

 紘也から飛び降りたヤマタノオロチが気持ち悪そうに舌を出す。だったらするな、と徐々に思考力を取り戻してきた紘也は内心でツッコンだ。

「ウロ、ウェルシュ。構わん、殺れ」

 幻獣にだけは奪われてなるものかと死守してきた紘也には、もう罪悪感など欠片も残っていなかった。存在ごと抹消してなかったことにするしかない。

「……」

「……」

 しかし、ウロもウェルシュも反応がなかった。見ると、ウロは『ムンクの叫び』を三次元化したような顔で凍りついており、ウェルシュは光を失った紅瞳で虚空を見詰めていた。

 これでは幻獣たちは使い物にならない。紘也が自分でやるしかないとして、果たして今のヤマタノオロチを魔力干渉で強制的にマナ乖離させることは可能だろうか?

 しばしの間そうやって逡巡していると、ウロとウェルシュがゆらりとゾンビのような動きで復帰した。

「……腐れ火竜、ここは一時休戦しましょう」

「……はい」

「……誰があいつを潰すかなんて時代は過ぎました」

「……はい」

「……今は、どうすれば最も極悪かつ醜悪かつ残虐にあいつを ブ! チ! コ! ロ! ス! ことができるかです」

「……はい」

 絶対零度の殺気を放出する紘也の契約幻獣たちが、どす黒いオーラを纏ってヤマタノオロチににじり寄る。ヤマタノオロチがどういうつもりだったのか知らないが、あの行為は火に油どころか火薬とガソリンと大量の酸素を注いでしまったようだ。

 その恐らく今世紀最大の殺意を向けられたヤマタノオロチは、大量の冷や汗を流しながら降参と言うように必死に手を振った。

《ま。待て己ら!》

「待ったはゼロ回までです」

《吾を殺せばどうなるか。己らは知らんだろう?》

「どうでもいいです。ウェルシュは全力でヤマタノオロチを〝拒絶〟するだけです」

 ウロとウェルシュは聞く耳を持たない。数秒後には凄惨な殺戮劇がリビング内で起こるだろうと予測した紘也だったが――


《そ。そこの人間の雄も死ぬことになるぞ!》


「は?」

 ヤマタノオロチが苦し紛れに放った言葉に、素っ頓狂な声を発してしまった。ウロとウェルシュもピタリと停止する。

 安堵の表情で胸を撫で下ろし、ヤマタノオロチは一つ深呼吸してから言の葉を紡ぐ。

《その人間の雄には吾の〝霊威〟を埋め込んだ。これでそいつと吾自身に一種の『呪』がかかったことになる。吾を殺せばそいつは死ぬ。逆にそいつが死ねば吾も死ぬ。〝霊威〟が互いの魂を繋げておるからな》

「なに?」

 ヤマタノオロチを滅殺してしまうと、紘也も死ぬ?

 文字通りの運命共同体。

 ふざけている。悪夢過ぎて紘也は軽く目眩を起こした。

《吾も人間の雄を殺せなくなったが。己らも吾を殺せぬはずだ》

 勝ち誇ったように、ヤマタノオロチ。本当かどうかは試してみなければわからないが、それができれば苦労はしない。紘也はこんな一か八かなことに命を投げられるほど勇敢ではないのだ。

「適当ぶっこいてんじゃあねえですよ! あんた自分がなにしたかわかってんですか? 紘也くんが他の娘とキスするにしても、ファーストは紘也くんのヒロインたるこのウロボロスさんだって相場が決まってんですよ!」

「どこの相場だそれは」

 この身食らう蛇は頻繁に紘也の理解の範疇を超える発言をする。頭のネジがあらかたぶっ飛んでいるに違いない。

「マスター、口直しにはウェルシュを使ってください」

「――ってどさくさに紛れてなにとんでもないこと言ってんですか腐れ火竜! 紘也くん紘也くん、口直しには是非この幻獣界で『その唇はドライアドの樹蜜よりも甘い』と評判のウロボロスさんで」

「誰がするか! それより、どうもそいつの言ったことは本当らしいぞ」

「「――えっ?」」

 ウロとウェルシュが同時にポカンとした。紘也は彼女たちがアホな言葉を連ねている間に自分の体を検めていたのだ。その結果、ヤマタノオロチと魔力のリンクができていることが判明した。

「契約したってことなのか?」

 俄かには信じられないが、紘也の意思とは無関係に一方的な契約が成立していることは事実だ。

《『呪』と言っただろう。まあ。吾の契約条件は〝霊威〟の共有だからな。実質契約も結ばれたことになる。しかし人間の雄。己は何者だ? 並の魔術師ごときでは吾の〝霊威〟に堪えられず異形と化すところ。己はケロリとしおって》

 感心するヤマタノオロチだったが、妖魔化しない理由についてはだいたい見当がつく。大魔術師レベルの魔力量とか魔力制御能力に長けているとかそんなのではなく、単純に今のヤマタノオロチが雑魚だからだろう。

《賭けではあったが。なんにせよ己がなかなかの魔術師で助かったぞ。もっとも。この体でなければ口移しで直接的に〝霊威〟を注ぐ必要はなかったのだがな……おえ》

 キスの感触でも思い出したのか苦い顔になってヤマタノオロチは呻いた。吐きたいのは寧ろ紘也の方である。

「……どうやったら呪いを解除できる?」

 声のトーンを低くして紘也はドスを利かす。だがヤマタノオロチはどこか開き直った表情で、ふん、と鼻を鳴らした。

《こうなってしまえば吾にも解けん。だがそうだな。『呪』を成している〝霊威〟は魔力ではなく吾の憎悪から生まれている。どうしても『呪』を解きたければ。吾に好かれるよう努力するのだな。ククッ。まあ。吾が人間の雄を好くなどありえないことだが》

 紘也にしても好かれたいとはミジンコほども思っていない。下手をすると一生解けない呪いとなるだろう。最悪だ。

「その呪いとやらが嘘か真かわかんない以上、あんたを殺せなくなったことはよーくわかりましたけど……」

 状況をきちんと噛み砕いて理解したらしいウロがヤマタノオロチの正面に立つ。それから一度だけ紘也を振り向くと、

「すみません紘也くん、念のために先に謝っておきます」

 そう謝罪の言葉を述べてから、ヤマタノオロチの頭部に手刀を振り下ろした。

《ぎゃうっ!?》

 動物じみた悲鳴を発し、両手で頭を抱えたヤマタノオロチは悔しげな涙目でウロを睨め上げる。

《おのれ金髪! 一度ならず二度までも吾の頭を叩いたな! これ以上縮んだらどうしてくれる!》

「紘也くん紘也くん、頭は痛くないですか?」

 だがウロは既にヤマタノオロチを眼中から除外していた。

「お前が妊娠騒ぎを起こした時からガンガン来てるよ」

「ホワッツホワーイ? 妊娠? はてさて、なんのことですかね? そんなまだ紘也くんと繋がってもないのに子供ができるわけ――ハッ! そうか紘也くんは遠回しに求めているんですね。んもうしょうがないなぁ。今夜は寝かせないぞ♪」

「ウロ、これは何本に見える?」

「さーせんした! 調子くれてました!」

 紘也が人差し指と中指を立てて見せると、ウロは綺麗な姿勢で上半身を九十度曲げて謝り倒した。いい加減にこのアホ蛇には脱線しない運転をしてもらいたい。ちなみにウロの後ろではヤマタノオロチが《無視か? 己ら吾を無視するのか?》と喚いていた。

「で? お前はなにが言いたいんだ?」

「あーそうでしたね。紘也くん、頭は痛いけど物理的な痛さじゃあないんですよね?」

「ああ」

 頷くと、ウロは得心がいったように口元に微かな笑みを浮かべた。

「ふぅん。てことは、どうやら感覚リンクまではしてないみたいですね。いろいろ怪しいですが、どちらかが死んだ時にのみ発動する呪いなんだと思います」

 言ってから改めてヤマタノオロチに向き直るウロ。微かだった笑みが次第に悪魔みたいな凶悪なものにシフトしていく。

「つまり、あんたを殺しさえしなければどんなことをしても紘也くんには影響しないってことですよね?」

「……なるほど。ウェルシュにもウロボロスの考えがわかりました」

 ピン! となんとかアンテナよろしくウェルシュがアホ毛を立てた。彼女にわかるくらいだ、紘也もウロがこれからなにをしようとしているのか手に取るようにわかる。

「レッツ・ウロボロス流〝無限〟リンチ! くふふ、ヤマちゃ~ん、紘也くんの初めてを奪った罪、ちょこっと誰もいない路地裏で懺悔してもらいましょうか」

《なっ!?》

 戦慄し顔面を一瞬で真っ青にしたヤマタノオロチの片腕を、ウロががっちりとホールドした。

「腐れ火竜、あんたも手伝いなさい。あんたの炎は役に立ちそうですからね」

「……了解です」

 もう片方の腕をウェルシュが固める。普段からは考えられないほど息ピッタリな二人だった。

《な。なにをする己ら!? 放せ!? やめろ!? やめ――あ。あぁああぁあああぁあぁああっ!?》

 幼女の姿をしているヤマタノオロチはあっさりと持ち上げられ、足をバタつかせながら何処へと連行されてしまった。

 残された紘也は、一時的に過ぎ去った嵐の余韻を感じながら、倒れるようにソファーに腰を下ろした。

「一応、葛木には言っといた方がいいよな」

 流石に可哀想に思えてきたものの、相手の正体が正体である。決して表面的な感情に流されてはいけないと心に誓う紘也だった。


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