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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-03
81/228

Section0-1 プロローグ

 フランス、パリ中心部から東に四キロメートルほど離れた地点に広がる森林公園――ヴァンセンヌの森。

 昔は王家の狩猟場だったこの森は、フランス革命後に軍の演習場となり、十九世紀以降はナポレオン三世によって一般市民のための公園として開放されている。その大きさはロンドンのハイドパークの四倍、ニューヨークのセントラルパークの三倍あるとされ、北方、丁度森の入り口にあたる場所に悠々しく聳え立つヴァンセンヌ城が観光客を出迎える。

 時刻は正午。普段であれば少なからず人のいる時間帯だが、観光客らしい人々の姿はどこにもなかった。

 その代わりに、ヴァンセンヌ城内の回廊を夜色のフード付きローブを纏ったいかにも怪しい二人組が黙々と歩いていた。両者ともフードを目深に被っているため顔はわからないが、その凹凸ある体から女性だということが窺える。

「うぅ~、だるいぃ~。明るいぃ~。めんど臭いぃ~」

 沈黙に堪えかねたのか、背の高い方の女性がやる気なさげにがくっと肩を落とした。余裕たっぷりのローブの上からでもわかる豊満な胸部がゆさっと揺れる。

「静かにしてください。気づかれたらどうするのですか?」

 英語で紡がれただらしない言葉に、背の低い方の女性――といっても百六十センチはあるだろう――も英語でそう返しつつフードの下から鋭い眼光を放った。

 だが、咎められた相方は全く悪びれる様子もなく軽薄な調子で口を開く。

「だっていつもなら寝てる時間だよ。それなのになぁーんでこんなところに来ないといけないのさ。めんど臭いったらありゃしない」

「仕事だから仕方ないでしょう。というか、こんな時間まで寝てるなんてどれだけ怠惰な生活を送っているのですかあなたは」

「はぁ~、ずっと自分の部屋でネトゲーとかやってたいわ」

「……その引き籠り根性は逸早くどうにかするべきですね」

 呆れ返った背の低い女性は頭痛でもしてきたのか片手で頭を押さえた。

「ねえねえ、もういっそ大暴れして気づかれてもらった方が速くない?」

「気づかれたら逃げられるでしょう? なんのために少数で隠密行動を取っているか考えてください」

「うわぁー、やだねやだね真面目人間さんは。うちのボス見習ってもっと砕けちゃいなよ堅っ苦しい」

「反面教師を見習ってどうするのですか。寧ろあの人がいい加減だからこそ私がこうやって苦労して――」

「はいはいお喋りはそこまでね。ついたっぽいから、さくっと仕事片づけちゃお」

 ピタリと立ち止まる二人。彼女たちが目指していた場所は、ヴァンセンヌ城の敷地内に存在する教会だった。

 パリのシテ島にあるセント・シャペル教会をモデルに建造されており、カトリック調の壮麗な佇まいは外から眺めるだけでも心を奪われそうである。

「んじゃあ、乗り込むとするかね。早く帰って寝るために」

 ローブの袖を巻くって意気揚々と教会の門へ向かう背の高い女性。そんな相方をもう一人は落ち着いた口調で引き止める。

「待ってください。まずは、中の様子を確認してからです」

 彼女はローブの懐から円盤状のなにかを取り出した。それからその円盤状の物体を翳し、平面を教会に向ける。

 彼女が取り出した物、それは木製の外枠をした鏡だった。

「〈覘見(のぞきみ)の鏡〉……鏡面に映した建造物の内部を投映する魔術具ね。ふふっ、いい趣味してるじゃない。引き籠りの私にはあんまり必要ないけど」

「だから静かにしてください。――って、自分で引き籠りって認めているじゃないですか」

 相方の軽薄さにツッコミを入れつつ、彼女は鏡を覗き込む。当然そこには自分の顔など映っていない。映し出されているものは教会の内部装飾と――


 講堂にて怪しげな魔法陣を取り囲んでいる、神父またはシスターたちの姿だった。


 現在は内部修復中で立ち入りを許可されていないはずの教会に集う、謎の団体。

 魔術的宗教結社――『黎明の兆』。

 その動向を探り、可能ならば取り押さえることが世界魔術師連盟から彼女たちに与えられている任務だった。

「つーかさぁ、今さらだけどさぁ、幻獣狩りでもないのにどうして私まで出張んないといけないわけ? たかが人間の組織なんてあんたたちだけで充分だと思うのよね」

「静かにしなさいと何度言わせる気ですか、ヴィーヴル」

「おーおー、怖い怖い。うちのボスの副官さんはオーガみたいだ。あ、別にオーガってそんなに怖くないか。私にとっちゃ一飲みで終わっちゃうちっぽけな存在だしね」

 背の高い女性がフードを取る。鮮やかな緑色の長髪が腰まで下がり、美しい深紅の瞳が宝石のように輝いている。

 彼女は人間ではない。

 幻獣ヴィーヴル。蝙蝠の翼、鷲の足、毒蛇の尾を持つ額にガーネットを埋め込んだ美女の精霊として描かれることもある幻獣だが、本来は古くからフランスに伝わるドラゴンの一種である。どういうわけか雌しか存在しないらしく、普段は地下世界に引き籠っており、地上に出ると身体全体が炎になると伝えられている幻獣だ。

 ルビーやガーネット、ダイヤモンドなどの宝石でできている目は取り外し可能で、盗まれてしまえば盲目になってしまうというマヌケな話もある。が、実際に盗まれたという逸話が数多くある反面、フランスのフランシュ・コンテ地方における伝承などでは宝石をつけていないヴィーヴルを見た者はいないとされている。

 そんな幻獣ヴィーヴルである彼女は、連盟の大魔術師――秋幡辰久の契約幻獣の一体でもある。

 そして秋幡辰久の副官を務める女魔術師の補佐として今回彼女が同行してきたわけだが、確かにたかが人間の組織を相手に強力なドラゴン族の幻獣は過ぎた力だろう。だが、正当な理由はきちんと存在する。

「この魔術的宗教結社は野良幻獣を飼い慣らして使役しているらしいのです。あなたも主任からちゃんと説明を受けたはずでしょう?」

「ごめん、寝てた」

「張り倒していいかしらあなた!」

 いい加減に返すヴィーヴルについ声を荒げてしまう女魔術師だった。

 と――


「虫ケラ共が聞き捨てならん台詞をほざいたな。誰が人間に使役されているだと?」


 声は天空から降ってきた。

「しまった、気づかれた!?」

 慌てて敵の姿を捜す女魔術師。奇襲されるかと身構えもしたが、敵は教会の屋根の上で悠然と構えていた。

 逆立った青白い髪に、鼻梁の整った顔立ちをした青年だった。服装は一目で高級だとわかるジャケットとジーンズ。両手はジーンズのポケットに突っ込まれていて一見無防備だが、その姿を見た瞬間、女魔術師はなにか物理的な重さを被せられたかのように膝を折ってしまった。

「な、に……体が、勝手に……」

 諸手を地につけた平伏のポーズから、超重力に逆らうように震えながら必死に首をもたげる。

 青年は屋根から飛び降り、トン、と軽い靴音を立てて教会の扉の前に着地した。

「これはまた、とんでもないのが出てきたわね」

 ヴィーヴルも余裕と軽薄さを失っているようだった。女魔術師のように地に膝をついてこそいないが、冷や汗を垂らし、警戒色を宿したガーネット色の瞳で青年を睨んでいる。

「おい、王の前だぞ。平伏せ愚民」

 冷たく研ぎ澄まされた視線でヴィーヴルを射る青年。瞬間、女魔術師を襲う得も知れない威圧感が何倍にも増した。しかしドラゴン族の幻獣がそう簡単に屈服するわけがない。

「あんた、幻獣ね。なに王様気取ってんの? そんなに偉そうには見えないんだけど」

 負けじと言い返すヴィーヴルだったが、それが虚勢だということは誰が見ても明らかだった。

 ドラゴン族の幻獣を畏れさせるほどの力を持った幻獣。ということは恐らく、あの青年もドラゴン族がそれに近い存在なのだろう。そう女魔術師は予想した。

 だが、その予想は背後から飛んできた別の声に打ち砕かれる。

「おーおー、やってるねぇ、旦那。ドラゴンでもねえのにすんげー威圧。これが〝王威〟の特性ってやつか」

 ヴィーヴル以上に軽薄な口調は男性のものだった。

 振り向けば、プラチナブロンドのロン毛をした二十歳前後の青年がニヤついた表情で歩み寄って来ていた。

 女魔術師は直観で悟った。

 この青年も幻獣だと。

「おおっ! おおおっ! そこの魔術師のねーちゃんは可愛いじゃねえか。どう? ここは一つ美味しい話として、俺様と契約してくんない?」

「貴様には既に契約者がいるだろうが」

「冗談言うなよ旦那。リベカとは俺様の消滅を防ぐために仕方なぁーく契約してんだ。俺様との契約条件は満たしてたからよう。でもな、どうせ契約するなら年増よりそこの可愛い子ちゃんの方が百倍マシだってぇーの」

 ――リベカ……? まさか、リベカ・シャドレーヌ!

 女魔術師は銀髪の男から漏れた名前から、魔術的宗教結社『黎明の兆し』の総帥の名を思い出す。

 つまり、この幻獣たちはリベカ・シャドレーヌの契約幻獣なのだろう。

「汚らわしい口を俺の前で開くな雑魚。人間の犬に成り下がった貴様など……いや、それ以前に俺は貴様という存在が気に食わない。今すぐ引き裂きたいところだ」

「奇遇だなぁ。実は俺様もあんまり旦那のこと好きじゃねぇーんだわ。つか野郎に興味ねえし。人間嫌いのくせに人間の用心棒なんてやってる旦那の方がよっぽど理解できんね」

「この世界で生き残る手段だ。王たる者、時にはプライドを捨て割り切ることも必要なのだ」

「なら契約すりゃ早い話だってのに、そこだけ強情なんだから旦那は」

 現れて早々に舌戦を繰り広げる二体の幻獣。女魔術師とヴィーヴルは完全に眼中外だった。

 そこでついに、ヴィーヴルがキレた。

「だぁーもう! めんどう臭い! いい、私はさっさと帰って寝たいわけ! あんたたちがなに企んでるか知らないけど、本気で潰させてもらうわよ!」

 次の瞬間、ヴィーヴルの女性の身体が変異した。

 魔力が急激に高まり、大地を震撼させ地鳴りを立てる。


 そして気がついた時、上空に蝙蝠の翼と宝石の瞳を持つ巨大な蛇が存在していた。


 味方であるはずなのに、その恐ろしい容姿に女魔術師も戦慄せずにはいられない。

 これが、大魔術師・秋幡辰久の契約幻獣。

「ほう。連盟のネズミがなにを連れてきたかと思えば、なるほど、ドラゴン族か」

 幻獣ヴィーヴルの本来の姿を見て、青白い髪の青年が感心したように呟いた。しかしその表情からは余裕は消えていない。寧ろ愉快げに口の端を吊り上げている。

「だが、下等な蛇ごときが王たる俺の宝物庫を荒らすことは許さん。処刑方法は八つ裂きでよかったか?」

 上空にいるヴィーヴルの存在感と、さらに増した青年の威圧感に、女魔術師はたまらず意識を手放してしまった。


        ∞


 同時刻、教会内の講堂。

 司祭服を纏った妙齢の婦人――リベカ・シャドレーヌは床を埋め尽くすほど巨大な魔法陣を檀上から見下ろしていた。

「外が騒がしいですわね」

「世界魔術師連盟の手の者が侵入していたようで、例の用心棒とリベカ様の契約幻獣が対処にあたっています」

 傍らに屹立していた神父がフランス語でそっとリベカに耳打ちする。

「そう。それなら心配はありませんわね。儀式を続けてください。これは消えてしまった我らが『しゅ』を見つけ出す大切な儀式です。今、中断するわけにはまいりません」

「御意に」

 恭しく一礼し、神父は魔法陣を囲む者たちに儀式続行を指示する。

 それから間もなくして、魔法陣の輝きが講堂全体を満たすほど強烈になった。

「来ましたね」

 外から聞こえる爆音は収まっていないが、リベカはそんなことは些細だとでも言うように光に身を晒す。

 そして、自然と脳内に浮かんでくる一つのイメージ。

 自分たちの求める『主』。その存在が明白になっていく。

 超広域探知術式が儀式のマスターであるリベカに伝えた場所、それはフランスから約一万キロメートル離れた東の島国。


「そうですか。日本ですか。待っていてくださいませ、我らが『主』よ」


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