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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-01
7/228

Section1-1 邂逅

「あーくそっ! なんなんだよ!?」

 静まり返った夜の空気を打ち砕くように、秋幡紘也あきはたひろやは全力で走っていた。

 時刻は二十二時を回った頃だろうか。いちいち確認している余裕はない。そんなことをして走速を落とすわけにはいかないのだ。

 チラリ、と少しだけ後ろを振り向く。暗闇の向こうに、ポゥ、とした発光体がいくつも浮遊しているのが見えた。――鬼火だ。もう夏入りしているのに不気味な肌寒さを感じることから、たぶん本物だろう。

 紘也は顔を前に戻し、さらに走る速度を上げる。

 この辺りには街灯がなく、月も雲に隠れて仕事を放棄しているため非常に暗い。頼れるのは右手の懐中電灯のみ。その明りが暗闇を引き裂いて夜道を照らすと、道の両脇にずらりと墓石が林立していた。

 つまるところ、ここはこの街――蒼谷市の共同墓地である。だが、紘也はわざわざこんな夜中に墓参りに来ているわけではない。

「ヒロくんこっちだよぅ!」

「早く来い、紘也! 追いつかれるぞ!」

 前方、十字路になっているところで一組の男女が大きく手を振っていた。男の名は諫早孝一いさはやこういち、女は鷺嶋愛沙さぎしまあいさ。二人とも紘也の知り合い――というより幼馴染で高校のクラスメイトである。

 二人とも肩で息をしている。どうやらこちらと同じ状況のようだ。

 紘也が二人と合流すると、今度は三人揃って墓地の出口に向かって駆け出した。

「どんな仕掛けをすればあんなのが出て来るんだよ、孝一!」

「いや、流石のオレでも本物の鬼火を呼び出すことはできないぜ」

 孝一は均整の取れた細面の顔に冷や汗を垂らしていた。心なしか顔色も悪い。

 紘也たちが夜の墓地にいる理由、それはこの孝一が唐突に言い出した『夏休みまで二週間、期末試験前の肝試し大会』という意味不明な企画のためだ。きっと昨日テレビでやっていたホラー映画に感化されたに違いない。企画はクラス中に発表したものの、試験前ということで結局集まったのは幼馴染三人だけだった。

 それでも中止にすることなく企画は実行され、三人別々のルートで到達地点へ向かっていたところで、『本物』と遭遇したのだった。

「ヒロくん、コウくんを責めちゃダメ」

 愛沙が横から間延びした声で割り込んでくる。腰まで届く艶やかな黒髪に赤いリボン、幼さを残した顔には困った表情を浮かべている。

「幽霊さんが出てきたのは、きっとわたしがこけてお墓に頭ぶつけたから――ってああああああああ!? これ秘密にしとくつもりだったのにぃ~」

 勝手に自爆して落涙する愛沙。よく見ると額が赤くなっていた。その程度で済んで安堵する紘也だったが、彼女のマイペースぶりに鬼火に追われている緊迫感を忘れそうになった。

 紘也は昔からこの二人とよく行動を共にしている。その関係は今も変わらないし、変えたくない。試験前という忙しい時期に孝一の提案に乗ったのはそのためだ。仲間と馬鹿をやれる日常ほど充実したものはないと思っている。

 だが、後から追ってくるアレはその日常に組み込まれてはいけない存在だ。なんとしてでも逃げ切らないと――

「はわわわぁ! お、追いつかれるよぅ!」

 そう思っていても、鬼火群という非日常はすぐそこまで迫ってきていた。

「やばい、足が重い」

 紘也は舌打ちする。追いつかれたのは全力疾走を続けて体力が限界に近づいたせいだ。

「待て、前からも来るぞ!」

 孝一が前方を指差した。そこにも浮遊する発光体がひしめいている。三人は立ち止まって別の道を探すが、左右どちらも墓石に囲まれていて逃げ場などない。

「くそっ、挟まれた」

 鬼火群が紘也たちを取り囲む。まだ襲ってくる気配はないが、タイミングを見計らっているのだろうことはわかる。

「孝一、どうする?」

「大丈夫だ。よく考えてみろ、この面子ならなんとかなる」

 孝一は息を切らしながらも、どこか自信満々な表情で言い切った。頭脳明晰な孝一のことだ。なにか作戦を思いついたのだろう。紘也と愛沙はそんな孝一の考えに期待を抱き、次の言葉を待った。

「まず紘也、お前は魔術師の息子だ」

「俺は魔術なんて使えないぞ」

「愛沙は鷺嶋神社の巫女だ」

「霊感すらないけどな」

「そしてオレは…………………………オレもいる!」

 特殊スキルを思いつかなかったらしい。

「ほらみろ完璧じゃないか」

「どこが?」

 サムズアップしてみせる孝一に紘也は呆れの視線を送った。やっぱ馬鹿かもしれない。

 幼馴染二人は紘也が魔術師の息子だということを知っている。口の軽かった幼い頃にバラしてしまったからだ。当然、紘也が魔術を使えないことも知っているため、こんな時でも一人に任せるようなマネはしない(鬼火に出くわすような経験は初めてだが)。

「どどどどうしよう! わたしたち幽霊さんに食べられちゃうのかな? わ、わたしおいしくないよぅ~」

 愛沙は恐怖に目を回している。失神しないだけマシだろうが、精神的状況は危なそうだ。

「ひ、ヒロくぅん……」

 怯えた声を出して服の裾を掴んでくる愛沙を安心させるように、紘也は努めて冷静に言葉を紡ぐ。

「大丈夫だ、愛沙。今思い出したんだが、この鬼火――ウィル・オ・ウィスプは確か、人を騙して危険な道に追い込むことしかできないはずだ。直接襲ってくることはない。たぶん」

「お、それは魔術師としての知識か? 対処法も教えてくれ」

「こいつらを信じないこと、誘導されないこと、ぶっちゃけると無視すればいい」

「……ウィル・オ・ウィスプって言えば、よくRPGとかに出てくるよな」

 既に遅いことを悟ったのか、孝一がついに現実逃避的なことを言い始めた。


「はいはい邪魔邪魔ぁ! どいたどいたぁ!」


 その時、発光体の向こうからやけに騒がしい声が響いてきた。

 瞬間、ブォン! と旋風が巻き起こり、前方を塞いでいたウィル・オ・ウィスプたちが蝋燭の火のように吹き消された。

「な、なんだ?」

 発光体の包囲網に穴ができる。そこから、物凄いスピードで人影が飛び込んできた。

 その人影が通過するだけでウィル・オ・ウィスプが数を減らしていく。実際はなにかしているのだろうが、少なくとも紘也の目にはただ走っているようにしか見えなかった。

 たったの数秒で、あれだけいた鬼火たちは両手で数えられるほど少なくなった。

 人影は失礼にも墓石の上に飛び乗ったところで動きを止めた。僅かに残った鬼火の青い光が、そいつの姿を露にする。

「いやはや、こんなザコ幻獣に食われたとあっちゃあ、たまったもんじゃあないですよ」

 少女だった。小柄な体躯に薄手のカーディガンとチェックのスカートを纏い、覗いている肌は白磁のように白い。愛嬌のある整った顔にはブルーの瞳が宝石のように煌めいている。ペールブロンドの長髪は一見ストレートに流しているようだが、よく見ると緩やかに波打っていることがわかった。

 年の頃は自分たちと同じくらいだろうか。綺麗と可愛いの両方を兼ね備えた美少女である。

 そしてどういうわけか右手には一体のウィル・オ・ウィスプが鷲掴みにされていた。必死にもがくように明滅を繰り返しているが、少女の手から逃れることはできそうにない。

 呆然としていた紘也は三回ほど瞬きして現実を脳内で確認する。普通の少女が全く恐れることなく鬼火に立ち向かえるだろうか。そもそも、あんな動きをただの人間にできるとは思えない。

 とりあえず、話をしてみよう。

「あんた、俺たちを助けてくれるのか?」

「あーうん、そうだよ。あたしは君に用があるんだ」

 そう言って少女は紘也を指差した。肯定してくれたし、嘘はついてないと思う。だけど、用があるとはどういうことだ? そう紘也が困惑していると、少女は捕えてあるウィル・オ・ウィスプを検分するように凝視した。

「ん~、ところでこれっておいしいと思う?」

「は?」

 少女の言葉が理解できなかった。

 彼女はこちらの様子などお構いなしに、ハンバーガーを持つようにウィル・オ・ウィスプを両手で握り締め――

「ッ!?」

 ――食べた。

「うぺっ! クソまずっ! うぅ、やっぱ霊体なんて食べるもんじゃあないね」

 涙目で少女は呻く。味見程度にかじっただけだったが、それでも紘也たちにとっては充分に目を剥く光景だった。信じられない。かじられたウィル・オ・ウィスプは光を失って空気に溶けるように消滅する。

 なんなんだこいつは?

 魔術師? 異能力者? それとも……

「いろいろ聞きたいんだけど、あんたは」

「あー、ちょい待ってね。残り片づけるから」

 少女は紘也の言葉を遮ると墓石から飛び降り、白みがかった金髪を躍らせながら宙をたゆたう鬼火たちを小バエでも払うような仕草で消し去っていく。まるで一つ一つの発光体が幻かなにかのようだ。なんか自分たちでもできるんじゃないかと錯覚しそうになるが、恐らくそうはいくまい。

「紘也、あれはなんだ?」

「あの子とヒロくん、お知り合い?」

 今まで沈黙していた孝一と愛沙がようやく口を開いた。謎少女の奇怪な行動が逆に彼らを落ち着かせたようだ。紘也は首を横に振る。

「いや、あんな変質者と知り合いになった覚えはない」

「変質者とは失敬な!」

 声に振り向くと、少女はウィル・オ・ウィスプを殲滅し終えていた。ぷんすかと子供みたいに頬を膨らませてこっちに歩み寄って来る。

 紘也は思わず半歩下がった。あの少女は自分に用があると言った。そこに悪意は感じられないが、アレは自分たちの日常を破壊してしまう。そんな確信にも似た予感があった。

 視線だけ動かし、親友二人の様子を窺う。二人とも助かったという安堵の表情をし、間違ってもただの一般人とは言えない少女に礼を言うつもりですらある。紘也が魔術師の息子だと話した時もそうだったが、この二人は非日常な存在をすんなり受け入れ過ぎである。

 どうする? 逃げるか?

 そもそも、あんなのから逃げられるのか?

「えっと、紘也くん……だっけ? ちょこっと君とお話ししたいんだけど、いいかな?」

「あんた、何者だ?」

「あたし? ふふん、聞いて驚け! あたしは天下のウロボロスであーる!」

 意味不明なことをほざいて少女はふんぞり返った。その時――

「あなたたち、そこでなにをしているの!」

 遠くから若い女性の怒鳴り声が聞こえた。見ると、三人の怪しげな黒装束を纏った者たちがこちらに向かって駆けていた。

「げっ」

 孝一があからさまに嫌な顔をする。それから唐突に紘也と愛沙の背中を押した。

「二人とも走れ! 逃げるぞ!」

「え? あ、ああ」

「ふえぇ!? な、なに? なに?」

 紘也と愛沙はよくわからないまま促された。「待ちなさい」と黒装束の一人が追いかけてくる。謎の少女のことも気になるが、それは一旦置いて紘也は孝一に訊ねる。

「孝一、あいつらは、その、警察……じゃないよな」

「ああ、違う。葛木の陰陽師だ。たぶんさっきの鬼火を退治しに来たんだろうが、捕まると警察に補導されるより厄介だぞ。記憶とか弄られるかもしれん」

 葛木家は蒼谷市の有力者にして陰陽師の名門だ。一度だけ紘也は幼い頃に父に連れられて宗主なる人物と会っているが、それっきり関わりはない。

「――って、なんで孝一が葛木家のことを知ってるんだよ!?」

「魔術師の息子とつるんでるんだぜ? オレはオレなりに勉強してるのさ。オカルトを」

 そんなマニア的方向には走らないでほしい。

「そ、それよりあの子置いてきちゃったけど大丈夫?」

 愛沙が不安げに言ってくる。大丈夫だろ、と紘也は適当に返した。あの少女は間違いなくあちら側だから、捕まってどうこうなることもないだろう。

 寧ろ、今はこうやって逃げるチャンスをくれた陰陽師連中に感謝している。正体がわからない分、紘也は陰陽師よりもあの少女の方が不気味でならなかった。

「……」

 少し気になって振り返ってみると、さっきの少女はもうそこにはいなかった。


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