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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-02
55/228

Section2-5 壊された祠

「……これは、どういうこと?」

 遊歩道から少し外れた獣道の先。木々の開けた場所で『それ』を見つけた香雅里は目を丸くしていた。

 目の前には古びた祠がある。無論、それだけで驚いたりはしない。香雅里が驚いている理由は、祠がなんらかの衝撃によりバラバラに粉砕されていたからだ。

 被害は祠だけであり、周囲の地面や植物にはなんの傷跡もない。壊れ方が不自然過ぎる。誰かが故意に狙ったと考える方が自然だ。

 香雅里は身を屈め、転がっている祠の破片を手に取る。

 まだ壊されてからそれほど時間は経っていない。でも、一体誰が……?

 八櫛谷にはヤマタノオロチの他にも多くの妖魔が封じられている。この祠もその一つ。封印の周囲には〝人避け〟の結界が張られているため、一般人が悪戯で破壊した可能性はありえない。

「一般人じゃないとすれば……魔術師?」

 だが、魔術を学んだ者が封印を破壊する意味を知らないわけがない。葛木家はもちろん、この地域を管理している日下部家がそれをするとは思えない。

 葛木でも日下部でもない第三者。こんなことをやるとすれば、噂の宝剣強盗くらいだ。

 やはり動いてきた。確証があるわけではないが、香雅里はそうだという確信を抱いていた。

「ほう。妖魔と遭遇する前に封印の方を見つけたか」

「――ッ!?」

 突然の声に香雅里は反射的に飛び退いた。

 葛木家の宗主候補である自分が、敵の気配に気づけなかった?

 瞬時に護符を構え、声のした方角を睨む。鬱蒼と繁った木々の暗がりに、人影が佇んでいた。真夏にも関らず黒いロングコートを羽織った、声からして男。大木に背中を預けるようにし、暗いことと、マフラーで顔の半分を隠しているため表情は読めない。

「葛木香雅里だな」

「あなたは何者?」

「貴様は既に知っている。わざわざ答える必要はない」

 宝剣強盗。香雅里はもっと深い素生を訊いたつもりだったが、問われて答える愚か者ならとっくに面は割れている。

「ここの封印はあなたが壊したの?」

「いちいちわかっていることを確認するな。時間の無駄だ」

 男は氷でできたナイフのような冷たく鋭い口調で言う。

「〈天叢雲剣〉を寄こせ」

「直球で言ってくるわね。でも残念。ここにはないわ」

「……なるほど。小娘一人に宝剣の護衛を任せるほど葛木宗主も馬鹿ではない、か」

 一般人に護衛を任せるほど馬鹿ですがなにか? という言葉は心の中だけに留めておいた。

 欲しい物がないとわかるや、宝剣強盗は興味を失ったように立ち去ろうとする。

「逃げる気?」

「力づくで吐かせても構わんが、貴様は死ぬより辛い目に遭おうとも答えるつもりはないのだろう?」

「そんなの当たり前よ」

「だとすればやはり、時間の無駄にすぎん」

 香雅里など宝剣を盗むにあたってなんの障害でもない。言外にそう言われ、香雅里の癇癪玉は破裂する。

 くだらなそうに男はコートを翻す。

「この私が、目の前にいる敵をむざむざ逃がすと思ってるの?」

 護符から方陣が展開される。そこから現れたのは一振りの刀。青白い反射光を放つ、見事な反りの日本刀――葛木家が有する宝刀の一つ、〈天之秘剣あまのひつるぎ冰迦理ひかり〉である。

 香雅里はそれを握ると即座に一閃した。刀に込められた魔力が氷結し、刃となって男へと飛ぶ。大木すら両断する切れ味と威力。生身の人間が受ければひとたまりもないだろう。

 だが、氷の刃が男を切断することはなかった。

 その寸前にボワッ! と爆散し、大量の水蒸気へと変化して消滅したからだ。

「蒸発した!?」

「フン。〈天之秘剣・冰迦理〉か。所詮は〈天叢雲剣〉の欠片から作られた劣化品だな。こんなものだろう」

 男の前には櫛状の刀身をした日本刀が浮遊していた。どういう理屈で浮いているのかは知らないが、その宝剣には見覚えがある。

「〈八重垣剣〉。火気を操る宝剣ね」

 香雅里の頬を汗が伝う。〈氷迦理〉は水気を操る刀だが、その力は〝魔力を凍らす〟という限定的なものである。〈八重垣剣〉が生み出す火力には、悔しいが太刀打ちできない。

 それでも香雅里は葛木家次期宗主である。退くわけにはいかない。ここで『儀式』の邪魔となり得る者を排除しなければならない。そんな使命感から再び香雅里は〈冰迦理〉を構える。

「やめておけ。貴様では俺には勝てん」

「刀の能力だけでそう決めるのは早計じゃないかしら?」

 余裕ぶってみるも、男の実力は本物だ。勝てないとは言わないが、勝てるとも言えない。

 フッ、と男は微かに嘲笑した。

「俺を追うのは勝手だが、ここに封印されていた妖魔は放っておいてもいいのか? 戦闘能力の低い日下部家では手に負えんぞ。まあ、だからこそ封印されていたのだろうがな」

「くっ……」

 一瞬、香雅里の気持ちが揺らいだ。その隙を突かれる形で、〈八重垣剣〉から熱波が放たれる。空間が歪んで見えるほどの熱量。香雅里は咄嗟に顔を腕で庇った。

 そして熱波が止んだ時にはもう、男の姿は見当たらなかった。

 こうなると迷っている暇はない。香雅里は急いで獣道を引き返した。

 たぶん、妖魔に狙われるのは――

 封印を解かれたばかりの妖魔はまず、なによりも先に空腹と魔力を満たそうとするはず。つまり現在八櫛谷にいる人間で最も魔力の高い者が襲われる。それは決して、日下部家ではない。

「――大丈夫だとは思うけど、無事でいなさいよ」

 残留していた妖魔の魔力を香雅里は追う。


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