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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-02
54/228

Section2-4 渓流釣り大会

 香雅里は部下である術者二人を連れて八櫛谷に存在する唯一の温泉宿――『八櫛亭』を訪れていた。

「こんにちは」

 少し声を張って挨拶をしながら香雅里はフロント内を見回した。築百年を超える八櫛亭は、木造建築ということもあり中も外もレトロな雰囲気を醸し出している。たとえ根っからの都会っ子だろうと、ノスタルジックな気分に浸らずにはいられない。そんな赴き溢れる宿である。

「おやまあ、香雅里様。お久しゅうございます」

 落ち着いた調子で奥から現れたのは、和服に身を包んだ恰幅のいい中年女性だった。この八櫛亭の女将である。

「相変わらず、いい宿ね」

「おほほ、『いい宿』として維持するために私どもが毎日骨を折っておりますもの」

 口を手で隠すようにして笑う女将。社交辞令もほどほどに、香雅里は早速用件を口にする。

「日下部家の宗主はどこにいるのかしら?」

 この八櫛亭は日下部家が営業しており、働いている従業員も全て日下部家の人間である。もちろん、この女将も。

「それが……」

 女将は申し訳なさそうに目を伏せた。

「もしかして、まだ到着してないの?」

 訊くと、女将はいえいえと言うように顔の前で手を振った。

「宗主様は先程、部下も連れずにお散歩に出かけられまして」

「え?」

「三十分ほどで戻られると思いますが、お待ちになられます?」

 少し俯き、香雅里は逡巡する。

「(どうしよう? 秋幡紘也にはすぐ戻るって言っちゃったし……)」

 口内で呟く。ここで待っていても、あのマイペースで気紛れな日下部家宗主が本当に三十分で戻ってくる保証はない。それに、ただ待っているのは性に合わない。

「仕方ないわね。ちょっと捜してくるわ」

 香雅里は部下たちには残るように命じ、駆け足で八櫛亭を後にした。


        ∞


 渓流釣り大会は二手に分かれることになった。キャンプ場から上流を紘也とウロとウェルシュが、下流を孝一と愛沙が攻めるという塩梅だ。

 既に開始されてから約三十分が経過している。

 紘也はスプーンやミノーなどといったルアーを使い、魚が潜んでいそうな障害物の多いポイントに的確に打ち込んでいる。ルアーはエサほど釣果を上げられないかもしれないが、勝負が速く、かかればそれは大物である可能性が高い。その証拠に、紘也用のバケツにはそこそこな大きさのイワナが三匹泳いでいる。前半はルアーで大物を狙いながらエサを集め、後半で数を稼ぐという作戦だ。

 ビュン! と紘也の隣で竿が振られる。ウェルシュだ。初心者の彼女にはエサ釣りを勧めた。エサはその辺で捕獲した川虫。女子が気持悪がりそうな姿をしているが、ウェルシュは特になんとも思っていないようで無表情のまま針に刺していた。

 そして彼女の釣果はというと……小さなヤマメが一匹。本当は紘也の倍はヒットしているのだが、タイミングを逃してエサを盗られるため一向に釣果が伸びない。そのヤマメだってスレ(口以外の部分に針がかかること)で釣り上げた奇跡の一匹だ。

 だが、一匹は一匹である。

「ノアァアアアアアアアッ!? なんで!? なんであたしの針には小魚一匹かからないのさ!?」

 釣れてないよりはマシだ。

 ウロは紘也たちから少し離れた岩場に登って釣っている。使用しているのはルアー。理由は「あたしプロですから!」だそうだ。プロならあんなに騒がしくしない。

「ぷっ」

 別段表情に変化のないウェルシュが口元を手で押さえた。必死に笑いを堪えている、を表現しているらしい。

「コラそこの腐れ火竜! 今笑ったよね!」

 地獄耳少女ウロボロスがプンスカと怒りながらこちらに寄ってくる。ああ、これでこの場所もしばらく釣りができないな、と紘也は諦めてリールを巻くことにした。

「笑ってません。……ぷっ」

「笑ってるよね!? 確かに顔は笑ってないけど心で笑ってるよねえ!? あんただって釣ったのはそんな骨みたいな小魚だけじゃあないですか!」

「ウロボロス、釣果は?」

「うっ……手頃な棒切れが一匹……」

「〝無〟のウロボロスなだけにゼロですね。……ぷっ」

「にょわぁああああっ!? む か つ くぅううううううううう!?」

 そんなやかましい口喧嘩を背中に、紘也は移動の準備を進める。渓流釣りとは一箇所に止まらず点々と移動を繰り返すものだ。紘也たちは既に二回場所を変えている。場所変えの基準は、ウロが喚いたら。

「ちょっと紘也くん!」

 面倒なことに白刃の矢が立ってしまった。

「なんだよ、釣りキチウロボロス先生」

「その皮肉が痛いっ!? ――ってそんなのは過去の話だよ!」

 うるさくしない、という釣り人の基本とマナーはいくらブランクがあっても忘れないと思う。

「とにかく紘也くん! 紘也くんがそんなに釣れてるのはあたしの知らないコツがあるからですね! 一人だけ知ってるなんてヒキョーだよ! あたしにも教えて!」

「あー、どっかのプロさんが自分には教える必要ないとか言ってたような」

「過去の話だよ」

「なんでも過去の話にすりゃ解決すると思うなよ」

 といっても自分だけのコツなんて紘也にはない。いやあるのかもしれないが、それは無意識のことで教えられるようなものではない。

「なんでもいいから教えてよぅ! 腐れ火竜にだけは負けたくないんですよぅ!」

「わかったからくっつくな鬱陶しい! ちょっと構えてみろ」

 観念して紘也が言うと、ウロは自分の竿を剣道の中段みたいなポーズで構えた。

「やっぱりな。そこからダメだ。プロ野球の四番バッターを意識して構えろ」

「はい! コーチ!」

 言われた通りウロはこれからホームランでも打ちそうなポーズになる。

「次に、ルアーをこうやってお前のパーカーの後ろ襟のところに引っかけて固定する。そうすることで照準が狂わなくなるんだ」

「なるほどなるほど」

 素直に頷くウロ。

「最後にロッドを大きく振り被って気合を込めて『メーン』と叫びながらフルスイングすれば――」

「オゥ! 実は簡単だったんですね」

 アホだ。


「せーの。メ――――んおあはっ!?」

 バッシャーン!!

 自分の振った竿に引っ張られたウロはバランスを崩して川の中に転がり落ちた。


「――とこのようにすっ転ぶからよい子はマネしないように」

 紘也は笑いを堪えながらコクコクと頷くウェルシュに教授した。

「わかってたんならやらせないでよ!」

 びしょ濡れのウロがガニ股で戻ってきた。

「悪い悪い。マジで振るとは思ってなかったんだ」

「今度は本当のこと教えてくれるんだよね!」

「ああ、もちろんだ。まず竿を横に置いておき、両足をその場でハの字になるようにして立つ。そして手を重ねて前屈みになるんだ」

「ふむふむ。こうですね」

「そのまま姿勢を崩すな。俺がタイミングを計って号令を出すから、お前は『アイキャンフライ』と叫びながら膝を使って全力で前に飛ぶんだ」

「わかりました! 師匠!」

 なんていい返事だ。


「いくぞ……今だ!」

「アーイキャンフラーイ!!」

 バッシャーン!!

 川の中心辺りで大きな水柱が立ち上った。


「これ絶対違うよねえ! 釣りと何一つ関係ないよねえ! てか水泳だよねえ!」

 川の中心は足が届かないのか、あっぷあっぷと立ち泳ぎしながら叫喚するウロ。そんな彼女に紘也は背を向ける。言葉が出せない。口を開くと爆笑してしまいそうだ。

 なんでこんなのがテストでいい点取れるのか? まったくもって世の中とは不思議である。

「ちょっと紘也くん聞いてるの!? なんでこんな時に隠れSを発動させ――んあぐっ!?」

 変な声が聞こえた。振り向くと、ウロの口に針が刺さって片頬が上向きに引っ張られていた。

 針についた糸を辿ると、ウェルシュが竿を握っていた。

「ひょっほふはれふぃひゅう!? はひふんはひょ!?」

 そのままバシャバシャと水上で暴れるウロを、ウェルシュはいそいそとリールを巻いて引き寄せる。なんと頑丈な糸と竿だ。

 陸に打ち上げられたウロを、ウェルシュは猫を掴むようにして持ち上げ、

「……ウロボロスが釣れました」

「やったな。珍しさ部門では間違いなく優勝だ」

「優勝……嬉しいです」

「ちょっ!? あたし魚じゃないよ! ドラゴンですよ! 審査の対象外だよ!」

「でもやかましいからリリースしなさい」

「了解です」


 バッシャーン!!


「こんの腐れ火竜め覚えてろ――――――――ッ!!」

 流れの強いところに投げ込まれたウロは、悪の下っ端みたいなことを喚きながら下流の方へと流されていった。

「さて、存在するだけで魚を散らすような奴もいなくなったし、もう少し上流に登ってみるか」

「はい、マスター」


「ふふふ、楽しそうね。お魚は釣れてる?」


 渓流の水よりも透き通った声が紘也たちの後ろからした。

 知らない声。そこには一人の少女がいた。

「まあ、そこそこに」

 適当に返事をしながら紘也は彼女を見据える。小枝のように細い肢体を白いノースリーブのワンピースが包み、頭には鳥の羽根を二本挿した麦わら帽子。髪は長く綺麗な黒髪で、小振りな顔には黒真珠のような瞳が輝いている。背は紘也より五センチほど低いくらいで、恐らく同年代だろう。

『清楚可憐なお嬢様』。そんな言葉がピッタリと当て嵌まりそうな容姿だが、纏っている空気は落ち着きがなく、『天真爛漫な活発系お嬢様』といった感じだ。

 彼女は向日葵のような笑顔を咲かせ、

「それはよかったわ。ところでさあ、キミが秋幡紘也くん?」

「!? どうして俺の名前を?」

「ワオ! やっぱりそうなのね!」

 ウロに似た奇声を発して喜びを表現する彼女に、紘也は警戒のレベルを一段階上げる。今日と明日に限り、この八櫛谷には一般人は入れないようになっている。谷の入口となりそうなところは全て厳重に警備されているので、迷い込んできたという可能性も薄い。

 要するに――

「あんた、何者だ?」

「そうね。名乗るのはこっちが先よね。私は、日下部夕亜ひかべゆあ。日下部家で陰陽師をしてるの」

 ――彼女は魔術世界の人間なのだ。


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