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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-02
51/228

Section2-1 出発

 八櫛谷とは、蒼谷市から車で三時間ほどの距離にある渓谷のことだ。避暑地として人気があり、金持ちの無駄に豪華な別荘や観光客用の貸しペンションなどが多く並んでいる。それでいて景観を害すことなく、自然浴をするにはもってこいの場所と言える。さらには天然温泉なんかもあり、夏場でなくとも客の数は衰えることがないらしい。

 そんな場所で行われる陰陽師の『儀式』とやらを、紘也は詳しく聞かされていない。気になってはいたのだが、孝一と愛沙が乱入したために訊くタイミングを逸してしまったのだ。孝一の提案に、我ながらテンションを上げてしまったことも原因ではある。

「しっかし、マジで用意してやがる……」

 時刻は早朝六時過ぎ。秋幡家の前に、見慣れない車が停車していた。

 荷台部分の上部が運転席方向に突き出した形状の、白い改造トラック。実際に見なくとも荷台の内部はホテルの一室みたいに設備が整っているだろうと想像させられる代物。つまり、キャンピングカーである。キャブコンタイプだ。

 いつ襲ってくるかわからない敵を欺くために『八櫛谷へキャンプをしにきた高校生のグループ』を演じる。それが孝一の出した提案だった。自分が遊びたいだけということが見え見えだったが、孝一と気の合いそうな葛木家宗主――葛木玄永は予想通り乗ってきた。

 紘也もどうせ行くなら楽しみたいし、孝一と愛沙は危険だと思ったらすぐに逃げると約束してくれたため、特に文句はなかった。

 ただ一人反対していた香雅里に関しては、孝一と宗主のテンションマックスな言葉攻めを受けて強引に了解させられた。『せっかくだから友達と楽しんでくればいい』。そう宗主に言われた後は、もう全てを諦めたように沈黙してしまっていた。もっとも、彼女も満更でもない様子だったことは皆が気づいていたけれど……。

 で、『キャンプに相応しい移動手段はこちらで用意する』と言った玄永が持ち出してきたのが、今紘也の目の前にあるキャンピングカーなのだ。

「おっす、紘也」

「ヒロくん、おはよう」

 集合時間十五分前きっかりに孝一と愛沙がやってきた。両者とも虫除けのためか薄手の長袖にジーパンという格好だ。そこはかとなくやる気が滲み出ている。

「おはよう、二人とも。それにしてもすごい荷物だな」

 紘也は孝一に向けて言った。着替えやその他必要品が入っているだろうバッグ一つの愛沙はともかく、孝一の装備はパンパンに詰まった登山用のリュック二つに、ゴルフバッグみたいな縦長の入れ物。リュック二つの時点で決して一人前とは言えない量だ。

 それだけの荷物を持って汗一つかいていない孝一は得意げに鼻を鳴らし、

「キャンプと言えばいろいろ必要だろう? 人数分の飯盒とか、鍋やフライパンとか、寝袋とか、虫除けスプレーとか懐中電灯とか方位磁石とか非常食の缶詰に財宝発掘のためのスコップにそれから――」

「お前はどこへ冒険に行く気だ! だいたいはコレに備わっているんじゃないのか?」

 と、紘也は道路脇に停めてあるキャンピングカーを親指で示す。すると孝一はやれやれと肩を竦め、教え子に講義する教官のような口調で言う。

「わかってないな、紘也。世の中なにが起こるかわからないんだぞ。車で行けないような未踏の地でキャンプすることになるかもしれないじゃないか。例えば唐突に次元に門が開いて異世界へ飛ばされるとか」

「ねえよ! あったとしても渓谷で迷うくらいだ!」

 現在、この世界は魔術師連盟の実験失敗の影響で、次元の壁が凄まじく強固になっている。召喚術も送還術も使えないため、ウロボロスのような強力な幻獣たちでも元の世界に戻ることができなくなっているのだ。

「ねえねえ、ヒロくん。ウロちゃんとウェルシュちゃんは?」

 二人がいないことに気がついた愛沙がキョロキョロと周囲を見回す。

「ああ、あいつらなら――」


 ドドガシャゴガガガンドガッッッ!!

「あだだだだだだだだ!? な、ななななにしてくれんですかこの腐れ火竜ッ!!」

「……ウロボロスを起こしていました」

「起こし方おかしいよね!? なんで階段から突き落とすんだよ!?」

「ウェルシュは悪くありません。どうやっても起きないウロボロスが悪いのです」

「そしてなにプリンタ持ち上げてトドメ刺そうとしてんですかぁッ!?」


「――そろそろ来ると思う」

 寝坊助ウロボロスを起こすようにウェルシュに頼んでいたのだが、朝からなんて近所迷惑な奴らだ。後で説教しなくては、と紘也は心の予定帳に書き記す。

「ふふふ、ウロちゃんとウェルシュちゃんは仲良しさんだね」

「いや、仲良しからはだいぶかけ離れていると思うぞ」

 最近は紘也がテスト勉強している間によく二人でモンバロの対戦をやっていたようだが、根本的なところは未だ天と地の関係だと紘也は思っている。

「秋幡紘也、ちょっとこっち来て手伝いなさい」

 キャンピングカーの影から紘也を呼ぶ声。葛木香雅里だ。葛木家が用意したキャンピングカーがあるのだから、彼女がいるのは当然である。先程からなにやら作業をしているみたいなのだが、紘也の位置からは死角になっていて見えない。ちなみに葛木玄永はいない。本人は行くつもりだったらしいが、昨晩、はしゃぎ過ぎてぎっくり腰を引き起こしたとか。

 それはともかく紘也を指名するということは、孝一たちのような〝普通の〟一般人には見せたくない物があるのだろう。〝普通ではない〟一般人というのもおかしな話だと思うけれど、紘也がそちら側だという自覚はしている。

「お呼びだぞ、紘也」

「わかってるよ」

 孝一に促されて数歩、車の影にいる香雅里の下まで歩く。彼女の姿が見えた瞬間、このタイミングで一体なにをやらせる気だ一般人に見られたくないなら事前にやっておけよ、と紘也は言うつもりだった。

 が、彼女の行っている作業が目に入るや、紘也の用意していた台詞はもっとシンプルなものに上書きされた。

「葛木、お前は一体なにをやってるんだ?」

「見てわからないの? これを組み立ててるの」

 白い半袖Tシャツにショートパンツという格好の香雅里は、説明書を片手にバーベキューコンロを組み立てていた。不器用なのか足が変な方向を向いている。アレでは絶対に安定しない。

「それ今組み立てても邪魔だからな。あと、あんたが一番浮かれてるよな」

 葛木家の次期宗主はこんなので大丈夫なのかと心配になる紘也だった。


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