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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-02
46/228

Section1-2 帰国幻獣

 紘也は荒らされた自室を見回した。

 小物や本などが散らかっているだけではない。本棚が倒れ、ベッドが引っ繰り返り、カーテンが千切れ、不自然に歪んだ姿勢のタンスは引き出しが乱雑に開け放たれている。

 空き巣かと思ったが、それにしては荒らし過ぎだ。

 余程マヌケな空き巣でもここまで侵入した形跡を残すわけがない。そうなると考えられる可能性はもう一つ――

 幻獣か、魔術師の仕業だ。

 紘也の考えでは後者だ。野良幻獣が目的とするとしても、それは紘也の魔力に限定される。ヴァンパイアみたいな例外も考えられないことはないが、部屋だけを荒らす理由はない。

 どこかの魔術師が父親の物品でも漁りに来たのか、それともなにかの警告か。

 どちらにしても、警察に通報するような普通の対処などできない。犯人が戻ってくるかもしれないし、ウロにも相談して警戒を強めなくては……。

 ガッ。

 逆転したベッドの方から、なにかがぶつかるような音を聞いた。

 ――犯人!?

 よく見るとベッドはなにかを下敷きにしているらしく、斜めに傾げていた。人が一人隠れるスペースは充分にある。紘也は忍び足でベッドに近寄り、意を決して隙間を覗き込んだ。


 すぅ すぅ すぅ。


 少女が寝ていた。燃えるような真紅の髪を後ろで二又の尻尾みたく結い、さらにアホ毛を搭載した小柄な美少女だった。

「……」

 紘也は彼女のことを知っている。父親が紘也の護衛に派遣した『本当』の契約幻獣。秋幡家の居候の一人、幻獣ウェルシュ・ドラゴンの『人化』した姿である。

 またの名を『ア・ドライグ・ゴッホ』と呼ばれるウェールズの赤き竜は、ウロボロスとの一件以来、紘也と幻獣契約を交わしている。その件で元契約者の秋幡辰久から契約の証として預かっていた『大切な物』を返すために、律儀にも昨日ロンドンまで旅立ったはずだった。帰ってくるにしては早過ぎる。

 考えても無駄だ。本人に訊くしかない。

「おい起きろ、ウェルシュ――って、はい!?」

 腕の筋力をフル稼働させてベッドをずらした紘也は、改めて見えた彼女の姿に言葉を失った。彼女は、濃紺のワンピースにフリルたっぷりの白いエプロンを組み合わせた衣服を纏い、頭には同じく白いフリルのカチューシャを装着していたのだ。

 すなわち、メイド服。

「……ん……あ、マスター、おはようございます」

 眠そうに目を擦りながらウェルシュが起き上がる。『荒らされた部屋』『ベッドの下敷きになって眠っていた少女』『メイド服』。それらのキーワードから導き出せる答えを、紘也はショート寸前まで頭を回転させて考えた。

「……」

 考えた。

「……」

 考えた。

「わかるかぁッ!?」

 という答えに辿りついた。この謎はきっと彼の有名な数学者ピエール・ド・フェルマーでも解けないだろう。

「どうしていきなり大声を出したのですか、マスター?」

 ウェルシュが不思議そうに首を傾けてくる。どうやってるのかアホ毛がクエスチョンマークみたいになっていた。

「どうしてはこっちの台詞だ! ウェルシュ、この部屋で一体なにがあったんだ? なんでベッドの下敷きになって寝てたんだ? なんでメイド服なんだ? ていうかそもそもお前は今ロンドンじゃないのか?」

「うぅ、困りました。マスターの質問が多過ぎて覚えきれません。ウェルシュは聖徳太子の記憶力が欲しいです」

「……悪い。少し落ち着くよ」

 真剣に自分を責め始めるウェルシュを見て、紘也の血圧は緩やかに低下していった。

「とりあえず、この状況を説明してくれ」

 周りの惨状を示しながら言うと、ウェルシュは右を見て、次に左を見て――

 ――ポン、と思い出したように手を叩いた。

「そうでした。ウェルシュはお掃除の途中でした」

「は? 掃除?」

 抑揚の少ない声でウェルシュから拍子抜けな言葉が返ってきた。当然、紘也は困惑を隠せない。

「はい。ウェルシュはマスターのお部屋をお掃除していたのです」

「そうなった経緯を箇条書きで語尾に『それは矛盾しています』とつけて説明してくれ」

「・ロンドンでの用事が早く終わりましたそれは矛盾しています

 ・ウェルシュは先程帰ってきましたそれは矛盾しています

 ・マスターのためにお掃除をしようと考えましたそれは矛盾しています

 ・そうだメイド服を着ようそれは矛盾しています」

「よーし、その矛盾を一つずつ解決していくぞ!」

 最後のメイド服はなにを言われようと理解できない自信があるので、実質詰問すべき箇所は三つ、いや二つだ。

「まず、お前帰ってくるの早過ぎやしないか? 三日はかかるんじゃなかったのか?」

 彼女は旅立つ前に自分でそう言っていた。日本からだとロンドンまで十時間以上は普通にかかる。いくら向こうでの用事がすぐに済んだとしても、今この時に日本で余裕を持って昼寝ができるはとは思えない。

「ウェルシュもその予定でしたが、飛行機に乗るよりも、『人化』を解いて自分の翼で飛んだ方が速いことに気づきました。新発見です。マスターと契約してからなぜか魔力の調子がよくなったので、今のウェルシュならマスターを乗せても片道に一時間とかかりません」

 最後の方の言葉には自信が満ち満ちていた。確かに日本からロンドンまで一時間とか信じられない速度だ。幻獣の、特にドラゴン族のチート性は計り知れない、と紘也は改めて感じた。

「行きますか、ロンドン?」

「行かねえよ! そんなスピードを人間が耐えられるか燃え尽きるだろ!」

 きっぱり断ると、ウェルシュはしゅんと項垂れた。そんなに紘也を乗せて飛びたかったのだろうか。まだ出会ったばかりだが、ウェルシュの思考パターンが全く読めない。

「まあいい、次。ウェルシュは掃除をしてたんだよな。だったらどうしてこんなに部屋が荒れてるんだ? 敵でも現れたのか?」

 どう考えても掃除の途中、という状態ではない。

「敵……ですか。はい、現れました」

「マジか」

「はい、カサカサとすばしっこく這い回る黒光りした昆虫が三匹。全て抹消しました」

「……もう一度訊く。なんで部屋がこんなに荒れているんだ?」

 グッ、と無表情でサムズアップしてくるウェルシュに、紘也は額を手で押さえながら今一度問うた。それにしてもこの部屋だけでゴキ……コックローチが三匹もいたとは、今度バルサンでもした方がいいかもしれない。

 しばらく黙り込んだウェルシュは、紘也から視線を明後日の方向に向けて口を開いた。

「……これがウェルシュのクリーニングスタイル、です」

「本当は?」

「ウェルシュはお掃除が下手糞でした」

 ウェルシュは素直に頭を下げた。彼女の嘘の下手さはウロボロスよりも酷いように思える。基本、嘘がつけない子なのだろう。

「それで部屋をめちゃめちゃにした挙句、器用にもベッドの下敷きになって寝てしまったと?」

 コクリ、とウェルシュは頷いた。紘也は溜息を一つ。

「ここは俺が片づけるよ。あ、手伝うとか言うなよ。もっと酷くなる」

 釘を刺され、ウェルシュはまたもしょんぼりとした。役立たずと思われた、と思っているのだろうか。彼女の全身から寂しいオーラが滲み出ている。

「後で買い物を頼むから、下で待ってろ」

「……了解です、マスター」

 こうやって使命を与えると、彼女は一気に笑顔……にはならずとも、覇気を取り戻すのだった。

 心なしか意気揚々と部屋を出ようとしたウェルシュだったが、ふとなにかを思い出したように戻ってくる。

「……マスター、一つ言っておかなければならないことがありました」

「なんだ?」

 と促すと、彼女は顔の横で人差し指を立て、少し前屈みになり、無理に眉根を吊り上げて上目遣いで――


「えっちなのはいけないと思います」


 紘也は五秒ほど固まっていた。

「は?」

 ようやく絞り出せた声が素っ頓狂だったことは仕方のないことだろう。裁判になっても無罪放免。

「悪い、意味がさっぱりわからない」

「いえ、元マスターがマスターの部屋でいかがわしい本を見つけたらこうしろと仰ったので、実行してみました」

「あの変態はもう燃やしてもいいからな! ていうか、俺はそんな本なんて一冊も持ってないぞ」

「これです」

 ウェルシュはどこからか一冊の薄いA4サイズの本を取り出し、紘也に手渡した。表紙には常夏のビーチを背景に、どこかで見た白みがかった金髪の美少女が際どい水着でやたら胸を強調するポーズを取っている。

 ピンク色の柔らかそうな文字で書かれたタイトルは――


『紘也くんに捧げる❤ウロボロスのセクシー写真集』


 中身を見るまでもなく破り捨てた。

「ウェルシュ、焼却」

「了解です」

 紙吹雪と化した本は、ウェルシュの掌から生まれた真紅の炎を浴びて塵芥一つ残らず焼失した。

 ウェルシュ・ドラゴンには〝拒絶〟の特性がある。その特性が付加した〈拒絶の炎〉は、ウェルシュが拒むもののみを有無を言わさず完全に燃やし尽くすことができる。一言で言えば、チートだ。

「あのアホ蛇、昨日は随分おとなしいと思ってたら、こんな物を作ってたのか」

 自分の写真集をこっそり紘也の部屋に隠すとか、なんとあざとい。急激に暴力的衝動が沸き起こってきた紘也である。

「はっ! 待てよ、あんなのがここにあったってことは……」

 紘也の嫌な予感センサーが物凄い勢いで反応した。

 すぐさま部屋を出て、二階の廊下の角に下りている梯子に手をかける。この上の天井裏がウロボロスの部屋なのだ。ちなみにウェルシュは妹の部屋を使っている(まじめにも本人の許可を取ったらしい)。

 梯子を登る。

「きゃあッ!? 紘也くんのエッチ!?」

 ウロが着替えていた。それにしても悲鳴がわざとらしい。

「もう、入る時はノックしてっていつも言ってるよね」

「言ってないし、別にお前の裸体などに興味はない」

「さりげなく酷い!?」

 そんなウロなどアウト・オブ・ガンチュー。紘也はざっと周囲を見回した。

 数日前まで布団しかなかった天井裏には、漫画や小説しか仕舞われていない勉強机が大幅に面積を陣取っており、その横に最新のデスクトップパソコンとプリンタが設置されていた。一体いつどこから持って来たのか疑問に思うが、それを問い詰める気はない。疲れそうだから。

「そこかっ!」

 紘也は勉強机の鍵つき引き出しに目をつけた。鍵は突き刺さったままで、とても怪しい空気が嫌な予感センサーをビンビン刺激してくる。

「ひ、紘也くん、人のプライベートを勝手に覗かないで!」

 机に近づこうとした紘也の前にシュバッとウロが回り込んできた。ますます怪しい。

「蛇のプライベートだから問題ない」

「あります! あたしドラゴン! そこ大問題!」

「ウロ、その中にはなにが入っている?」

「べ、べべべ別にななななにも入ってませんですヨヨヨ」

 絵に描いたような動揺を見せるウロ。ぎしりと床を軋ませ、紘也は一歩踏み出した。

「なっ、ダメですよあかんですよ絶対に通しませんよ! どうしても通りたかったら、このあたしを倒してからに――」

 ――グサッ!

「容赦なくきたぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 ウロは悲鳴を上げながら両目を抑えて転がり回った。襲い来る敵を圧倒的なまでの力で捻じ伏せる彼女だが、紘也の目潰しには大ダメージを受ける。それには理由がある。紘也は魔術を使えない代わりに、卓越した魔力制御を有している。それも他人の魔力に干渉できるほどだ。自分の魔力を撃ち込んで相手の魔力を掻き乱すことで、強力な幻獣であるウロボロスにもダメージを与えられる、という理屈だ。

 紘也は今の内に引き出しを開き、一番上に積まれていた薄い本を手に取る。


『ウロボロスに捧げる❤秋幡紘也のセクシー写真集』


 どう見ても合成したと思われる、とても口で説明したくない紘也のアレな隠し撮り写真がぎっしり詰まっていた。なんとなく対になるものがあるんじゃないかと思ったが、ビンゴだった。

「ああっ! 紘也くん、それは、それはなんでもないんです! だから返して!」

 ウロボロスが鬱陶しく縋りついてくる。当然、こんなものを返すわけにはいかない。

「ウェルシュ、燃やせ」

「了解です」

 いつの間にか天井裏へ登っていたウェルシュに写真集を投げ渡す。が――

「……」

 写真集を受け取ったウェルシュは、すぐには燃やさずペラペラとページを捲り始めた。そして妙に頬を上気させ、時折ゴクリと喉を鳴らしている。

 しばらくして、彼女は本を閉じた。

「……これは、後でウェルシュが責任を持って処分しておきます」

「俺の目を見て話せ、ウェルシュ」

 ここで見逃すとまず処分されない。紘也はウェルシュが大事そうに抱えている本を指差し、

「命令だ。今すぐそれを焼き尽くせ」

「いくらマスターの命令でも、ウェルシュにはできることとできないことがあります」

「明らかにできることだよな! ってなにメイド服の中に隠そうとしてんだよそれを俺に渡せ!」

 手を突き出すと、ウェルシュはいやいやをするように首を左右に振った。

「ちょっとコラ腐れ火竜! それはあたしんのだから返しなさい! あんたにあげる紘也くんの写真集はないんだよ!」

「これはウェルシュが没収します。ウェルシュの一番の宝物になりそうです。ウロボロスには勿体ない代物です。あとウェルシュは腐ってません」

「だいたいなーんであんたは紘也くんに惚れてんのさ!」

「ウェルシュの炎に飛び込んだマスターの勇敢さに心打たれました」

「むむむ、やっぱりあんたとは一度決着をつける必要があるみたいだね」

「望むところです。今のウェルシュはもう二度とあの時のような不覚は取りません」

 ウェルシュが火炎を、ウロが魔力の光を掌の上に出現させて睨み合う。

 ブチリ、と紘也の額辺りから変な音が聞こえた。


「お前らそこに直れぇえッ!!」


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