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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-01
41/228

Section5-7 拒絶と守護

 上空から猛進するミニ炎竜の群れを、ウロボロスは目にも留まらぬ速さで剣を投擲して撃ち落としていく。

 察するに、ウェルシュ・ドラゴンの〝拒絶〟は一度炎として具象してしまうと対象の追加や変更はできない。これらの剣は炎竜の後に取り出したから〝拒絶〟の対象には入っていないはずだ。だから撃ち落とすことが可能となっている。

 しかし、剣はあくまでウロボロスが自作した劣化品である。炎竜を二体も屠れば跡形もなく消滅してしまう。

 それでも、一本で二体を潰せる計算だ。

 一度あらかた投げ終えて剣を周囲に展開させたウロボロスは、撹乱するように縦横無尽に動き回り、拾っては投げるを繰り返す。時には魔力弾も織り交ぜ、時には剣を投げずに振るい、有限の伸長能力で数体を同時に斬り伏せる。

 だが、炎竜もただ飛び回るだけの的ではない。知能は低いが、自らの意思で動く生ける炎なのだ。ウロボロスの攻撃の隙を突き、その炎の爪や牙を向けてくる。

 触れれば焼失しかねないそれらをウロボロスは紙一重でかわす。少し掠った程度であれば〝再生〟で傷は癒えるが、その分疲労も蓄積していく。

 そして、本来の敵は飛び回る炎竜などではない。

「隙だらけです、ウロボロス」

 ウェルシュの〈拒絶の炎〉が怒涛と化して襲い来る。ウロボロスは横に跳んでかわし、そこにいた炎竜を魔力で吹き飛ばして地面を蹴る。

 落ちていた劣化剣を二本回収。そうしてウェルシュまでの二十メートルを、たったの二歩で踏破する。

「――ッ!?」

 ウロボロスのスピードにウェルシュは驚愕する。戦っていてわかったことだが、遠距離系のウェルシュよりもウロボロスの方が速度の面で圧倒的に勝っているのだ。

 首を刎ねるつもりで双剣の片方を振るう。が、反応速度ではウェルシュも負けていなかった。咄嗟に〈守護の炎〉を全身に纏い、素手で劣化〈ウロボロカリバー〉の刃を掴んだ。

「無駄です。ウェルシュの〈守護の炎〉はあらゆる攻撃を防ぎます」

「それがホントなら紘也くんがチートって叫んでるところだよっ!」

「紘也様の悪口は許しません」

「言ってないよ!?」

 ウェルシュが片手をウロボロスの胸に添える。フッと〈守護の炎〉が消えた瞬間、真紅に燃える火炎弾が射出された。

「がっ!?」

 反射的に剣を放して飛び退こうとしたものの、腹部に直撃してしまった。火達磨になる前に慌てて地面を転がって炎を消火する。

「ふあっち!? と、溶け……あれ? 溶けてない?」

 パジャマの上着を下半分ほど失い、腹部の肌も黒焦げに焼かれているが、それだけだ。重傷には違いないけれど、一瞬で蒸発するようなことにはなっていない。

 火傷の激痛は〝再生〟が進むにつれて引いていく。

「はぁ、はぁ、どうやら、一回であたしを〝拒絶〟できなかったみたいだね」

「……そのようです。だったら、何度でも〝拒絶〟するまでです」

 じゅ、とウェルシュの手に宿った〈拒絶の炎〉が、掴んでいた金色の刀身を一瞬にして焼失させた。まるで次はお前がこうなるとでも言うように。

「そんな無表情で愛刀を圧し折られたら心が痛いよ」

「なぜですか? これは量産型なのでしょう? それにウロボロスは自分から剣を粗末に扱っていました」

「それはそれ、これはこれだよ」

 正直なところ、ウロボロスに余裕はなかった。ウェルシュは強い。過去に戦ってきた相手の中でも指折りの強さだ。そこは認める。

〝貪欲〟の魔力強化で一気に……と考えたが、昨日も使ったばかりだから体に負担がかかり過ぎる。下手したら『人化』が解けるかもしれない。アレの連日使用は厳禁。一日の休息は必須なのだ。

 だったら牢獄用無限空間に閉じ込める……のは難しい。あの空間使うには魔力強化が必要だし、そもそも遠距離系だと相性が悪い。

 敵の攻撃を防ぐことに使えなくもないが、一方向しか防げない上、一度見せたらアウトだ。しかもウェルシュの場合、下手をすればそれすらも〝拒絶〟される恐れがある。

 加えて、なんとか数えられる程度まで減らしたが、ウェルシュ・ドラゴンの眷属はまだ残っている。

「ここまで減らせれば、あとは一気に粉砕できるかな?」

 とりあえず適当に魔力弾をぶっ放つ。ウェルシュは炎弾をぶつけて相殺した。

 ウロボロスは飛翔し、襲いかかる炎竜を飛燕が舞うようにかわして上空へ抜ける。

 そして今度は空から雨霰のごとく魔力弾を連射する。数少ない眷属たちは抵抗する間もなく魔力弾と衝突して消えていく。

 最初からこうしたかったが、敵の数が多過ぎて叶わなかったのだ。空へ舞い上がることはもちろん、四方八方に散った敵を連射で掃討しようものなら、いくら〝循環〟するとはいえ魔力の無駄遣いになる。それに、ウェルシュ本体がその隙を逃さない。

 輝く球体が無数に殺到する中、やはりウェルシュは相殺するための炎弾を空に向けて放出した。

 と――

「お?」

 一つだけ炎弾の衝突を免れた魔力の光がウェルシュに直撃する。爆光と衝撃。吹っ飛んだウェルシュは公園の噴水をその身で崩壊させた。

 しかし、一度は瓦礫に埋もれたものの、すぐにゾンビのように這い出てくる。無論、その身は〈守護の炎〉に守られていた。

「ははん、なるほどねぇ。そういうわけですか」

 ウロボロスはなにかを思いついた顔でニヤリと笑った。絶対防御の炎で身を包んでいるウェルシュが、幻獣ウェルシュ・ドラゴンが、初めてその体に傷を負っていたのである。

 屹立する姿こそ毅然としているが、左腕と額から真っ赤な血が流れ、ズタズタになった服装からもダメージを受けたと推測できる。

「弱点見破ったり」

 一撃必死の〈拒絶の炎〉に完全鉄壁の〈守護の炎〉というチート過ぎる能力にも、必ず欠点はあるものである。

 ウロボロスは颯爽と降下し、地面に足が着くや否や速攻で疾駆する。

「! 来ないでください」

 ウロボロスの動きに危険を察したのか、ウェルシュは自分の周囲の空中に、六つの中規模魔法陣を均等に並ぶように展開した。真紅の炎で描かれた魔法陣、その全てから対空レーザー兵器のごとく炎熱光線が発射される。

「はっ! よっ! とわっ!」

 だが、直線的な攻撃の軌道は見切りやすい。ウロボロスは前進しながら華麗なステップで光線をことごとく回避していく。何度か掠って身を削られたが、超火力もクリティカルヒットしなければ怖くない。

 ウェルシュの懐に入り込んだウロボロスは、がっ、とその首根っこを鷲掴んだ。数瞬遅れて〈守護の炎〉が発動したが、ウロボロスは手を放さない。

「ふっふっふ、ウロボロスさんは弱点を三つも見つけましたよ」

「……」

 ウェルシュは無言でウロボロスを睨みつける。構わず、ウロボロスは言葉を紡ぐ。

「弱点その一。あんたの〈守護の炎〉には攻撃力がない。まあ、これはたった今確認したんだけどね」

 実際にウロボロスの右手が炎に炙られているが、熱も痛みも感じない。壁に穿たれた穴に手を突っ込んでいるような感覚だ。

「……ぐ」

 首を絞められて呻くウェルシュがゆっくりと手を振り上げる。

「おっといいのかな? 弱点その二。〝拒絶〟と〝守護〟を同時に使用することができない。このまま〝拒絶〟に移行してもいいけど、その前に首と体が『もうあなたとはやってられないわ離婚よ離婚!』ってことになっちゃうよ?」

 そのふざけた調子の脅しがハッタリではないと悟ったウェルシュは、ピタリと振り上げた手を停止させる。

 満足げに微笑するウロボロス。

「そんでもって、弱点その三は――」

 言いながらウロボロスは腕に力を込める。ぐん、とウェルシュの体を引き寄せ――思いっ切りぶん投げた。

 赤き砲弾と化して宙を高速移動するウェルシュは、進路上に設置されてあった自動販売機と激突した。ぐしゃぐしゃに潰れた販売機から青白いスパークが迸り、缶ジュースが辺り一面に散乱する。

「……痛い」

 自販機の残骸を下敷きにしたウェルシュが上体を起こした。

「弱点その三は、〈守護の炎〉で防げるのが敵意ある攻撃だけってこと。つまり派生した衝撃やぶつかった物のダメージまでは守備範囲外ってわけですね」

 ウェルシュ・ドラゴンの〝守護〟とは、細かく言えば〝侵略者からの守護〟になる。だから無意識の事故には対応できない。さっきの魔力弾で彼女が吹っ飛んだ時にピンと来たのだ。白状すると勘だったことは秘密。

「地面に叩きつけた時は皮肉にも〈ウロボロカリバー〉がクッションになったようだけど、もうそんなヘマはしないよ。攻略方法がわかったからね」

「ウロボロスは知識に富んでいると聞きますが、知恵はないようですね。そんなことを敵であるウェルシュにペラペラ喋っていいのですか?」

「いいんだよ。次で決めるから」

 疾風のごとき跳躍でウロボロスは地を駆ける。完全に起立したウェルシュは凛とした双眸を赤く煌めかせ、宣言する。

「わかりました。ウェルシュも全力の攻撃で迎え撃ちます」

 ボワッ! とウェルシュ・ドラゴンの足下から真紅の炎が噴火した。

「!」

 身構えるために急停止したが、その炎でウロボロスを攻撃するわけではないようだ。炎はウェルシュに纏わりつくと西洋鎧に似た形を成し、攻撃性を明示するかのごとく煌々と燃え盛る。

「〝拒絶〟特化モード、移行完了です」

 魔力が先程とは比べ物にならないくらい高まっている。『人化』の器から漏れ出た魔力が〝攻撃力ある鎧〟となってウェルシュを包んでいる。

〝守護〟を捨て、あの魔力を全て〝拒絶〟に注がれては、いかにウロボロスと言えどもただでは済まないだろう。

 直接触れるのは危険――ならば武器だ。

 ウロボロスはオリジナル〈ウロボロカリバー〉の〝再生〟が完了していることを認め、敵の出方を警戒しながらまずはそれを回収する。

 と同時に、ウェルシュが両手を大きく広げた。瞬間、赤熱する火炎が爆発的に何十メートルも広がり、竜翼に似た形となって具象する。そしてそれが羽ばたくように左右からウロボロスを挟撃する。〈拒絶の炎〉の対象はウロボロスのみであるはずなのに、炎翼の広範囲攻撃は公園のあらゆる物を焼かないまでも薙ぎ倒していく。

「うっそ、範囲広っ!?」

 ウロボロスの速度を持ってしても、挟まれるよりも速くウェルシュに辿りつくことは不可能と思えた。剣を拾いに行ったため距離が離れ過ぎている。前後左右がダメなら上空へと避難するしかない。

「逃がしません」

 重積した二翼の炎から数多の火柱が間欠泉のごとく噴出する。上に退避するしかないことは向こうも承知の上だ。無駄なく次の攻撃に繋がっている。

「やっぱあれだけで終わりってことはないか」

 現在の状態で下から噴き上がってくる火柱全てを避けるのは難しい。

「一回くらいなら、大丈夫かな?」

 というか、もうこれをしなければ勝利はない。

 剣を握っていない左手。その手首を、ウロボロスは自らの口へと持っていく。

 ――かぷっ。

 歯を立て、ウロボロスは流れた自らの血液を啜った。――その瞬間、周囲の空気が陽炎みたく揺らぎ、大気がビビビと軋みを上げた。

 ウロボロスの〝貪欲〟による魔力強化だ。魔力が高まれば『人化』している肉体の身体能力も比例して向上する。

「さてと、こっからは瞬殺コースですよ!」

 休みなく続くイラプションを掻い潜り、超高速の飛行でウェルシュに急接近する。

 だが、ウェルシュも甘くはない。

「そう何度も避けられるほどウェルシュは馬鹿ではありません」

 間一髪でかわしたはずの火柱がホーミングし、ウロボロスの右翼を貫いた。

「しまった、翼が……」

 片翼では浮遊のバランスが取れない。飛空を崩されたウロボロスに、ウェルシュの意思を宿した火柱が集中砲火を仕掛ける。かわすことも防ぐこともできず、ウロボロスは〈拒絶の炎〉の奔流に呑み込まれた。

「終わりです」

 と思われた。が――

「そうでもないよ!」

 炎が弾け飛び、ウロボロスが地面に落下する。そして次の一瞬には、既にウェルシュとの間合いを詰めていた。驚愕に目を見開くウェルシュの腹部に、ウロボロスは瞬速の勢いを殺さぬまま〈ウロボロカリバー〉を叩き込んだ。

「なんで、無事――」

 言葉は最後まで紡がれることなく、ウェルシュの小柄な体は大地を深々と抉りながら人工林へとストライクした。

「無事? なわけないよ。もう片翼を犠牲にして振り払わなかったらやばかったっての」

 斬った手応えはなかった。鎧状の〈拒絶の炎〉が刃の切れ味を削いだからだ。

 それでも衝撃によるダメージは敵を再起不能にするには充分だったのだろう。特に今のウェルシュは〝拒絶〟に特化しているらしく、〈守護の炎〉を纏えないのだ。

 待てども反撃が来る気配はない。思わず笑いが零れる。

「フ、フフフフ、どうですか? 紘也くん紘也くん、あたしは勝ちましたよ」

 振り向けど、そこに求める人物はいない。急激に虚しさが込み上げてくる。

「……そうだったね。紘也くんとは、これから会談しないといけないんだった」

 寧ろそちらの方がウェルシュ・ドラゴンなんかよりも怖くて不安なウロボロスである。

 と、その時――

 バリィン! となにかが砕ける音。続いて、フッ、となにかが消え去る気配を感じた。

「個種結界が消えた? あいつのはわかるけど、なんであたしのまで……!?」

 独り言の途中で『それ』を見つけ、ウロボロスはビクリと体を震わせた。

 市民公園の入口がある方向から、ウロボロスの契約者――秋幡紘也が歩み寄ってきていたのだ。


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