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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-01
30/228

Section4-4 復讐の意

「手間が省けたね。丁度君たちを呼ぼうとしていたところだったんだ」

 屋上に着地すると、ヴァンパイアが歓迎するように両腕を広げてきた。

 紘也は香雅里をペントハウスの陰に寝かせた後、屋上の惨状に吐き気を催しながらもヴァンパイアに問うた。

「愛沙はどこだ?」

「御安心を。僕の可愛い蝙蝠たちがしっかりとお世話しているよ」

 パチン、とヴァンパイアが指を鳴らす。すると、ヴァンパイア側のペントハウスから四つの影が夜空に飛び上がった。愛沙と、彼女を支える蝙蝠娘の三人である。

「ひ、ヒロくん! ウロちゃん!」

「愛沙、もう少し我慢してくれ。すぐに助けてやるからな!」

 愛沙の姿に愛沙の声。彼女が無事であることに紘也は安心の吐息を漏らす。

「うるさいぎゃ、人間!」

「うるさいうるさい♪」

「……黙って」

 蝙蝠娘たちに愛沙は口を塞がれた。もがいているようだが、彼女の力では幻獣を振り払うのは無理だ。

「ウロ、そっちは任せたぞ」

「イエッサー――って紘也くん、一人でジャイアントバットを相手にする気?」

「俺を死なせたくなかったら、さっさとあいつ片づけてこい」

「むぅ、ウロボロス使いが荒いんだよ紘也くんはもう」

 余裕ぶっこいているヴァンパイアにウロが向き直った時、それは起こった。

「「――ッ!?」」

 ウロと紘也を中心に黒い光が灯った。と思ったら、光は幾何学的な模様を描きながら円形に展開していく。

「魔法陣!?」

「紘也くん離れて!」

 どん、と紘也はウロに陣の外まで突き飛ばされた。すぐに起き上がって振り返ると、彼女はまだ陣の中心に立っている。しかも、様子がおかしい。

「あ、あれ……? か、体が、動か、ない」

「僕の魔術、〈深淵の束縛〉だよ。それも時間をかけて仕込んだ強力なやつだ。どうだい、指の一本も動かないだろう? 君に自由にされると敵わないからね」

 ヴァンパイアは勝ち誇っている。余裕ぶっているが決して油断はしていない。奥の手を速攻で使ってきたのがその証拠だ。

 なにか仕掛けてくるとわかっていたのに、気をつけていたはずなのに、愛沙に気を取られている隙にまんまとハマってしまった。蝙蝠娘たちを飛び上がらせたのは、人質を解放させにくくするためでもあり、術式発動を見極めさせないためでもあったのだ。

 いきなり大ピンチである。

「くくく、君はしばらくそこで見物しているといい。ウロボロスの生血を僕の力に変換するには、陰陽師と戦った後だと些か魔力が不足しているんだ。だから――」

 次の瞬間、ヴァンパイアは紘也の前まで移動していた。

「なっ!?」

「まずは契約者の魔力をいただくとするよ」

 転移魔術でもないのになんて速さだ。いや、問題はそこじゃない。

「待て、あんたの目的は俺の魔力じゃないのかよ」

「違う。君はおまけだよ」ヴァンパイアは即答し、「と言っても、人間でありながらヴァンパイアの僕をも凌ぐ魔力量は確かに魅力的だ。君を喰らえばどんなザコ幻獣でも相当な力を入手できるだろうね」

 正直、驚いた。奴の狙いが紘也でなかったこともそうだが、紘也の潜在魔力がヴァンパイア以上だということは初知りだった。紘也が幻獣に狙われる理由は、ただ魔力量が多いからではなく、凄まじく多いからだ。

 だが、今はそんなことどうだっていい。

「ウロボロスの生血、それがあんたの本当の狙いってわけか。なんのためだ?」

「君はお話が好きなようだね。まあいいさ。君を喰らう前に少しだけ簡単な昔話をしてあげよう」

 ヴァンパイアは一呼吸置き、必死に束縛術式内でもがくウロを一瞥してから、芝居がかった口調で語り始める。その顔には実に嫌らしい笑みが貼りついていた。

「むかしむかし、一体のヴァンパイアが人間界にやってきました。ヴァンパイアは楽しい楽しい人間界で生きるために多くの人間の血を吸ってきました。しかしある日、ヴァンパイアは悪い悪い魔術師に見つかってしまいました。そして死闘の果てに、幻獣界へと送り帰されてしまったのです。戦いの影響で力の大半を失ってしまったヴァンパイアは、いつの日か再び人間界へと訪れ、その魔術師に復讐することを誓いましたとさ」

 文章だと五行くらいで終わりそうな短い昔話だったが、内容は実にわかりやすかった。

「力を得るために最も手っ取り早い方法が高位のドラゴン族の生血を飲むことなんだ。だけど、幻獣の頂点に君臨するドラゴンにヴァンパイアが勝てるはずもない。『人化』していない状態なら、だけどね」

「悪い魔術師ってのは、まだ生きてるのか?」

「昔と言っても十年ほど前だからね。死んでなければ生きているはずさ」

「その魔術師の名前は?」

 訊ねると、ヴァンパイアは記憶を辿るように顎へ手をやり、

「秋幡辰久……だったかな? 人間ごときに敗れたあの日の屈辱は未だに忘れてないよ」

 脳裏をビンビンと刺激していた嫌な予感が的中した。幻獣ヴァンパイアを退けたという自慢話を、紘也は遠い昔に聞いたことがあったのだ。

 あの父親がこんなところでも息子に迷惑かけていたことを知り、内心で怒りを滾らせる紘也。

 だが、「それは俺の父親です」なんて言えるわけもなく、紘也は口籠る。そのだんまりをこれ以上質問はないと捉えたのか、ヴァンパイアは犬歯を剥いてニィと笑った。

「男を喰らうのは趣味じゃないけど、君は特別だ。その血、魔力と共に一滴残さず吸い尽してあげるよ」

「がっ!?」

 身構える暇もなく、紘也は一瞬で背後へ移動したヴァンパイアに羽交い締めにされる。ヴァンパイアは大口を開き、紘也の首筋にその鋭い犬歯を突き立てようとする。

 その時だった。

「!?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ! と地鳴りのような音を立てて廃ビルが微振動した。僅かに遅れて、紘也は膨大な魔力の高ぶりをその身に感じる。

 紘也は知っている。彼女と初めて会ったその日に、一度経験している。

「ウロ!」

 見ると、ウロは自身の左腕に噛みついていた。自らを喰らうことによって力を高めるウロボロスの魔力ドーピングだ。

「な、なにをしているんだ!?」

 紘也を喰らうことも忘れ、初めてヴァンパイアは驚愕に目を見開いている。それほどの魔力がウロから溢れている。

 風もないのに金髪を靡かせるウロが、一歩、また一歩と動き始める。

「まさか、僕の〈深淵の束縛〉が……」


 パキン!


 氷に罅が入るような音がした瞬間、ウロボロスを拘束していた魔法陣が消し飛んだ。

 ウロは噛みつきをやめる。だが前のようにすぐ魔力が収まることはなく、彼女の周囲の空間がオーラを纏うように揺らいでいる。

 凛とした表情でウロはヴァンパイアを睥睨し、ビシッと指差す。

「そこの変態吸血鬼! 今すぐあたしの紘也くんから離れなさい!」

 ウロの啖呵のせいで我に返ったヴァンパイアが忍び笑いをする。

「くくく、僕の術式が破られたのは残念だけど、もう遅いよ。君の主さえいただけば――」

 彼の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 まさに瞬間移動とも言える動きで一瞬にして間合いを詰めたウロの拳打が、ヴァンパイアの顔面を見事なまでに陥没させたからだ。

「ぐべあっ!?」

 と妙な悲鳴を発してヴァンパイアが高速で吹っ飛んだ。その体で背後にあったペントハウスの壁に大穴を穿つ。

「あ、馬鹿! あそこには葛木がいるんだぞ!」

「大丈夫だよ紘也くん、ほらあそこ見て」

 言われた通りにウロの指差す方向へ視線をやると、意識を取り戻したらしい香雅里が屋上の端まで移動していた。

「まったく、僕としたことが、少し油断していたみたいだね。まさかここまで強いとは思わなかったよ」

 ペントハウスの大穴からヴァンパイアが姿を現す。鼻血が出ていたが、それ以外はどうも無傷に近い。

「でも、『人化』したまま夜の僕に勝てると思わないことだ。君を討つ策は〈深淵の束縛〉だけじゃないのでね」

 パチン。再びヴァンパイアが指を鳴らした刹那、彼を中心に闇が広がった。一切の光もない暗黒が廃ビルの屋上を包み込む。なにも見えなくなった。

「な、なんだよこれ!?」

「落ち着いて紘也くん。これ、ヴァンパイアの個種結界だから」

 ヴァンパイアの特性は〝暗黒〟だ。暗ければ暗いほど強くなる。純粋に自分自身を強化する上に、敵の視覚を奪う強力な結界だ。

「どうやらこの場所はあいつの特性を強化する仕掛けがしてあるみたいだね。〝暗黒〟でここまで真っ暗になった結界なんて初めて見たよ」

 分析するウロの声だけが紘也の耳に届く。紘也を不安にさせない明るい口調だった。

「そこを動かないでね紘也くん。ヴァンパイアなんて速攻でコテンパンのグッチャグチャにしてきますよ」

 そう言い残したウロの気配が遠ざかる。

 数瞬の静寂。

 その後、すぐに激しい打撃音が響いてきた。なにも見えないから戦闘がどのように行われているのか判然としない。

 ヴァンパイアはウロに任せておけばいいだろう。今のうちに愛沙を助けたいところだが、こう暗いと紘也にはどうすることもできない。目が慣れたら見えるとかいうレベルの闇ではないのだ。

 かといってただじっと待つなんてしたくない。上空にいる愛沙は助けられなくても、この暗黒結界をどうにかしよう。

 紘也は自分の頼りない魔力感知能力を総動員し、慎重にその場を移動し始めた。


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