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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-01
27/228

Section4-1 敵地へ

 愛沙がヴァンパイアに攫われてから数時間が経過していた。

 紘也、ウロ、孝一の三人は秋幡家のリビングにてテーブルを囲んでいた。

 親友が攫われた。よりにもよって幻獣ヴァンパイアに。紘也とウロを誘うための餌なのだから、すぐに殺されるようなことはないだろう。しかし、それ以外だったらなにをされてもおかしくない。そう思うと、いても立ってもいられなくなる。

 今すぐ家を飛び出して助けに行きたい、そんな衝動が胸中で渦巻いているが、残念ながら敵の居場所については皆目見当がつかない。無論、愛沙の携帯も繋がらなかった。闇雲に市内を奔走するほど、紘也はまだ錯乱していない。

 それは孝一も同じだ。先程から難しい顔をして熟考している。

 沈黙が続く。

 それを破ったのは、ウロだった。

「紘也くんも孝一くんももっと表情緩めようよ。居場所がわかるのは時間の問題だよ。なにせ向こうから教えてくれるんだからね」

「よかったな、孝一。名前覚えてもらえたぞ」

「ああ、そうだな。じゃ、オレもフローラのことは『ウロ』と呼ぶことにしよう」

 底抜けに明るい声に感化され、紘也も孝一も顔の曇りが少しばかり晴れた気がした。もしウロが「愛沙ちゃんなら大丈夫だよ」とか根拠のない慰めを口にした場合、たぶん紘也は怒鳴っていた。

「しかしな、ウロ。向こうからお呼びがかかるってことは、お前を打ち負かす準備が整ったってことだろ。それをただ待つのは馬鹿のすることだ」

「いえいえ、たとえどんな罠を仕掛けてようと、この完全無欠のウロボロスさんなら一瞬で片づけて差し上げますよ」

 どん、とそこまで主張の激しくない胸を叩くウロ。頼もしい、と感じはすれど、言えば調子に乗るから紘也がその言葉を口にすることはない。

「いやでもお前、昨日散々『ヴァンパイア』に泣かされただろ」

「カードと現実を一緒にしないでよ!」

「現実をカードで評価するお前に言われたくはない」

 ぷっ、となにかが吹き出す音を聞いた。孝一からだ。

「ははは、なんか二人を見ていると、シリアスに考えるのが馬鹿らしくなってくるな」

「待て、そこはシリアスになるべきだと思うぞ。事は愛沙の、さらに俺の命に関わるんだ」

「そうだよ、笑うとこじゃないよ」

「お前はさっき表情を緩めろとか言ってたよな?」

「とにかくだ、紘也。愛沙の安否を気にして焦るのはよくない。葛木家が総力を挙げて捜査しているらしいから、その報を待ちつつ体を休めることが今のオレたちにできることだ。違うか?」

「その葛木家が俺らにヴァンパイアの居場所を教えてくれるとは思えないけどな」


『幻獣狩りは連盟の仕事よ。だからここから先は私たちに任せなさい。ウロボロスの契約者とはいえあなたは一般人。家にでも引き籠って一歩も外に出ないこと。いいわね』


 香雅里はそう言って紘也たちと別れた。彼女たちは彼女たちだけで動いている。こちらに情報が回って来ることはないと考えるべきだ。

 当然、引き籠っていろと言われて大人しく布団の中でビクビク震えている紘也ではない。赤の他人ならいざ知らず、攫われたのは愛沙なのだ。無関係じゃない。寧ろ紘也たちの問題であり、葛木家には手を引いてもらいたいくらいだ。

 孝一が窓の外に視線をやる。

「なあ、盗聴はできないか? いるんだろ、その辺に見張りが」

「この家を囲むように四人いるね。でも、四人ともたいした術者じゃないっぽいから情報は伝わらないと思うよ」

「ウロ、お前のその探知能力で奴らの居場所を探れないか?」

「それは無理だよ、紘也くん。『人化』した状態だと半径一キロ圏内が限界です」

 そこは〝無限〟じゃないのか、と紘也は嘆息する。葛木家にしても無能とは思っていないが、昨夜も居場所を見つけられなかったのだ。あまり期待はできない。

 そんなこんなで無駄に時間だけが過ぎ去っていき、ふと気づいたら鈍色の雲に隠れた太陽が西に沈みかける時刻となっていた。

 だが、転機はそこでやってきた。

 孝一の携帯からなんかのアニソンと思われる曲が流れた。通話らしく、孝一が携帯を取って耳にあてる。

「どうした? ……なに!? そうか、サンキュ。いや、警察には連絡しなくていい」

 それだけの短い会話で孝一は通話を切った。表情が一変している。紘也とウロはなんのことかわからず、顔を見合わせてから孝一の口が開くのを待つ。

「実はな、オレはオレの情報網を使って捜索してたんだ。で、今、後輩の一人から連絡があった。黒装束の怪しい集団がとある場所に集まっているそうだ」

 孝一は自分の突発的な遊びの企画に、時折学年の壁を跨いでまで参加者を募ることがある。そのため学校では顔が広く彼を慕っている生徒も多い。そんな彼らと情報交換しているから孝一はいろいろなことに詳しいのだ。

 情報に出てきた黒装束とは葛木家の陰陽師に違いない。そして、とある場所というのは恐らく――

「ヴァンパイアの居場所が見つかった」

「その可能性は高いな」

「とある場所ってどこだ?」

「市街地の東にある廃ビルだ。ほら、昔映画館があったところ」

 そこならよく知っている。映画館以外にも様々な店舗が集まった複合商業施設だ。三人で映画を見に行っていた頃の記憶は鮮明に残っている。だが、哀愁に浸っている暇などない。

「ウロ、行くぞ。ヴァンパイアが準備を完了する前に愛沙を助け出すんだ」

「オゥ! 和風魔術師なんかに先を越させないよ! 愛沙ちゃんはあたしが助けます!」

 ウロはやる気満々だ。彼女はどこで馬が合ったのか愛沙と非常に仲良くなっている。助けたい気持ちは紘也たちにだって引けを取らないだろう。

 しかし、商業施設跡地までは電車を乗り継いでも二十分はかかる。その間に香雅里たちがうまく救出したのなら文句は言わないが、相手はヴァンパイアだ。それもこの時間だと力もかなり取り戻しているはず。もし最悪の事態にでもなれば……紘也たちの到着を待たず愛沙が殺される。

 と、ウロが庭に続く窓を全開にした。生温い風が紘也の皮膚を不快に撫でた。

 ウロはピョンと庭へ飛び降り、ニッコリと微笑んで紘也を振り向く。

「紘也くん紘也くん、飛んで行くからあたしにしっかり掴まって」

「は? 飛ぶ?」

 素っ頓狂な声を出した紘也は孝一と共に驚愕した。ウロの背中から、緩いウェーブヘアーを押し除けて一対の巨翼が出現したのだ。巨大な鱗を重ね合わせたような翼は、鳥のそれとは違い無骨で頑丈そうであり、そしてやはりというか淡い金色をしていた。

 飛ぶ。つまり、空から敵地へ行こうというのだ。確かに、それなら格段に速い。

「すげえな。まるでドラゴンみたいだ」

「まるでじゃなくて正真正銘のドラゴンだよもう!」

 ぷくっと頬を膨らますウロに苦笑しつつ、紘也は世界の幻獣TCGでも『ウロボロス』には〈飛空〉の能力があったことを思い出した。

 紘也は玄関から自分とウロの靴を持ってくる。それを履いてから、言われたように彼女に掴まろうとするのだが――

 ――どこを掴めば?

 紘也は困惑した。とりあえず手が妥当なのではと考えるが、ウロは片膝をついて左右の手を別々の高さに置いて構えている。あれはどういう意味だと逡巡している間も、上体をやや前屈みにして離陸態勢を取るウロの目が「さあ掴まって!」と急かしてくる。

「なにやってんの紘也くん! さあ遠慮なんかしないでお姫様だっこするようにその身をあたしに預けゴフンッ!?」

「わかった。背中に乗ることにする」

 げしっと竜翼の付け根辺りを踏みつけて紘也は搭乗した。はずみでウロは地面と接吻を交わす。

「うぺっ……あ、あのう紘也くん? そ、そこだと飛ぶのにすごく邪魔」

「翼なんて浮遊魔術のオプションのようなもんだろ。あと絶対に俺を落とすなよ」

「あうぅ、なまじ魔術の知識がある紘也くんは嫌いです。あとやっぱあんたSだ」

「いいから飛べ」

 命令を下すと、竜翼が力強く羽ばたきウロの体がふわりと浮かんだ。彼女の背中に立つ紘也は危うく落ちるかと思ったが、まるでシートベルトを絞めて体を固定しているかのように不思議とバランスが崩れない。これも浮遊魔術の効果なのだろう。

「待ってくれ二人とも。オレも一緒に行くぞ」

 と、自分の靴を持ってきた孝一が慌てたように言った。

「無理無理無理! ウロボロスさんは一人乗りです!」

「悪い、孝一。気持ちはわかるが、お前をこれ以上危険に巻き込むわけにはいかない。居場所を突き止めてくれただけで充分だよ。サンキュ」

 孝一を連れて行くと、またハルピュイアの時や屋上の時みたいな無茶をするに決まっている。だから、不満を満面に表した孝一に説得される前に、紘也はウロに命ずる。

「行け!」

「イエス、マイ・ロード!」

 調子よくウロは返事し、巨大な翼をもう一羽ばたき。たったそれだけで、一瞬にして自分の家が米粒のように小さくなった。

 落ちないと知っていても遥か上空から見下ろす地上の景色にはゾッとしてしまう。深く長い呼吸一つでどうにか気を取り直した紘也は、鈍色の雲の方が近くに見える上空から敵地――廃ビルとなった複合商業施設のある方角を確認する。

「――無事でいてくれ、愛沙」


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