Section2-2 異常な体
翌日――紘也は今日も世界魔術師連盟の付属病院にやって来ていた。
母親との面会、ではない。薬品の匂いが漂う個室。上着を脱いで椅子に座った紘也は、年配の男性医師に体を入念に調べられていたのだ。
「……どこにも異常はありませんね。火傷の痕一つ残っていません」
つまり、診察である。紘也は後ろで腕を組んで経過を見ていた父親を振り返り、不満げな顔で文句を呟く。
「だから言ったじゃないか。問題ないって」
事は昨夜の決闘の直後まで遡る。
「いやぁ、まさか紘也少年が勝っちまうなんて思ってなかったなぁ。俺の知らないところで成長してるみたいでお父様嬉しい!」
「あったり前です! あたしの紘也くんですよ? あんな今後登場するかもわからないモブになんか負けるわけないじゃあないですか!」
「モブて……ジョージ青年は新人の中だとけっこう優秀なんだぁよ?」
紘也の勝利が確定したことで、辰久とウロはビールの注がれたジョッキで乾杯しながら盛り上がっていた。周りの歓声も鳴り止まぬ中、倒れたジョージ・ハンソンが担架に乗せられてホテルのパーティ会場から連れ出されていく。
「ちょっとやりすぎたか?」
決闘の相手とはいえ、一撃当てれば勝ちのルール上、初対面の人間に気絶するほどの魔力干渉をしてしまい少し後悔する紘也だった。とはいえ、魔力の残滓を辿って魔力干渉を当てるというのは紘也にとっても咄嗟に思いついた技だ。加減なんてできなかった。
「それはそうと紘也少年」
と、酒臭い息を吐きつつ辰久が紘也に歩み寄ってきた。さっきまで一緒に飲んでいた酔っ払い蛇は他の人に絡んでいるようだ。
「なんだ? 次は親父と戦えなんて言わないよな?」
「言わない言わない。いやね、ちょっと確認したいことがあってだぁね――脱 い で♪」
「そい」
「アバババババババきくうううううううううううううッ!?」
紘也は父親の顔にアイアンクローをかまして直に魔力干渉を行った。ジョージにやった時よりも強く激しくしたつもりだったが、辰久は一瞬膝から崩れただけですぐに復活する。
「いきなりなにすんじゃい!?」
「黙れ酔っ払い!? 親父が変態なこと言うからだろ!?」
「違うよ!? 息子が本当に怪我してないかお父様として心配なだけだよ!? あの威力の火球を防いだとはいえ、あんな至近距離で強烈な熱波と衝撃を受けて全くの無事なわけないでしょうが!?」
「いや、魔力纏ってたから平気だって」
確かにジョージの最後の一撃はかなり強力だった。だからこそ魔力が強く残っており、失敗せず魔力干渉できたところもある。だが、紘也は自分の体に異常は感じていない。アドレナリンが出ていて痛みを感じなくなっているというわけでもないだろう。
さっきの魔力干渉で酔いが醒めたのか、辰久は真剣な顔をして腕を組む。
「紘也少年の魔力操作が卓越しているこたぁ知ってるよ。だがね、相手はおっさんの部下だぁよ。息子贔屓したいとこだけど、魔術の世界から身を引いてた紘也少年に一矢も報えなかったとは思えないんさ」
周りを見ると、どうやら決闘の勝敗に納得していない人もチラホラいるようだ。それでも審判を務めていた副官さんの判定が間違っているとも思えないらしく、直接文句は言いに来ない。
だから、彼らの留飲を下げるためにも責任者の辰久が確認を行おうとしているのだ。
「隠すなよ? 痩せ我慢してるなら素直に言いなさい。場合によっては、さっきの決闘はジョージ青年の勝ちになるぞ?」
「……わかったよ。上だけでいいよな?」
別に紘也の負けになったところで構わないが、このまま有耶無耶にしてまた誰かに絡まれるのは御免である。パーティ会場では衆目に晒されるわけだが、納得してもらうためならまあいいだろうと紘也は上着だけ脱いでみせた。
「うっひょおおおおおおっ! 紘也くんの生半裸うっひょぉおおおおおおっ!!」
「……鼻血が出ました」
ウロボロスがパシャパシャとカメラで紘也を激写し、ウェルシュが鼻に丸めたティッシュを詰める。やはり別室で診てもらった方がよかったかもしれない。
「ふむ、本当に無傷だぁね。軽い火傷の一つでも負ってないとおかしい気がしたんだけど」
「もういいだろ?」
一部の外野がやかましいので紘也はさっさと上着を着直した。
「でもなぁ、やっぱ少し妙だぁよ。明日でいいから病院で検査を受けなさい」
「はぁ? いや、そこまでしなくても問題ないって!」
「いんや、ダメだ。父親としても、大魔術師としても、検査結果が出るまで紘也少年を自由にさせるわけにはいかないんだぁよ」
そんなこんなで、現在。
朝一で診察を受けることになった紘也は、触診だけでなくレントゲンや血液検査、魔力測定などなど様々な検査をさせられてしまった。魔力測定では計器を爆発させてしまい大変申し訳なく思っている。
病院へは父親と二人で来た。ウロたちは柚音の案内で先にロンドン観光に行っている。紘也としては強くなるための修行でもしたかったが、せっかくロンドンに来たのだから一日くらいは遊んでもいいだろう。
「検査結果をお伝えします」
全ての検査を終えた紘也が父親と共に診察室に呼び出されると、神妙な顔をした医師がカルテを片手に待っていた。
「結論から申しますと……息子さんは、異常です」
「はあ!?」
思わず変な声が出た。
「いえ、怪我や病気が見つかったというわけではありません。息子さんは至って健康です」
「だったらなにが異常だと?」
健康なら異常などないはずだ。いや、逆に健康すぎることが異常だったりすることもあり得るのだろうか?
少し不安になってきた紘也に、医師は一つ息をついてからカルテに目を落とす。
「まず、魔力量が測定できないほど多いことです。魔力の概念が一般にあればギネス記録物ですよ」
「あ、それは元からです」
「おっさんの息子だからねぇ」
紘也の魔力が並程度なら幻獣被害で頭を悩ませたりしなかった。大魔術師・秋幡辰久の息子である故の常識離れだ。これに関しては異常でもなんでもない。
「では、息子さんの異常な回復力も生まれつきの体質ということでしょうか?」
「なんだって?」
「それは初耳だぁよ」
回復力に関しても魔力操作の身体強化を覚えてから増している自覚はあった。だが、それを異常と呼ぶなら魔術師のほとんどが異常者だろう。
「手を出してください」
紘也は素直に従って右手を差し出す。
「無闇に患者を傷つける行為になってしまいますが、失礼しますよ。魔力操作もなにもしないでくださいね」
そう言うと、医者は取り出したメスで紘也の掌を浅く切った。僅かな痛みに顔を顰める紘也だったが、傷口は血が出ることもなくすーっと幻だったかのように消えてしまった。
「なっ!?」
「ほう」
これには流石に驚かざるを得なかった紘也である。辰久は感心したように顎に手を持っていっており、メスを仕舞った医者は頭痛でもするのか頭を押さえていた。
「いくら魔力量が多くてもこれほどの回復力はあり得ません。もはや再生力の領域です」
「〝再生〟……」
「さらに血液検査で判明したことですが、息子さんの血液には人間ではない魔力が含まれていました。そのせいで血液自体がちょっとしたエリクサーのような働きをしているようです」
「あっ」
エリクサーと聞いて紘也は思い当たった。
「あの俺、エリクサー飲みました。原液で。というか、ウロボロスの血を」
「「それだ!!」」
医者と父親が同時に叫んで紘也を指差した。
「えーと、つまり紘也少年はウロちゃんの血を取り込んで不老不死になってると?」
「いえ、流石にそこまでではありませんね。死ぬときは死にますし、老いてもいくでしょう。ただ、ちょっとやそっとの致命傷では復活しますし、老化もエルフくらい緩やかになるものだと予測されます」
「ほとんど不老不死じゃねえか!?」
エリクサー化した血を治す方法など存在しないだろう。これでは医者が頭を抱えるのも無理はない。
「だっはっはっは! 紘也少年が人間やめてらウケる!!」
「うるせえ笑うな息子の体だぞ!?」
爆笑する父親に、またアイアンクローをかましてやろうとしたらひょいっと避けられた。
「まあ、いいじゃないの。悪い結果じゃなかったんだし。いつまでも健康な体が手に入ったんなら親としても安心だぁよ」
「俺は一般人になりたかったんだけどな!?」
だが、考えようによっては今の紘也の状況からするとプラスだ。疑似ウロボロスとも言える強靭な肉体になったのだから、昨日の決闘のような状況でも敵に突っ込むことは無謀にならない。
何度も繰り返すが、紘也は自分の周りを守れる強さを身につけるために来た。であれば、これは一歩前進と捉えてもいいだろう。
そうやって紘也は自分を納得させると、椅子から立ち上がって踵を返した。
「もっと詳しく聞いとかなくていいのか?」
「ああ、もう腹いっぱいだ。あとは親父が適当に聞いといてくれ。俺は母さんとこに顔出して、それからウロたちに合流するよ」
ポジティブに考えれば笑みも浮かぶ。紘也は診察室を出ると、来た時よりも軽くなった足取りで母の病室へと向かうのだった。




