Section1-7 歓迎会
世界魔術師連盟が提携しているホテルに荷物を置いた紘也たちは、父親から「歓迎会をする」と言われていたので、そのまま同じホテル内にあるパーティー会場へと足を運んだ。
大扉の前に立て掛けられた看板にはわざわざ日本語で『天光 御一行様』と書かれてある。『天光』ってなんだっけ? と眉を顰めてから思い出す。確か父親――秋幡辰久が運営している魔術結社の名前だ。『連盟の大魔術師』という肩書きが大きすぎて、あんなのでも一組織のトップだということをすっかり忘れていた紘也である。
扉を開けて中に入る。煌びやかな装飾が施された会場では、豪奢なテーブルクロスが掛けられた丸テーブルが均等に並べられており、明らかに魔術師っぽい風貌をした人々がグラスを片手に談笑していた。百人はいるだろうか? ドレスコードはなさそうだが、なんとなく入りづらい雰囲気だ。
「紘也くん紘也くん、見てください立派なパーティー会場ですよ! にゅふふ、まるであたしたちの結婚式が開かれるみたいですね♪」
「ただの歓迎会にしては大げさすぎじゃないか?」
「オーケー、スルーですねワカッテマシタ……」
腕を掴もうとしてきたウロを軽くかわし、紘也は自分たちの名札が置かれてある最前列の席へと移動した。テーブルには既に様々な料理が並んでいる。寿司、天ぷら、すき焼きに鰻のかば焼きにエトセトラエトセトラ。
「いや、なんでロンドンまで来て日本食ばっかりなんだよ……」
参加者のニーズに応えた結果なのかもしれないが、主役は紘也たちではなかったのか。いや、日本でも滅多に食べられないご馳走だからそこまで文句があるわけじゃないが……。
「紘也くん大トロですよ大トロあーんしましょほらあーん!」
「……マスター、この鰻とても美味しいです」
「さっそく食ってるのか。ちょっとは『待て』を覚えたらどうだ?」
《ふぉおおおおおおおっ! 酒だ! 日本酒だ! 飲み放題だ!》
「お前には飲ませねえよ絵面的に!?」
「あ、明るくて、キラキラしてて、人がいっぱいで……ふぇえええええん浄化されるぅうううう!?」
「そんでバンシー!? お前はどうしてついてきたんだ!?」
開会の挨拶もまだなのに好き勝手騒ぎ始める契約幻獣たち(一匹違うが)のせいで、周囲から注目の的となってしまっている。こういう堅苦しい場所は苦手なので可能な限り目立ちたくなかったのだが……どうやら、幻獣たちを抜きにしても、そうも言っていられないようだ。
「アレが秋幡主任の息子さん?」「大きくなられた」「順当に魔道を歩まれていたら今頃は……」「だが、既に三体のドラゴン族と契約されているとか」「なんか四体いるぞ」「まさかロンドンに来るまでの間に新たに契約を?」「流石主任の息子だ」
紘也自身がパーティーの主役なのだから、注目されて当然だった。咥えて組織のトップ、大魔術師の息子ともなるとその注目度は更に跳ね上がる。まるで針の筵。居心地が悪い。
視線だけで周りを見回すと、幼い頃に会ったことがある気もする人もチラホラ窺える。だからと言って知り合いでもないわけで、落ち着かないことには変わりない。唯一知り合い以上と呼べる連中は柚音・ケットシー・ケツァルコアトル・美良山くらいだが、なんか離れたテーブルで我関せずを決め込んでいる。
葛木修吾の姿も探したが、見かけない。まだアイルランドで事後処理をしているのだろう。彼には改めて挨拶したかったから残念だ。
「よぉ、来たな紘也少年」
と、前方ステージに立った秋幡辰久がマイクを片手に紘也を見てニヤリと笑った。後ろにはぞろぞろと見覚えある顔とない顔が並んでいる。父親の契約幻獣たちだ。
「遠慮はるばる俺に会いに来てくれてありがとう息子よ! 涙脆いおっさんはそれだけでもう瞼の奥の泉が溢れちゃって溢れちゃって」
「母さんに会いに来たんだよ!? 親父はついでだ!? あと似合わん詩的な表現使ってんじゃねえよ!?」
「ぐはっ!? 流石にその言い方はショック。おっさんショーック!」
「帰っていいか? こっちは今日到着したばかりで疲れてるんだよ」
「んな連れないこと言うなよぅ。細やかながら歓迎会を開いてやったんだ。母さんがお前を恨んでないこともわかっただろ? だったらもっと羽目を外せって」
辰久はバッ! とローブを大袈裟に翻して会場全体を見渡すと――
「堅苦しい挨拶なんてしないさ! ほら野郎ども! いつまで借りてきた猫みたいになってんだぁよ? いつも通り飲んで食って騒げ噪げわっはっは!」
厳かなパーティー会場には似つかわしくないハッチャけた声でそう告げた。瞬間――わぁああああああっ!! と会場全体に雄叫びが響き渡る。
ビクリと肩を刎ねさせる紘也。さっきまでお上品にグラス片手に談笑していた約百人が、一斉に好き勝手飲んで食って大声で騒ぎ始めたのだ。
テーブルに土足で立って酒瓶をラッパ飲みする者。数人で肩を組んでコサックダンスを踊る者。魔術を使った曲芸を行う者。料理を奪い合って殴り合いの喧嘩を始める者。
「え? なに? 山賊の集会かなんかだったの?」
幼稚園のお遊戯会でももっとお行儀がいいだろう。さっきとは真逆の意味で居心地が悪くなってしまった。
とはいえ、ドン引きしているのは紘也だけであり――
「いいですねいいですね! あたしはこういう雰囲気の方が好きですよ!」
「お嬢ちゃんいける口かい? こっちで飲み比べしようぜ!」
「この〝貪欲〟のウロボロスさんと飲み勝負なんて無謀な挑戦ですね。受けて立ちましょう!」
ウロは顔を真っ赤にした酔っ払い共と一緒に意気揚々と酒樽が積まれた方へ。
「ウェルシュちゃん、日本ってどんなところだった詳しく教えて!」
「俺も俺も! 主任の故郷がどんなところか知りたい!」
「……わかりました。ウェルシュの日本知識を披露する時です」
ウェルシュは前からの知り合いだったらしい魔術師たちに囲まれ、むふんと鼻息を鳴らして誇張百パーの日本自慢を開始。
「なにこの子可愛い!」
「次私にも抱っこさせて!」
「オレンジジュース飲む?」
《わ。吾は酒が飲みたいのだ! こんな果実の汁なぞ……飲むぞ! どんどん持ってこい!》
山田は女魔術師たちにチヤホヤされ、鼻の下を伸びに伸ばして満更でもない様子。
「ふぇえええええええ陽キャ怖いよぉおおおおおおおっ!?」
バンシーはテーブルの下に隠れて泣いていた。
「まあ、いいか。あいつらも楽しんでるなら。たまにはこういうのも」
すわ紘也も引っ張りだこになるのでは、と身構えていたが、特に誰も来ない。遠くからチラチラ視線が送られてくるだけで、「お前話しかけてこいよ」「いやいやお前が」と珍しく学校に登校してきたアイドルのような扱いを受けている。会社で例えるなら紘也は社長の御曹司だ。気後れするのもわかる気がする。
ただ、そういう視線ばかりでもない。中には紘也を怪訝そうな目で見ている者たちもいる。突然現れた『大魔術師の息子』が胡散臭いといった空気だ。あからさまに敵視した視線もあって肩身が狭くなる。
だからこっちから話しかけに行くのもなんだか憚られ、紘也は自分の席で一人ポツンと焼き鳥を頬張ることしかできなかった。孝一がこの場にいれば、と日本にいる親友に思いを馳せる。
と――
「秋幡紘也様」
フードつきローブを纏った金髪の女性が声をかけてきた。若くて美人なのにどこか疲れ切った顔をした彼女に見覚えはないが、勇気のある人だ。
「主任から耳タコなほど話を聞いていますし、何度もお姿を拝見しているので初めましてという感じではありませんが……一応初めましてと挨拶しておきますね」
「あなたは?」
「私は世界魔術師連盟懲罰部の次席。魔術結社『天光』の副主任を務めさせていただいております「「「副官ちゃん飲んでるーっ!!」」という者で――って大事なところで声を被せないでください!?」
急に割り込んできた酔っ払い共を赤面した彼女が杖をぶんぶん振り回して追い払った。副主任。つまりナンバー2。なるほど、責任ある立場だから率先して声がけしてくれたわけだ。
ぜいぜいと肩で息をする彼女に、紘也の方も改まって挨拶を返すことにする。
「えっと、初めまして、フクカンチャン・ノンデルーさん」
「ほらぁ!? また私の名前が変な風になっちゃったじゃないですかぁああッ!? もうやだぁあああああッッッ!?」
名前が聞こえなかったから軽い冗談のつもりだったのだが、彼女は涙目になって踵を返して走り去ってしまった。実は酔っているのかもれない。なんとなく親近感を覚える紘也だった。
「気にするな、紘也少年。彼女にとっちゃあいつものことさ」
辰久が紘也の肩にポンと手を置き、やれやれと首を振った。アレが日常なら少々、いやかなり不憫すぎる。
「さて、まだ宴も酣ってわけじゃないが……」
パチン! と辰久が景気よく指を鳴らす。すると、周りからぞろぞろと明らかに人間ではない魔力を持った者たちが集まってきた。
「約束通り、おっさんの契約幻獣たちを紹介するよん!」