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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-06
218/228

Section1-3 ファンタズマゴリア

 路地裏に並んだ少女たちに紘也は目を白黒させた。目の前にいる幻獣アイドルグループ『ファンタズマゴリア』が、父親の契約幻獣たちだということに。

「いかにも、わっちらは主の父――秋幡辰久の契約幻獣ぢゃ」

 狐耳と九本の尻尾を生やした少女は妖艶な笑みを浮かべて肯定した。


 白面金毛九尾狐。

 単に『九尾の狐』とも呼ばれる中国に伝わる霊獣だ。全身が金色に輝く毛で覆われ、その名が示す通り九本の尻尾を持っている。尻尾は霊力の源であり、長い年月を経て一本ずつ増え、それだけ強大になっていくとされている。

 龍や鳳凰と並ぶ瑞獣であるが、中国では妲己(だっき)、インドでは華陽夫人(かようふじん)、そして日本では玉藻前(たまものまえ)といったように傾国の美女に〝変化〟しては諸国を荒らし回っていた妖怪でもある。目の前の彼女も『玉藻前』を名乗っていた。


「こいつがおっさんの息子だァ? まあ、確かに魔力はすげーあるみたいだけど……」

 白髪で触手を使う少女が怪訝そうに紘也を睨む。


 クラーケン。

 船乗りたちの間で古くから語り継がれている海の魔物だ。その名は古代ノルウェー語で『北極(クラーク)』を意味するが、北極地域に限らずアフリカのアンゴラ沖など世界中の様々な場所で目撃報告されている。

 特筆すべきは大船を簡単に海中へ引きずり込む〝怪力〟と、『身体の全体は決して現さず、人間の目ではその全貌を決して見ることはできない』と言わしめるほどの〝巨大〟さだ。が、十代前半ごろと思われる少女からはその片鱗も感じられない。山田と同じ臭いがする。


「はわわわ、辰久さんの息子さん!? と、ということはあなたが噂に聞いてた紘也さんですね」

 どんな噂が流れているのか非常に気になるが、アネモネの花飾りをつけた若草色の髪をした少女がペコペコと頭を下げた。


 アルラウネ。

 魔術や錬金術の材料にも使われるマンドラゴラの亜種。人のように動き回り、地面から引き抜くとこの世のものとは思えない悲鳴を上げ、聞いた生物を発狂させて死に至らしめるとされる。さらに根には〝幻聴〟〝幻覚〟を伴う致死性の神経毒もあるため、取り扱いは要注意だ。

 幻獣としての格は、言ってはなんだが非常に弱い。

 どのくらい弱いかというと――


「食材確保ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「キャアアアアアアア()()()()()()()()()()!?」


 うちの馬鹿(ウロボロス)が食べ物としてしか認識してないくらいだ。

「クラーケンはイカ焼きにしましょう。狐肉は臭くてあまり好きじゃあないですが、都合良くハーブ(アルラウネ)があるのでモーマンタイですね。にゅふふ、カモがネギと鍋を背負って来るとはこのことです♪」

「なにすんだ放せテメェ!?」

「カカカ、わっちを喰おうとは噂に違わぬ〝貪欲〟ぢゃのう」

 アルラウネだけじゃない。クラーケンや九尾の狐まで食材にしようとするウロボロスに、当たり前だが紘也はドン引きだった。

 アレでよくヒロインを自称できるものだと逆に感心する。

「紘也くん紘也くん! 今日はこのウロボロスさんが腕によりをかけてご馳走を振舞ってあげぎゃああああああああ目に指がッ!?」

 このままでは本当に食材にされかねないので、紘也はウロが振り返った瞬間を狙ってサミングを発動させた。控えようと思っているのに、そうさせてくれないウロが悪いのだ。

「とりあえず、お前たちが親父の契約幻獣ってことはわかった。でも、なんでアイドルなんかやってるんだ?」

 疑問に思ったことを投げかけると、アルラウネはどこかバツが悪そうに胸の前で両手の人差し指を重ねた。

「えっと、副業のようなものです。連盟に加入している組織でも金策はそれぞれで行わないといけないのです」

 なんとも世知辛い理由だった。

「アタシはアイドル(こんなこと)やりたかねぇんだけどなァ」

「あとは単純に趣味ぢゃな。辰久たちの」

 気だるそうに頭の後ろに腕を回すクラーケン。彼女とは真反対に別段悪い気はしていない様子で笑う玉藻前。

 紘也はそんなまだ幼い姿をした彼女たちを見回し――

「そうか、なるほど」

 全てを、悟った。

 おもむろに携帯を取り出す。


 Trrrrrn! Trrrrrn! Trrrrrn!


『はいもしもしこちらおっさんだぁよ! どったの紘也少年? もう連盟に着い――』

「この変態オヤジがッ!!」


 ――プツ。

「よし」

 言いたいことを一言に集約して父親にぶつけた紘也は、実に清々しい顔をしていた。とはいえ、ウェルシュといいヴィーヴルといいケツァルコアトルといい、既婚者のくせに美女美少女ばかりを契約幻獣にしている父親に向ける言葉としては控え目な方だろう。ちなみに、自分のことは棚の上に全力投球している紘也だった。そもそも成り行きが違う。

「あわわわわわ、大魔術師の辰久さんにそんな暴言を……」

「いや、あのくらい割といろんな人が言ってんだろ。いいぞもっと言ってやれ!」

「カッカッカ! 愉快ぢゃの紘坊!」

 自分たちの主を悪く言われて三者三葉の反応をする幻獣たち。父親が組織内でどういう扱いを受けているのか、ちょっと垣間見えた気がした。

 と、サミングで転げ回っていたウロが復活して戻ってきた。

「ううぅ……目潰しに魔力干渉も重ね掛けするなんて酷いですよ紘也くん。〝再生〟したのにまだしょぼしょぼします」

「お前はもうちょっと自制心を持て」

 相手が敵なら止めはしなかった。だが、そうじゃないならあの暴走を看過してはいけない気がしたのだ。ウロとて紘也の父親と戦争したいわけではないはずである。

「そうぢゃ、紘坊。主はどうしてアララを追っておったのぢゃ?」

「アルラです!」

 今度は玉藻前が紘也に疑問を投げかけてきた。そこでようやく紘也は迷子捜しをしていたことを思い出す。

「あー、実はかくかくしかじかで」

「なるほどのう、捜しておったバンシーのローブがアララと似てたんぢゃな」

「なんで今のでわかるのですか!?」

「アララ、つっこんだら負けだぞ」

「アルラですって!?」

 一人流れについて行けず騒がしいアルラウネはスルーし、玉藻前が懐から一枚の木の葉を取り出した。

「どれ、そういうことならわっちが迷子の居場所を占ってやろう」

 ポン! とマヌケな音を立てたかと思うと、木の葉が円盤と方盤を重ね合わせたような道具に〝変化〟する。盤上には達筆な文字が模様のように均等に書かれていた。陰陽術の占いで用いる〈六壬神課〉と呼ばれる天地盤だ。

「あんた、占術が使えるんですね」

「うむ。昔、共に過ごしておった陰陽師に習ったのぢゃ」

 感心して盤を覗き込むウロ。玉藻前は集中した様子で盤の文字を指でなぞっていく。占う対象の状態を識るための『計算』を行っているのだ。

 そして――

「ふむ、喜べ紘坊よ。どうやらもう捜す必要はなさそうぢゃぞ」

「え? それってどういう」


 Trrrrrn! Trrrrrn! Trrrrrn!


 紘也が聞き返そうとした時、先程ポケットに仕舞ったはずの携帯が着信音を鳴らした。父親がかけ直して来たのかと思ったが、画面を見ると柚音からだった。

「どうした、柚音?」

『お兄、キャシー以外は駅の中で見つかったわよ。今どこにいるの?』

「……まじか」

 占いの結果通りだ。紘也は思わず玉藻前に視線を向ける。玉藻前はニコリと微笑んで狐耳をピコピコさせた。

「お兄?」

「ああ、悪い。ちょっと駅の外に出ちまったんだ。すぐに戻る」

 そう告げて紘也は通話を切った。内容を察したウロがやれやれと肩を竦める。

「結局駅にいたんですか。団体行動取れない連中には困らされますね」

「お前に言われたらお終いだろうな」

「ホワッツ!?」

 とはいえウロが勝手に紘也の傍から離れることはそうそうない。その点は少なくとも山田よりは信頼している紘也である。

「あのあの、見つかってよかったですね」

 アルラウネが自分のことのように安心した笑顔でそう言ってきた。幻獣にしては稀に見るまともな良い子である。

「そういや、そっちこそなんでアイドルなのにそんな見窄らしい格好で逃げてたんだ?」

 訊くと、アルラウネの笑顔が引き攣った。彼女はフードを被り直すと、疲れたように俯いて深く息を吐く。

「実は、このローブには存在感を希薄にする魔術が付与されているのですが……」

 そうなのか、と紘也は眉を顰める。なにか術式的なものは感じていたが、そういう効果だとは思わなかった。紘也が元々魔術師だったこともり、ある程度の耐性がついてしまっているのだろう。

「アララがのう、熱狂的なファンに追われておったのぢゃよ」

「ファンっつうよりストーカーだろありゃ。変態だ変態」

「……うー、アルラですぅ」

 アイドルが街中でファンに見つかって押しかけられた、ということらしい。有名になるのもいろいろ大変そうだ。

「その変態ストーカーっていうのは、あんな感じの人ですかね?」

 ウロが何気なく路地裏の入り口の方を指差した。そこにはアルラウネたちの顔がプリントされたTシャツを着て大量の紙袋を抱えた()()()が――こっちを見ている。

「あ、はい。そうですそうです。あんな感じにわたしたちのグッズで身を固めた……」

 さーっとアルラウネの顔が青く染まった。表情がコロコロ変わってちょっと面白いと思う紘也である。


「アララたんいたぞ!!」「クララたんとタマちゃんも一緒だ!!」「待て待て、あの金髪美少女は誰でござるか!?」「まさか新メンバー!!」「ハイ俺もうファンになりましたぁーッ!!」「一緒にいる男は!?」「あの野郎抜け駆けか!?」「どこの馬の骨だ!?」「ぶっ殺す!!」「ブッコロス!!」「BUKKOROSU!!」


 なんか紘也を視界に入れた途端、男たちは激昂して躍りかかってきた。

「ひゃあ!? 見つかっちゃってます!?」

「変態ストーカー一人じゃないのかよ!?」

 紘也たちは慌てて回れ右。路地裏の反対側に全力でダッシュする。そして大通りに抜けたところで紘也とウロはバディントン駅の方向に足を踏み出し――バッ! アルラウネたちに向かって片手を挙げた。

「じゃあ、俺たちは駅に戻るから!」

「流石に相手してられませんからね!」

「み、見捨てるんですか助けてくださいぃ!?」

 アルラウネが縋りつこうとしてくるが、紘也はひょいっとかわした。ビターン! と転倒するアルラウネは可哀想だが、ハグとも取られかねないシーンをファンに見られたら冗談抜きで殺される。

 心の中で謝りつつ、紘也はウロと共に駅へと走った。

「カカカ、ファンとの鬼ごっこも面白いものぢゃぞ♪」

「楽しんでる場合かテメェ!?」

 玉藻前とクラーケンは転んだアルラウネを抱え、わざと駅とは反対方向に逃げてくれた。振り返ると、雪崩れるようにファンたちが三人の後を追いかけていくのが見える。


「ひぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!?」


 アルラウネの()()の悲鳴だけが、真昼間のバディントン地区に響き渡るのだった。


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