Section-6-10 消滅する大樹
紘也の魔力干渉で朽ちかけていた大樹が徐々に生気を取り戻していく。萎れていた枝葉が瑞々しく回復し、萎んでいた幹が肥大化を再開する。
ドルイドの秘術だ。
あれだけ紘也が魔力を搔き乱してやったというのに、それが嘘のように整っていく。また同じことをやれと言われたら、たぶん難しいと思う。
「もう柚音たちは取り戻した! 逃げるぞ!」
紘也たちの目的は達せられている。ならばこんな地獄にいつまでも留まる理由はない。紘也は柚音を抱えたまま踵を返して走ろうとしたが――
「ウロ!? なにやってんだ置いてくぞ!?」
ついてきたのはウェルシュとヤマタノオロチだけで、ウロは復活していく大樹を見上げたまま微動だにしなかった。
「紘也くん紘也くん、こいつは放っておいちゃダメな奴ですよ」
ウロは振り向かずにそう告げる。
「今ここで駆除しておかないと、元の世界にまで根を張ってくるタイプです。下手すると幻獣界にも来ますね。そうなるともう取り返しがつかなくなります」
「僕もウロボロス君の意見に賛同するよ」
そう言ったのは、やはり逃げようとしていなかった葛木修吾だった。雪女の六華を従えた彼は大樹に刀の切っ先を突きつける。
「この暴走を放置すると両世界が滅びる。僕は連盟の魔術師として、その結果を断ち切らねばならない」
「だとしても、どうするんだ? ちょっと枯れたと言ってもこんなクソでかい樹だぞ?」
ウェルシュや修吾が燃やしても、ヤマタノオロチや雪女が凍結させても、恐らく根絶まではできない。相手は植物だ。たとえドルイドを倒したとしても、少しでも根っこが残っていたら再生してしまう。
と、ウロがなにやら検寸するように顎に手をやって大樹の幹を見詰め――
「引っこ抜きましょう」
「は?」
とんでもない発言を聞いた気がした。
屋久島の杉の木とか、シャーマン将軍の木とか、そんなレベルではない大きさの木を引っこ抜く?
「紘也くんのおかげでなんとかそれができるサイズまで縮んでますし、根っこごと引き抜くには今しかチャンスはないんです!」
なんとかできるらしい。
「さ、させんぞ! これ以上儂のヤドリギにひぎゃっ!?」
ドルイドが大樹を庇って立ちはだかったその時、小さな火の玉が飛んで彼の顔面に直撃した。ウェルシュがやったのかと思ったが、違う。
「いい加減にしなさいよ! あなたはここを守りたいんじゃないの? 自分で壊してどうするのよ!」
「柚音、気がついたのか」
「よかったにゃご主人! みゃあは信じてたにゃ!」
紘也に抱えられていた柚音が杖もなしに魔術を放ったのだ。一人で歩けそうだったので地面に下ろすと、妹はケットシーに支えられながらざっと周囲を見渡した。
瓦礫の陰でまだ無事だったグレムリンたちが震えていた。
「見て、あなたが集めたトゥアハ・デ・ダナンの住民たちも怯えてるわ! 犠牲になった子もたくさんいるんでしょ? お兄たちだってもうここに手を出すつもりなんてないのに、これ以上あなたは一体なにがしたいの!?」
「それは……」
上体を起こし、煤だらけの顔をしかめて言葉を詰まらせるドルイド。柚音の一喝でようやく周囲の状況に気がついた様子だ。
すると――
「あの、修吾さん、下ろしてください」
「大丈夫かい、アリサ君?」
「はい、なんとか」
金髪少女――アリサというらしい――も目が覚めたらしく、ふらつきながらも自ら歩いてドルイドへと近づいていく。危険だと紘也は思ったが、ドルイドの戦意は柚音のおかげで消沈しかけている。様子を見よう。
アリサは膝を折って身を屈めると、ドルイドと視線の高さを合わせて言葉を紡ぐ。
「モルフェッサさん、あなたちはわたしたち人間に対して酷いことをしました。でもそれは、きっと人間が豚さんや牛さんにしてることと変わらない。だから、わたしは咎めません。そうしないとモルフェッサさんたちが生きられなかったんですよね?」
「……」
アリサの言葉にドルイドは苦い顔をしたが、返答はせず大人しく言葉の続きに耳を傾ける。
「これ以上、誰かが傷つくのは見たくありません。わたしはトゥアハ・デ・ダナンで暮らしているみんなを助けたい。人間だけじゃなく幻獣さんたちもです。みんな生きているんです。わたしの魔力が欲しいなら、あげます。だから、もう、やめてください。きっと、わたしのお母さんも同じことを言うと思います」
そう言って、アリサは懐から罅だらけのペンダントを取り出してぎゅっと握り締めた。それを見たドルイドの両目が驚愕に見開かれる。
「!? そのペンダントは……」
瞬間、ドルイドとアリサを囲むように地面から蔦が突き出してきた。回復した大樹がさらなる魔力を求めているようだ。
「アリサちゃん!?」
柚音が叫ぶ。
ウロや修吾が助けようと動くが、間に合わない。
斬! と。
アリサたちを囲んでいた蔦が漆黒の斬撃で刈り取られた。
「……我ら騎士は」
「……貴女に従おう」
金髪と銀髪の首を脇に抱えた騎士――二体のデュラハンが二人を守るように大鎌を構えていた。ウロによって倒されたと思っていたが、まだ消滅していなかったようだ。
――デュラハンが、あの子を助けた……?
みんなを助けたいと願ったアリサの言葉に感化されたのだろうか。一応アンデッドなのに、意外と情に厚いところもあるようだ。
それも驚きだが、蔦が出てきたってことはもはや一刻の猶予もない。
「ウロ! もう好きなようにやれ!」
「あいあいさー! ウロボロスさんの最大マックスフルパワーをドガジュゴブハーン! って見せてあげましょう!」
調子よくそう叫んだウロが手首にかぷっと噛みつくと、マッハで大樹の根本へと移動した。触れると魔力を吸われるが、〝無限〟のウロボロスはそんなことでは動じない。
「どぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
両腕で大樹に抱き着くようにし、足を蟹股に開き、とてもヒロイン(自称)が発していいものではない気合いの雄叫びを上げ――
「せぇええええええええええええええええい!!」
ボゴォオオオン! と巨大なビルほどの厚さがある大樹が浮き上がり、上空へと思いっ切りぶん投げられた。
「ダメ押し!!」
さらに特大の魔力光線が大樹を呑み込み、その根っこからジュッと蒸発させるのだった。
∞
トゥアハ・デ・ダナン――玉座の間の上階。
「ふん、アリサは無事のようだな」
「我が主も、よかったです」
修吾が穿ったらしい大穴から下の様子を確認したグリフォンとケツァルコアトルは、ウロボロスの魔力ビームをヒラリと難なくかわしてそう呟いていた。
撃ち終わった光線の中から、かろうじて焼け残っていた根が一本現れる。それはまるで動物のようにうねうねと動き、近くにいたグリフォンを捕捉。餌を見つけたとばかりに根を伸ばしていく。
「見苦しいぞ。雑草の分際で、そのようになってまで王たるこの俺を喰らおうとするか」
グリフォンは伸びてきた根を風で切断する。
「身の程を知れ」
それでもまだ蠢く根を、二度と再生できないほど瞬時に細かく切り刻み吹き飛ばした。塵となったヤドリギはトゥアハ・デ・ダナンの空気に溶けて消える。
「これでもう復活はないでしょう」
ケツァルコアトルが大穴の淵に立つ。そこから直接下へ降りるつもりのようだ。
「あなた様は行かないのでございますか?」
「俺は貴様らと仲良しごっこをするつもりはない。勝手に帰らせてもらう。だが――」
踵を返して猛禽類の翼を広げたグリフォンだったが、最後に大穴の下を一瞥した。
「奴らに借りができてしまったことだけが、気にくわんな」