Section-6-9 怒涛の救出劇
蔦で埋め尽くされた通路をウェルシュの炎で焼き払い、紘也たちは再び玉座の間へと戻ってきた。
二人の少女が大樹の幹に縛られるようにして捕らわれているのを見つける。小学生くらいと思われる金髪少女は知らない顔だが、もう一人は間違いなく紘也の妹――秋幡柚音だった。
「柚音!?」
「ご主人!?」
紘也は気絶した山田を担いだままケットシーと共に飛び出した。襲い来る蔦はウロとウェルシュが払い除ける。
「う……」
「あ……」
捕らわれた二人が苦悶の表情を浮かべた。瞬間、彼女たちから大量の魔力が大樹へと流れ込む。蔦の本数が爆増し、幹もさらに巨大化していく。
増えに増えた蔦の圧力で紘也たちは足を止めざるを得なかった。
「紘也くん紘也くん! この成長速度はやべーですよ! 早く柚音ちゃんたちを助けないと!」
「……魔力を吸い尽くされたら命に関わります」
「わかってる!」
焦ったところでどうしようもない。ウロとウェルシュが蔦を食い止めている間に解決策を考える必要がある。
「くくく、わざわざ養分となりに戻ってくるとは愚かじゃな! もっとも、あのまま逃げたところで結果は同じじゃったろうが!」
大樹からしゃがれた老人の声が響いた。ヤドリギの宿主となったドルイドだ。まだ意識があったとは驚きである。
「おい! 聞こえているならもうこんなことはやめろ! お前まで消滅するぞ!」
「もはや儂にも止められん! トゥアハ・デ・ダナンはこの大樹を起点とし、新たに生まれ変わるのじゃ! 儂はその礎となろう!」
ドルイドはせっかく築き上げた『国』を自らの手で一度滅ぼそうとしている。意識はあっても、正気とは思えない。
「フハハ! 魔力が! 魔力が漲ってくるわい! やはりこの娘たちは別格じゃったのう!」
狂ったように叫ぶドルイド。柚音はわかるが、もう一人の金髪少女もかなりの魔力を持っているらしい。魔術師ではなさそうだが、一般人だろうか?
落ち着こう。彼女の素性を考えている場合ではない。
今のドルイドの言葉で紘也に一計が浮かんだ。
「魔力……だとしたら、俺にできるか?」
「にゃにか思いついたのかにゃ人間!?」
鍵になるのは紘也の『魔力干渉』だ。しかし、これほど巨大で膨大な魔力を一度に制御したことはない。失敗する確率の方が恐らく高いだろう。
だが。
それでも。
「やるしかないんだよな」
できるできないの論争をしている場合ではないのだ。冷静に考えれば他に手はあるかもしれないが、そんな時間的余裕もない。
腹を括る。
「ウロ! ウェルシュ! 一瞬でいい! 道を切り開け!」
「がってん!」
「……了解しました!」
二人が頷くのを認め、紘也は背負っていた山田を引き剥がす。
「起きろ山田! お前もせっかくいるんだからちょっとは役に立て!」
《ほげ?》
山田に魔力を流し、前方へとぶん投げた。
《なにをする人間の雄ぅううううううううううううう!?》
空中で叫びながらも山田は急成長し、童女から見た目十八歳ほどの美女へと変化した。木と水は相性が悪いものの、ヤマタノオロチ本来の力を取り戻せば隙くらいは作れるはずだ。
「ウロボロスビィイイイイイイイイイム!!」
「――〈拒絶の炎翼〉」
《ええい! よくわからんがやってやる! ――吾の〝霊威〟は水気を凍てつかせる!》
ウロが魔力光線で蔦を薙ぎ払い、ウェルシュが炎の翼で焼き尽くし、ヤマタノオロチが凍結させ動きを止める。
大樹までの直線が開けた。
「今です紘也くん!」
「よし、ケットシー! 俺を根本まで転移させろ!」
「わかったにゃ!」
走っていたのでは間に合わない。紘也はケットシーの肩に手を置く。転移魔術を発動させるケットシーは猫耳と尻尾を出現させて紘也の猫アレルギーをこれでもかと刺激するが、そこはぐっと我慢。
大樹の真下へと到達した紘也は、その幹に両手で触れた。その瞬間、魔力を吸い取られそうになるが――
「今、助けるぞ」
紘也は敢えて大樹に魔力を吸わせた。自分から流し込む必要がない分、その方が楽だからだ。吸われたところで紘也の魔力。見失わない限り制御は可能だ。
「なにをする気だ貴様!?」
違和感を覚えたらしいドルイドが新たに蔦を生やして紘也に襲いかかる。
「紘也くん!?」
「ぎにゃあ!? みゃあまで巻き添えにゃ!?」
ウロたちは間に合わない。ケットシーは役に立たない。魔力干渉に集中する紘也が蔦を避けることも叶わない。
たとえ体を貫かれようと干渉をやめるものか、と紘也が覚悟を決めたその時だった。
ズドン、と。
突如天井が砕けて大穴が穿たれ、そこから振ってきた巨大な氷柱が紘也を襲おうとしていた蔦を貫き潰した。
透き通った美しい氷の柱。ヤマタノオロチがやったのかと思ったが、違う。
「思っていた以上に大変なことになっているね、紘也君。僕らも手を貸すよ」
「……修吾が来たからもう大丈夫よ」
爽やかな笑顔を浮かべて颯爽と紘也の傍へ飛び降りてきた青年と、白銀の少女。紘也の父親の部下になっているらしい葛木修吾と、その契約幻獣である雪女の六華である。
「修吾さん! 助かった!」
彼らが護衛してくれるなら、紘也はなんの心配もなく魔力干渉に集中できる。
「おのれ、儂の魔力が搔き乱される……やめろ人間!? 貴様儂のヤドリギを枯らす気か!?」
大樹が怒り狂うように枝を揺らす。舞い散った葉が刃となって降り注ぎ、さらに幾本もの蔦が再び紘也を引き剥がそうと押し寄せる。
が、その全てが不自然に紘也を避けた。
「悪いね。彼に危害を成す因果は全て断ち切らせてもらうよ」
なにをやったのかはわからなかったが、刀を抜いた修吾が守ってくれたことだけは理解できた紘也である。
「おのれ、おのれぇえッ!? ならば先に貴様らからじゃ!?」
大量の蔦が怒涛となって修吾へと押し寄せる。彼は六華が前に出ようとするのを止め、片手で空中に印を結ぶ。
刀身に梵字が浮かび淡く輝く。
「葛木家流陰陽剣術――」
灼炎を宿し極大化した刃を、修吾は身を回転させながら豪快に薙ぎ払った。
「――焔廻・燼滅!」
轟!! と。
蔦の津波は炎の刃で一掃された。炎は大樹本体にも届き、炎上はさせないまでも深い傷を負わせる。
「終わりだ! 柚音たちは返してもらうぞ!」
時間はかかったが、紘也の魔力が大樹のほぼ全域に行き渡った。あとはそれを引っ掻き回し、成長を阻害し、大樹自体の魔力を逆に紘也が抜き取っていく。
かなり難易度の高い制御である。脳が焼き切れそうな痛みに堪えながら、紘也はひたすらに干渉を続ける。
続ける。続ける。続ける。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
ドルイドの断末魔が響く。
大樹がみるみる生気を失い、枝葉から枯れ果てていく。
フッ、と柚音と金髪少女を捕えていた蔦も力を失った。
「柚音!」
落ちてくる妹を紘也はなんとか受け止める。金髪少女も修吾が助けたようだ。
「やりました紘也くん!」
「……流石マスターです」
《ふん。吾が手伝ったのだ。当然の結果だろう》
ウロたちが喜びを声にしながら駆け寄ってくる。柚音の安否を確認すると、気を失っているが魔力はまだ残っているようだ。流石は秋幡家の子供である。
「まだ、じゃ……」
今にも枯れそうな声に振り向くと、そこにはすっかり瘦せこけた老人がフラリと立ち上がったところだった。ヤドリギとの融合が解かれたドルイドだろう。
「まだ、まだ大樹は死んでおらん!」
ドルイドはそう叫ぶと、最後の力を振り絞るようにして杖を大樹へと翳した。