Section-6-8 急転回
大樹――〈巨神樹〉のヤドリギとやらがちょっとシャレにならないくらい巨大化していく。
この馬鹿げた大きさだろうとあくまで『ヤドリギ』だ。本来宿主となる〈巨神樹〉本体の大きさは想像もしたくない。
紘也たちは広がり続ける蔦から逃れるため狭い通路を上へ上へと疾走していた。
「ヤドリギなら宿主を伐採すればいいと思うんですけど!」
横の壁から突き抜けてきた蔦を黄金の大剣で切り捨てながらウロが言う。
「あのドルイドが宿主になったみたいなこと言ってたが、奴の体だけを養分にこんなに育つわけがないよな」
無論、紘也や他の幻獣たちから奪った魔力のせいもあるだろうが、それでもまだ成長し続けているのはおかしい。
「まさか、トゥアハ・デ・ダナンそのものに寄生したんじゃ……?」
だとすれば、どこに逃げようと腹の中にいるようなものだ。
今度は背後から蔦が出現する。
《ええい! 鬱陶しい蔦よ! こうなったら吾の水で根腐れさせてやるわ!》
「おい馬鹿やめろ山田!?」
立ち止まってチョロチョロと手から水を出す山田は――
《ほぎゃ!?》
ぺちっと蔦に軽くビンタされて壁に思いっ切り叩きつけられるのだった。
《きゅう……》
「言わんこっちゃない!?」
紘也は慌てて山田を回収して担いだまま走る。死んではいないが気を失ったらしい。一体なにをしに来たのだろうかこの幼女は?
「……全部燃やしますか、マスター?」
前方から生えてきた蔦を〈拒絶の炎〉で焼き払うウェルシュ。それが可能ならそうしてもいいが――
「まだ柚音がどこに囚われているのかわからない。下手なことはできないぞ」
紘也だって地下空間で大火事になどなった日には秒で死ねる。
「おいコラ駄猫! あんた本当に柚音ちゃんの居場所わかんねえんですか!?」
「だからみゃあはご主人と一回も会わせてもらってにゃいにゃ! ご主人がどこにいるかも聞かされてにゃかったにゃ!」
「なら契約のリンクはどうなってる?」
ケットシーはケツァルコアトルとは違い、柚音と正式に幻獣契約している。ならば正確な居場所はわからなくても、方向くらいは感じ取れるはずだ。
「……あっ」
ハッとするケットシー。
「今思い出しましたねあんた?」
「そそそそんにゃことにゃいにゃよん!? えっと、ご主人との契約のリンク契約のリンク……んにゃ!?」
走りながら額に指をあてて集中するケットシーは、なにかをよくないものを感じたように驚愕した。
「どうした?」
紘也が訊ねると、ケットシーはみるみる蒼褪め、そして今にも泣きそうな顔で告げる。
「ご主人が、にゃんかすごい勢いで真っ直ぐ下に向かっているにゃ!?」
下――つまり、ドルイドと一体化したヤドリギ本体がいる玉座の間だろう。そこへ真っ直ぐ向かっているとなると、蔦に掴まったと思うことが自然だ。
このまま上に逃げては助けられない。
「くそっ、結局戻らないといけないのかよ!」
紘也たちはその場で反転し、襲いかかる蔦を排除しながら玉座の間へと急いだ。
∞
蠢く蔦で溢れていた通路が一瞬で凍結した。
ガラスのように砕け散った蔦を踏みつけて奥へと進む影が二つ。
「いやぁ、参ったね。まさかこんな事態になるなんて想定してなかったよ」
「……それにしては余裕そうね、修吾」
葛木修吾と雪女の六華である。グリフォンに〈ヌアザの剣〉を渡して援護した彼らは、その足でトゥアハ・デ・ダナンの地下深くへと向かっていたのだ。
最も脅威になると思われていた敵――クロウ・クルワッハはグリフォンたちによってもはや虫の息だった。あとは〈ヌアザの剣〉を上手く使えば奴を消滅させることは簡単だろう。探していた秋幡柚音とアリサ・ポッツもあの場にいた。
「この蔦自体は大したことないよ。捕まると魔力を吸われるみたいだけれど、対応できない数と速度じゃないからね」
「……この蔦はなんなのかしら?」
ほぼ目的は達成されているのに、それでも修吾たちが奥へ進んでいるのは、ひとえに連盟の魔術師としてこのトゥアハ・デ・ダナンそのものを調査するためである。
もう障害となるものはいないと考えていたところに現れたのが、この蔦だ。脅威はクロウ・クルワッハだけではなかったらしい。考えが少し甘かったと修吾は反省する。
「そういえば、〈ヌアザの剣〉を貸してくれたドルイドから聞いたのだけれど、かつて彼らはトゥアハ・デ・ダナンへ避難する際、『林檎の楽園』から一本のヤドリギを持ち込んだそうだ」
アマン・アヴラッハとは、アイルランド神話に登場する楽園であり、魔法の銀の林檎が実る木が生えているとされる場所だ。
「トゥアハ・デ・ダナンに生えていた名もない巨大樹にヤドリギを寄生させ、その実りで当分の飢えを凌いだらしい。神話には語られていない内容で興味深かったよ」
「……この蔦はそのヤドリギってことかしら?」
「恐らくね。きっと誰かが改良して防衛システムに……いや、こんなことができるのはドルイドくらいだろう。行方不明のもう一人が関わっていそうだ」
ドルイドとヤドリギには密接な関わりがある。彼らにとっては神聖視するはずのものだが、これほど攻撃的に改造するということはなにかの脅威に対する防衛手段だ。
そのなにかとは外界からの敵、そしていつか裏切ると予想できる『神殺しの暗黒竜』クロウ・クルワッハだ。
蔦が四方八方から壁を突き破って襲いかかってくる。修吾は炎の宝剣〈虚ノ太刀・鴉燬眼〉で斬り燃やし、六華は冷気で蔦が触れる前に凍結させた。
「うん、この様子だときっと暴走しているね。ここで止めないと、僕らの世界にまで根を伸ばしそうだ」
「……それは困るわね。急ぎましょう」
修吾と六華はのんびり歩くことをやめ、一気に最下層へ向けて走り出した。