Section-6-7 光の剣
クロウ・クルワッハにとって、トゥアハ・デ・ダナンの再建は単なる暇潰しだった。
労せず魔力を供給できる隠れ家としては気に入っていたが、命を賭してまで守るほどの価値はない。なんなら最後はクロウ・クルワッハ自身が滅ぼすつもりでもあった。神話の時代に神々を喰らった時のように。
邪悪な暗黒竜が国造りに貢献など冗談に決まっている。だからクロウ・クルワッハが王になるつもりはなかった。来る破滅の日になんの抵抗もなければつまらない。その点、モルフェッサの秘密兵器には期待していた。
グリフォンにケツァルコアトル、その他にも強大な力を持つ幻獣が攻めてきている現状。
戦いは楽しむ方だが、引き際を見誤ってはいけない。ケツァルコアトルに消耗させられ、闇に呑み込んだはずのグリフォンが復活した。
どう考えても、詰みだ。
だが――
「あまりこのオレを舐めるなよォ、鷲獅子ごときが!」
神殺しの暗黒竜としてのプライドが、このままでは終われないと言っている。退くにしても己の優位性を見せつけてからだ。
鷲獅子を仕留めた上での勝ち逃げが理想。敗走は論外。
「とりあえず、死ね!」
その場で腕を振るう。
三日月状の闇が真っ直ぐにグリフォンへと飛んでいく。直撃すればどんなに防御力の高い相手だろうと食い千切る闇の刃は――
「――雑魚が」
風を纏った腕で、あっさりと掻き消されてしまった。
「そこの蛇に随分と苦戦させられたようだな。王たる俺と相対する覇気ではないぞ」
ブワッと凄まじい気迫がグリフォンから放出される。この程度の〝王威〟に平伏すクロウ・クルワッハではないが、ケツァルコアトルとの戦闘で消耗した体は意に反して膝をつきそうになった。
屈辱だ。
これほどまでの屈辱を味わったことは、神話の時代でもあり得ない。
「オレは神だぞ! たかが一介の獣に後れを取るはずがねェだろうが!」
自分を叱咤し奮い立たせ、〝王威〟を跳ね返す。それから胴体を闇化させ、片腕をそこに突っ込んだ。
「オレ自身の〝闇〟を〝重積〟させる! てめェらまとめて深い闇に沈みやがれ!」
クロウ・クルワッハを中心に純黒の〝闇〟が爆発した。それは凄まじい引力を発し、空間にあるあらゆるものを呑み込んでいく。
まるでブラックホールそのものだった。
「クッハハハハハハハハハッ!!」
このまま放置していればトゥアハ・デ・ダナンの全てを喰らい尽くすだろう。いつかはこうする予定だったのだ。それが早まっただけである。
「ダメ、引き寄せられる……」
「ううぅ……」
「クハハ、ほらしッかり人間どもを守ッてやれよォ! オレがそいつらの魔力を喰ッたらもう勢いは止まらなくなるぜ!」
必死に堪えている少女二人がいつまで持つか見物である。今度こそあの人間たちの膨大な魔力を取り込めば、クロウ・クルワッハは完全回復した上で力が有り余るはずだ。
そうなればグリフォンやケツァルコアトルにも対処はできまい。
「私に掴まっていてください、我が主」
「ねえ、ケツァの〝金星〟でどうにかならない?」
「申し訳ございません、今の私では力不足かと」
広がる〝闇〟。秒単位で増していく引力。多少風で切り裂かれようとも無駄である。〝重積〟の特性を使った最終技に、流石の奴らもなすすべはないはずだ。
「グリフォンさん!?」
「慌てるな」
だが、グリフォンは至って冷静だった。
奴はなぜか頭上を見上げ――そこから、くるくるっと。一本の錆びついた西洋剣が降ってきた。
グリフォンが目の前に突き刺さったそれを引き抜く。
「なっ、それは……」
錆びついているが、見覚えのある形だった。
「〈ヌアザの剣〉だと!? おいおいおい、なんでそいつがここにある!?」
クロウ・クルワッハは焦った。あの剣は『光の剣』とも呼ばれる神話時代の魔導具だ。クロウ・クルワッハも戦ったことがあり、当時は圧倒的な〝闇〟の力でその光を呑み込んでやった。
「魔術師が、余計な真似を」
剣の錆が弾け、青白い輝きを放ち始める。
「だが、粋な計らいだ。怨敵を前にして昔の輝きを取り戻したか。今の奴ならば雪辱を果たせよう」
「一度呑み込んだ光だ! また同じことを繰り返してやるよォ!」
クロウ・クルワッハの〝闇〟が津波となってグリフォンに押し寄せる。
「消えろ、鬱陶しい!」
グリフォンが〈ヌアザの剣〉を一閃する。奴の風によって青白い光が爆発的に拡散。広がり続けていた〝闇〟が勢いを失い、掻き消されていく。
クロウ・クルワッハ自身でもある〝闇〟が。
「ば、か、なぁああああああああああああああぐぁああああああああああああああッ!?」
意識が青白く染まっていく。このまま完全に消滅させられるのではとクロウ・クルワッハが恐れ始めたその時――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
床が大きく揺れ、さらにいくつもの蔦ようなものが突き破ってきた。
「きゃあああああああああッ!?」
「なにこれ、蔦!?」
蔦はグリフォンとケツァルコアトルの後ろに控えていた少女二人に絡みつき、地下へと引きずり込もうとする。
「チッ」
「我が主!?」
クロウ・クルワッハに意識を集中させていたグリフォンたちは反応が遅れ、少女二人はどこかへと連れ去られてしまった。