Section-6-4 神の龍と神の竜
トゥアハ・デ・ダナン中層の一画。
「ほう、こりャ面白ェ侵入者が現れたもんだ」
クロウ・クルワッハは目の前に現れた見知らぬ三人にニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
一人は燃えるような真紅の髪に真紅のワンピースを纏った少女。一人は若葉色の長髪に男物コートを羽織った女。最後は八本に分けた黒髪に青い和服の童女。一目見ただけで人間ではないことがわかる。あの童女は力が微かすぎて謎だが、残りの二人は恐らく両者ともにドラゴン族だろう。
「この国になんの用だ、お嬢さんたち?」
道を塞ぐように両手を広げてクロウ・クルワッハは訊ねた。すると三人は顔を見合し、コートの女が前へと進み出た。
「ウェルシュ、ヤマタノオロチを連れて先へ。ここは私が引き受けます」
「……了解です」
どうやらコート女が一人でクロウ・クルワッハを相手するらしい。赤髪少女が背中に竜翼を出現させ、和服童女を抱えて飛び上がる。
「クハッ、どこへ行く? 戦わないなら見物でもしてりャいいじャねェか!」
クロウ・クルワッハを文字通り飛び越えようとする赤髪少女に三日月状の闇を放つ。だが、それは間に割り込んだ金色の光によって遮られてしまった。
「あなたの相手は私がさせていただきます」
純白の羽毛の翼を生やしたコート女がそこに浮遊していた。まるで後光を背負ったような神々しい姿は天使……いや、この気配は間違いなくドラゴンだ。
「アステカの豊穣神――ケツァルコアトルだな?」
「そちらこそ、ケルトの暗黒竜――クロウ・クルワッハでございますね?」
既に見抜かれている。余程の眼力があるのか、それとも事前に知っていたか。どちらだろうと大した問題にはならない。
「いいのかァ一人で? オレァその辺の雑魚とは違ェぞ?」
「存じております」
赤髪少女と和服童女にはまんまと逃げられてしまった。あちらはあちらで楽しそうな名前を聞いたが、流石にそのクラスを三体まとめて相手するほどクロウ・クルワッハは自惚れてはいない。
ケツァルコアトルにクロウ・クルワッハ。互いに『神』を冠するドラゴン。その戦いに水を差されるのも面白くないため、あえて見逃した。
「クハハ、勇敢なことだ。戦う前に要件を聞いておこうか」
「我が主がここにいるはずです。取り戻しに来ました」
「てめェの主だと……?」
神クラスのドラゴン族と契約しているような魔術師に心当たりはない。なんなら魔術師と呼べる存在はあの見習い少女しかいないはずだ。
まさか……だとすれば随分と分不相応だと笑えてくる。
「てめェの主の居場所なら知ッてるぜ」
「本当ですか?」
「ああ、悪ィな。オレが吞み込んじまった」
瞬間、クロウ・クルワッハの眼前数ミリの場所に拳が出現した。闇化して受け流すような余裕はなく、ぶん殴られたクロウ・クルワッハは弾かれたように吹き飛んで土の壁に人型の穴を穿った。
「クハッ、こいつは痛ェ! なんの対策もされずただただぶん殴られたのは久しぶりだァ!」
闇となって舞い戻ったクロウ・クルワッハ。あの一撃で倒せたとは当然思われていなかったようで、ケツァルコアトルは戦闘態勢を解いていない。それどころか周囲にいくつもの巨大な岩塊を浮かべていた。
「我が主はまだ生きています。であれば、あなたを始末して救出するだけでございます」
「やってみろォ! オレァ『神殺し』だぞ!」
一斉に投げ飛ばされる岩塊を闇が包み込む。その天変地異のごとき戦いはトゥアハ・デ・ダナン全域に響き渡った。
∞
トゥアハ・デ・ダナン全域に伝わる振動は、ケツァルコアトルとクロウ・クルワッハの戦いだけが原因ではなかった。
「さあ、目覚めるのじゃ!」
最下層よりさらに深い場所。ドルイド・モルフェッサしかその存在を知らない隠し部屋は、攫った人間から集めた魔力の大半を保存していた。それらは全て、トゥアハ・デ・ダナンを守るための『兵器』――丸いボールのような植物へとチューブで接続されている。
本当は大量の魔力を集めるためにもっと時間がかかるはずだった。だが、先日クロウ・クルワッハが連れてきた娘と、あの魔術師見習いのおかげで一気に時短することが叶ったのだ。
モルフェッサは術式を起動させ、莫大な魔力をその兵器へと流し込んだ。
空間が悲鳴を上げる。
脆い箇所から崩落が始まる。
植物の蔓がモルフェッサの足に絡みつく。
「よいじゃろう。この儂自身が宿主となろう」
モルフェッサは抵抗することなく蔓を受け入れる。あっという間に彼の身体は覆い尽くされてしまった。
「暴れるのじゃ〈巨神樹〉よ! そして全ての侵入者をさらなる力の糧とせい!」