Section6-2 力の差
トゥアハ・デ・ダナン最深部――玉座の間。
膝をつくウロの額に刻まれていた死へのカウントダウン。その数字が一気に『0』へと変わってしまった。
「……紘也くん、あたしはもうダメみたいです」
ぐったりと紘也に凭れかかるウロは、今にも消えてしまいそうな弱々しい声でそう告げた。
「なに言ってんだ!? お前は〝不死〟だろ!?」
「呪いの類は効いちゃうみたい、です。わたしの〝循環〟のせいで……増幅して……〝不死〟すらも……上回って……」
ウロボロスの〝循環〟は強化の効果を最大以上に引き上げる反面、弱化や状態異常まで同じように働いてしまう諸刃の剣だ。元から強力な死の呪いであれば、そういうこともあり得てしまうのかもしれない。
「ハァハァ……だから紘也くん……最後に……」
苦しいのだろうか、ウロの呼吸が荒くなる。顔が熱されたように赤く染まり、瞳はどこか虚ろにトロンとして――
「あたしの子供を産んでください! うへへ、ハァハァ!」
「……」
死にかけに見えたのは、気のせいだ。
「あ、あれ? 紘也くん待ってその二本立てた指をどうするつもりですかこんな死にかけのヒロインの顔に近づけてダメですダメですそこに指は入りまぎゃあああああああああっ!?」
紘也のサミングショットは正確無比にウロの眼球を貫くのだった。最近脅しには使うが実行までは控えるようにしていたが、やる時はやる紘也である。
「これだからお前は信用できない」
「ずびまぜんでじだ。もうじまぜん……」
号泣するウロの額の数字が、フッと綺麗さっぱり消え去った。当たり前だが、ウロは死んでなんかいない。〝不死〟のチート性は絶対のようだ。
「悪いな。茶番を見せた。続きをしようか」
紘也はデュラハンたちに振り返る。金髪と銀髪の首を抱えた二体のデュラハンから感情は読み取れないが、紘也の容赦なさとウロボロスの悶絶を見ていた周囲の弱い幻獣たちはもう震え上がっていた。
「こ、降参した方が身のためですよ。紘也くんの愛はあたしだから堪えられてるんです」
「愛? 反省は」
「してます! そりゃもうゴゴヒャウズビョンってくらい反省してますとも!」
慌てて片手を突き出して前屈みになるウロ。そんな猿みたいな反省のポーズをされてもどうせすぐに忘れて調子に乗ることが目に見えている。期待はしない。
デュラハンが大鎌を構え、首なし馬を数歩前に移動させる。
「……ここは」
「……死守する」
金髪と銀髪の口から淡々と告げられる戦意に、ウロはニヤリと口角を吊り上げた。
「ほう、やるってんですか? ダメージを与えた幻獣を三ターン後に消滅させるという微妙で使いづらい効果のくせに生意気ですね」
「だからカードに例えるな!」
最近やらないから油断していたが、思い出したようにその謎説明を持ってくるから反応に困る。
紘也が後ろに下がったことを確認したウロは、異空間から半透明の黄金色をした大剣を引き抜いた。
「あんたらごとき、あたしの〈ウロボロカリバー〉のサビにもなりませんよ!」
「……いざ」
「……参る」
二体のデュラハンが左右に散る。そのいっそ美しさを感じるほど完璧なシンメトリーの挙動は、一切のラグもなくウロを挟撃し両側から〝死〟の刃を振り下ろした。
とてつもない斬撃は玉座の間の床すら大きく抉り斬る。
だが、鳴り響いたのは肉が切れる音ではなく甲高い金属音だった。
ウロは大剣で防御はせず、皮膚を黄金化した〈竜鱗の鎧〉で刃を受け止めていた。ウロボロスの硬質な鱗はデュラハンの刃ごときでは小さな傷すらつけられない。
「おや? なにかしたんですか? 弱すぎて気づきませんでした」
ガキン! ウロは大鎌を弾くと、身を僅かに屈めて黄金の大剣を横薙ぎに構え――
一気に、大旋回で振り回した。
爆風すら生じる一撃。首下を深く切り裂かれた首なし馬が、血の代わりに闇のような靄を噴き出して吹っ飛び倒れた。
紙一重で馬から飛び降りた二体のデュラハンは、今度は大鎌に黒いオーラを纏ってウロに斬りかかる。恐らく呪いが込められたその刃を受けてはまずいのか、ウロは後ろに飛んで回避。片手に圧縮した魔力弾を生成して射出する。
大振りの隙のせいで避け切れなかった銀髪デュラハンに直撃。光が爆発し、凄まじい衝撃波が鎧を砕きながらその身体を壁へと強かに叩きつけた。
「……ッ」
片割れを伸された金髪デュラハンが僅かに表情を歪める。初めて見せた感情の動きだったが、そんなことはお構いなくウロは彼女との間合いを詰めていた。
「このウロボロスさんに喧嘩を売ったこと、後悔するといいです」
掬い上げるように振り抜かれた大剣が咄嗟に防御態勢を取った金髪デュラハンの大鎌を弾き飛ばす。それでも勢いは防ぎ切れず、金髪デュラハンは鎧も粉々に粉砕されて天井の向こうへと貫通していった。
デュラハンも決して弱い幻獣ではない。だが、流石にドラゴン族の膂力を受け切るような真似はできなかったようだ。
「さ、流石はウロボロスにゃ! みゃあは助けに来てくれるって信じてたにゃ!」
デュラハンがやられたことで、ケットシーが引き攣った笑みを浮かべて手揉みしながらウロへと擦り寄ってきた。
「そんなの当たり前ですよ。でも――」
ウロは聖母のような優しい笑顔を見せてから、一瞬でヒロインがやってはいけない凶悪犯な顔へとシフトする。
「この駄猫はどう料理してやりましょうかね」
「んにゃああああああっ!? やっぱり誤魔化せにゃい!? 柚音助けてくれにゃあああああっ!?」
その後、玉座の間に響き渡る悲鳴は弱い幻獣たちに少なくないトラウマを与えたとか与えなかったとか。