Section5-8 死の宣告
〈戴冠石〉――トゥアハ・デ・ダナンへの入り口。
「おや? 思っていたより早く着いたみたいだね」
周辺に結界を張って一般人が寄りつかないようにしていた修吾は、朝日を背に飛翔する二体の竜影を発見してそう呟いた。
「やあ、待っていたよ」
修吾と六華の前に舞い降りた彼女たちは、ぺこりと控え目に会釈をしてから輝きを放ち続ける〈戴冠石〉を見やった。
「修吾様、その光の先がトゥアハ・デ・ダナンですか?」
「仮契約の状態でもわかります。我が主もこの中でございますね」
ウェルシュ・ドラゴンは赤いアホ毛をピコピコさせ、ケツァルコアトルは鋭く目を細めて確認する。
と、二人の陰からひょこりと青い着物の幼女が顔を出した。奇抜な八束の髪を妖しく揺らしながら幼女――ヤマタノオロチはトコトコと〈戴冠石〉へと駆け寄る。
《やはり。微かだがマナを感じるぞ。おい。陰陽師の雄。この奥はもしや?》
大きく目を見開いて修吾に振り返ったヤマタノオロチに、六華がムッと眉を顰めた。
「……陰陽師の雄? 修吾に向かってなんて呼び方をしているの、ヤマタノオロチ。凍結封印がお望みかしら?」
《黙るがいい雪女。吾は今この雄と話しておる》
修吾は話に聞いていたヤマタノオロチの状況を思い出し、彼女が言わんとしていることを察した。
「詳しいことは調べてみないとわからないけれど、トゥアハ・デ・ダナンは異空間に造られた世界だからね。この世界と幻獣界の狭間にあると考えられる。マナが存在しているのはそのおかげかもしれないよ」
《ククク。フハハハハハ! 来た! ついに来たぞ! トゥアハ・デ・ダナンとやらに行けば。吾は本来の力を取り戻せる。この弱々しい童女の姿からも解放されるのだ!》
幼女とは思えない凶悪な笑みを浮かべるヤマタノオロチ。かつてウロボロスに喰われ、力を失ってしまった彼女が渇望するもの。トゥアハ・デ・ダナンにはそれが存在している。
《吾は行くぞ! 貴様らも好きにするがよい!》
そう言うと、ヤマタノオロチは止める間もなく光の中へと飛び込んでしまった。
「……山田を一人にできません。なにかあったらマスターが死んでしまいます」
「元より私も我が主を救いに行く所存でございます」
ウェルシュとケツァルコアトルもその後を追って光の奥に消える。援軍としてこの上なく心強いが、問題も一つある。
「僕らも行こう。もしグリフォン君と鉢合わせてしまった時、仲裁しないといけないからね」
ケツァルコアトルはともかく、ウェルシュとヤマタノオロチは一度敵対していた相手だ。仲裁役がいないと味方同士で喧嘩が始まってしまうかもしれない。
それにどうせ後で報告することになるのだから、現場にいて経緯を知っておく必要がある。
「どのような形であれ、秋幡主任が到着する前に決着しそうだね」
世界魔術師連盟所属秋幡大魔術師直轄懲罰部隊序列第三位――葛木修吾。
このまま彼ら彼女らに任せて出入り口を守っているだけでは、無責任というものだ。
∞
容赦なく振り抜かれたウロボロスの拳は、突如左右から割って入った二本の大鎌によって受け止められてしまった。
「あ?」
死の象徴たる武器がケットシーを庇った。ウロボロスが視線を動かすと、そこにはどこから現れたのか黒甲冑に包まれた二体の騎士が首のない馬に乗っていた。
騎士も首から上が存在せず、本来そこにあるべき頭部は脇に抱えられている。金髪と銀髪の美しい女性の顔をしたそいつらに見覚えはある。
「出ましたね、デュラハン。あの時はよくもあたしに素敵な化粧をしてくれちゃいましたね。顔洗っても取れないんですけどどうしてくれんですか?」
ウロボロスは一旦バックステップで距離を取ると、前髪をたくし上げてそこに刻まれた『1』の文字を見せる。いつの間にかまたカウントが減っていた。
「……」
「……」
デュラハンは答えない。眉一つ動かすことなく、ウロボロスと対峙し大鎌を構える。その後ろで腰を抜かしていたケットシーはほっと安堵の息を吐いていた。
「その駄猫を庇ったってことは、やっぱりそういうことでいいんですね?」
「だから違うにゃ!? 話を聞けこのクソ蛇が!」
「素が出てますよ」
「いいから聞くにゃウロボロス! ここは人間と契約できにゃい幻獣たちが慎ましく生きている世界にゃ! みゃあはそんにゃ可哀想にゃ幻獣たちを導くように言われて、仕方にゃく王様をやってるだけにゃ!」
仕方なくにしては、バンシーから聞いた話は傍若無人だった。だが、そこ以外は嘘をついているようには思えない。実際、ウロボロスたちが案内されて見てきた『良い部分』だけを抽出したような台詞だ。
「あんた、それ本気で言ってんですか?」
こちらが人間牧場の実態を見ていないと思っているのだったら。この期に及んでそんな言い訳が通用すると思っているのだったら。なんとも滑稽で舐められたものである。
裏切者に天誅を!
「待てウロ、もしかしてケットシーはなにも知らないんじゃないか?」
ウロボロスが掌に魔力を圧縮し始めた時、後ろから紘也の声が待ったをかけた。
「ははーん、騙されてるってことですね。それなら納得です。この駄猫はわかりやすいアホですから」
裏切りの可能性は最悪だが、普段のケットシーを見ている限りそっちの方が濃厚な気がしてきたウロボロスである。大方、口八丁で言い包められてワッショイされたのだろう。結果、調子に乗ってしまったと。
「騙されてるにゃ? そう言えば、一度も柚音に会わせてもらってにゃ――」
「デュラハン先輩助けてくださぁああああああああああい!?」
気づきかけたケットシーの思考を遮るようにバンシーが大声で喚き始めた。デュラハンの意識がウロから紘也たちに向けられる。
「やば、お前ちょっと黙ってろ!?」
「あばばばばばばばばばばばばばばば!?」
紘也は魔力干渉でバンシーを黙らせるが、既に金髪と銀髪のデュラハンは紘也に向かって指を差していた。
あの動きをウロボロスは知っている。
「「……汝に死を」」
死の宣告。
「危ない紘也くん!?」
ウロボロスは咄嗟に跳躍して紘也を突き飛ばし、その身に再び赤い液体を浴びてしまった。デュラハンが使う強烈な〝死〟の呪いは、ウロボロスの〝循環〟によって瞬く間に全身へと回っていく。
「――っ」
「ウロ!?」
堪らず膝をつくウロボロスに紘也が駆け寄ってきた。流石に二度も意識を失うようなことには気合いでならなかったが――ウロボロスの顔を見た紘也の目が驚愕に見開かれる。
「ウロのカウントが、『0』になった……」