Section5-4 人間牧場
三メートル程度の幅しかない遺跡風の通路を進んでいくと、やがて大きく開けた空間が視界いっぱいに広がった。
紘也たちはまるで蟻塚のごとく壁に掘られた横穴の一つから出てきたようだ。
「めちゃくちゃ広い空間だな。地下とは思えないくらいだ」
地下空間のため空が見えるようなことはないが、天井もまた見えない。吹き抜けになった空洞は階層構造にもなっていて、それぞれに石造りの建造物が規則的に並んでいる。そこにはグレムリンを始め多種雑多な幻獣たちが往来しているのが見えた。
まるで一つの街、いや、『国』だ。
「見つかると面倒だな。ウロ、なにか姿を隠せるアイテムとかないか?」
「紘也くんってばやっぱりあたしを便利ロボットかなにかだと思ってません? 姿を隠せるアイテムですね? ないなら作ればいいんです」
ウロがその辺の壁に触れる。そこに錬金術の魔法陣が描かれたかと思えば、壁だった石が抉られて二着の土色のローブとなった。
「いやその理屈はおかしい」
「なにがですか?」
「なんで石から布ができるんだ!? 錬金術にしても自由度高すぎるだろ!?」
「まあまあまあ、あたしクラスの錬金術師になれば真理の扉も観音開きでウェルカムなのでこのくらいチョチョイのチョイですよ。無限の錬金術師と呼んでください」
「バンシー、『牧場』とやらはどこにある?」
「オゥ、スルーですねわかります……」
さめざめと泣くウロは無視して紘也はバンシーに案内を急がせる。
「だ、第一牧場はこっちですぅ」
ローブを纏ってフードで顔を隠し、紘也たちはバンシーの後に続いていく。どうやらこのローブには認識阻害の効果があるらしい。最初から見ていた紘也たちはお互いを認識できるが、すれ違う幻獣たちにはバンシーしか見えていないようだ。
「なんか異世界にでも迷い込んじまったみたいだな……」
地下都市の様子を眺めながら紘也は感嘆の声を漏らした。幻獣たちはただそこにいるだけじゃない。建物の中で休んでいたり、談笑したり、店と思われる場所で物々交換していたりと生活感に溢れている。
ただし、その中に人間はいない。本当に別の世界に来てしまったような感覚だ。
「こ、ここが第一牧場ですぅ」
やがて紘也たちが辿り着いた場所は、最下層から横穴を抜けた別の広い空間だった。
地面が擂鉢状に大きく抉られている。そこでは紘也たちが待ち望んでいた姿――人間を確認することができた。
彼らは擂鉢の中で土を掘ったり運んだりしている。炭鉱作業のように見えるが、服装はスーツだったり私服だったりと攫われた時のままだ。
「アレはなにをさせてるんだ?」
紘也が問うと、少し慣れたのかバンシーはビクつくこともなく口を開いた。
「魔石の採掘ですぅ。トゥアハ・デ・ダナンには僅かながらマナが存在していて、それが長年かけて自然の鉱物と混ざり合ってできたものが掘ると出てくるんですぅ」
「ふむふむ、その魔石に魔力を貯蓄しているわけですね」
まるで査察にきたお偉いさんのように納得して頷くウロ。土の中にルビーやサファイアのような宝石が散見されるが、それが魔石だろう。魔力を保存しておけば幻獣の生命維持だけでなく、魔導具などにも使用できる。なるほど、考えられているようだ。
ただ、ここに柚音はいなさそうだ。見渡す限り男性ばかりが働かされて――
「働け!」
人間たちを監督していたグレムリンの一体が声を荒げた。見ると、看守帽のようなものを被ったグレムリンの前に一人の子供が倒れている。
「ま、待ってくれ! 子供にこれ以上は無茶だ!」
すかさず、近くにいた大人の男性が子供を庇った。だがグレムリンは聞く耳持たず、あるいは言葉が通じていないのか、仲間を呼んで男性と子供を鞭で叩き始めた。
「働け!」
「働け!」
「働け!」
「ひぃ!?」
「うわぁああああん!?」
鞭打つグレムリンから必死に子供を守る男性。
これでは、家畜というより奴隷だ。
「褒められた労働環境じゃなさそうだな?」
「はひぃ!? すみませんすみません!?」
紘也が睨むとバンシーはペコペコと全力で頭を下げた。下手に助けに入って見つかるわけにはいかないが……紘也はグレムリンたちの近くから伸びていたリフトのロープを掴む。
それに魔力を通す。流れた魔力はグレムリンたちの背後からロープを伝って忍び寄り、一気に干渉。
「「「ひぎっ!?」」」
魔力を搔き乱されたグレムリンたちは消滅こそしなかったものの、白目を剥いて呆気なく倒れるのだった。
「な、ななななにをしたんですかぁ!?」
「魔力を遠隔で流して干渉しただけだ」
「紘也くん紘也くん、ついに直接触れなくてもいいってもはやチートだってわかってます?」
「そんなことはないはず……」
たまたま近くに伝動物があったからこそできた技だ。とはいえ、ロープからグレムリンまでの数センチ間はなにもなかったわけだから、そのうち魔力操作だけの指向性で干渉できるようになるかもしれない。
「それより次を案内しろ」
「は、はひぃ!? わかりましたから干渉しないでぇ!?」
第一牧場を離れ、バンシーの案内でまた別の空間へと紘也たちはやってきた。
そこは先程の採掘場とは異なり、大きな建物が一つだけ。ガラスのない窓穴から中を覗くと、老若男女が並んでなにかの手作業に勤しんでいる姿が見えた。
「第二牧場は、魔導具の組み立て作業をさせてますぅ」
バンシーが説明する。人々が部品を組み立て、先程の採掘場で見た魔石も組み込んでいるようだ。よく見ればあの地球儀のような転移魔導具もあった。
つまり第二牧場とは――工場だ。
「この人たちは毎日どのくらい働かされているんですか?」
「朝から晩まで……」
「休みは?」
「……ありません」
「食事は?」
「労働前に、一食だけですぅ」
採掘場同様、ここで働かされている人々も待遇は最悪のようだった。早く助け出さないといつ犠牲者が出るかわからない。しかし、今はまだ潜入中。大暴れはできないためぐっと我慢する紘也だった。
代わりに、気になったことをバンシーに訊ねる。
「組み立ててるのは一般人だろ? 魔導具の知識はどこから手に入れたんだ?」
そういったものに精通した幻獣でもいるのだろうか? と考えた紘也だったが、どうやらその予想は当たりらしい。
「はい、ドルイドの大賢者様が設計されたものですぅ。大賢者様がいたからこそ私たちはこうして消滅せずに暮らしていけてますぅ」
ドルイド。
樫の木の賢者が知恵を貸しているのだとすれば、納得はできる。大賢者と呼ばれているということは、この地下都市でかなり高い地位にいる存在だろう。
「人間の家畜奴隷化もそいつの案なのか?」
「は、はいぃ」
地下都市に入ってから見かけた幻獣たちは、どれも正直雑魚ばかりだった。それこそウロ一人いれば指先だけで殲滅できるレベル。だが、デュラハンのように一筋縄ではいかない強力な幻獣も少なからずいるわけで、新たにドルイドという存在がいることを知れたのは大きい。
「ここにも柚音はいないのか……」
もしかすると抵抗したせいで本当に牢屋にでも閉じ込められているのかもしれない。最悪のケースは、考えないようにする。
「バンシー、次だ!」
それでも、どうしても焦りを生じてしまう紘也。最後の牧場に望みを賭け、バンシーに案内を強制する。
またもや新たな地下空間。そこでは松明とは違う強烈な光が天井から差していた。眩しさに一瞬目を細めるも、取り戻した視界に映った光景を見て紘也は理解する。
「第三牧場は、食料の生産をさせていますぅ」
「農場か」
空間の多くを畑が埋め尽くしていたからだ。少なくない人々が農具を持って畑仕事をしている。天井から降り注ぐ光は疑似太陽の魔導具かなにかだろう。
「あっちの建物は?」
畑ばかりじゃない。その向こうには先程の工場よりは小さいが、それなりの建物が見える。屋根から突き出た煙突から白い煙がもくもくと立ち昇り、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いまで漂ってきた。
「あ、あそこでは食事を作っていますぅ」
「人間たちの食事か?」
「あ、いえ、その……私たちのぉ。人間の食事は、えっと、乾パンとかぁ?」
「おい」
「すみませんすみません私の指示じゃないんですぅ!?」
紘也が睨むとバンシーはすぐに萎縮して謝り倒してきた。なんならウロボロスよりも恐れられている気がしないでもない。きっと気のせいだ。
と、その建物からいくつもの料理をワゴンに乗せて運ぶ人型幻獣が出てきた。遠目に見ても色とりどりの料理だとわかる。
「おや? すごく豪勢な料理が運ばれていきますよ。あんたら、人間には乾パンしか与えないでいつもあんなの食べるんですか?」
「ち、違いますぅ! アレは私たちの王様の食事ですぅ」
「王様? 大賢者って奴か?」
「いえ、違いますぅ。大賢者様は側近で、王様の命令でアレコレやってるみたいなんですぅ」
両手と首を振って全力で否定するバンシー。ここに来てまた新しい存在が浮き彫りになった。『王様』と呼ばれているのなら、間違いなくそいつが黒幕だろう。
第三牧場にも柚音の姿は見えない。
やはり、見習いとはいえ魔術師である柚音は特別な扱いを受けているのだろう。恐らく、悪い意味で。
「ウロ、やることが決まったぞ」
紘也は静かに歩き出す。バンシーの案内は不要だ。次の目的地へ向かう案内役は既に目の前で出発した。
「攫われた人たちを助けるにも、柚音の居場所を聞くにも、まずはその王様って奴とお話をしないといけないらしいからな」
「イエッサー! 地の果てまでぶっ飛ばしてくれちゃいますよ!」
「王様逃げてぇえええええええええッ!?」
凶悪な笑みを浮かべる紘也たちに、バンシーはついに堰を切ったように叫び泣き始めてしまった。