Section5-2 楽園の王様
その頃、ケットシーは玉座に座っていた。
「……にゃ?」
開けた大広間にはグレムリンを筆頭に多種雑多な幻獣たちが集っている。ケットシーはまるでピラミッドの頂点のような高い場所から彼らを見下ろす形になっていた。
さらに頭には大きな王冠を被せられ、肩にはもふもふのファーがこれでもかとつけられた高貴なマントを羽織らされている。手には仰々しい王笏まで握っていた。
「どういうことにゃ?」
呆けた顔をしてしまう。どうして自分がこんなことになっているのかよくわからない。気がついたら古代文明の王様みたいなことになっていたのだ。
「おお、我らが偉大なる智の王よ! どうか我々をお導きくださいませじゃ!」
すると、ケットシーの傍に樫の杖を持った老人がやってきて恭しく膝をついた。白い髭を立派に蓄え、森に隠れたら見つからなさそうな緑色のローブを纏っている。
「おみゃあは?」
訊ねると、老人は畏まった様子のまま顔を上げる。
「儂はモルフェッサと申しますじゃ。王の側近として、どうぞお傍に置いてくださいませじゃ」
そう言った老人の左右に影が渦巻き、二体の首なし騎士――デュラハンが出現した。
「にゃ!?」
突然現れた敵に身構えるケットシーだったが、デュラハンたちも老人と同じように跪いてしまった。
「この者たちは王の騎士ですじゃ。身構えずとも、王に危害を加えることはありませんですじゃ」
老人――モルフェッサが目配せすると、金髪と銀髪のデュラハンはそれぞれ玉座を挟むような位置に立った。まるでケットシーを守るかのように片手に抱いた顔から眼下に鋭い視線を飛ばしている。
「ちょ、にゃに言ってんのかよくわかんにゃいにゃ!? ここはどこにゃ!? どうしてみゃあが王にゃのにゃ!?」
当然、状況がさっぱりわからず慌てるケットシーである。
「落ち着きませじゃ、王よ。ここはトゥアハ・デ・ダナン。無慈悲にもこの世界に召喚された哀れな幻獣たちにとって唯一の楽園ですじゃ」
「幻獣の楽園にゃ?」
「ええ、かつての神族が作り出した異空の地下世界。ここではマナの減衰が緩やかになりますのじゃ」
言われてみれば、ここの空気はどちらかと言えば幻獣界に近い気もする。それは多少なりとも空気中にマナが含まれているということだろう。
モルフェッサは異空の地下世界と言った。腐っても智の妖精であるケットシーは、それが人間界と幻獣界の狭間に位置しているのではないかと予想できる。
「あなた様は二股のケットシーであらせられますじゃ。遥か昔にこの地を統べていた猫王と同じ。それ即ち王の再臨ですじゃ」
「みゃあが、猫王の再臨……」
幻獣界では二股であることをからかわれ、一般的なケットシーより強いからと逆に石を投げられることもあった。
それが、ここでは『王』だという。
「あの魔術師見習いと一緒に連れられて来た時は驚きましたが、ようやくこの地に王が戻られたのじゃ」
モルフェッサは立ち上がって踵を返すと、眼下に集う幻獣たちへと声を張る。
「さあ皆の者、今日は祭りじゃ! 存分に騒ぎ楽しむのじゃ!」
鬨の声が上がった。
「王様帰った!」
「王様バンザイ!」
「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」
「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」
「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」「王様!」
「にゃにゃにゃ!?」
猛烈で熱烈な王様コールに目を回すケットシーだった。
「ちょ、ちょっと待つにゃ!? 柚音は!? みゃあの契約者はどこにやったにゃ!?」
「ご安心を。丁重に扱いしておりますじゃ」
再び恭しく頭を下げるモルフェッサに、ケットシーは「そ、そうにゃ?」と素直に納得した。流石にここまで崇める王の関係者に酷い仕打ちはしていないと思われる。
「先程も言いましたが、ここにいる民は外に出てもすぐに消滅してしまう弱い幻獣がほとんどですじゃ。本当は人間を襲いたくもない心の優しい者たちばかりですじゃ。しかし、世の魔術師は我らを狩ろうとする。我らにはあなた様の導きが必要。どうか、どうか我々を救ってくださいませじゃ」
「王様!」「王様!」「王様!」
強力な二体の騎士を引き連れ、多くの幻獣たちに『王』と讃えられる。自分の知恵が必要だと頼られる。皆を救ってほしいと懇願される。
そんな状況に、ケットシーは――
「そ、そんにゃに頼まれたら仕方にゃいにゃあ♪」
でへへとだらしなく笑うのだった。悪い気分じゃない。寧ろ気持ちがいい。
ケットシーは混乱していた。
∞
鳴り止まぬ王様コールを背に玉座の間を後にしたモルフェッサに、愉快そうな声がかけられた。
「クハハ、まさかと思ッたがここまでチョロイとはなァ! 猫王だッたか? てめェもよくもまァあんな口から出まかせをペラペラと紡げるものだ、モルフェッサ」
通路の壁に凭れるようにして、ボルサリーノハットを目深に被った黒い外套の男が立っていた。
「クロウ・クルワッハか。貴様は顔を出さんでよいのか?」
神殺しの暗黒竜――クロウ・クルワッハ。現トゥアハ・デ・ダナンの最高戦力と言える存在は、どうでもよさそうにヒラヒラと手を振って返した。
「せッかくその気になッてんのに、オレが行くとビビッちまうかもしれねェだろォ? ここが今後『国』として機能する以上、王の存在は必要だ。たとえそいつが無能なお飾りでもなァ」
「あのケットシーが規格外なのは本当じゃよ。古今東西『二股』にはそれなりの意味があるものじゃ。猫王というのもあながち嘘ではないかもしれんのう」
髭を擦りながらモルフェッサは嘯いた。扱い易い性格で助かったが、しばらく『牧場』のことは伏せておくべきだろう。本気で暴れられては敵わない。
「規格外、か」
と、クロウ・クルワッハが神妙な顔をして呟いた。
「どうしたのじゃ?」
「いいや、なんでもねェ。どんな種族にもいるもんだなァと思ッてよ。オレとしてはあッちを『王』に担ぎ上げてもよかッたが、クハハ、これはこれで面白ェ」
「貴様、なにか隠しておらんか?」
「いやいや、大賢者様に隠し事なんて滅相もない」
「心にもないことを……」
クツクツと笑うクロウ・クルワッハに不審な目を向けるモルフェッサ。だが、これ以上問い詰めても飄々とかわされてしまうことは目に見えている。
「まァ、オレはなんだッて構わねェよ。政に興味はねェ。ただ面白れェ光景が見られりャそれでいいのさ。そのためだけにてめェの口車に乗ッてやッてんだ」
裂けるような笑みを浮かべ、クロウ・クルワッハはモルフェッサを見据える。
「なァ、裏切者のドルイドさんよォ」
「……」
モルフェッサは数秒、無言でクロウ・クルワッハを睨んだ。
やがて溜息をつき、彼に背を向けて通路を歩き始める。
「フン、なにを裏切ったというか。人界に骨を埋めると決めたセミアスどもをか? 儂は一言もそんなことは言っておらんよ」
通路に穿たれた窓の穴から、薄暗い地下世界の天井を仰ぐ。
「儂は、取り戻したいだけじゃ。かつての栄光を」