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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
192/228

Section4-5 葛木修吾

 既に壊滅状態だったライノット・ファミリーのアジトに乗り込んだ紘也は、めちゃくちゃにぶっ壊されている割には人的被害が少ないことに違和感を覚えていた。

 最悪のパターンは、柚音たちを攫った敵が口封じのためにファミリーを襲撃した場合だ。魔術師が一人に幻獣が二匹。間に合えば襲撃者と一戦交えることも覚悟していた。

 だが、この被害状況からして襲撃者もなにかを探っているように思えたのだ。

《ううぅ。鼻が。鼻が痛いぞ》

「見事にすっ転んでましたねぇ、山田。くぷぷ」

《笑うでないわ金髪! おのれ魔術師め。巧妙な罠を仕掛けおって》

「ただの瓦礫でございましたが?」

 ここは警戒すべきなのに、幻獣たちはマフィアのアジトを歩いているとは思えない緊張感のなさだった。紘也だけシリアスしているのが馬鹿らしくなりそうだ。

「……マスター、この奥から幻獣の臭いがします」

 するとウェルシュが鼻をすんすん、アホ毛をピコピコさせて紘也にそう伝える。

「それと、なんだか懐かしい臭いです」

「懐かしい? よくわからんが、たぶんここを襲った奴だ。いいかお前ら絶対に油断するなよ!」

 慎重に通路を進みつつ紘也は暢気な幻獣たちに警戒を促す。

「にゅほほ、なに言ってんですか紘也くん? この冷眼傍観なウロボロスさんの辞書に『油断』なんて文字はありません!」

「その辞書落丁してるぞ。取り換えてもらえ」

《ククク。油断は強者の特権だ。つまり吾は最強。恐れる者などいまい》

「お前はその無駄な自信を落丁しろ!」

 こいつら逆に『油断』の文字しかないまである。特にこのアホ蛇は自分が不死身だからと余裕ぶっこきすぎるから扱いに困る。

 紘也はもうウロたちについては諦め、案内役として連れてきたマフィアの男に問うことにした。

「この奥にはなにがある?」

「ボスの部屋だ。くそう、誰がこんなことを……」

 悔し気に握り拳を作るマフィアの男。そう、今欲しいのはこういう緊張感である。彼は今にも泣きそうなほどの悲しみと怒りに囚われている。決して紘也が拳銃で脅すように背中に指をあてているからではない。たぶん。きっと。

 やがて壊された扉が見えた。罠はなさそうだったのでそのまま部屋に踏み込む。

 そこには――


「やあ、ライノット・ファミリーになにか御用かな?」

「……」


 屈託のない爽やかな笑みをした青年と、輝くような白銀の髪をした着物の少女が立っていた。

「悪いけど僕たちが先客なんだ。もう少し待ってもらえると助かるよ」

「……お前らが襲撃者か?」

 只者じゃない気配をしているのに、敵意は全く感じない。だが、彼らの向こうにはボスと思われる男が執務机に突っ伏すようにして倒れている。襲撃者で間違いないだろう。

「ボス!? 貴様ら、よくも!!」

 マフィアの男が拳銃を抜いて飛びかかる。走りながらがむしゃらに射出された銃弾は、彼らにあたる直前に氷の結晶のようなものに阻まれて力なく床に転がった。

「君は少し寝ていてもらうよ」

 ドスッ、と。

 マフィアの男の鳩尾に、いつの間にか間合いを詰めた青年が刀の柄尻を突き込んだ。そのたった一撃でマフィアの男は意識を刈り取られ、崩れるように倒れてしまった。

 ――強い。

 紘也では今の動きが全く見えなかった。

「それで、君たちは彼らの……ん?」

 紘也たちの素性を探ろうとした青年が、なにかに気づいて無遠慮に歩み寄ってきた。

 警戒する紘也とウロと山田だったが――


「ウェルシュ君じゃないか! ケツァルコアトル君も!」


 その友人と再会したようなフレンドリーさに、一気に緊張感を持って行かれた。

「……お久し振りです、修吾様」

「アイルランドに来ていたのですね」

 ウェルシュとケツァルコアトルがぺこりと頭を下げる。

「ちょいちょいちょっと腐れ火竜、なんですか今の親しげな遣り取りは? こいつらと知り合いなんですか?」

「……はい。修吾様は元マスターの部下です。懐かしい臭いのわけです。あとウェルシュは腐ってません」

「親父の部下だって?」

 そういえば、アイルランドで調査をしている部下がいると父親が言っていた。それがこの修吾とかいう青年なのだろう。会ったことなどないはずだが、どことなく見覚えがあるような気がしてきた紘也である。

「なるほど、君が秋幡紘也君か。妹がいつもお世話になっているみたいだね」

「は? 妹?」

 そんなものに心当たりはないと思いかけた紘也だったが、すぐにハッとする。

「申し遅れてすまない。僕は葛木修吾。秋幡大魔術師直下の懲罰部隊で第三席をやらせてもらっている。こっちは僕の契約幻獣で、雪女の六華だ」

 修吾の背に隠れるようにして銀髪着物少女――六華と呼ばれた雪女――が小さく「……どうも」と挨拶した。

 いや、それより――

「ちょっと待て。『葛木』って、まさか……」

「そう、あの『葛木』だよ。葛木香雅里は僕の妹なんだ」

「「「――ッ!?」」」

 予想通りでも、実際に言葉にされると驚愕を禁じ得ない紘也たちだった。

「いや、でも、行方不明って聞いてた気がするんだが?」

「そうなっているのかい? まあ、確かに勘当されてから連絡も取ってないからね」

 参ったなというように頭の後ろを掻く修吾。よく見ると髪の色や顔の造形が香雅里にそっくりである。どうりで見覚えがあるはずだ。

「え? は? かがりんのお兄さん? ちょいコラ腐れ火竜! かがりんずっと捜してるんですよ! なんで教えてあげなかったんですか!」

「……ハッ」

「あんた忘れてましたね!?」

「いえ、今初めて知りました。ウェルシュは悪くありません。あと腐ってません」

 言われてみると、その話をしたのはウェルシュが来る前、香雅里が初めて紘也たちに絡んできた時だったような気もする。

「ハハハ、まあ、それでいいよ。いつか時が来たら僕の方で話すつもりだからさ。日本に行くっていうケツァルコアトルたちにも黙っていてもらったんだ」

 ケツァルコアトルが申し訳なさそうに目を伏せた。そういうことなら紘也たちも黙っていた方がいいだろう。

「勘当されたって言ったが、理由はやっぱり……」

 紘也は修吾の後ろに控えている六華を見る。ウェルシュとはまた違うタイプの無表情。冷えているというのだろうか。雪女だけに。

「うん、葛木は妖魔を狩る一族だからね。妖魔――幻獣と契約なんて本来してはいけない掟なのさ。家を出たのは僕自身の意思でもあるけどね」

 そう言って修吾は六華の頭を撫でた。彼女は無表情のままかと思えば、ポッと若干頬を染めて嬉しそうだった。冷たいと思ったのは気のせいだったようだ。

「てか、あたしら普通にかがりんたちと協力したりしてますけど?」

「……お家にも泊めていただきました」

《ふん。飯はまずくなかったな》

 ウロたちが眉を顰めた。紘也もそうだが、修吾の話と自分たちが知っている葛木家にはどうも齟齬がある。確かに契約幻獣を従えている術者はいないが、幻獣自体を嫌厭しているのは出会った頃の香雅里くらいだった。

 修吾もその齟齬に気づいたらしい。手を顎に持って行く。

「それが本当なら『葛木』も変わりつつあるんだろうね。父様がまだ現役だった頃ならあり得ない話だ」

「そう言えばかがりんのご両親って見たことないですね」

 紘也も彼女の祖父であり現宗主である葛木玄永しか本家の人間は見ていない。香雅里が『次期宗主候補』と言われていることにもなにかあるのだと思われる。

「まあ、僕や葛木のことはいいんだ。今は関係ない。それより、紘也君たちはどうしてダブリンに? 今ごろはロンドンにいるはずじゃないのかい?」

 修吾の言う通りだ。これらは葛木家の問題であって、紘也たちが首を突っ込んでいい話じゃない。

「親父からなにも聞いてないのか?」

「秋幡主任から?」

 紘也はこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。

「そうか、柚音君とケットシー君が……」

「……トゥアハ・デ・ダナン、そこで気絶している人間も言っていたわ」

 修吾の方もアイルランドでの調査結果を可能な範囲で教えてくれた。まさかマフィアのアジトで情報の擦り合わせができるとは考えもしなかった紘也である。

「どうやら、紘也君たちが追っているモノと僕たちが追っているモノは一致していると考えてよさそうだね」

「ああ、場所もアイルランドのどこかで間違いなさそうだな」

「秋幡主任には僕から連絡しておくよ」

 紘也からかけても滅多に繋がらないので非常に助かる。恐らく、連盟の魔術師専用の回線かなにかがあるはずだ。

「ところで、修吾さんの契約幻獣は彼女だけなのか?」

「そうだけど?」

「他の幻獣()が契約するなら私はそいつを永久凍土に埋めてやるわ」

 六華の瞳が絶対零度すら下回った気がした。

「……」

「……」

「マフィアの話だと、もう一体強力な幻獣がいるって」

 スルーすることにした。紘也の得意分野。

「ああ、彼はついさっき別行動することになったんだ。彼の契約者が敵に捕まっていてね。助けるために僕らと協力しているんだ」

「へえ、どんな幻獣なんですか?」

「とても強いよ。ドラゴン族ではないけれど」

 ウロが訊ねると、修吾は少し苦笑い気味に答えた。守秘義務でもあるのだろうか? もしどこかで鉢合わせても戦わないようにしたかったのだが、それ以上は教えてくれそうにない。せいぜい、『彼』と呼んでいるってことは男なのだろう。

「(……言わないのね)」

「(すぐに仲直り、というわけにはいかないだろうからね)」

「(……仲直りできると思っているところが修吾らしいわ)」

 なんか二人が小声で話しているが、残念ながら紘也たりには聞こえない。

「修吾さん、もう一つ確認したいことがあるんだが」

「なんだい?」

「黒い外套と帽子の男が幻獣クロウ・クルワッハってことはわかったけど、灰色マントとフードをした少女の幻獣がこのマフィアにいたりしなかったか?」

「「《あっ》」」

 今思い出したのだろう、ウロとウェルシュと山田が間抜け声を揃えた。ウロがフィッシュ&チップス売りから聞き出したことだというのに。

「いや、そういう幻獣はいなかったよ。魔術師にもそういう格好の子は見なかったな」

「いない? だとしたら、もしその灰色マントの少女がマフィアじゃなくてクロウ・クルワッハの仲間なら……」

「紘也くん紘也くん、なにか思いついたんです?」

 期待の眼差しを向けるウロに紘也は力強く頷く。

「ああ、ちょっと試したいことができた」

 寧ろ最初からこうすればよかったと思いつつ、紘也は皆にその作戦を告げる。


「これが上手くいけば、『トゥアハ・デ・ダナン』への道が開けるぞ」


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