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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
186/228

Section3-8 神殺しの暗黒竜

 竜巻が霧散する。

 グリフォンは舌打ちした。勝利することに固執して目の前の敵にばかり意識を向けていたせいで、己の所有物に近づく危機に気づけなかった。

「グリフォンさん……ごめんなさい」

 アリサは、ガラの悪い男たちに捕らわれていた。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこちらを眺めている奴らは……見覚えがある。

 先日、アリサの畑を破壊していたマフィアたちだ。今日はあの時よりも大人数であり、銃などで武装している。間違いなく一戦やらかしに来たという様子だった。

「貴様らの仲間か?」

 魔術師連盟が一般マフィアと手を組むとは考えにくいが、一応訊いておく。

「まさか。僕らは連盟とも関係ない私的な用事で君と接触しているんだ。仮に彼らが連盟の魔術師だったとしても僕らはなにも知らないよ」

 修吾は肩を竦めて否定した。軽く〝王威〟を乗せて睨んでみるが態度に変化はない。彼は〝王威〟を撥ね退けるほどの人間だが、全く効果がないわけではないのだ。嘘をついていたのなら微細ながら無意識の反応が見えるはず。偽りではなさそうだ。

「彼女は君の契約者かい?」

「貴様らには関係ない」

「……あなたは人間嫌いだと聞いていたわ」

「好悪ではない。利用できぬ人間など殺す以外の価値がないだけだ」

 アリサは利用できる人間だ。それもグリフォンの所有物になることを承諾している。ならば相応の対価と安全を与えることは王として当然の行いだ。

 と、マフィアの構成員たちの中から隻眼の大男が下衆な笑みを浮かべながら前に出てきた。

「この前はよくもやってくれたなぁ、兄ちゃん」

「フン、生きていたか貴様。まあ、害虫(ゴキブリ)はしぶといと相場が決まっている。この俺にその醜い顔を覚えてもらっていたことを誇るがいい」

「相変わらず態度がでけえ兄ちゃんだな。くくく、どこまでその余裕が持つやら」

 大男はその笑みに嫌らしさを上乗せする。前はグリフォンの力を目の当たりにして怯えまくっていたのに、今は気に食わないことにこちらを見下した態度だ。

 タイミング的にグリフォンの竜巻や雪女の氷を見ていたはず。超常の力を見た上でこの余裕は、銃やナイフで武装した程度で勝てると思い上がっている――わけではないだろう。

 グリフォンは視線を斜め上に向けた。


()()()()! 隠す気もない魔力を漂わせておきながら、王を前に姿を見せぬとは不敬だぞ!」


 瞬間、上空に禍々しい闇が収束を始めた。闇はやがて人の姿を形取ると、ボルサリーノハットを目深にかぶり、黒の外套を羽織った若い男へと変化する。

 プッ、と男が噴き出した。


「クハハ! そりャあ気づくよなァ! オレの気配にも気づかねェ雑魚の処理をさせられるんじャあ冷めちまうッてもんだ!」


 宙に立つようにして浮かぶ男は狂気を宿した赤い瞳でグリフォンを見下した。マフィアたちが尊敬に似た眼差しで奴を見ていることから、ボスもしくはこの中でのリーダー的存在なのだろう。

 魔術師でもなければ、人間ですらない。

「ああ、彼は幻獣だね」

 葛木修吾も一目で看破したようだ。人化していては正体までは掴めないが、あの強大で禍々しい魔力は並の幻獣とも一線を画している。

 間違いなく、強い。

「どうするの、修吾?」

「グリフォン君の契約者とはいえ、民間人が捕らわれているからね。傍観や撤退の選択肢はないよ」

「……修吾はいつも人助けを優先するわ」

 修吾と雪女はアリサを助けるつもりのようだ。三つ巴の乱戦になろうと構わなかったグリフォンだが、雪女はともかく修吾は最初から敵意などなかった。純粋な正義感か、それともここでグリフォンに恩を売るつもりか。

 打算があろうがなかろうが関係ない。マフィアの撃退も、アリサの救出も全てグリフォン一人で終わらせてしまえばいいだけの話だ。

「おっと動くなよ兄ちゃん、このガキをぶっ殺されてもいいのか?」

 グリフォンが腕を振り上げかけるや、隻眼の大男が部下に拘束させたアリサの眉間に拳銃を突きつけた。恐怖に涙を溢れさせるアリサだが、必死に声は出すまいと我慢している。

 そんなアリサに、グリフォンは――

「構わん。殺したければ殺せ」

「は?」

「ただし、その瞬間貴様らの命もないと思え!!」

「ひっ!?」

 グリフォンに凄まれた大男は拳銃を手から滑らせ、情けなく尻餅をついた。

「おいおい、ビビるなッて。このオレが用心棒してやってんだろォ?」

「クロウの旦那ぁ」

 泣きつく大男に、クロウと呼ばれた黒外套の男はアリサを一瞥する。

「あー、あとそのガキを殺すのはなしだ」

「え?」

 まさかの味方からそんなことを言われ、マフィアたちは意味がわからず動揺する。黒外套の男は今度は値踏みするように上空からしっかりとアリサを見詰め――

「人間にしちャあ上質でいてとんでもない量の魔力を持ッてやがる。殺すのは惜しい。『国』に持って帰りァ、その辺の人間を百や千匹攫うよりかァ役に立ってくれるぜ」

 嫌らしく、舌なめずりをした。「ひえっ」と小さな悲鳴を上げてアリサの顔色が青くなる。

「『国』……? 君、それは一体なんのことだい?」

「てめェは魔術師か? なるほど、連盟が接触していたか。鼻が利く奴らだ」

 訊ねる修吾に上空の黒外套の男は面倒そうに顔を顰めた。

「そんなことはどうでもいい。それより貴様、いつまでそこにいる?」

 修吾の事情など知ったことではないグリフォンは、彼らの問答を引き裂くように黒外套の男を睨んだ。


「頭が高いぞ!」


 刹那、とてつもないプレッシャーが黒外套の男とマフィアたちを襲った。

「――ッ!?」

 予備動作すらない突然の不意打ちに黒外套の男は打ち落とされ、マフィアたちは地に手足をついたまま次々と泡を噴いて倒れていく。

 地面に叩きつけられる寸前に、黒外套の男は体勢を立て直して軽やかに着地した。

「あらら、人間たちは全員気絶しちまッたか。やはりただのマフィアなど使い捨てにもなら――ッ!?」

 ボルサリーノハットをかぶり直す黒外套の男にグリフォンは容赦なくその爪を立てる。弱った〝王威〟では奴に大した効果がないことは想定済みだ。

 避けられる隙など与えていない。グリフォンの爪は確実に黒外套の男を真っ二つに引き裂いた。

 だが――

 ――手応えがない?

 黒外套の男はニヤリと笑い、自身の体を()()()()()グリフォンの腕を掴み取る――寸前、両者の足元に冷気が集い、一瞬にして巨大な氷の花を咲かせた。

 グリフォンと黒外套の男は弾かれたようにそれぞれ後ろに飛んで氷をかわす。

「加勢するよ」

 日本刀を構えた修吾と吹雪を纏う雪女がグリフォンの隣に並んだ。

「不要だ。下がっていろ雑魚。でなければ奴と一緒に引き裂くぞ」

「馬鹿ね。アレは鷲獅子ごときじゃどうにもならないから修吾が手伝ってあげると言っているのよ」

「……貴様から殺すぞ?」

 この雪女はグリフォンを怒らせたいのだろうか?

「ハハハ、喧嘩は後にしようか。僕たちはグリフォン君の邪魔をするつもりはないよ。君が彼と戦う。で、その間に僕たちが君の契約者を保護する。どうかな?」

「……フン、勝手にしろ」

 やはり葛木修吾という男は調子が狂う。敵でも味方でもどうにもやりにくい。こんな奴と共闘する気など毛頭ないグリフォンは、さっさと旋風を纏って黒外套の男へと突撃した。

 腕を振るう。風の刃が乱れ飛ぶ。

 だがその全てが黒外套の男を擦り抜けただけで終わってしまった。

「効かねェよ!」

 グリフォンの拳も蹴りもまるで避けようとすらしない黒外套の男は、上空に三日月状の闇を生み出して斬首台のごとくグリフォンへと落下させる。

 あたれば喰われる。

 直感的にそう悟ったグリフォンは後ろに大きく跳んで落ちてくる三日月をかわした。三日月の闇は地面に触れると、衝撃も音もなにもなくその部分を深く抉り取った。

 グリフォンは風の刃で反撃する。

 同時に――ダッ! と葛木修吾が地面を蹴った。

 肉体強化による超人的な速度でへたり込むアリサへと走る。奴らに契約者を任せるのは癪だが、少なくともマフィアに捕まっているよりかはマシだ。

「残念。そうはさせねェよ」

 グリフォンの風をその身に受けながら、やはりノーダメージの黒外套の男はアリサへと手を翳す。するとアリサを囲むように闇の輪が広がり、無数に積み重なり、あっという間に球体となって包み込んでしまった。

「きゃああああああッ!?」

 闇の球が急速に浮上していく。アリサの悲鳴も途中で途切れた。意識を失ったのかもしれない。

「貴様……」

 アリサを閉じ込めた球の傍へと飛び上がった黒外套の男を、グリフォンは奥歯を噛んで睨む。

「〝三日月〟〝輪〟〝重積〟そして〝闇〟……ハハハ、これはまた、とんでもないのがマフィアたちに紛れていたものだね」

 敵の正体を看抜いたらしい修吾が初めて余裕のない笑みを浮かべた。

「ほらほら、作戦会議とかしなくていいのかァ? まあ、雑魚がなにをしようとこのオレ――クロウ・クルワッハ様には勝てねェがなァ!」

 幻獣クロウ・クルワッハ。

 ケルト神話に登場するアイルランドにおいて最も重要な神の一柱であり、魔王バロールが召喚しダーナ神族に壊滅的なダメージを与えた暗黒竜だ。

 名前の『クロウ』は〝三日月〟〝輪〟〝頭〟を、『クロワッハ』は〝血塗〟〝山〟〝重積〟を意味する。その本質は〝闇〟そのものであり、ダーナ神族の王ヌアザが持つ光の剣〈クラウ=ソラス〉でも成すすべなく呑み込まれてしまったという伝承があるほどだ。

「フン、ドラゴン族か」

 それも最強クラス。グリフォンの攻撃がまるで通用しないのは、奴の体が〝闇〟だからだ。実体のない存在を物理的に引き裂いても効果がないわけである。

 だが、それがどうした?

「爬虫類ごときが、王たる俺に敵うと思うな!」

「クハハ! 獣ごときが、神に等しいこのオレを傷つけることなどできねェよ!」

 背中に猛禽類の翼を生やしてグリフォンは飛び上がる。クロウ・クルワッハを見下す高度まで飛翔すると、魔力を高め、竜巻の槍を奴にぶつける。

〝勇猛〟のグリフォンが、ちょっと最強のドラゴンに出会った程度で怯むことなどあり得ない。

「吹き飛ぶがいい!」

「だから無駄だッてわかんねェのか?」

 クロウ・クルワッハは竜巻受けても微動だにしなかった。一見粒子のように見える奴の〝闇〟だが、どうやら本当に物理法則はなにも通用しないようだ。なのに奴はこちらに干渉できる。非常に厄介である。

 と――


 タン! タン! タン!

 

 上空とは思えない確かな足音がグリフォンの耳に届いた。

 視線を下げると、そこには巨大な氷の階段が伸びていた。いや、伸び続けている。雪女が生成し続けているのだ。

 それを、葛木修吾が駆け上っていた。

「すぐに助けるよ。もう少し頑張ってくれ」

 闇の球体に閉じ込められたアリサに声をかける。返事はない。あの球体の中は完全に外界と遮断されているのか、それとも意識がないためか。外からでは判然としない。

「修吾!?」

 雪女の悲鳴。

 修吾の背後に闇が集い、クロウ・クルワッハの姿として再構成される。

「させねェつッたろォ! この人間はオレたちの『国』の大事な大事な糧になるんでねェ。なんならてめェも殺さず持って帰ってやろうかァ、魔術師!」

「言っておくけれど」

 修吾は階段を駆け上る足を止め、刀の柄に手を置き――片足を軸にして高速で体を捻った。


「僕は君を、斬れるよ?」


 ザシュッ! と。

 今までグリフォンがいくら風刃で斬りつけても素通りだったクロウ・クルワッハが、初めてその体から鮮血を撒き散らした。


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