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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
183/228

Section3-5 王の食卓

「ごめんなさい……」

「だから無理なら家の中にいろと言った」

 アリサが意識を取り戻した時、そこはベッドの上だった。煩わしそうにしながらもベッドまで運んでくれたグリフォンの姿が目に浮かぶ。もしかすると風でパパッと処理されただけかもしれないが、時折垣間見せる彼の優しさを信じることにするアリサである。

 そのグリフォンは、椅子に座って採取した宝石を眺めていた。仏頂面だが、なんとなく宝石を見ている彼は楽しそうな印象があった。

 宝石、好きなのだろう。

 それを売ってお金にしろと言うのだから、アリサの生活は彼にとって非常に堪え難いものだったのだ。なんだか悪い気がしてきた。

「あの、鹿さんは……?」

 だからアリサはそこには触れず、自分が気を失った原因について質問する。グリフォンは宝石を眺めながら――

「解体した肉を俺の風で除菌した空間に置いてある。雑魚駄馬(ユニコーン)の〝清浄〟ほどではないが、まあ、しばらく腐ることはあるまい」

「グリフォンさんて、便利だよね」

「……引き裂かれたいか?」

 睨まれてしまったが、〝王威〟とかいうグリフォンの特性は発動しなかった。もし彼が本気でアリサを威圧したなら数時間程度の気絶では済まないだろう。

「んしょっと」

 アリサはベッドから下りると、窓の外に目を向ける。太陽はほとんど沈んでおり、オレンジ色と夜色の境界線がかろうじて見える時間帯。

 お腹が空くわけである。

「すぐごはんにするね。できるだけ美味しく作ってみるから」

「フン、期待はせん」

 アリサはトタタタと炊事場へ急ぐ。スープはお昼に作った残りがまだあるけれど、鹿肉についてはなんの処理もしていない。すぐにと言ったからには、急がねば。

「これ……だよね?」

 グリフォンが言っていた『除菌した空間』はすぐにわかった。炊事場の隣にある野菜を貯め込んでいる倉庫――そこの一区画に風の檻が生成されていたからだ。

「すごい。これが魔術って言うんだっけ?」

 正確にはグリフォンの能力になるのだが、魔術師ではないアリサにその違いはわからない。檻の中にはブロック状に切り分けられた鹿肉の各部位が浮遊している。流石にここまで加工されていれば見ただけで気を失ったりはしない。

「手、入れて大丈夫かな?」

 幾度とグリフォンの風を見てきたアリサは、その切れ味をよく知っている。軽く触れただけで指が吹っ飛ぶのではないかと考えただけで青褪めそうだった。

 恐る恐る、風の檻に触れてみる。

 その瞬間アリサの指はスクリューに巻き込まれたかのごとくミンチに――なることはなく、清潔で柔らかな風が手を洗浄しているような感覚を覚えた。

 たぶん、除菌されているのだ。

「冷たっ」

 しかも熱を外に放出しているのか、中はひんやりしていた。

 この風があれば冷蔵庫もいらないし、手を洗うために水道水を使わなくてもいいのだ。

 ――グリフォンさん、便利! 一家に一人ほしいくらい便利!

 感動もそこそこにアリサは鹿肉のロースブロックを取り出した。それを炊事場へと運び、まな板に乗せる。そしてフォークで全体を突き刺して無数の穴を開けると、グリフォンが採ってきた岩塩を削って全体に揉み込む。

 それを寝かしている間に付け合わせのニンジンとジャガイモを切る。一口大になったそれらは水を張ったボールに浸けて灰汁を取っておく。

 下拵えは終わり、かまどに火をつける。ガスや電気なんてないので火打石を使って薪を燃やすのだ。

 温めたフライパンに鹿肉の脂身を塗る。そこに刻んだニンニクを加えて香りを立たせ、岩塩を馴染ませたロース肉をスライスして投下。いくつかの香草も一緒に焼いて臭みを消す。ジュワッ! と油が弾ける音。こんなの聞いたのはいつ以来だろうか?

「うん、いい香り」

 滲み出た肉汁でニンジンとジャガイモも炒め、大皿に添えて完成。

 鹿肉のステーキだ。ジビエだから多少の臭みは残ったが、満足な仕上がりにはなったと思う。

 野菜スープも温め、カチカチのパンと一緒にテーブルに並べてからグリフォンを呼んだ。

「フン、見た目は悪くないな。料理は独学か?」

「ううん、お母さんに習ったの」

「そうか」

 グリフォンは着席すると、ナイフは使わず指先一つで肉を切り、口へと運ぶ。アリサはそんな彼の様子を少しハラハラしながら見守る。

「どう、かな?」

「つまらん味つけだが、あの限られた食材ではこんなものだろう。野菜だけのスープよりは幾分とマシだ」

 グリフォンなりに褒めてくれたことで、ぱあああぁ、とアリサは顔を輝かせた。一生懸命作った甲斐があるというものだ。

「お前も食うがいい。肉など久しく食っていないのだろう?」

「一緒に食べていいの?」

 自分を王だと言うグリフォンは今までアリサと同じテーブルで食事をしなかった。どういう風の吹き回しかわからないが、少しは認めてくれたのだろう。

 アリサの確認には答えず、無言で鹿肉を咀嚼するグリフォン。それを許可だと受け取り、なんとなく嬉しい気持ちになるアリサである。

 肉を食べるのもそうだが、誰かと一緒に食事をするのも久々だった。

「スープにも塩を入れたか」

「ダメだった?」

「構わん。料理はお前の仕事だ。好きに作れ」

「よかった。今度はもっと頑張ってみるね」

 アリサは気合いを入れるように小さく拳を握る。自分が作ったものを誰かに食べてもらうことがこんなに嬉しくて楽しいものだとは思わなかった。こうなってくるといろいろな食材や香辛料、調味料がほしくなってくる。

「……」

 ふと、グリフォンの料理を食べる手が止まった。それから猛禽類のような鋭い目がアリサを見詰めてくる。

「グリフォンさん?」

 なにか失敗をしてしまったのだろうか?

「お前は料理を母に習ったと言ったな? 言葉や農作業もそうか?」

「うん、それがどうかしたの?」

「人間とは群れを作る生き物だろう? お前のような子供は普通、学校とやらへ行くものではないのか?」

 失敗ではなかったことに安堵しつつ、あまり触れられたくない話題にアリサはつい顔を顰めてしまった。

 アイルランドにも義務教育というものはある。初等教育が四、五歳~約十二歳までの八年間。十五歳までの中等教育前半がそれに該当する。十二歳のアリサは、本来ならば学校に通っていなければならない年齢だ。

 しかし――

「行けないよ。そんなお金ないもん。読み書きくらいはできるから、行かなくても大丈夫」

 毎日を生きるだけで精一杯の現状で、学校になど行っている余裕はないのだ。

「強がってはいるが、行きたそうな顔をしているな」

「!?」

 見透かされ、アリサは息を呑み込む。友達を作ってみんなで勉強したり遊んだりすることに憧れがないわけではない。普通の子供のように、普通の女の子のように暮らすことを夢見なかったと言えば嘘になる。

 でも。

 だけど。

「お前が望むなら――」

「いいよ! 行かなくていいの! うちにそんな余裕なんてないし、今さらわたしみたいなのが学校に行っても他の子に迷惑だよ! グリフォンさんはそうやってわたしに借りを返そうとしてくれるけど、余計なお節介はしないで!」

 グリフォンの言葉を遮って声を荒げたアリサだったが、すぐに冷静になって目を固く閉じた。自分の主を怒鳴ってしまったのだ。殺されることはないと思いたいけれど、見限られてこの家を去ってしまうかもしれない。

 そんなのは、誰かが自分の下からいなくなるのは、もう嫌だった。

「フン、確かに俺らしくなかったな。今の言葉は忘れろ」

 だがグリフォンはくだらなそうにそう言っただけで、再び食事に戻った。

「……えっと、それだけ?」

「雑魚が吠えた程度で気に触れるほど俺は短気ではない。従者の意見を耳に入れることも王には必要だ。もっとも、お前が敵なら八つ裂きにしていただろうがな」

 敵じゃなくてよかったと心底思うアリサである。

「それとも罰が欲しかったか?」

 ニヤリとサディスティックに笑うグリフォンに、アリサは全力で首を横に振った。ドMだと思われては心外だ。

「明日は街へ行くぞ」

「えっ?」

 唐突に切り替わった話にアリサは素っ頓狂な声を出してしまった。

「宝石の換金と、必要雑貨の調達だ。ここから一番近い街はどこになる?」

 学校に連れて行かれるのかと身構えたアリサだったが、そういえばと宝石を売る話があったことを思い出す。周囲を畑と林に囲まれたこの家では宝石を宝石のまま持っていても仕方がない。

 ここから一番近い街――というより、カミーノールがある地域には『街』と呼べる場所は一つしかない。

「ディングルよ。車なら三十分くらい」

「ならば一分とかからんな」

「えっ?」

 一瞬、アリサはグリフォンがなにを言ったのか理解できなかった。

「飛んでいく。俺の背に乗ることを許可する。案内しろ」

「えぇえええええええッ!?」

 なにやらとんでもないことになってしまったアリサは、ドキドキとワクワクとビクビクでその日の夜はあまり眠れなかった。


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