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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
182/228

Section3-4 鷲獅子と少女の生活

 アイルランド――ダフ湖付近の山奥。

 ほとんど人の手が加えられていない自然の山肌が、轟音と共に一瞬で削り取られた。

 発生した巨大な竜巻が土砂岩塊を巻き上げる。土色に染まった竜巻はしばらくその場に留まり続け、選別するように砂や岩を吐き出していく。

 やがて残ったのは、煌びやかに輝く宝石ばかりだった。

「こんなものか」

 それらを回収して大袋いっぱいに詰め込んだグリフォンは満足げに息を吐く。どれもこれも加工など当然されていない原石のままだが、ひとまずこれだけあればそれなりの金にはなるだろう。

 ガサリ、と背後で物音。

 振り返ると、そこには一頭の雄鹿が草を食んでいた。

「丁度いい」

 グリフォンは鹿を睥睨すると〝王威〟の特性を発動させる。ビクリと驚いたように鹿が飛び跳ねたかと思えば、すぐに口から泡を吐いてその場に崩れ落ちた。

 圧倒的強者からの威圧で気を失ったのだ。

「……狩りは王族の嗜みだが、これでは少々面白味に欠ける」

 幻獣界に生息している野生動物であれば、グリフォンが睨む前に危機を察知して逃げ出すくらいはしている。こちらの世界には本来幻獣という驚異がないのだから仕方ないが、リハビリとストレス発散のためにもう少し頑張ってほしかった。

 なにはともあれ、これで今後の生活が多少はマシになるだろう。

 アリサを契約者として従えてから二日。

 貧しい少女だとは思っていたが、まさか毎日味のしない野菜のスープだけを飲んで暮らしているとは驚愕だった。朝から晩まで畑仕事をしているアリサは、着る服だって最低限すら持っていない。二着しかない作業着を破れても縫い合わせながら着回している。

 王族生活に慣れていたグリフォンには到底堪えられない。だからこうして王自ら採掘と狩猟を行わねばならなくなったのだ。

 ――あんな人間の小娘など放っておけばよかったか?

 命を助けられた借りがあるとはいえ、人間を虫けら程度にしか思っていないグリフォンにはそういう選択も可能だった。あのマフィアから一度は救ったのだ。それで充分借りを返したと考えることだってできた。

 ――いや、魔術師でもなくあれほどの魔力を保有する人間なら利用価値はある。

 人間との契約を頑なに拒んできたグリフォンだが、それは相手が魔術師という前提があったからだ。魔術師は契約幻獣を従える。つまりマウントを取ろうとしてくる。人間ごときが自分の上に立つなど考えただけで引き裂きたくなるグリフォンだった。

 その点、アリサは違う。魔術師との関係はありそうだが、本人は魔術の『魔』の字も知らないただの子供だ。自分の所有物になるのであれば、彼女との契約はメリットの方が大きい。

 マフィアに関しても追い払っただけだ。それでは真の意味で救ったとは言えないだろう。グリフォン自身、あの程度で借りを返せたなどと思っていない。

 ――王たるもの、一度決めたことには責任を持たねばな。

 ただ、ここまで貧しい生活を強いられることだけが計算外だった。

「フン、環境が劣悪なら、変えてしまえばよいだけだ」

 王が暮らすに相応しい環境を整える。今回の労働はその第一工程に過ぎないと考え、グリフォンは収穫した宝石と狩った鹿を担いで大空へと飛び去った。


        ∞


 アリサは今日も畑を耕していた。

 破壊された畑はこの二日で七分の一ほど元の状態を取り戻している。元々は母親の祖父――つまりアリサの曾お爺さんの代に開拓された土地であり、そこから少しずつ広げられてきたため面積だけはやたらと大きい。それこそ、そこそこ立派なホテルを建てたとしても充分に駐車場まで確保できる広さである。

 そんな広大な土地を十二歳の子供でしかないアリサ一人で全て管理できるはずもなく、全体の四分の三は全く手つかずで雑草も生え放題だった。

 農業で生計を立てるにしては労働力も設備も足りない。故に最低限の自給自足がまあなんとか成り立っているような気がする程度の生活しかできなかった。

「壊されるのはあっという間だったのに……作るのってやっぱり大変」

 一区切りついたので休憩し、オンボロの椅子に腰を下ろしたアリサはコップ一杯の水をちびちびと飲む。まだまだ時間はかかりそうだが、壊された畑はなんとか見られるようになってきたと思う。

 アリサはオンボロテーブルに置いてある母の形見のペンダントを手に取った。ブルドーザーに潰されて粉々に砕けていたが、どうにか欠片を集めて不格好で不完全ながらも復元したのだ。グリフォン曰く、ペンダントに付与されていた魔除けの効果はもうなくなっているそうだが、それでもアリサにとっては大切な物である。

「グリフォンさんが手伝ってくれたらもっと早く終わるのになぁ」

「この俺に農夫の真似事をしろと?」

「わっ!?」

 独り言に返事されるとは思わずアリサは驚いて椅子ごと後ろにすっ転んでしまった。軽く頭を打つ。地味に痛い。

「土いじりは王の仕事ではない。頼まれても手伝わんぞ」

 冷徹にそう言い放つと、グリフォンは頭を押さえて上体を起こしたアリサの前になにかをどさりと落とした。

「ひゃ!? え!? な、なにこれ!?」

 それは麻の大袋いっぱいに詰め込まれた宝石と、立派な角をした大きな雄の赤鹿だった。赤鹿は死んでいるのかと思ったが、呼吸をしているので気絶しているだけのようだ。

「えっと、これ、宝石? ど、どうしたの?」

 混乱するアリサはとりあえず一つずつ訊いてみることにした。

「まさか……盗んで、きたの?」

「そんなわけなかろう。この俺が人間から奪わねばならぬほど落ちぶれているように見えるか?」

 寧ろ人間が俺に宝石を献上するものだ、とグリフォンは尊大に言う。

「採ってきたってこと? こんなにたくさん」

「これでも少ないぞ。この辺りはあまり良質な宝石は採れないようだな」

「ひえぇ」

 赤や黄色や透明な石を手に取ってあわあわするアリサ。たとえ原石でも宝石などというものに縁のなかったアリサはもう目を回すしかない。

「それを売って金にするがいい」

「えっ? あの、わたし、お金はいらないって」

「勘違いするな。それは礼ではない。王たる俺が貧しい生活などやってられぬだけだ。お前も、俺の所有物ならいつまでもそのようなみすぼらしい格好など許さん」

 年頃の少女が毎日土汚れた作業着だけということを密かに気にしていたアリサだが、こうも面と向かって『みすぼらしい』などと言われてしまうと顔が熱くなってくる。

 あまりに恥ずかしくなったので、もう宝石については考えないことにした。

 それに一番の問題は、こっちの鹿である。

「あの、これは……?」

「鹿だ」

「うん、見ればわかるけど……どうするの?」

 傷を負っている動物を保護したから手当てしろ、という話ではないだろう。二日間寝食を共にしてグリフォンがそんな可愛い性格じゃないことは知っているし、さっきけっこう乱暴に放り投げていた。

「今日の夕食に使え。岩塩と香草も見つけたので採ってきてやったぞ。いつまでも王に味のせん野菜スープだけを食わせるな」

 そう言ってグリフォンはさらに小さな麻袋を投げ寄越す。そこには確かに岩塩の塊と、数種類のハーブが入っていた。

 だが――

「夕食……この鹿さんを……?」

「そうだ。そいつはまだ生きている。さっさと絞めて解体するがいい」

 グリフォンは風の力で家の中から包丁を飛ばし、アリサの足元の地面に突き刺した。アリサはそれを拾い、土を落とすと、一歩一歩躊躇うような足取りで倒れている鹿へと歩み寄る。

 そして鹿の前でしゃがむと、包丁を見詰め、困った顔でグリフォンを振り向く。

「あの、わたし……」

「案ずるな。その包丁には俺の力を付与してやった。骨まで簡単に切れるぞ」

「そういうことじゃなくて」

 どう説明すればいいかわからないアリサだったが、もう心に浮かんだ言葉をそのまま伝えるしかないと意を決する。

「わたし、動物さんの解体とかしたことない。お魚さんですら、なんだか可哀想で……」

 野菜にしか包丁を入れたことがないアリサにとって、動物が動物の形のまま、しかも生きているとなるとどうしても躊躇してしまう。

「ならばよい機会だ。今後のためにも慣れろ」

「ううぅ」

 グリフォンは無慈悲だった。

 ただ、アリサとしてもグリフォンにあんな粗末な野菜のスープだけを食べさせるのは悪いと思っていた。グリフォンの言う通り、いい機会なのかもしれない。

 包丁を構え直し、鹿と向き合う。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……うぅー」

 長い沈黙の果てに、涙目になったアリサはグリフォンに向かってふるふると首を振ることしかできなかった。

「チッ、どけ。俺がやる」

 グリフォンはそんなアリサを乱暴に押しのけると、右手の指を鉤状に曲げて鹿を見下ろした。

「まったく、王の手を煩わせるとは使えぬ契約者だ。……血を見たくなければ家の中で震えていろ」

 言葉は尊大で乱暴だが、どことなく優しさのようなものを感じたアリサは家には戻らず、数歩離れたところに立った。

「ううん、見てる」

 今までは、こういうことからずっと逃げてきた。畑を荒らす猪や鹿は追い払うだけで狩ろうとは考えなかった。年端もいかない少女なのだから野生動物の狩りは無理でも、海は近いのだから魚を獲るくらいならなんとかなったはずだ。

 自分一人だけならそれでもよかった。しかし、今はグリフォンという同居人ができてしまった。

 このままではいけない。

 かと言っていきなり解体ショーを演じられるわけもなく、とにかく、最初は見て慣れる。

 そう決めた。

「フン、好きにしろ」

 グリフォンが腕を振り下ろす。周囲の風が刃となり、血飛沫を散らして鹿という生き物をただの肉片に変えていく。

 飛び散った鹿の血がアリサの頬を打つ。

 あまりにバイオレンスでグロテスクな光景を前に――アリサは決意も虚しく意識を手放してしまった。


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