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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
175/228

Section2-3 野良幻獣の目的

 時は少し遡り――後方客室。

 ケットシーとケツァルコアトルを引き連れた秋幡柚音は、他の客が一人もいない閑散とした空間を見回して溜息をついた。VIP待遇である大魔術師の子供が二人もいるとはいえ、たった八人のためだけにジャンボジェット機を手配する連盟の見栄っ張りには呆れそうだった。

 どうせ見栄を張るなら客室乗務員も用意してくれたらよかったのに……とぼやくとケツァルコアトルが自分の仕事がなくなるとか言い出しかねないのでやめておく。

「キャシー、ケツァ、なにか異常を見つけたらすぐに教えて」

「了解にゃ!」

「……」

 柚音は警戒しながら契約幻獣たちにそう告げるが、いつもならすぐに返事をするはずのケツァルコアトルが無言のまま機内前方を睨んでいた。

「ケツァ、どうかしたの?」

「紘也様たちが向かわれたコックピットに無数の弱い魔力を感知いたしました」

「弱い魔力?」

 柚音も瞑目して感覚を研ぎ澄ませるが、ウロボロスやウェルシュの強大な魔力が邪魔をしてなにも感じない。もっと言えば常にケツァルコアトルが傍に控えているため、まだ見習い程度の力しかない柚音の魔力感知能力は狂いっぱなしである。

「もっと詳しくわかる?」

「魔術師や術式ではありません。恐らく力の弱い幻獣かと思われます」

「野良……ってわけじゃないでしょ。パパがやらかした事件からずいぶん経ったし、弱い幻獣が契約もなしに生き残っているはずないわ」

「にゃー、そう考えるのは早計にゃよご主人。雑魚でもウロボロスみたいにゃ特性や契約以外の魔力供給源があれば生存は可能にゃ」

 ケットシーの言う通りだが、仮に野良の幻獣だとして魔力供給に問題がなければこの飛行機を襲う理由なんてないはずだ。それよりも秋幡辰久の子供である紘也や柚音を狙った魔術組織の仕業だと考えた方が自然だろう。

 油断はできない。

「加勢に行くべきかな?」

「向こうにはウロボロスとウェルシュ・ドラゴンがいるにゃ。みゃあたちが助太刀しても邪魔ににゃるだけにゃよ」

「あなたが言うと説得力絶大ですね」

「にゃんですと!?」

 言外に邪魔者筆頭な扱いをされたケットシーがケツァルコアトルに食ってかかるが、豊穣の神龍は涼しい顔で受け流して柚音に向き直った。

「しかし我が主人、異常は前方だけではないようでございます」

「どういうこと?」

 問うと、ケツァルコアトルは神妙な表情で足下を指差した。

「我々の真下からも、微かに蠢く魔力を感じます。恐らく同じ幻獣かと」

「えっ!?」

 柚音は思わず飛び退きそうになった。

「この下って貨物室よね? どうやって行けばいいの? ギャレーから?」

「昨今の飛行機は機内から貨物室に向かうことは構造上不可能かと」

 どうして異世界のドラゴンが飛行機の構造に詳しいのかは置いといて、自分の足で行けないとなると方法は一つだ。

「キャシー、転移をお願い」

「……猫使いの荒いご主人にゃ」

 ケットシーは溜息をつくと、ピコンと頭から猫耳が飛び出した。腰からも二本の尻尾がふるりと生えてくる。性格は非常にアレだが、彼女は叡智の妖精と謳われるケットシーの中でもかなり高位にあたる二股持ちだ。こと魔術に関しては並の魔術師では足下にさえ及ばない。

 そんなケットシーが足で床に陣を描く。柚音たちごと包む魔法陣が輝き――一瞬の浮遊感を経て目の前に暗闇が広がった。

「寒っ!?」

 突き刺すような冷気に襲われて柚音は咄嗟に自身を抱き締めて震え上がった。しかもかなり息苦しい。幻獣の攻撃かと思ったが、そうではない。

「我が主人、早く魔術で適応を。ここは上空一万メートル。空気が薄く、気温はマイナス五十度です」

「転移する前に言ってほしかったわ!」

 貸切状態で荷物などほとんどない貨物室は空調なんて利いていない。気温はもちろん気圧も調整されていないため、早くなんとかしないと人間は生身だと余裕で死ねる。

「みゃあ、にゃんだか眠くにゃって来たにゃぁ……」

「ケットシー、眠ると死にますがよろしいですか?」

「よろしいわけにゃいにゃ!?」

 瞼を閉じかけていたケットシーをケツァルコアトルが叩き起こしている気配を横目に、柚音は指揮棒程度の長さをした杖を取り出した。

 魔力を流し、術を発動する。

「熱よ」

 柚音たちの周囲に心地よい温かさが満ちる。続いて短剣を取り出し、風の魔術で空気と気圧も地上と変わらない程度に調整した。

 柚音の得意分野は魔女術(ウィッチクラフト)だ。中でも四属性を象徴とする道具をそれぞれ用いることで効果を発揮させる儀式魔術に長けている。とはいえまだ見習いでしかないため、初歩的な術式しか扱えない。それでも見習いの中では優秀な方だ。

 五年前までは一般人と変わりなかった魔力量も、この数年で比較にならないほど成長している。才能も魔力量も大魔術師たる父親譲りだと思うと誇らしく思えてくる柚音だった。

 もっとも、兄にはどちらも敵わないのだが。

「寒さとかはどうにかなったけど、暗くてなにも見えないわ」

 炎で灯すこともできるが、なにに引火するかわからない。些か危険だろう。

 と、夜目の利くケットシーがどこかへ駆けて行った。

「ここにスイッチがあるにゃ。ポチッとにゃ!」

「ちょっとキャシー勝手に――」

 照明のスイッチではなくハッチが開いたらどうしようと身構える柚音だったが、幸いにも天井から電気の光が貨物室内に満ちてくれ――


 黒い毛むくじゃらが無数の赤い目を柚音たちに向けていた。


「ひゃ!?」

 柚音は思わず短い悲鳴を上げてしまった。ムササビと猿が合体したような獣。耳は長く、体長は小柄で五十センチあるかないかくらいだ。

「な、なにこの幻獣? ちょっと可愛いけど」

「グレムリンにゃ!」

「なるほど、飛行機に悪さをしていたのは彼らのようでございますね」

 即座にケツァルコアトルが柚音を庇う位置に立った。コートを翻し、徒手格闘の構えを取る若葉色の長身美女。だが、グレムリンたちはケツァルコアトルではなく柚音を真っ直ぐに見詰めている。

「人間いた」

「魔力強い」

「襲え」「襲え」「襲え」

「攫え」「攫え」「攫え」

 毛むくじゃらたちが一斉に人語を喋り出すと、ざっと散開して柚音たちを取り囲んだ。

「あー、これ、やっぱり私が狙いのようね」

 じりじりと壁に追い詰められる。元々この貨物室は構造的に逃げ場などない。柚音は短杖を構えるが、ケツァルコアトルが手でそれを制した。

「我が主人、下がっていてください」

「……わかったわ」

「了解にゃ!」

「ケットシーは最前線で戦っていただきます」

「にゃんでにゃ!?」

 柚音と一緒に壁際まで下がろうとしたケットシーだったが、ケツァルコアトルに首根っこを掴まれてグレムリンの群れへと投げ込まれてしまった。

「ぎにゃーッ!?」

 砲弾となったケットシーをグレムリンたちは蜘蛛の子を散らすように避ける。流石は猫なだけあって上手く着地したケットシーはケツァルコアトルに文句を言おうとしたようだが、その前にグレムリンが十匹単位で飛びかかってきた。

「んみゃあッ!?」

 悲鳴を上げて逃げ回るケットシー。追いかけるグレムリンの群れ。挟み撃ちされそうになったところをケツァルコアトルが片側を風の衝撃で吹き飛ばした。

「真面目に戦ってください」

「みゃあの特技は逃げることにゃ!? てめえらドラゴン族と違ってバトルは好きじゃねーんだよ!?」

「素が出ていますよ」

「にゃんのことかにゃいん♪」

 ケットシーはぎにゃーぎにゃー騒ぎながらも、一応ケツァルコアトルが討ち漏らした敵に魔術で強化した爪を使って攻撃していく。柚音も風の魔術で援護する。グレムリンの個の力はどうやら本当に弱いらしく、あっという間にその数を減らしていった。

「しかし妙でございますね。彼らに契約のリンクは存在しないようです」

「にゃー。グレムリンは自分で魔力供給できる種族じゃにゃいにゃ。ご主人を狙ってるってことは野良で間違いにゃいと思うにゃよ」

「お兄も方もグレムリンだろうし、これほどの数が生き残っているのもおかしな話だわ」

 柚音でも魔術が当たりさえすれば倒せるレベルの幻獣だ。グレムリンもケットシーと同じく戦闘より知恵に特化している種族のはず。そこの駄猫が知恵とは無縁なイキモノな気がすることはまあいいとして、もしかすると柚音たちの想像が及ばない方法で生き残ってきたのかもしれない。

 だがそうなると、やはりこの飛行機を、魔力を求めて柚音を襲う理由がわからなくなる。

 彼らの目的は一体なんなのだろうか?

「一匹捕獲して締め上げてみるにゃ?」

「それだと嘘つかれた時わからないわ。三匹は必要ね」

「そうなると、これ以上は倒してはいけませんね」

 いつの間にかグレムリンの数は残り三体となっていた。他は全てマナに還ったため死体などは残っていない。死ぬと幻のように消える獣だから『幻獣』と呼ばれているのだろうか、とちょっと疑問に思った。

「こいつら強い」

「強い強い強い」

「もう一つの強い魔力狙う」

 グレムリンたちが柚音を諦めて紘也を狙う算段を始めている。転移もなしにこの貨物室からどうやって脱出するつもりなのだろうか?

「言っておくけれど、あっちの方がヤバいわよ?」

 ウロボロスやウェルシュが容赦をするとは思えない。あちらはとっくに全滅させているだろうから、やはりそこの三体は殺さずに連盟に持ち帰るべきだろう。

 今度は柚音たちがグレムリンを壁際まで追い詰める形となった。

「さあ、話してもらうわ。あなたたちは――」

 言いかけた途端、機体がぐらりと大きく揺れ動いた。

「な、なに?」

 バランスを崩してケツァルコアトルに支えられた柚音は、なにかが見えるはずもないのに周囲を見回した。コックピットでなにかあったのだろうか?

 だが、そうではないことはケツァルコアトルがピクリとなにかに気づいて斜め頭上を見上げたことで判明した。

「我が主人、機体の外に強い魔力が二つ出現しました」

「二つも? 強いってどれくらい? ドラゴン?」

 ドラゴンくらい強ければ柚音でも感知できるが、残念なのか幸いなのか違うようだ。

「いえ、ドラゴン族ほどではありませんが……この禍々しさはアンデッドの可能性が高いです」

「高位のアンデッドには〈吸血鬼の真祖(ノスフェラトゥ)〉や〈最上位幽霊(スペクター)〉みたいにゃバケモノがいるにゃ!? みゃあは絶対戦いたくにゃいにゃよ!?」

 流石にそこまで強力な幻獣なら柚音だって気づくだろう。なんにしてもグレムリンたちを捕縛して兄と合流した方がよさそうだ。

 そう考えた時だった。


 シュン! と。

 柚音の目の前を黒いなにかが高速で通り過ぎた。


「え?」

 ぐらり、と先程とはまた別の揺れ方をしたかと思えば、目の前に()()()()()()()

 状況は、すぐに理解した。

「飛行機が斬られた!?」

 ジャンボジェット機の胴体が綺麗に輪切りされていたのだ。しかも最悪なことに、柚音は切り離された尾翼側、ケツァルコアトルとケットシーは主翼側にいる。

 つまり、分断された。

「アレは……」

 上空を見上げたケツァルコアトルが呟く。そこには二体の黒い影が月光の下に浮かび上がっていた。

 光を反射しない黒い全身鎧(フルプレート)を纏い、死神のような大鎌を握っている。宙に佇む全身真っ黒な馬に跨ったその姿は――首から上が存在していなかった。

 馬も首なしであり、よく見ればそれぞれが自分の首と思われるものを脇に抱きかかえている。

 右が金髪、左が銀髪の美女だった。

 抱えられた首の冷酷な瞳と柚音の目が合い、ゾっとした寒気に襲われる。

「首なしの騎士――デュラハン」

 それはグレムリンなど比ではない。今の柚音では逆立ちしたって傷一つ与えられない高位の幻獣だった。


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