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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
174/228

Section2-2 機械に悪戯する妖精

 乱気流にでも捕まったように機体が大きく揺れる。

「アウチ!? ちょい、この飛行機のパイロットはもっと上手に操縦できないんですか!?」

 転がって座席から放り出されたウロが打った頭を抑えながら抗議の声を上げる。だが、これは操縦が下手とかそういう問題ではない。

「なんだ!? なにが起こってるんだ!?」

 紘也は窓から外を覗いてみる。ミッドナイトブルーに彩られた空の夜景は実に穏やかであり、雲に突っ込んだわけでも気流が乱れているわけでもなさそうだ。

「こ、故障でもしたんでしょうか!? 私墜落なんて嫌ですよ!? なんとかしてください秋幡先輩!?」

「俺に言われても困る!?」

 ぐらぐらと揺れ続ける機体に、座席にしがみついた美良山が顔を蒼白させて無茶振りしてきた。飛行機の専門知識など紘也にありはしない。本当にどこかが故障していたとしてもどうしようもないわけで、その時は素直にウロたちの翼を借りる他ないだろう。

「墜落……ウェルシュの乗った飛行機はなぜかよく落ちます」

「嫌なジンクス持った奴いた!?」

 そういえばウェルシュは日本に来る時も墜落を経験していた。あの時は一般人のハイジャックだったようだが、今回は魔術師連盟が所有する専用機である。ジャックされたのだとすれば紘也たちを狙った魔術師の可能性が高い。

 と、飛行機が急に旋回して進路を変更した。

 落ちていく気配はない。揺れてはいるが、爆発音や異音も聞こえないとなると、やはり故障などではないだろう。

 ふと、紘也は思い出す。

 日本を発つ時、紘也たちの乗る飛行機に妙な影が乗り込んでいたことを。

 乗り継ぎする前の飛行機のことだが、仮にその影が犯人だとすれば紘也たちだけになるタイミングを計っていたことになる。

 嫌な予感がしてきた。

「俺はコックピットを見てくる! 柚音は後方を見て来てくれ!」

「わかったわ。行くわよ、ケツァ。キャシーも叩き起こして」

「御意」

 コクリと頷いた柚音がケツァルコアトルを引き連れて揺れに足を取られながら飛行機後方へと走っていく。それを見送り、紘也も前方のコックピットへと急ぐ。

「ウロとウェルシュも来てくれ」

「アイアイサー!」

「……了解です、マスター」

「秋幡先輩、その、私は?」

「美良山はそこで待機。なにかあったら大声で呼んでくれ」

「うわぁ、足手纏いって言われた気分ですぅ」

 やや不服そうに唇を尖らせる美良山だったが、契約幻獣もいない自分の力の程度は理解しているらしく、大人しく座席に腰を沈めた。

 揺れの中をなんとかコックピットの扉の前まで辿り着くと、ウェルシュが鼻をすんすんさせて無感情な赤い瞳を紘也に向けた。

「マスター、幻獣の匂いがします」

「なに?」

 扉を開こうとしていた紘也は躊躇って手を止めた。言われて紘也も意識を研ぎ澄ますと、扉の向こうに微かな魔力を感じた。

 得体のしれない幻獣がいる。だとすれば迂闊に開けるわけにもいかない。

「でも雑魚ですよ。ここまで近づかないと魔力も感じなかったんですから」

「抑えているんじゃないのか?」

「そういう感じじゃあないですね。ただ数は一匹だけじゃあないようです、よっ!」

 語尾に気合いを込め、ウロは紘也の代わりにコックピットの扉を勢いよく蹴り破った。

 そこには――

「……こいつらは」

 コックピットの機材を黒い毛むくじゃらが覆い隠していた。まるで自販機に群がる羽虫のごとく、機材を埋め尽くして蠢くそいつらは五十センチメートルくらいの小動物にも見える。

 ジャックウサギのような長い耳を頭部に生やし、円らで大きな瞳が一斉に紘也たちを凝視する。短い手足は人間のような五指があり、前足から後足にかけてムササビのような飛膜があるため空を滑空することくらいならできそうだ。

「グレムリンですね」

 ウロが目を細めて彼らの正体を看破した。


 グレムリン。

 ノームやゴブリンに近い妖精族の幻獣だ。かつては人間に発明の手がかりを与えたり職人を手引きしていたが、人間が彼らを不当に扱ったために悪さをするようになったとされている。

 その悪戯は主に機械を狂わせたりするもので、それも飛行機に対する噂が多い。二十世紀初頭のイギリス空軍や、第二次世界大戦中に東京に空襲を仕掛けたアメリカ軍爆撃機などが被害に遭っているらしい。

 機械やコンピュータが原因不明の異常動作をすることを『グレムリン効果』と呼ぶほどだ。


「召喚した時相手の持続魔術カードを一枚破棄できる幻獣ですね。レア度はアンコモンですが使いどころが限られてるのでメタデッキじゃないとまず組み込まないでしょう」

「だからカードの話はいいんだよ」

 よく見れば愛くるしい姿をしていなくもないグレムリンだが、狭い空間に三十匹くらいひしめいていると悍ましさの方が勝る。照明が落とされ、機材の僅かな光だけが漏れる中を無数の赤い目がこちらを見ているとなるともう一種のホラーだ。

 パイロットはどうなったのかと思って見れば、椅子に座ったままぐったりしている。連盟関係者だが魔術師ではないのだろう。胸が微かに上下しているため気絶させられただけだと思われる。

「見つけた」

 すると、グレムリンの一匹が紘也を見てそう呟いた。

「魔力強い人間」

「見つけた」「見つけた」「見つけた」

「襲え」「襲え」「襲え」「襲え」「襲え」「襲え」「襲え」

 堰を切ったように他のグレムリンたちも人語を発すると、一斉に紘也に向かって飛びかかってきた。

「こいつら、紘也くんを狙ってんですか?」

 すかさずウロが割って入り、拳を振るって数匹単位で殴り飛ばす。ドラゴン族の膂力を直に浴びたグレムリンが無事でいられるはずもない。直撃した何匹かは風船が割れるように霧散し、直撃しなかった何匹かは余波でフロントガラスに激突してマナへと還る。

「こいつ、強い」

「危険」「危険」「危険」

 生き残ったグレムリンが警戒するようにじりじりと紘也たちから離れていく。紘也を狙っているということは、やはりどこかの魔術組織の差し金だろうか?

 いや、違う。

「契約のリンクがない……まさか、野良なのか?」

 魔術師と契約しているのなら魔力供給をするための『繋がり』があるはずだ。以前『黎明の兆』が送り込んできたペリュトンのように、群れのリーダー格とだけ契約を交わしている様子でもない。

 だが、野良にしては力の弱いグレムリンが未だに生き残っているのは妙だ。魔力を循環させるような特性もないはずである。

「二・三匹とっ捕まえて吐かせればいい話です!」

「マスター、ウェルシュの後ろにいてください」

 ウロがグレムリンの群れへと突撃し、ウェルシュが〈守護の炎〉で紘也を守る。

「とわっ!」

 ひょいっ。

「せいや!」

 ささっ。

「そぉい!!」

 するっ。

「ぐぬぬ……」

 グレムリンを捕まえようとするウロだったが、すばしっこく逃げ回られてなかなか捕獲できずにいた。

「ええい!? ちょこまかとうざったいですね!?」

「……下手くそ」

「あぁ!? 今なんか言いましたか腐れ火竜!?」

「下手くそと言いました。あとウェルシュは腐っていません」

「だったらあんたが捕まえればいいじゃあないですか!?」

「ウェルシュはマスターを〝守護〟するので忙しいです」

 ウロから逃れたグレムリンが紘也に飛びかかるが、あらゆる敵意から身を護る〈守護の炎〉がそれを許さない。弾かれて床を転がり、痛みに悶えて低く鳴いた。

「こいつ無理」

「向こう。強い魔力見つけた」

「そっち襲う」

「襲え」「襲え」「襲え」

 と、グレムリンたちが耳を欹てたかと思えば、一斉に紘也たちの後ろへと駆け出した。

「あっ、こいつら客室の方に行きましたよ!?」

「くそっ!? 柚音と美良山に狙いを変えやがった!?」

 美良山はぶっちゃけ並だが、秋幡家の血を引く柚音は見習いとは思えない量の魔力を有している。紘也を襲うことは無理だと判断した彼らがそちらに流れるのは自然だろう。

 柚音はケツァルコアトルとついでにケットシーもいるから大丈夫だと思うが、対象の似顔絵を描くことで呪術をかけることしかできない美良山では危険だ。

 だが、客室にいるのは美良山だけではない。


《ふん。吾を忘れてもらっては困る》


 客室へと続く通路を塞ぐように、青い和服を纏ったエイトテールの幼女が立ちはだかった。

「山田!」

《そこで見ておれ人間の雄。このような雑魚など吾にかかれば――》

「やめろ無茶するな死ぬぞ!?」

《もう少し吾を信じてもよかろう!? 流石に負けぬわ!?》

 でも普段の山田がなにかに勝ったところを紘也はついぞ見たことがない。近所の幼稚園児に泣かされていたシーンなら見たことあるから激しく不安だった。

《さあ。来るがよい!》

 両腕を広げ、山田は先頭を走るグレムリンを迎え撃――

「お前、邪魔」

「邪魔」「邪魔」「邪魔」「邪魔」「邪魔」「邪魔」

《ぎゃあああああああああああっ!?》

 体長五十センチメートルの小動物の群れにあえなく撥ね飛ばされた。

「ほらやっぱそうなった!?」

「紘也くん紘也くん、こいつ連れて来ずにかがりんか愛沙ちゃんに預けてた方がよかったんじゃあないですか?」

 ウロが呆れた調子で言ってくる。やめてほしい。目の届くところにいないと紘也の命的に心配だから連れてきたのだ。今のを見てそんなこと言われてしまうと本気で後悔しそうになる紘也だった。

 障害などなにもなかったかのようにグレムリンたちは客室へと到達する。

「わわっ!? 秋幡先輩なんですかコレ!? 微妙に可愛いんですけど!?」

「野良のグレムリンだ! 気をつけろ美良山、魔力狙いで襲ってくるぞ!」

「マジですか!? 私を襲っていいのは孝一先輩だけですよ!?」

「意味が違う!?」

 腕で顔を庇うような防御姿勢を取る美良山だったが、グレムリンたちは彼女を襲わずスルーした。スルースキルは紘也の専売特許なのに、とかそんなことはどうでもよく――

「狙いは柚音だけか。ウェルシュ、〈拒絶の炎〉で進路を塞げ!」

「了解です」

 命じられたウェルシュは即座に真紅の炎を掌へと宿し、それを投擲してグレムリンたちの目の前に炎の壁を出現させた。何匹か突っ込んで消滅する。

「ちょ!? 秋幡先輩なにしてるんですか火事ですよ火事!?」

「いや、お前一応魔術師になったんだろ? これ大丈夫な炎だから」

 天井まで燃え上がる炎を見てテンパる美良山に紘也はげんなりと肩を落とした。元々一般人だったのだから当然の反応と言えばそうなのだろうが、どうにも調子が狂ってしまうから黙っていてほしい。

 グレムリンたちは炎の前で困惑したように右往左往している。

「ウロ、なんか一網打尽できる道具とか持ってないのか?」

「紘也くん紘也くん、あたしを未来の猫型ロボットかなにかだと思ってないですか?」

「近いモノを感じている」

「あたしはあんな寸胴青狸じゃあないですよ!? 見てくださいこのボボズドーンって完成されたナイスバディを!? なんなら触って確かめてみてくださいよほらほらほら!?」

「ウェルシュ、ウロが使えないから奴らを逃がさないように炎で囲ってくれ」

「そこでスルーしちゃいやん!? 出せばいいんでしょ出せば!? あいつらを捕まえる道具を!?」

 結局持っているらしい。

「じゃじゃーん! ウロボロス式幻獣捕獲用電磁ネット!」

 どこぞの空間に手を突っ込んで引き出したのは、絵に描いたような武骨極まるバズーカ砲だった。

「ちょっと離れていてくださいね」

 ウロは片膝をついてバズーカ砲を肩に担ぐと、なにやら凶悪な笑みを浮かべて炎の壁に阻まれているグレムリンたちに向けて照準を合わせる。

 そして引き金を引く瞬間――

 ぐらっと機体がこれまで以上に大きく揺れた。

「ほわぁあッ!?」

 バランスを崩したウロのバズーカから射出された弾丸は、見事に明後日の方向へと飛んでしまった。

《ふぇ?》

 その先にいた山田が目を点にする。弾丸は空中でパラソルのような形状に開き、網目状の電流を放出して山田を閉じ込めた。

《おい金髪なにをすあばばばばばばばばばッッッ!?》

 電流に触れてしまった山田が感電してビクビク痙攣する。骨まで見えた気がした。やばいんじゃないかと軽く戦慄する紘也だったが、ヤマタノオロチの呪いが発動して死ぬようなことはなかったので大丈夫のようだ。

「すみませんねぇ、水タイプには効果抜群でしたねぇ。くぷぷ」

 全く悪びれる様子もなく、寧ろ笑いを堪えるように口元に手をやるウロ。悪魔だ。悪魔がそこにいた。

 それより、今の揺れは今までのものとも違うような気がする。グレムリンが他にもいて、またどこかの機材に悪戯を仕掛けたのだろうか?

 となると目の前にいるグレムリンたちだけに構ってなどいられない。もう一度コックピットにも戻ってみる必要がある。

 紘也がそう考えて踵を返そうとした、その時だった。

「あのう、秋幡先輩……」

 窓の外を見た美良山がさーっと血の気が引いた顔をした。


「なんかこの飛行機、落ちてませんか?」


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