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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
173/228

Section2-1 彼らの機内での過ごし方

 公共の乗り物に乗る時、守らなければならないマナーがいくつかある。

 座席にゴミを残したり、無意味に歩き回ったり、販売員のお姉さんを何十分も足止めしたり、大音量で音楽を聞いたり、大声で騒いだり。

 それは当然ながら飛行機にも当てはまるわけで――

「あたしのターン! ドロー! 来ました来ました来ましたよぉう! あたしの切り札! 『ウロボロス』を召喚します!」

「……させません。ウェルシュは瞬間魔術カード『煉獄の炎』を使用します。『ウロボロス』に5000のダメージです」

「フハハハハッ! そうくると思っていましたよ! なんのために水と地の魔力を残していたと思ってんですか! コストを払えば『ウロボロス』は〝再生〟するんですよ!」

「……知っています。ですが、『煉獄の炎』によって致死量を与えられた幻獣は〝再生〟できません」

「んな!? ぐぬぬ、そうでした……と悔しがると思ったんです? ざぁーねん! 水の魔力を消費し瞬間魔術『防火障壁』をプレイ! このターンに与えられる火属性ダメージは全て軽減され0になります!」

「……くっ、『ウロボロス』の召喚を認めます」

「さあ、腐れ火竜のターンですよ? 最後のターンです! せいぜい足掻くことですね!」

「……ウェルシュのターン。ドロー。全ての魔力を消費し、大魔術カード『終末の虚無』を使用します。あとウェルシュは腐っていません」

「幻獣も魔力も魔術も敵味方関係なく全部吹っ飛ばすリセットカードですね。そんなことさせると思ってんですか? 『対抗魔術』で打ち消し――水の魔力がない!?」

「……不発の〝再生〟と『防火障壁』で使い果たすことはウェルシュの計算通りです」

「あんちくしょぉおおおう!? でもまだ振り出しに戻っただけ!! ここらシュババーンと華麗にあたしが勝利します!!」

 リクライニングシートを倒して確保したスペースに世界の幻獣TCGを並べて、他人様のご迷惑も一切考えず騒ぎまくっているデュエリストたちがいた。

 互いの実力は拮抗しており、かれこれ一時間近く勝負がつかないまま対戦を続けているのだ。相手になにもさせないまま嵌め倒すドSデッキ使いの紘也から見れば、なんとも低レベル過ぎて欠伸が出そうである。

「お前らカードするのはいいけどもっと静かにしろよ」

 でも今は静かに読書のしたい紘也にとっては迷惑以外の何物でもなかった。

「えー、別にいいじゃあないですか紘也くん。他にお客がいるわけでもなし。――地の魔力を設置して『サイクロプス』を召喚します」

「……最初の飛行機ではウェルシュも我慢していました。ウロボロスを倒すまで見逃してください、マスター。――火の魔力を設置。持続魔術『火精霊の加護』を使用します」

 日本からイギリスまでは直通ではなく、一度どこかで乗り継ぎをする必要がある。その乗り継いだ飛行機は魔術師連盟がわざわざ用意してくれたものであり、紘也たちの貸し切り状態だった。

 故に騒ごうが叫ぼうが一向に構わないのだが、せめて遠くでやってもらいたい。なぜ紘也がどこの席に座ろうと必ず隣に這い寄ってギャーギャー遊び始めるのだ。この幻獣どもは。

 こればかりは山田を見習ってほしい。今も紘也から一番遠い席に座って大人しく窓の外を眺めている青い和服幼女は――


《あぁ。吾の愛沙がより遠くへ。どんどん離れていっておる。吾の癒しが。吾の女神が。あぁ……》


 萎れた花のように力なく、虚ろな目をしてぼそぼそと戯言を繰り返していた。アレはもうダメかもしれない。

「お兄、さっきからなに読んでるの? 小説?」

 後ろの席から退屈そうに柚音が覗き込んできた。行儀は悪いが、ウロたちよりはマシなので注意するほどではない。

 紘也は本に栞を挟んで閉じると、その表紙を妹に見せた。

「いや、崩れた家から辛うじて見つかった魔術書だ」

 無事だった魔術書は葛木家に預かってもらっているが、丁度いい時間潰しがなかったので何冊か持って来たのだ。秋幡家に保管されていた書の大半は十年以上前の古い理論で、その全てを紘也は読破している。それでも今後のことを思えば読み直してみるのも悪くないだろう。

「紘也くん紘也くん! そんなつまんないもん読むくらいならあたしがもっといいもの持ってますよ! ほらこれ! 話題のライトノベル作家・呉井在麻先生が手掛けた混沌コメディ小説『異世界邸の日常』! ちゃんと一巻から揃ってますよ!」

「そんなSAN値が下がりそうなもん出さんでいい! 俺は魔術書を読みたいんだ!」

 無限空間からボトボトと大量の文庫本を撒き散らすウロは無視することにし、紘也は栞を挟んでいたページから魔術書の読解を再開した。

 書の内容を見た柚音が顔を顰める。

「うわ……それ何語? 英語じゃないよね?」

「ドイツ語」

「お兄、もしかして頭いい?」

「魔術書は読めるが日常会話とかは無理だぞ?」

 これでも魔術師を辞める前は未来の大魔術師として期待されていた紘也である。こと魔術に関することならドイツ語に限らず十ヶ国語程度なら五歳の時には普通に読めていた。

「私は英語か日本語じゃないと無理」

「見習いならそんなもんだろ」

「超上から目線……なんかムカつくわね」

 不愉快そうにムスッとする柚音。確かに見習いとはいえ現役魔術師が、元魔術師とはいえ現役一般人にそんなことを言われたら不服だろう。

「大丈夫にゃご主人! みゃあは日本語でも英語でも無理にゃ!」

「おい叡智の妖精」

 柚音の隣の座席に行儀悪く立ち上ったケットシーは、本当にこれのどこに『叡智』が欠片でも潜んでいるのか謎すぎるアホ面で笑っていた。

「秋幡先輩ってそんなに凄かったんですかぁ? なのにどうして魔術師をやめちゃったんです?」

 と、紘也から見て廊下を挟んだ隣の席に座っていた美良山が小首を傾げた。スケッチブックになにかイラストを描いていたようだが、紘也似の少年が孝一似の少年と裸で縺れ――それ以上はなにも見えない。

「仁菜ちゃん!」

 紘也の過去をほじくり返すような発言に柚音が声を荒げた。

「美良山、親父から聞いてないのか?」

「聞いてますよ。デリカシーないこと言っちゃったのは謝りますけどー、でもそんなに凄い魔術師だったのなら、たった一回の失敗で諦めるんじゃなくて自分でお母さんを治す術の研究とかした方がよかったんじゃないかなぁって思ったんですぅ」

「あー……」

 言われ、紘也は天を仰いだ。

「その発想はなかった」

「にゃはははは! それはしょうがにゃいにゃ。できる人間はプライドが無駄に高いからにゃあ。一回失敗しただけで心ボッキボキでネガティブ方向にしか考えられにゃくにゃるんにゃよ。ねぇ、お兄にゃん♪」

 後ろから紘也の前の席に飛び移ってきたケットシーが愉快そうなドヤ笑顔を紘也に向けた。図星なだけに紘也はなにも言い返せないが――

「ぶっ飛ばしてぇ、その笑顔」

「にゃっははははっはーっ! やれるもんにゃらやってみろ人間!」

「ちょっとキャシー!」

 そういうことは一切関係なくこの糞猫がうざい。座席をぴょんぴょん飛び移って紘也を煽っている。本気でうざい。

「ぶにゃ!?」

 そのうざいケットシーの顔面に拳が減り込んだ。飛行機の壁で綺麗にピンボールしながら後方へと吹っ飛んでいく。

「ぶっ飛ばしました。うちの駄猫が失礼を。どうかお許しください」

 ケットシーを殴ったのは、若葉色の髪をしたロングコートの女性――〈アステカの豊穣龍〉ことケツァルコアトルだった。

「いや、ホントにやらなくても……まあいいか、ケットシーだし」

 あのまま放置していてもその内ウロ辺りが同じことをしていただろう。無駄に頑丈なケットシーである。神級のドラゴン族に殴られた程度で消滅することはあるまい。

 ケツァルコアトルは執事然と頭を下げる。

「お飲み物をお持ちします。コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」

「俺はコーヒーで」

「じゃあ、私もお兄と一緒で。仁菜ちゃんは?」

「んー、コーヒーって気分じゃないし紅茶かな」

「承知いたしました」

「あたしはコーラでお願いします! あとポテートも!」

「コーヒーか紅茶と言っています、ウロボロス」

「……ウェルシュはコーヒーです。マスターと同じです」

「承知いたしました」

《……愛沙》

「コーヒーか紅茶と言っています、ヤマタノオロチ」

 貸し切りでなければこのような賑やかさにはならなかっただろう。クラスメイトなどウロしかいないが、まるで修学旅行みたいな気分に紘也の心も密かに弾んでいた。

「ではすぐにお持ちします。少々お待ちください」

 ケットシー以外の全員の注文を聞き終えたケツァルコアトルが、一礼してから調理場(ギャレー)に向かう。

 その時――


 フッ――と、機内の照明が突然消えた。


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