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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
171/228

Section1-6 紘也の目指す処

「酷い目に遭ったわ……」

 夕亜たちから解放された後、最上階のフードコートで紘也と香雅里は休憩していた。

 テーブルに疲れた様子でぐったり寝そべる香雅里という図はなかなかに珍しい。そんなに嫌だったのに試着させられた服はなぜか全て購入しているのだが……店に対する迷惑料のつもりなのだろう。

「まあいいじゃないか。面白いものが見れたし。思い出になってしまえば楽しかったって言えるだろ」

「あなたは特に被害も受けてないからでしょ!? ていうか思い出したら刺すわよ!?」

「やめろ護符を取り出すな!?」

 鬼気迫る表情で睨まれては紘也も忘れたことにするしかない。いくら魔力操作で多少身体能力を上げられるようになったとはいえ、香雅里が相手だと五秒と持たない自信のある紘也である。

 苦笑する紘也を香雅里は威嚇する猫のように数秒睨むと、葛木家の宝刀が収められているだろう護符を懐に仕舞った。コーヒーショップで買ってきたアイスカフェラテを一口飲んでから、自分を落ち着かせるように一息つく。

「それで、出発は明日なのよね?」

「ああ、向こうには夕方に着く予定だ」

 父親の関係で紘也も海外は初めてというわけではないが、あの事故以来ロンドンだけは避けてきた。最後に行ったのは五歳の頃だったか。

「パスポートはあるの?」

「流石になしで海外行こうとするほど俺はマヌケじゃないぞ」

「あなたじゃないわ。ウロボロスたちのよ」

「あー」

 幻獣たちが人間のルールに則っているのかについては確かに疑問だろう。実は紘也もそう思って確認しておいた。

「ウロはなんか持ってた。ウェルシュは元々飛行機で日本に来てたし、親父が持たせたんだろ。山田は俺のパスポートを更新するついでに作っておいた」

 ちなみにウロボロスの国籍はなぜか日本になっていて、名前もなぜか『フローラ・ウロボロシュタイン・()()』となっていたが、そこはまあスルーした。

「作ったって……戸籍とかどうしたのよ?」

「……」

 バッ!

 紘也は高速で明後日の方向に首を回した。視線をコーヒーショップの看板にやりながらブレンドコーヒーを一口。

「このコーヒー美味いな」

「露骨に逸らしたわね」

 香雅里の真っ白な視線が突き刺さるのを感じる。そこはちょっと触れてほしくない領域だ。紘也は黙秘権を行使することにした。

「まあ、そういうところは突っ込んだら負けなのでしょうけど」

「そうだな。言及するなら実行犯のウロにしてくれ」

 紘也はなにもしてない見てない聞いてない。なんか隣で怪しげな術式を展開していたような気がするけどキノセイに違いない。

「それは目を瞑るとして、ちょっと真面目な話をしてもいいかしら?」

「なんだ? いきなり改まって」

 急に真剣な目つきになった香雅里に、紘也はコーヒーカップを置いて視線を戻す。

「ハッキリ確認しておきたかったのよ。秋幡紘也、あなたは魔術師をやめてるのよね?」

「そうだが?」

 十年前のあの事故をきっかけに紘也は魔術師をやめた。ただやめただけじゃなく、父親に頼んで魔術を使えなくしてもらったのだ。

 そんなことは香雅里だって知っている。今さら確認することではないはずだが、本題はそこではないのだろう。

「ロンドンに――魔術師連盟の総本山に行ってどうするつもりなの?」

「どうするって……」

 まずは母親が入院している連盟付属の病院に行く……などと予定を訊いているわけではないことは彼女の雰囲気から察した。

 ならば答えは――

「そんなの決まっている。幻獣騒動や『朝明けの福音』の件が完全に片付かない限り、いつまた愛沙や孝一、俺の大切な誰かが危険な目に遭うかわからないだろ。そういう時に俺が足手纏いのままじゃ誰も救えない。臭い台詞になるかもしれんけど、望むなら大切な誰かを、最低でも自分の身を守れるくらいの強さが必要だ。それを手に入れる」

 紘也自身が最強になんてならなくていい。自分の身さえ守ることができれば、少なくとも周りの最強(ウロボロス)たちが存分に戦える。彼女たちの弱点でいたくない、というのも本音だ。

 だが、香雅里はその答えに満足などしなかった。

「そうじゃないわ。具体的にどうするのかって聞いてるのよ。魔術師に戻るの? あなたでも扱える強力な魔導具でも貰ってくるの? なんにしても一朝一夕でどうにかなるほど魔術界は甘くないわ」

「そんなことはわかってるさ。俺だって元魔術師だ」

「十年のブランク。しかも当時は子供。この際だからハッキリ言うわ。いくらあなたが天才だったとしても、今から頑張ってそれを取り戻したところで付け焼刃にもならない。まともに戦えるレベルになる頃には現状の問題はとっくに片づいているでしょうね」

 ウロだったら能天気に『なんとかなる』とでも言いそうなところだが、香雅里はより現実的に考えて紘也に問題を突きつけている。

「葛木は厳しいな」

「厳しくもなるわよ」

 少し言葉から刺を抜いてそう告げると、香雅里はカフェラテのカップに口をつけた。心配している、と思っていいらしい。

 ただ正直、紘也も細部までプランを練っているわけではない。

「具体的に、か。とりあえず親父に俺の魔力回路の封印を解除してもらうことは絶対だ。それですぐに魔術が使えるようになるなんて思っちゃいないが、それによって今の俺の体がどうなるか未知数なところがある。実際どうするかはロンドンにつくまでの宿題だな」

「せいぜい考えることね。まあ、ウロボロスに聞けば手っ取り早く強くなれる秘薬とか持ってそうだけれど」

「いや漫画じゃないんだから……って言えないのがウロだった」

 錬金術の目標点(エリクサー)などというチートアイテムを下位回復薬(ポーション)のごとく作ったり使ったりしている奴だ。飲むだけで戦闘力が百倍になる神の水とか平気で出してきそうだから怖い。

 あったとしても、飲まないが。

「そうだ葛木。俺が留守の間だけど、もしなにかあったら愛沙や孝一を頼めるか?」

 どうせなら紘也も一つ懸念事項を解決しておこうとそう言うと、香雅里は飲み干したカフェラテのカップをテーブルに置いて心なし柔らかく微笑んだ。

「頼まれなくてもそうするわ。この街と人を守ることも葛木家の仕事よ」

 なんとも頼もしい言葉だ。実際に今まで葛木家がそうしてくれていたから紘也たちの平和があったと言っても過言ではない。

 と――


「あ、紘也君と香雅里ちゃん発見!」

「お兄、あっちのイタリアレストランでお昼ごはんにするって」


 百貨店の店員に連行されたはずの夕亜と柚音が手を振りながら歩み寄ってきた。店員の制服を勝手に拝借したのか魔術でそう見えるようにしたのか知らないが、長時間試着室を占拠していたこともあって二人はがっつり怒られていたはずだ。

「やっと解放されたみたいだな。美良山たちは?」

「先に入って席取ってくれてる」

 夕亜はともかく柚音も特に凹んでいないところを見るに、どうやら穏便に済んだようだ。

「あれ? もしかしてお邪魔だった?」

 すると、同じテーブルでティータイムをしていた紘也と香雅里を見て柚音がなにやらニヤリと笑った。

「ハッ! そうだった! 香雅里ちゃんの着せ替えが面白すぎて二人をデートさせること忘れてたわ!」

「デートなんてしてないわよ!?」

 ガタリと椅子を倒して顔を真っ赤にした香雅里が立ち上がった。

「ていうか夕亜!? 私はまだ怒ってるんだから!?」

「ワオ! 香雅里ちゃんの背後に般若の顔が見える! 逃っげろー♪」

「待ちなさい!」

 憤激した香雅里から楽しそうに逃げ去る夕亜。香雅里も彼女を追いかけて行ってしまい、残された紘也と柚音は苦笑で顔を見合わす。

「元気だな」

「走り回ってまた怒られないといいけどね」

 仕方ないから空になったカップを返却口に戻し、紘也たちも昼食を取る予定にしているレストランへと向かった。


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