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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
168/228

Section1-3 魔力の制御と肉体強化

 万引き犯が転がるようにエスカレーターを下っていく。怒号を撒き散らし、押し退けられた客が迷惑そうな顔をしている。

 だが、紘也たちはまだ追いかけない。

「顔は覚えました」

 美良山がそう言ってスケッチブックを取り出した。それから鉛筆を力強く握り、猛烈な勢いで万引き犯の似顔絵を描き始める。

 速い。元々画力が高いことは紘也も知っていたが、たった数十秒で一度見た人間の顔をそっくりに描ける才能は魔術師より画家になった方が将来のためな気がする。

「はい、できました♪」

 スケッチブックには間違いなく先程の外国人男性の顔が描かれていた。ただしその表情は――苦悶に歪んでいる。

 類感魔術。

 別名を『類似の法則』と呼ばれる、『形の似た物は相互に影響を及ぼし合う』という考えから生まれた魔術だ。ボディペイントで動物の能力を宿すような使い方もあるが、どちらかと言えば憎い相手を模った人形に釘や針を打ち込む『丑の刻参り』などの呪術として使われることが多い。

 美良山も後者だ。人形の代わりに似顔絵を描くことで対象に呪いをかけることができる。

「うご……き、急に腹がッ!? 腹がぁあッ!? ふぐおっ!?」

 追いかけてみると――案の定、百貨店の入口付近で顔を真っ青にした外国人男性が自分の腹を抱きしめて悶絶していた。ぐきゅるるるぅ、と決して空腹とは違う、内臓の故障を疑うような酷い音が周りに聞こえるレベルに鳴り響く。

 それでも外へ逃げようとする万引き犯。

「私がトドメを」

「だからケツァはダメ!」

「俺が行く」

 柚音を支えながら手刀を構えるケツァルコアトルを紘也は手で制し、目を閉じて意識を集中させる。

 内なる魔力を体全体へと浸透させていく。魔力で筋肉を保護するように覆うイメージ。その魔力を絶え間なく〝循環〟させ、躍動させ、活性化させる。

 脳の枷が外れる。

 常人の限界を超えた出力が可能になる。

 葛木家の術式を参考に、ウロボロスの特性を真似した魔力制御で強引に行った肉体強化だ。

 ここまで、ほんの一瞬。

 万引き犯の前に回り込むのに、もう一瞬。

「盗ったもんは返してもらうぞ。あとさっき突き飛ばした俺の妹にも謝ってもらう」

「な、なんだてめえ!? そこどけやぁあッ!?」

 大振りに放たれた拳を紘也は体を横にずらしてかわす。格闘技などやったことのない紘也だが、肉体強化していれば視力も動体視力も上がるのだ。所詮は一般人が振るった拳などあたりはしない。美良山の呪術で弱っているなら尚更だ。

 卑怯かもしれないが、ここで魔術師でもない万引き犯に臆しているようでは腹に括った覚悟が崩れ去ってしまう。幻獣は無理でも、またリベカ・シャドレーヌのような魔術師に襲われた時に自分の身くらい守れなければ話にならない。

 戦えることを証明する。自分自身に。

「のあっ!?」

 紘也は万引き犯の足を引っかけて転倒させた。空中に放り出された盗品をキャッチし、万引き犯の背中に馬乗りして腕の関節を極めた。

「ほがぁああッ!? ぎ、ギブ!? ギブ!? わかった!? 返す!? 謝るから腹もヤバイってもう限界だってトイレに行かせ……あっ」

 涙目でじたばたしていた万引き犯は、観念したのか気絶したのか全身から力が抜けた。紘也が腕を放した後もピクピクと痙攣したまま起き上がる気配がない。

 死んだ魚のような放心し切った表情をしているが……とりあえず生きてはいるようだ。変な臭いがするのはキノセイだと思う。

「美良山、お前、呪術強くかけ過ぎたんじゃないか?」

「いやいや、秋幡先輩がやり過ぎたんでしょう?」

 そんなことはない。紘也がやったことは足を引っかけて関節を極めただけだ。魔力制御による肉体強化がまだ慣れてないとはいえ、いくらなんでもこうはならないだろう。たぶん。

「両方ではないかと思われますが」

 自分が動くことは止めたくせに、と言外に視線で訴えて来るケツァルコアトルはスルーしておく。

「ん~、でもでも、これじゃ柚ちゃんに謝ってもらえないですねー。起こします?」

「鬼だなお前」

 似顔絵を破いて呪術を解除しながら鬼畜なことを言う美良山に、紘也も一般人相手にちょっとやり過ぎたかもと反省する。

 反省して、気づく。

 もう自分が『一般人』などと他人を表現してしまうほど、常識から外れてしまったことを。

 一度は手放した。そして再び望んだ。

 覚悟を決めたはずなのに、未だにそんな葛藤をしてしまう辺りまだまだ弱い。

 気を引き締めよう。

「ていうかお兄、本当にそれ魔術使ってないの? なんかめちゃくちゃ強くなってない?」

 柚音が店員に盗品を返して何度も頭を下げられている兄をちょっと引いた目で見てきた。

「まあ、魔力制御で身体能力を上げれば一般人相手なら充分戦えるよ」

「思うんだけど、それって身体の負担が凄いんじゃないの? 大丈夫?」

「負担も魔力制御である程度軽減できるから、そこまで心配はいらないかな」

「……人はそれをチートと呼ぶ気がするんだけど」

「なっ!?」

 馬鹿な。紘也のどこがチートだと言うのだ。紘也がチートだったらドラゴン族の幻獣などはどうなる? バグだろうか?

 紘也は強くなりたいとは願ったが人間を辞めたいなどとは微塵も思っていないわけで、チート呼ばわりは大変心外である。

 どうやって弁明しようかと紘也が逡巡を始めたその時――


「騒がしいと思ったら」


 呆れを含んだ氷のように冷たい視線と声が背中に突き刺さった。

「こんなところでなにしてるのよ、秋幡紘也」

 そこには警察に連行されていく万引き犯と入れ替わりに、見知った顔の少女が腰に片手をあてて平たくした目で紘也を見据えていた。

「葛木……と、えッ!?」

 彼女は家を失った紘也たちが今お世話になっている陰陽師の名家――葛木家の次期宗主候補である葛木香雅里である。

 だが、紘也が驚いた理由は彼女ではない。

 もう一人、白いワンピースを着た黒髪の少女が後ろからひょこっと顔を出したからだ。

「ワオ! 紘也君だやっほーっ♪」

「日下部!?」

 八櫛谷でヤマタノオロチと共に戦い、そして心臓に課せられた封印術式の自壊によって入院生活を送っているはずの少女――

 封術師の日下部家頭首――日下部夕亜だった。


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