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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-05
166/228

Section1-1 秋幡邸の建て直し

 瓦礫が撤去され、清々しいほどなにもなくなった我が家の敷地に秋幡紘也は複雑な感情を抱いていた。

 こうして現実を突きつけられているが、つい先日までは十七年間暮らしていた家が普通にあったのだ。紘也の父親を目の仇にしていた魔術師がやんちゃした結果がこれである。しかも、紘也が与り知らぬ間にやられたもんだから実感がなかなか湧いてこない。

「まったく、親父の奴……」

 頭痛を覚えて紘也は頭に手をあてた。その魔術師が紘也も狙っている可能性を考慮した父親の策略によって県外に逃がされていたわけだが、正直に言うと余計なお世話だった。今の紘也は魔術師を辞めているが、強力な幻獣たちが傍についてくれている。襲ってくるなら紘也たちで迎撃した方が家も壊されずに済んだかもしれない。

 とはいえ、そのことがなくとも紘也の覚悟を試すために妹まで巻き込んでなんやかんやさせられたことには変わりない。

 試練は合格。

 ロンドン行きはチケットの関係上、明日だ。

「こうなったらポジティブに考えましょう。新築に住めるんですよ新築に! あたしたちの新しいラヴラヴ生活がイチャムフワフーッって感じに待っている!」

 同じように様子を見に来た居候だった蛇……もとい、〝無限の大蛇〟ことを幻獣ウロボロスがなんか体をくねくねさせながらアホなことを言い始めた。

 緩やかなウェーブのかかったペールブロンドの金髪をくゆらせて、なにを想像したのかピンク色に上気した頬に両手をあてている。青い瞳には夢想の世界の光景しか映っていないようで、そこには目の前の空き地に立派な家でも建っているのだろう。

 見た目は超絶美少女だというのに、中身がまったくもって残念極まる蛇である。

「……新しい家はウェルシュとマスターだけ住めればいいです。ウロボロスと山田の部屋はいりません」

 そんなウロボロス――略称ウロに対抗するがごとく、〝ウェールズの赤き竜〟ことウェルシュ・ドラゴンが頭の天辺から生えたアホ毛をピコピコ動かした。燃えるような赤毛をバックでツインテールに結った、こちらも超がつく美少女の姿をしている。中身の残念さもウロボロスと引けを取らない。

 ちょっとカチンと来たらしいウロは片眉をピクピクさせた。

「そうはいきませんよ! どうせ建てるなら前よりもっと大きな家です! 寛容なウロボロスさんはどっかの腐れ火竜みたいにケチ臭いことは言わないので、あんたらが住むことも許可します。山田は犬小屋でいいとして、腐れ火竜は離れの小さな物置がベストポジション」

《ふざけるでない金髪!? この吾が犬畜生と同じ扱いだと!?》

 気持ち下の方から八つに重なった奇妙な声で抗議したのは、〝巨大(笑)な霊威(笑)ある者www〟ことヤマタノオロチである。見た目は身長百二十センチメートルに届くか届かないかといった和装の幼女であり、現状だと紘也が魔力を与えなければ肩書きに草が生えるほどのポンコツ幻獣だ。

《……なぜか今物凄く馬鹿にされた気がする》

「キノセイだろ」

 ジト目で紘也を睨む山田。こいつら幻獣は稀に勘がよくなるから面倒臭い。

《とにかく。吾は己らの犬に成り下がったつもりはない!》

「……そうですね、犬が可哀想です」

「あー、山田はチワワにも負けそうですからもっとランクダウンが必要ってことですか。自ら進言するとは立場をよく弁えてますね。庭の隅一メートル四方に藁を詰めるだけにしましょう」

《言わせておけば己ら……。ククク、どうやらどちらが上なのかハッキリさせる日が来たようだな》

 山田はその場で地団太を踏んだかと思えば、なにやら不適に笑ってからバッ! と勢いよくウロに飛びかかった。

「ん? 紘也くん紘也くん、なんか怪しい人たちがこっちに近づいてますけど」

 すると、ウロが路地の先に視線を向けた。紘也もそちらに目をやると、作業服を纏ったとても堅気には見えない屈強そうな男たちがこちらへ向かって真っ直ぐ歩いていた。ちなみに短い腕をくるくる振り回す山田は顔面を靴の裏で踏みつけられている。

 男たちの一人が紘也を見つけて小走りで駆け寄ってくる。

「ああ、あんたが秋幡紘也の旦那ですかい。あっしはこういうもんでさ」

 ニカッと豪快かつ爽やかな営業スマイルでいきなり名刺を渡された。

「瀧宮組系列浦濱建築株式会社――若頭・校倉直江?」

「おう。秋幡辰久の旦那から住居の建て直しを依頼されてな。ああ、心配せんでくだせぇ。あっしらも魔術には理解がある方でして」

「は、はあ」

 もう建て直しの依頼をしていたとは、父親にしては仕事が速いと感心する紘也だった。しかも魔術界にも精通している様子。確かに一般の建築会社だと秋幡邸での作業は危険もあるかもしれない。どこかで聞いたことあるような組の名前だが気にしないことにする。

「さっそく作業を入りてぇのですが、よろしいですかい?」

「ああ、はい。大丈夫です」

 頷くと、なんか顔に生傷の目立つ男たちが測量機器を持って敷地内へと入っていった。魔術に関わってはいるようだが、ただの建築会社だと思いたい。ヤの人たちではないと信じたい。

「待ってください! どういう家を建てるかもう決まってるんですか?」

 自分も作業に入ろうとした若頭らしい彼をウロが呼び止めた。若頭は怪訝そうに眉を顰め、作業服のポケットから一枚のA4用紙を取り出す。

「ええ、ざっくりとした設計図は旦那からいただいてますが?」

「ちょっと見せてください」

 引っ手繰られた。

 ウロはざっと設計図に目を通し――

「ふざけてんですか?」

 ドスの利いたとんでもなく不機嫌そうな声で若頭に設計図を突きつけた。筋骨隆々とした屈強な若頭だが、ウロの放つ圧倒的な気迫に怯んだように一歩たじろぐ。

 ――なんだ? まさか、建築会社と見せかけた犯罪魔術組織だったとか?

 警戒する紘也。設計図もカモフラージュで、実際にそれを組み立ててしまえばなにかしらの魔術が発動するようになっているのかもしれ――

「これじゃあ天井裏の隙間が少ないじゃあないですか! 屋根裏部屋を作れるだけのスペースは必須です! あたしが描き直します!」

「ちょっ!? 姐さん!?」

 そんなことはなかった。

「ウェルシュの部屋も作ります」

《己らだけに任せられるか。吾に相応しい屋敷になるよう改良してくれる!》

 ウェルシュと山田までどこからかペンを持ち出して設計図に手を加え始めた。傍から見ると女の子三人が仲良くお絵描きしている図である。傍から見ると。ここ重要。

 とりあえず若頭には紘也から頭を下げておくことにする。

 と――

「お兄、やっぱりここにいた」

 若頭が作業に入ったのと入れ替わりに、紘也と同じ黒髪をサイドテールに結った少女がやってきた。紘也の妹――秋幡柚音である。

「柚音、どうした?」

 五年振りに再会した柚音を、紘也は最初妹だと気づけなかった。彼女が紘也を試すために素性を隠していたこともあるが、魔術の魔の字にも関わっていなかった彼女が魔術師になっていたからだ。しかも二体の強力な幻獣と契約しているとなると、ちょっとしたベテラン魔術師だと勘違いしても仕方ないだろう。

 もっとも、柚音は内に秘めた魔力量がずば抜けているだけの魔術師見習いだ。そういう点では紘也も同じだろう。

「ちょっと買い物に付き合ってほしいの。向こうの友達に日本のお土産いっぱい買って帰る約束してるから、荷物持ちお願い」

「はっきり言うな。まあ、俺たちも旅の準備が消し飛んだから買い物は必要だが……」

 旅の準備どころか家を含めた生活用品全て失ってしまったわけだが、そこは父親が責任持ってなんとかしてくれるらしい。だが、すぐに必要になるものだけは買い揃えておかなければならない。いつまでも葛木家には頼っていられないのだ。

「ウロ、ウェルシュ、山田、今から買い物行くけどどうする?」

 荷物持ちなら人手は多い方がいいだろう。

「すみません紘也くん、今ちょっと手が離せないです」

「ウロボロス、そこはウェルシュが確保した部屋です」

《待て。さりげなく外に『山田小屋』と書いたたわけはどいつだ!?》

 ウロたちは紘也の方を振り向きもせず、設計図の描き直しに夢中だった。これは満足するまで一歩も離れそうにない。もし彼女たちの要望通りに家が完成してしまったらどんな伏魔殿になってしまうのか今から恐怖する紘也である。

「……行くか」

「そうね」

 普通の家になってくれることを望みつつ、紘也は建設現場を後にするのだった。


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