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天井裏のウロボロス  作者: 夙多史
Volume-04
162/228

Section4-11 払暁の糧

 刀がたっぷり吸ったウロボロスの血を、漢服の男は取り出した小瓶に流し入れていく。

「ウロ! おい、なんで起きないんだよ!」

 地に伏したウロは、人化状態の心臓部分からドクドクと血を流したままピクリとも動かない。傷が〝再生〟していないのだ。それでいて血だけは〝無限〟に溢れてくるもんだから、地面に吸収し切れなかったものが血溜まりになっている。

「動かさないでください、紘也様。毒や呪いといった全身に回ることでより効果を発揮するタイプは〝循環〟の特性と相性が悪いのです」

 ウロの肩を揺さぶろうとした紘也を止めたのはケツァルコアトルだった。

「呪いだと……?」

 紘也は漢服の男を見る。その手に握られた日本刀を見る。まさか、あれが香雅里から聞いていた妖刀〈朱桜〉なのか?

「私の力で呪いを浄化できるかわかりませんが……」

 そう言ってケツァルコアトルがウロの傷跡に手を翳した。治癒だと思われる白い輝きがその掌からウロに流れ込んでいく。

「文海さん、これはなんのつもり?」

 柚音が漢服の男を睨みつけた。名前を口にしたということは、知り合いなのだろうか?

 文海と呼ばれた漢服の男は、柚音を見るやニヤリと唇を歪めた。

「シトロン……いや、柚音ちゃん言うんやな。秋幡辰久はんの娘やったなんて驚きや」

 見たところ中華系の人間だが、口調はなぜかイントネーションのおかしい関西弁だった。

 柚音は苦虫を噛み潰したような顔をすると――

「そんなことはいいの!? それよりどうしてウロボロスを斬ったのかって訊いてるのよ!?」

「愚問やで、こんなん最初からコレが目的やったからに決まっとるやんけ。〝再生〟しよるウロボロスをただ斬っただけやと必要量の血は採れへんから、キリアンのドアホを誑かして妖刀を蒼谷市に持ち込んでもらったんや。ボクらが持って入ろうとしたらいろいろと引っかかるさかい。こういう時、犯罪者はホンマに便利やで」

「……仁菜ちゃんは?」

「お友達の心配かいな? さあなぁ、今頃どうなっとるやろうなぁ」

 柚音が下唇を噛む。今の遣り取りだけで大まかには把握できた。要するに、味方面して柚音とその友達(?)について来たこの男が、今回の騒動の裏で動いていた元凶ということだ。

 紘也の家を破壊したのはキリアンだ。そのキリアンはこの男が糸を引いていた。ウロを刺し、妹にこんな顔させたこの男を無視できるか?

 紘也にはできない。

 怒りがマグマのように湧いてくる。それでいて激昂するほど紘也は熱血ではない。頭は意外なほど冷静だった。

「ウロボロスの血……あんたが誰だか知らねえが、それをどうするつもりだ?」

 もしここで『不治の病に苦しんでいる人々を救うためです』などと言われたらちょっと困る。十中八九、嘘だろうが。

「これはこれは、秋幡紘也はんやったな。挨拶が遅れてすんません。ボクは劉文海。魔術師商会『払暁の糧』で副会長をやってます」

 その組織名は香雅里から聞いた。連盟御用達の魔術師商会だとかなんとか。

 だからどうした?

「あんたの名前なんて聞いてねえよ」

「せやったな。これをどうするかやったな。ん~、どう言えばええやろなぁ?」

 劉文海はウロボロスの血が入った小瓶を顔の前に持ってきて軽く振るう。そして数秒ほどしてその糸目の顔に名案を思いついたような笑みを浮かべた。

「せやせや、紘也はんたちならこう言えば一発やろか」

 勿体ぶるように数歩歩くと、劉文海は首だけ振り返って口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――ッ!?」

 声が出なかった。驚きのあまり頭が真っ白に染まった。リベカ・シャドレーヌの怨嗟を思い出し、心の深い場所から怯えに似た感情すら湧き上がってきた。

「『黎明の兆』……マスター、〝拒絶〟の許可を」

《この人間。吾の愛沙を攫った連中の仲間か。おい人間の雄。吾にも魔力を寄越せ。この愚か者を磨り潰してくれる!》

 ウェルシュと山田が紘也の前に出る。おかげで正気づいた。紘也の冷静な部分が流石に山田に魔力を送るのは過剰戦力だと判断する。だが、いつでも魔力を送れるように心の準備だけはしておいた。

 劉文海が不愉快そうに顔の前で手を振った。

「ちゃうちゃう。ボクをあんな狂った妄信団体と一緒にせんといてぇーな。ボクはあくまで『払暁の糧』、そんで『朝明けの福音』のメンバーや」

 紘也からしてみれば同じだ。『黎明の兆』が『朝明けの福音』に名前変えしただけという認識に過ぎない。

「連盟に報告させてもらうわよ、文海さん。『払暁の糧』の副会長が『朝明けの福音』に寝返ったって」

「あかんで、柚音ちゃん。報告は正確にせえへんとな」

 身構える柚音に、劉文海はニヤニヤと嫌らしく笑いながらコホンと一つ咳払いをした。

「『黎明の兆』が『主』を呼び戻し、『払暁の糧』が情報・資金面で支え、『早天の座』が復活した『主』を警護する。福音を分かつ三つの組織。三つの頭首。やがて朝明けの下に集いて『未来』を築かん。……つまりボクだけやない。()()()『払暁の糧』は、創設当時からずっとやがて復興を果たす『朝明けの福音』の歯車やったちゅうことや!」

 寝返ったのは劉文海個人ではなく、『払暁の糧』という組織。いや、『黎明の兆』と同じように、最初から解体された『朝明けの福音』の一部だったということだ。

「お待ちください!」ケツァルコアトルの焦りを滲ませた声を紘也は初めて聞いた。「『早天の座』……現代最強最大の魔巧傭兵団まで福音の一部だと仰るのですか!」

 劉文海は笑みを貼りつけるだけで答えた。どうやら事態は紘也が考えているより遥かに深刻なようだ。

「『主』が蘇り、『朝明けの福音』の復興を宣言した今、連盟(てき)の信頼など不要や。好きなだけ報告したって構わへんで」

「……ペラペラと喋ったのは私に報告させるため?」

「そらご想像にお任せしますわ」

 全てが真実なのか? どこまでが虚言なのか? 現段階では判然としない。困ったことに全部本当だった場合が問答無用の最悪だ。

「さてさて、予定通りウロボロスの血は手に入れたし、抜け殻なんていうレアもんも手に入った。連盟にも脱退を宣言したようなもんやし、もうボクがここにおる意味はないなぁ」

「逃がすか!」

「逃がさないわよ!」

 紘也たちが劉文海を囲む。背後まではカバーできないが、そちらについては問題ない。

「キャシー、話は聞いてたわね?」

「葛木、説明はいるか?」

 丁度、いや正確には少し前だ。二人が転移で戻って来たのは。話は途中からだっただろうが、それでも場の雰囲気から状況を読み取れる。

「にゃんだかよくわからにゃいけど、そのお兄にゃんを逃がさにゃけりゃいいのにゃん?」

「『朝明けの福音』って聞こえたわ。その男がそうなのね」

 ケットシーが爪を、香雅里が刀を構える。

「おー怖い怖い。ホンマに怖いからもう見とないなぁ」

 完全に逃げ道を封じられた劉文海がお道化たように肩を竦めた。


()()()()()()()()、なんちゅうバケモンは」


 紘也たちの背後に、禍々しい気配。

「ウロ!?」

 大量の血を流して倒れ伏していたウロが、ゆらりと危なげな動作で立ち上がっていた。ケツァルコアトルのおかげで傷口は多少塞がったようだが、血は尚も流れ続けている。

 目の焦点は合わず、半開きの口からはだらしなくヨダレを垂らしていた。

 ――操られているのか!?

「死んどるわけやあらへんから、しばらく経てば元に戻るさかい。よろしゅう言うといてぇな」

 劉文海がどこからか取り出した巨大な和紙に乗って飛び上がった。さながら魔法の絨毯だ。今からウェルシュたちが飛べば逃がさないだろうが、その前にウロが躍りかかってきた。

「くそっ! 全員でウロを抑えるぞ!」


 糸が切れたようにウロが大人しくなったのは、それから十五分ほど経過した後だった。


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